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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「帰宅」

「乃蒼、あのさ、さっきはごめ、、、」

「ちょっと!謝んないでよね!」

危ない。謝るとこでした。でもさ、さっきは謝らないと言ったけどやっぱり俺は謝らなきゃいけないんじゃないのかな?吉岡先生に対して言った事と矛盾してて気持ちが悪いんだ。

「さっきの秋、ちょっとカッコよかったよ。だから謝って台無しにしないで」

「けど…」

いいじゃねぇか、とタケルはエクレアを4人分持ってきた。

「吉岡に謝れって言ったくせにって思ってるのかもしんないけどさ、俺は謝んなくてもいいと思うよ?」

1人に1つずつエクレアを配る。確かにちょっと小腹がすいてきた。

「そうよ。せっかく乃蒼が秋のことカッコいいって言ってんだからそのままにしときなさいよ」

「でも…」

「も〜。ケドデモうるさいっ!今日は私の誕生日なんだから私の言う通りにしてよ!」

乃蒼はツンデレを覚えた。乃蒼の攻撃。

「私が怒ってないのに許される必要があるの?その謝罪は秋の自己満足でしかないんだよ?」

会心の一撃。秋は言い返すことができないっ。

「そういうこった。乾杯しようぜ」

エクレアで?何に?俺らの友情にってか?バカらしい。サイコーじゃねぇか。

「「「「かんぱーい」」」」

エクレアを4つぶつけ合って頬張る。暴力的な甘さが染み渡る。

「あら、楽しそう。私たちも混ぜてよ」

花さんとイレーヌも集まってもう一度乾杯する。

しょうがない。音頭は俺がとろう。

「それでは!乃蒼の14回目の誕生日を祝して…」

どこぞの中小企業の係長みたいな音頭だなと思った。

「「「「「「かんぱーい」」」」」」

バカらしいけど、そんなことがとても楽しかった。





何時間やるんだよ?と思っていた割にあっという間に18:30になってしまった。そろそろ片付け始めないとゲストルームの貸し出し時間を過ぎてしまう。

「いいのよ。そのままここに置いておいてちょうだい。本当はこのまま自宅に招いてお茶でも、と言いたいところなんだけどこれから食事の予約をしているの。ごめんなさい。けどいつでもウチにいらっしゃいね。あなた達ならいつでも歓迎するわ。それから花、今度ワインとチーズの美味しいお店に行く約束忘れないでね。近いうち連絡するからね」

俺たちはイレーヌの言葉に甘えさせてもらい、そのまま帰宅することにした。

重厚そうな扉を開けると、乃蒼のコンシェルジュお父さんは定位置に立っていた。

「本日はありがとうございました」

とても深く丁寧なお辞儀をする。

「いえ、こちらこそ親子共々お世話になってしまって。ありがとうございました」

花さんと同じタイミングで俺も深いお辞儀をする。

本当にありがとうございました。俺はあなたのおかげでずっと足踏みしていた場所からようやく一歩踏み出すことができました。ずっと悪いイメージを持っていた父親という存在を、肯定し始めたのは間違いなくあなたのおかげです。きっと俺は父親を想像する時、あなたのように優しい父親なら、あなたのように愛を注いでくれる父親なら、とあなたの事を思い出すことでしょう。きっと多分実際はそうではありません。そんなに現実は甘くないことくらいは知っています。けど、世の中のお父さんが全てそうではないことを知りました。だから俺は少しだけ重荷をここに置いていけそうです。

「また遊びにいらっしゃい。出来れば今度は私が休みの時に。君たちと話してるとイレーヌも乃蒼も楽しそうだ。私もこういう仕事をしているから誰かとゆっくり話をする機会があまりなくてね。たまには話し相手になってくれないか?」

俺でよければ喜んで。

「じゃあねみんな。今日ありがとね。また来週ね〜」

乃蒼とイレーヌとコンシェルジュの格好のままのお父さんが玄関で手を擦りながら見送ってくれた。

「1人が不安になったら俺らの誰でもいいからメールしろよ。お前が寝るまで付き合ってやるよ」

「俺も0時までは勉強してっからいつでもメールしていいぞ」

「私にもしてね。秋とタケルの恥ずかしい話ならいっぱい知ってるから」

バカヤロウ。俺らもお前の汚点なんていっぱい知ってんだからな。

「じゃあな。誕生日おめでとう。良い14歳になるといいな」

名残惜しい。けどこれから先は家族の時間。これから3人でどんな話をするんだろうな。



「大成功、って事でいいよな?」

タケルはしんみりとそう言った。楽しかった分、終わると寂しいものだ。

「ああ、そうだな」

乃蒼は今日の夜も不安と戦うのだろうか?けど戦うならいいよ。何もしないで悲しみに打ちひしがれるよりよっぽど健全だ。負けそうになったらメールすればいい。携帯があれば俺らはどこにいたってお前と繋がっている。なくたって、きっと繋がっていられるよ。

友達だから。

「じゃあ俺、彩綾送っていくからここで。また来週な。花さんまたね〜」

またねも何もお前明後日また朝に会えるじゃねぇか。

「ばいば〜い」

彩綾だけに手を振って俺と花さんは2人と別れる。トボトボと夜の帳の中を並んで歩く。

「今日は色んなことがあったね」

本当だ。色んなことがあって、色んなことを知った。

彩綾は結構司会が上手なこと。

コンシェルジュさんは乃蒼のお父さんだったこと。

イレーヌがエナジードレインすること。

乃蒼の初恋の相手が女の子だったこと。

その子が誕生日にいなくなってしまったこと。

乃蒼の苦悩。

そして父親の温もり。

「ねぇ花さん、教えて欲しいことがあるんだ」

花さんは少し寂しげな顔をした。多分俺が知りたいと思うことが父親に関することだと言うのは気づいているかもしれない。

「うん。いいよ」

「18歳まで待ってって言われたけど、これだけはどうしてもハッキリしたいんだ」

花さんが空を見つめる。今日の空に星はいなかった。

「うん。いいよ」

俺も星のない空を見あげる。やっぱりやめようかなとも思った。だけど今日、父親に向き合うと決めたならどうしても聞かなければならないことだった。

「俺のお父さんて…」

花さんの答えが怖い。あぁ、そうなのか。

「生きてるの?」

俺は父親に、生きていて欲しかったのか。

花さんが俺の手を繋いできた。ひんやりとしたその手から花さんの気持ちが伝わってくる。花さんも俺とは違った理由で怖いんだ。

「うん。生きてるよ」

想像よりも嬉しいという気持ちにはならなかった。ただ、良かったという気持ちになっただけだった。俺の中で何かが欠落しているのだろうか?それともまだ父親という存在がおぼろげすぎて実感がわかないのだろうか?

「ありがとう」

花さんの手の温度を感じる。ひんやりとしているけど、確かに体温が通っている。触れられない父親より、いまはやっぱり手の触れる花さんの事が俺は大切にしたい。

「ね、ラーメン食べて帰ろうよ」

俺と花さんの食の好みは似ている。けどたまに意見が分かれる。

「そうだね。味噌な気分だね」

「え〜今日は醤油でしょ?」

俺たちは味によって店を変える。1店舗で味噌と醤油を注文するなんてことはありえない。だからこんな時は公平に。

「じゃ〜んけ〜ん」

グー

パー

「よしっ!味噌!」

また負けた。結構な確率で俺は花さんに負ける。

「頭の中読んでるでしょ?」

「だったら今、私はこんなに不安じゃないよ笑」

どうしたら花さんの不安を解消できるだろう?

上辺だけの言葉じゃ意味がない。

本音を言っても証明できない。

花さんが乃蒼に言ったように、これもまた時間しか解決してくれないのだろう。

「今の俺に花さんを安心させる事は出来ないけど、それができる人なら知ってるよ」

え?という顔をしている。

「誰?」

これを言ったらキザかなぁ?キザだよなぁ笑

「10年後の俺だよ」

言ってやった笑。

「他の誰かが言ったら『何言ってんの?』だけど、秋が言うとカッコいいから不思議だね?」

「だから俺に甘すぎだって笑。俺いつか大火傷する気がするよ笑」

「その火傷を治せるいい皮膚科の先生知ってるよ?」

わかってはいるのだけど。

「誰?」

聞いてみた。

「私に決まってるじゃん!」

やっぱりな笑。繋いで手をブンブン振ってラーメン屋まで歩く。あいにくそのラーメン屋は閉店してたけど、初めて入った和食のお店が美味しかった。



「ねぇ花さん」

寝る前に俺は花さんに聞きたいことがあった。

「乃蒼のこと叩いたこと、怒ってる?」

花さんは顔にパックをしていてどんな顔をしているのかわからなかった。

「それは乃蒼がどう思ったかだよね?私に聞くのは意味がないよ。それはただ秋が自分に許されようとしているだけだよ?」

また難しいことを言う。けど意味がわかる。

「そうじゃなくて。花さんが育てた子が女の子を殴った事を母親としてどう思うかってことが知りたいんだ」

顔のパックをペリペリペリと剥がした。花さんの顔がそこにはあった。

「もし私が乃蒼だったら、と仮定の話になるけど」

「うん」

「嬉しかった。それほどまで私は秋の真ん中にいるのかって思って嬉しいと思った。そして、少しだけカッコいいと思った。だから怒ってはいない。褒めもしないけど、けど…これからの秋達がどうなるかかなぁ、やっぱり」

そっか。

「もうひとつ。あれは俺自身の怒りの放出だったのかな?」

「それは違うよ」

花さんは即答した。

「あの時の秋は怒りじゃなかったでしょ?あれは、悲しみだよ。だからそれは違う」

そうか、悲しみは怒りに似ているんだ。そして怒りは悲しみに似ているんだ。どちらも似ていて、けどそれは別物なんだ。

「ありがとう花さん。おやすみ」

「うん。おやすみ」

その夜、乃蒼からのメールはなかった。

もしかしたら2人のうちどちらかにしているのかもしれないけど、多分誰にもしていないような気がした。乃蒼は臆病だけど、そのことを自分で知っている。それに乃蒼はその胸の中に火を灯している女の子だ。きっと今日も戦っている。自分のために。けど俺たちのために。

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