秋の章 「想い」
「本日はお足元の悪い中、わたくし鈴井乃蒼の生誕14周年記念パーティにお越しいただきまして誠にありがとうございます」
どこぞの中小企業の経理部長がする挨拶みたいな始まり方だった。
「私はお父さんほど話が上手くないけど、どうしても本当の自分の気持ちを伝えたいので頑張ってみたいと思います」
お前が拙いとしても俺らでちゃんと補完してやる。安心しろ。
「皆さんご存知、私には友達が1人もいませんでした。小学校3年生の時、自分を変えようと思って頑張った結果、失敗して私はクラスでいない者にされてしまいました。みんな、もう知ってる話よね?」
俺を含むイレーヌ以外の4人は首を縦に降る。
「けど小学校4年生の時、こんな私にも生まれて初めての友達が出来ました。転校生のなっちゃんという、綺麗で可愛くてステキでキラキラした女の子でした」
初恋の女の子。百合タグはもう少し様子を見てからにしよう。
「毎日のように放課後一緒にいて、いろんな話をして、いろんなことがあって。それまでの日々が灰色なら、なっちゃんと友達になってからはとてもカラフルな毎日でした。でも…」
友達がいたことは乃蒼の話ぶりからわかっていた。けどいつもそのなっちゃんという友達の話は避けていると俺たちは気付いていたので深く詮索することはなかった。
「小学校5年生の始業式、私の11歳の誕生日になっちゃんは手紙だけを残していなくなってしまいました。その日の誕生日は人生で最悪の誕生日だったな。部屋に閉じこもって泣いてばかりいて、イレーヌの作ったご飯も食べずにいつの間にか泣き疲れて眠ってしまいました。そして、次の日から私はまた泥の中に全身が埋まったような灰色の毎日でした。次の年も、そして去年も、誕生日になるとなっちゃんのことを思い出して悲しくなっていました。嬉しいはずの誕生日は、私にとって1番最初の友達を失った人生で最悪な日でした。」
去年の今日、乃蒼とそんなに親しい間柄ではなかったのが悔やまれた。
「だけど今日。1番悲しかった日が、最初に友達に誕生日を祝ってもらった特別な日になりました」
嫌な記念日から嬉しいことに上書き出来たなら本当に良かったと思った。
ちょっと安心したのも束の間、俺たちは乃蒼の顔を見て不安になった。乃蒼には笑顔なんてこれっぽっちも浮かんでなくて、ただただ悲しみに満ちた表情でハラハラと涙を落としていた。
「正直に言うね」
なんだろうこの不安と恐怖心は。今から乃蒼は何を言うのだろう。出来ることなら聞きたくなかった。けど聞かなければ乃蒼との関係はそこまでの浅いものでしかないということを俺は知っている。聞かなければならない、友達の本当の気持ちを。
「私は…いま凄く怖い」
キュっと目を閉じると大粒の涙が乃蒼の頬を流れた。
「私は、みんなと友達になって、みんなを好きになって、楽しい毎日を過ごして、それが当たり前になって。そしてまた突然みんなが私の目の前からいなくなってしまったら、って考えるだけで頭がおかしくなりそうになる。凄く怖い。私はもう2度とあんな思いしたくないっ!」
乃蒼…と駆け寄ろうとするイレーヌの肩を花さんは引き止めた。
「乃蒼がいま大人になるの。見守らなきゃイレーヌ」
耳元で花さんが囁く声を聞き、イレーヌは娘同様不安そうな顔を花さんに向けたあと言われた通り我が娘を見守った。肩に置かれた花さんの手を、イレーヌはきつく握っていた。
「毎晩、不安なの。寝る前に考えちゃうの。秋がいなくなったらどうしよう?彩綾が事故にあったらどうしよう?タケルに嫌われたらどうしよう?って。不安で不安でたまらなくなる。夜中に大声で叫びたくなる。体を壁に打ち付けて痛みで確認したくなる。いっそ幸せでいる今この瞬間に煙みたいに消えてしまえたらってそう思うこともある」
タケルと彩綾はどんな気持ちで乃蒼の話を聞いているんだろう?俺と同じ気持ちなのだろうか?
「毎朝、公園でみんなと会うと心底ホッとするの。ああ、私はまだ友達でいられてるんだって。昼休み、みんなと机を並べてご飯を食べてると安心するの。ああ、私はまだ嫌われていないって。学校でみんなといると本当に幸せ。けどやっぱり家で1人になるとまた不安なの。昨日の夜だって怖かった。いまはもちろん楽しい。すごい嬉しいよ。けどみんなが帰って1人になったら私はまた不安になっちゃうの。楽しければ楽しいほど、夜が怖くてたまらないんだよ。いっそのこと友達にならなければこんな不安な気持ちになんかならなかったのにって思うほど」
誰も何も言わない。ゲストルームはさっきの楽しかった空気から一変して誰もいないかのように静かだった。タケルと彩綾は何を思っているだろう。花さんは、イレーヌは、乃蒼の話をどんな気持ちで聞いていただろう?
「私は、そんな気持ちでみんなといたの。けど、変わりたいの。いい加減、こんな自分から変わりたいの!でも!どうしていいかわかんないんだよっ!」
パンっ!
乃蒼の目は大きく見開かれ、驚いた表情のまま固まっている。乃蒼の涙で左の掌が濡れた。
「ごめんイレーヌ。ごめん花さん。けど乃蒼、吉岡先生に謝れと言った俺が何言ってんの?って思うかもしれないけど、お前には謝らないよ」
俺は人生で初めて、そして最初で最後となるであろう、女の子を殴った。
「甘えたこと言ってんなよ。お前とずっと一緒にいるから安心しろなんて綺麗ゴト、俺は絶対言わねぇからな。今のお前を安心させるためだけの、無責任な綺麗ゴト平気で言えるほど俺はクズじゃない。あのな、友達みたいな不安定な関係なんていつどうなるかわからないのは当たり前じゃねぇか。お前だけが特別じゃねぇんだよ。誰もがそんな不安と隣り合わせで友達やってんだよ。俺だって明日タケルと離れるかもしれない、彩綾に嫌われるかもしれない。そんな毎日を何年も過ごしながら俺らはずっと幼馴染やってきたんだよ。お前友達なめんなよ?お前の思ってるような綺麗な友情だけが友達じゃねぇからな。いつも一緒にいてくれるのが当たり前じゃねぇからな?必死で繋ぎ止めたいと思うから友達なんだよ。それからお前は友達を失ったって言ったけど、それは間違ってるよ。お前は会えなくなったら友達じゃなくなるのか?毎日会えるから友達ってわけじゃねぇだろ。俺は明日タケルや彩綾がいなくなっても友達のままだよ。何十年ぶりに再会したって今日みたいに普通に話せるよ。お前が今でもそのなっちゃんが大事だったら、お前はその子とまだ友達だろうが」
俺はずっと乃蒼の話に怒りを感じていた。あまりにも薄っぺらい友達の価値感に心底腹が立った。だから怒る。きちんと俯瞰で見ながら怒りをコントロールする。吉岡先生からちゃんと学んだものを活かさなきゃならない。きちんと乃蒼の気持ちも、乃蒼の正義も、乃蒼の未来も守ってあげたい。だからこそ言いたいんだ!お前が思っているほど友達は美しくなんてない。嫉妬もするし呆れるし嫌になる時だってたくさんある。不安?俺にだってあるよ。お前と一緒だよ。けど嫌われたら謝るよ。許してくれるまで何度でも謝ればいいじゃねえか。いなくなったら探しに行くよ。生きてりゃ地球のどっかにいるだろうさ。
彩綾は顔を真っ赤にし、目を潤ませながら無言のまま俺を手で押しのけ乃蒼の前に立った。
パンっ
彩綾、ありがとう。お前の優しさは乃蒼だけじゃなく俺の気持ちも楽にしてくれる。
「私だって、ずっとこの2人と幼馴染やってても不安なときくらいあったわよ。ずっとそうだった。私1人が女だったから。2人は私に気を使う時もあるし、それが寂しいって思うときだっていっぱいあった。男だけの時は私の前じゃできない話をしてんだろうなって思ったら不安だし怖くもなるわよ。だから乃蒼と友達になれて、女が2人になって凄い嬉しかったんだから!なのになに?楽しい分だけ怖くなる?当たり前じゃない!いい?私も秋と同じでずっと乃蒼と一緒にいるよなんて言わないからね。だから私は必死に乃蒼や秋達にしがみついていくから。私はあんたと友達であり続けるために、たとえ無様でもしがみつくのっ!」
「彩綾、交代」と声をかけ今度はタケルは乃蒼の前に立った。「とりあえず、鼻かめよ」と箱ごとティッシュを乃蒼に渡す。ぶしゅー、と乃蒼が派手に鼻水をかんだあと
「俺は2人ほど強くはできないけど、ここでお前を叩かなきゃうわべだけの友達にしかなれないから、叩くぞ」
ピタン
タケルは叩く。乃蒼の頬を撫でるように。
「大体俺が言いたいことは2人に言われちゃったな笑。乃蒼、悲劇のヒロインになるのはもうやめろよ。かっこ悪いぞ。俺ら4人は特別じゃなくていいよ。普通の、どこにでもいる中2の仲良し4人組でいいよ。だから俺はお前が本音を言って良かったと思う。言わなかったらわからなかったし、わかったから俺たちは怒れたんだ。どうでもいい奴だったら腹も立たないよ。お前は友達だから、俺は腹が立ったんだ。お前も俺らに腹が立ったら怒ればいいよ。もっと本音で喋って良いんだよ。ケンカしようぜ笑。俺だって秋と何度ケンカしたかわかんないよ笑。けどその度に謝ってそれでチャラ。お前ともそんな関係がいい。お前も俺たちと同じ、普通でいいよな」
俺らは各々が好きなことを言えた。乃蒼、今度はお前の番。
「ありがとう。ちょっとスッキリした。あとすごく嬉しい。けどごめんね、本音を言わせて。それでも私は怖いって思うのきっと。今ある幸せをなくすのはやっぱり何よりも怖い。でも……彩綾みたいになろうって思った。ただ嘆いてるだけで溢れ落とすくらいなら、私は必死に3人にしがみつく。泣いて喚いて叫びながらしがみつくから、悪いけど覚悟して」
それがお前の本音なら俺らは喜んでしがみ掴まれてやる。いつかお前の無様な踠きがお前自身を救ってくれたらいいな。
「乃蒼」
それまで静観していた花さんが名前を呼んだ。
「いい友達持ってるね笑」
花さん、そこに自分の息子が含まれていることに照れとかはないのですか?笑
「乃蒼の不安を取り除けるのは時間だけだよ。今すぐ解決することができないくらい、長い時間傷付いていたんだね。けど乃蒼、ずっとあなたと一緒にお父さんとイレーヌがそばにいたよ。乃蒼と一緒に傷付いて、それでも乃蒼を守ってたよ。だから乃蒼、今度は乃蒼の番だよ。どんなに時間をかけてもいいから、ちゃんと2人を安心させてあげるんだよ?」
イレーヌも乃蒼と同じように顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いていた。
本当に俺の周りには泣き虫が多い。そういう俺もさっき泣いた。人間はそうやって泣いた数の分だけ何か苦しみを抱えているのかもしれない。だとしたら、傷ついてきた乃蒼もそれを見守ってきたイレーヌも、きっとそれだけ重たい荷物を抱えてきたんだろう。2人が流した涙の重さだけ心が軽くなったらいいのになと俺は思う。それはたった何グラムかもしれないけど、傷ついた者からすればそのたった何グラムが次に踏み出す一歩を軽くするのだ。
彩綾はブサイクに泣く乃蒼の頭をよしよしと撫でていた。花さんに涙を拭いてもらっているイレーヌの前に俺は立ち、
「ごめんなさい。宝物を叩いちゃって」
と謝った。
「いいえ。乃蒼への愛があるってわかっているなら、むしろ嬉しいものなのよ。乃蒼を愛してくれて、ありがとう。やっぱり乃蒼を変えたのはあなたよ。」
乃蒼の父さんも言ってたっけ。乃蒼を愛してくれてありがとう。けど誰よりも乃蒼のことを愛しているのは紛れもなくこの2人だ。間違いなくそれは美しいほどの無償の愛だ。
「ねぇ花。子どもが大人になるっていうのは嬉しい反面、とても寂しいものね。だとしたら花、あなたはこんな秋に何度そんな気持ちにさせられたのかしらね?」
花さんがあまり早く大人にならないでよねっていうのはそういう事なのだろうか?けど物申したい。
「でもイレーヌ。大人にならなきゃ、花さんを守ることができないよ」
表情から見るに、予想外の言葉だったようだ。
「あなたが大人になる意味は花のため?」
いつだったかなぁ?そんな話を花さんとしたっけ。ああ、1年くらい前だ。あれから俺はどれくらい大人になれたのだろう?
「俺がこれから好きになる人と、花さんの両方を守れるようになるためだよ。俺は欲張りだからどっちか1人じゃ意味ないんだ。どっちもじゃなきゃ嫌なんだ。」
イレーヌは泣き腫らした目と同じように肌を赤く染める。
「花、私ね今日秋と話していると音が鳴るのよ」
その意味が俺にはわからないけれど、代わりに花さんはなんでも知っている。
「その音って、キュンキュンでしょ?私はこの子といると鳴りっぱなしよ笑」
「はぁぁぁ。秋、私の人生最後の恋の相手はあなたよ。本当にあなたは若い頃のあの人と同じくらい素敵よ」
俺の人生最初のマジ告白された相手は、友達のお母さんだった笑。タケルとは逆だな。だけどイレーヌの持つ魅力からなのか、俺は全然嫌じゃなかった。むしろちょっとだけ光栄だ。
「ねぇ秋ちょっと!」
彩綾から呼ばれ友達のところへ向かう。
「ありがとう。あのね、私ずっと思い違いしてた。私はなっちゃんがいなくなったあの日に友達をなくしたって思ってたけど、私はずっとなっちゃんの友達だったんだ。ありがとね秋」
いや、いいんだよ。友達だろ?笑
「私はタケルの言うように悲劇のヒロインだったみたい。カッコ悪いね。本音を言うのは怖いけど、私はみんなを信じるよ。ありがとうタケル」
タケルは照れ臭そうにしていた。
「彩綾はかっこいいね。『無様でもしがみつく』ってこんなにかっこいい言葉だなんて思ってもみなかった。彩綾はちゃんとその通りにしてるからその言葉が似合うんだね。私もその言葉が似合う人間になりたい。ありがとう彩綾」
俺は彩綾があんなことを考えながら一緒にいたことを知らなかった。長年一緒にいるからといって全てを知っているわけじゃない。知らないことの方が多い。それでも俺らは一緒にいることができる。なにせ友達だから。




