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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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花の章 「小4編」

「ねぇ花さん」

翌年。今年もあの時期が来た。私の今の仕事はきちんとした秋にも理解ができるとても普通で安全なお仕事だ。スパイや武器商人ほどのインパクトはないけれど。

「今年の作文のテーマは自分で決めていいんだって。」

カレーをすくう手が止まった。愕然として目の前が真っ暗になった気がした。

こんな…ことって、ある?

私はとても、いや、世界が終わるほどの絶望と同程度にがっかりした。私はこの時期の秋の書く作文をとても楽しみにしていた。いつでも秋は言葉や態度で私への気持ちや愛情を示してくれる。それはもちもんとても嬉しいことだし幸せなことなのだけれど、作文は物として形に残る。私は去年も一昨年もその作文を母の日のプレゼントとして貰い、大切におせんべいの缶に入れている。そこには秋が3歳の時にくれた折り紙や私の顔を描いたと言い張ってきかない絵などが入っており、私の大事なもの(秋コレクション。通称「秋コレ」)をしまってある宝箱だ。そんな私の宝物がまた1つ増えると思ってたのに…。テーマが自由だと私のことを書くかどうかわからない。あのジャージホイッソー、余計なことしやがって!今すぐに斎藤先生の自宅に乗り込み、パジャマだとしても多分首にかけているであろうあの大切なホイッスルを握りしめ紐を力一杯引きちぎってやりたい衝動にかられた。

「そうなんだ。はい、そっちこれ持って行って」

私は斎藤先生への憎悪を微塵も見せず何事もないのようにカレーを2皿秋に渡す。秋はそれをテーブルに持って行き、2人分の麦茶をコップに注ぐ。私はエプロンを取り座布団に座る。

「はい、じゃあ食べよ。いただきます」

「いただきま〜す」

大きな口でカレーを頬張る。作った甲斐があったと嬉しくなる。

「もう決めたんだ、作文のテーマ」

私はちょっとだけ期待して「なに?」と聞くと

「ん〜、大雑把に言うなら『将来について』かな。カレー美味しい。」

美味しい?良かった。でも、私についてじゃないんだね…と覚悟はしていたもののやっぱり少し寂しい。今すぐジャージホイッソーの自宅へ新品のホイッスルを送りつけ、「これでなんとかなりませんか?」と作文のテーマを従来通りに戻すよう懇願したい気持ちになった。そんなわたしの寂しさを感じ取ったのか

「花さんの事も書くよ?」

と笑ってジャガイモをよける秋に

「でもちょっとだけなんでしょ?」

と拗ねる。

「まぁ、ちょっとだけかも」

と憎たらしいほどの可愛い顔で笑う。

私は眩暈を覚えた。意地悪なのになんて素敵な笑顔なんだろう?もしかしてこの子が笑えば世界は光に溢れ、この子の愛で地球は救われるんじゃないか?という旨の手紙を実家の母に送ると

「あなたお薬しているの?」

と速達で送ってきた。



「花さん、作文、好きなこと書いてもいい?」

この世界が影を落としてしまうほどの不安そうな顔で秋が聞いてきた。

「え?なに?いいに決まってるでしょ」

それでも表情は冴えない。それどころか悲しい顔をして再び尋ねる。

「もし書いちゃったら、花さんが嫌な思いするかもしれない」

それはない。ないんだよ秋。あなたは私を絶対傷つけない。私はあなたに絶対傷つかない。だってあなたがどれだけ私を大事に思っているか、私はいっぱい知っている。あなたが私を傷つけようとする事なんて絶対にありえない。だからいいよ。

「しないよ。私を誰だと思ってるの?花さんだよ?」

「だけど、」

「だけどじゃないの。秋は好きな事書けばいいの」

秋は覚悟を決めたようで、ようやく大嫌いなジャガイモをスプーンにすくい口に入れる。残ったカレーで胃の中に流し込んだ。それでは飽き足らず麦茶を一気飲みする。

「うん、エラい」

髪をくしゃくしゃっと撫でる。秋もくしゃくしゃっと笑う。

ほら、お母さん。

秋の笑顔は地球は無理でも拗ねた私を救ってくれる。





参観日当日、今年は泣かないと決め教室に入った。去年泣いてしまったせいで秋がどんな顔をしているか見れなかったのが今でも残念でならない。今年は私じゃなく将来を作文に書くと秋は言っていた。将来の夢と言うものを私は尋ねた事がなかったから初めて秋の夢を知る事ができる。それがいずれ私と離れ離れになることを暗に予感させるとしても。今日のその作文も私の宝箱に大切にしまっておこうと思った。

作文は廊下側前列の子から順番に読むことになっていた。秋はその時窓側の1番後ろで、私はそのすぐ後ろに立って授業を見守っていた。引っ越した時のこと、家族と旅行に行ったこと、飼っているペットのこと、兄弟とケンカしたこと…みな今年は思い思いのテーマで作文を書いていた。成長したからなのか、それともジャージホイッソーのおかげなのか一様に去年よりも作文のレベルがアップしていた。それはなかなか聞き応えのある作文ばかりであっという間に時間が過ぎ、1番最後の秋の番になった。



「花さんについて。4年1組 七尾秋」

え???将来についてじゃないの?

あ!秋!騙したな!笑


「僕はどうやらマザコンのようです」


この3年間で1番強烈な出だしだった。クラスメイトの子供達は爆笑していたが、父兄は今までとは異なりどうリアクションしていいか分からず戸惑っていた。そりゃ小4がいきなりコアな性癖をカミングアウトすれば大人は誰だってそうなる。


「クラスのみんなが僕のことをそう言います。けれどタケルくんや彩綾さんが僕の家に遊びに来て花さんに会った次の日に『あんな綺麗なお母さんでいいな』とか、『優しくて私すごい大好きになった』とか花さんのことをとても褒めてくれました。」


あの2人には今度来たら、絶品ホットケーキの刑をお見舞いしてやる!


「それを聞いたみんなが花さんを見てみたいと僕の家に遊びに来るようになりました。仕事で疲れて帰ってきてるのに花さんはいつも僕の友達にオヤツを作ってくれたり一緒に遊んだりしてくれます」


最近秋は友達をよく家に連れて来ていた。さすが天性のモテ気質、人気者だな!と私は思っていたがそういう理由があったなんて。


「僕の家に来たみんなは花さんのファンになります。ゲームで彩綾さんに負けて本気で悔しがったり、大富豪を知らないタケルくんにルールを教えてくれたり、みんなで散歩に行って公園でアイスを食べたり、お化けの話で誰よりもキャーキャーうるさかったり。花さんは僕のお母さんなのに、何だか僕よりみんなと仲良しです」


いや、お恥ずかしい。あんま見ないでください。


「この頃マザコンと言われることがなくなりました。逆に、花さんと一緒に暮らしていて羨ましいと言われます。花さんは僕のクラスで僕よりも人気があります」


私は思わずニヤけてしまう。秋と同じ歳の子ども達からでも、人気があると言われたらやっぱり嬉しい。


「僕は花さんと2人で暮らしています。それは普通の家庭と少し違うかもしれません。元々はお父さんがいて、けどいろんな理由でお父さんがいなくなったのなら僕は少し寂しかったのかもしれませんが、生まれた時から僕は花さんと2人きりでした。なので僕の普通の家庭というのは花さんと2人だけで暮らすことをいいます。」



「寂しくないの?と友達に聞かれることがあります。花さんがいない時は寂しいと思うのかもしれませんが、いつも家にいてくれるのでそう思ったことが一度もありません。スパイの時も武器商人の時も、そして今も僕が家で独りきりになる時はほとんどありません。」


秋といれる時間は私にとっても大事な時間だから。そりゃ早く帰るよ。


「家に帰って花さんがおかえりというと僕は心の底からホッとします。ちゃんと花さんがいるという安心感です。僕の普通は2人だから、もし花さんがいなかったら僕は1人ぼっちになってしまいます。僕が1番怖いのは花さんがいなくなってしまう事です。寝る前にその事を想像する時があります。もしも花さんが明日トラックに轢かれたらどうしよう?もしUFOに連れ去られたらどうしよう?そう考えると怖くなって、居間にいる花さんがコップを置く音だったりテレビを見て笑う声などを聞いてホッと胸をなでおろします。僕は花さんがいないと安心できる場所がないのだと思います。いまの僕には花さんしかいません。友達も先生もいるけれど、僕と一緒に暮らしてくれるのは花さんしかいません。その花さんがいなくなってしまったら、僕は生きていく自信がこれっぽっちもありません。今なんとなく見えている将来が真っ暗で見えなくなってしまいます。だから、花さん。僕が1人でも生きていけるようになるまで、一緒にいて見守っててください。」


原稿用紙から目を離し、後ろを向いて私を見る。ジッと、まるでいつもしているお空を見る目で。その目は真っ赤だった。

私はもう堪えきれなくなってその場にしゃがみ込んでしまった。拭っても拭っても涙が止まらなかった。

バカ!ずっと一緒にいるわよ!私だって秋しかいないんだよ。あなたが私の安心できる場所で、私が生きている意味なんだから。もしもトラックに轢かれたってピンピンしながら血だらけで帰ってきてあげるよ。UFOに連れ去られてもドライバーぶん殴って地球に生還してみせるよ。なによ1人で生きていけるようになるまでって。ずっとならないでよ!勝手にどっか行かないでよ。どうせ彼女とかできたら「僕、この戦争が終わったら、同棲するんだ…」とか言って家出て行くんでしょ?結婚しても面倒みてよ!理解力のある奥さんもらってよ!



涙とともにそう叫びたくなるのを必死でこらえた。隣にいたお母さんがしゃがんで私の背中をさすってくれた。私は震える声でお礼を言ったが上手に言えたかどうかわからない。きっと言えなかっただろう。

誰ともなく拍手が起きた。3年連続の拍手。良かったね、秋。また拍手してもらえたよ。

気付くと何人かが私に向かって拍手をしている。

なんで?秋にしてあげてよ。

不思議そうにしていると先ほどの隣のお母さんが私に送ってくれる拍手の手を止め、私の耳元に手をやって「花さんにも拍手したいんです」と囁く。

いえいえそんな、と慌てて返す。私と同じ歳くらいの若いお母さんだった。

秋、ありがとう。あなたのおかげで私まで拍手してもらっちゃったよ。いつぶりだろう?誰かに拍手されるの。嬉しいけどなんだか恥ずかしいね。あなたがいなかったらこんな気持ちを思い出せなかったかもしれない。あなたは何?なんなの?天使なの?太陽なの?どれだけ私を幸せな気持ちにしてくれるの?私はあなたほど何かをあげることはできないから、帰ったら牛肉を煮こむね。



「秋、それからお母さん。ちょっとやりすぎです」

私たちは二者面談にもかかわらず秋と2人で先生からお叱りを受けた。

「2人だけの授業参観じゃないんですよ?お母さんにも拍手、までは良かったです、まだ。なんでそのあと親子で抱き合うんですか!」

私はあの後感極まって秋をこの腕で力いっぱい抱きしめた。感動が身体中を駆け抜け理性の効かない状態になり、欲求のまま秋を抱きしめてしまった。

「あはははは、すみません…」

謝るしかなかった。

「ホントだよ花さん。さすがに僕もあれは引くよ。友達も見てたのに」

秋の私を見る目が呆れている。

「なによ。元はと言えば秋があんな素敵な作文書くのが悪いんじゃない!なにあの作文!あんなの聞かされて冷静でいられますか?いえ、いられません!」

リアルで反語を使う日が来るとは思わなかった。

「だからって授業邪魔しちゃダメでしょ」

「それはごめん。けど私ホントに嬉しかったんだからね!」

ゴホンと先生の咳でここが教室で、秋と2人っきりでない事を思い出した。

「だからそういうの家でやって下さい」

2人して「「はい」」と謝りシュンとする。

斎藤先生のジャージの胸元にある笛の色が去年とは変わっていた。きっと誕生日に素敵な彼女にでもプレゼントされたのかな?けど教えてあげたい。笛はアクセサリーではないと。

「けど秋、良い作文だった。三島先生も言ってたけどお前は文才がある。だからもっと日本語を勉強しろ。もっと本を読め。ただ内容を読むんじゃなくて書き方も学びなさい。単語や文章の配置に読み手がどう感じるかの意思を持ちなさい。選択肢をたくさん持ってその中でどれが効果的かを考えて書きなさい。そうすればお前はもっと良いものが書ける」

秋はあまり気乗りしていない様子だった。

「そうかなぁ?僕はあまりその文才?があるって自分ではわかんないです」

「あるだろ?お前は誰の子どもなんだ?」

秋が私を見る。

「だって花さんは特別だから」

斎藤先生は最初で最後のまともな事を秋に伝えた。

「じゃあその特別な花さんの子どもなんだ。もっと特別だろ?」

少しだけ笑ったその顔は、とても嬉しい時のそれに近かった。


それからの秋は今まで以上に本を読むようになった。いろんなジャンルの、いろんな時代の、いろんな国の本を読んでいた。けれどその年の斎藤先生以降、秋の作文が褒められることはなかった。秋が作文を書くことはなくなったけど、毎年続く母の日や私の誕生日にくれる手紙は秋の優しい気持ちが現れていた。1つ1つの言葉に私は喜び、嬉しく感じた。私には文章を書くテクニックのことはよくわからなかったけど、もしこの手紙に斎藤先生のアドバイスした諸々が反映されているのなら私はジャージホイッソーだとか、笛はアクセサリーではないとか無礼にもほどがあったことを素直に詫びたい。あなたのおかげで私は秋から幸せをもらっている。

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