秋の章「体育祭前4」
「ちょ!センセー!何にもしてないじゃないっすか!」
「お前が俺の顔見て逃げるからだろ?」
「おっかない顔して近寄るからじゃないですか?てか後輩の目の前で恥かかせないでくださいよ」
靴を見ると赤いラインが入っている。だからか。知らない顔だった。まぁ中岡光一の顔も知らなかった俺の記憶はアテにならないけど。
「今更かく恥などお前にはないだろう?そんな恥ずかしい髪の色して」
3年生の先輩は坊主頭だったけど脱色しているのか陽に当たると髪が少し茶色く見えた。それでココに引っ張って来られたのだろうか?
「てかお前らもなんかやらかしたの?」
やたらフレンドリーな先輩だった。
「いえ、僕らはそういうのじゃないです」
そういうのじゃなければなぜここにいるのだ?という質問をされたら返答に困る。けど先輩が二の句を告げる前に吉岡先生は「お前ら座れ」と言った。先輩は渋い顔をしながらも言われた通りに椅子に座る。その間ずっと乃蒼の顔を見ていた。可愛い子がいると見惚れてしまうのは思春期の性なのだろう。
「さて、お前みたいなもんを呼んだのは他でもない」
吉岡先生、呼んどいて酷いっすね。
「お前、体育祭にこいつらと一緒に出ろ」
「はいぃ?」
杉下右京ばりの「はいぃ?」だった。
「どうした?なんか文句でもあるのか?」
どちらかと言えば俺らの方が文句…というか言いたい事がある。早めに伝えておかないと先輩にも悪い。
「ちょっと待って先生!さっき乃蒼とも話したんですが、やっぱ他のクラス、ましてや先輩に助っ人を頼んでまで参加するのは本意じゃないっていうか…。とにかくその話はちょっと待ってください」
吉岡先生は俺2人の顔を交互に見た。
「なぜこいつを連れてきたかってところから話をしよう。こいつはな、去年お前らと同じ事を俺に相談してきた」
俺と乃蒼は2人で先輩の顔を凝視する。2人に、というか乃蒼に見つめられたからなのか困ったようで照れてるような顔をしていた。ということはこの人も特進組なのか。
「リレーに出たいと言って俺んとこに来たんだが、結局人が足りなくてな。体育祭には他のクラスに混じって参加したがリレーには出れなかったんだよ」
今の俺らと全く同じだ。
「今年も出るんだろ?」
「いや、今年は出ないっす。なんか去年他のクラスに紛れて参加しても中途半端で逆に虚しかったんで。それに結局俺らはリレーにも出なかったですしね。」
「俺はな、お前ら特進組として合同で今年の体育祭に出ればいいと思ってるんだよ。去年虚しかった思いを後輩にも味あわせる気か?お前、同じ特進の先輩としてそれは少し情けなくないか?鈴井はどう思う?」
乃蒼は少し考えたのち
「さっきまで他のクラスから人を借りるのならそれは嫌だなって思ってました。それならただ体育祭に参加するだけでいいやって気持ちが強かったんですけど、去年いまの私達と同じこと考えてて、虚しい思いをした先輩となら一緒にやりたいなって思います。体育祭に興味のない私達のクラスの人達とやるよりも断然先輩との方が良いです!」
乃蒼が先輩に微笑んでやる。てっきりデレっとするのかと思ったが意外にも少しだけ笑うだけだった。その笑みが少しだけ大人の男の笑みだったので俺はこの先輩のことを男性としてちょっとカッコいいなと思った。全く、乃蒼といいこの先輩といい。俺はなんて憧れやすいんだろう。
「お前は?秋も俺らとやりたいのか?」
「乃蒼の言った通り俺のやる気のないクラスの人とやるよりも先輩との方が共闘意識が芽生えそうです」
そうか、と今度は年相応の無邪気な笑顔を俺には見せた。
「じゃ決まりだな。野島、羽生達にも伝えておいてくれ。合同参加の件は俺が先生たちに話しつけておくから」
は?
はぁぁぁぁぁぁぁあ?????
「先生、イマ何テ仰イマシタ?」
「だから、羽生達にも伝えておいてくれって」
「いや、その前」
確かフンコロガシとか何とか言っていたような?
「あれ?秋お前もしかして今頃気付いたの?随分と後輩らしい口の利き方してるからセンセーの前だとそういうキャラなんだと思ってた」
fack off!何てことだ!俺はあろうことかバカのことを一瞬『男性としてちょっとカッコいいな』とか思っちゃったじゃねぇか!
俺が怒りに震えていると
「お前らんトコもあと2人は幼馴染のカップルだろ?こっちもいつものメンバーだから綺麗にリレーのメンバーが揃ったな」
と、人の気も知らないで気安く肩に手を置いてくる。
「野島ぁ…」
「おい、俺は先輩なんだからせめてサンくらい付けなさい」
俺は肩に置かれた手を払い
「なに勝手に髪切ってんだよ!!!誰かワカンねぇじゃねぇかこのヤロー!!!」
と喉仏に指をかける。
「てめぇ!なんで髪切るのにお前の許可がいるんだよ!タモさんにでもなったつもりかクソヤロー!」
「タモさん関係ねえだろ!タモさんは切ったあと確認する人だろうが!つかお前ホントにハゲになりやがって!」
「ハゲじゃねぇよ!これはオシャレボウズだ」
「なにがオシャレボウズだこのヤロー!こないだまでクソダサいリーゼントだったくせに!大体中2編になってから出番多すぎんだろ!モブはモブらしくしてろ!」
「うるせぇ!お前が知らねぇだけで『阿子さんとタカの日常』を待ちわびてる熱狂的なファンもいるんだよ!」
「いねぇよそんなモノ好き!」
「職場に1人いんだよ!」
「なんだよ職場って!大体モブキャラのくせに主役張ろうとしてんじゃねぇ!」
「モブモブうるせぇな!お前こそ最近影薄くて乃蒼に主役の座食われてんじゃねぇか!ここはbrillanteじゃねぇからな?」
「お前もか乃蒼!」
「そんな…。私、brillanteの方だけで十分です…」
吉岡先生の「おいお前らやめろ。鈴井まで加わるんじゃない。世界観が壊れる」という声は耳に入ってきたが怒りで我を忘れていた。吉岡先生が俺の首の後ろにフルスイングのチョップを食らわして俺はようやく正気を取り戻した。
「七尾、これはいかがなもんかと俺は思うぞ!」
「すいません」
「なぁ鈴井、こいつら大丈夫か?てっきり今までジャレてるもんだと思ってたが…今完全に仕留めにいってたよな?先生なんだか不安になってきたぞ」
大丈夫ですよ先生、と乃蒼が極めて冷静に対応する。
「秋は野島さんの事が好きすぎて殺したいんです。そういうヘキなんです」
その言葉には2つほど否定したい点があるぞ乃蒼。
「だったらいいんだか…。頼むぞ鈴井。こいつらが事件起こさないように見といてくれよ?」
わかりました、と胸を張る。最近小さくなったという、それでも形の良い胸をピンと張ってそう答えた。いや胸なんて生で見た事ないけど、多分形はいいはずだ。
「失礼しま〜す」
と生徒指導室のドアをカラカラと静かに閉めた。体育祭でリレーに参加出来るようになったのは何よりだが、よりにもよってハゲと一緒とは…。
「おい、ちょっと待て」
野島が生意気にも俺らを呼び止めた。ツカツカと俺ら2人の前に歩み寄る。なんだよ?まだなんか文句あんのかハゲ!主役なら譲らねぇぞ!
「お前が、鈴井乃蒼か?」
ハゲは俺なんか視界に入らないといったように乃蒼だけを見つめていた。
「え?あ、はい、そうです」
離れろ乃蒼、バカが移るぞ?あとハゲも。
ハゲは目線を乃蒼から離し床に落とした。何かを迷うような、そんな意味ありげな沈黙の後、パッとその顔を乃蒼に戻し、
「俺の後輩は、頼りになるか?」
と言った。
何がだよ?わけわかんねぇぞ(←ここだけ野沢雅子の声で)。
「はい、こう見えてなかなか」
お褒めに預かり光栄です。野島は難しそうな顔で
「じゃあちゃんとこいつを一人前の騎士様にしてやってくれよ」
ともう一度乃蒼に言う。
いいえ、と乃蒼が横に首を振り
「いつか私が秋をお姫様にしてみせますよ笑」
とまるで何かを決意するような言い方で言った。
野島はその答えを聞いたとたん廊下で大笑いしながら
「だとよ、秋」
と俺に言う。うるせぇな、聞こえてるよ。意味わかんねぇから何も言えねんだよ!
「それを聞けてよかったよ。しっかりやれよ。じゃあな〜」
結局何が言いたかったのかわからないまま野島は階段を降りていった。




