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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「父親の愛情」

「こら!なにそこでこっそり盛り上がってんのよ!今日の主役は乃蒼よ!」

彩綾の声で俺とイレーヌは会の趣旨を思い出した。そしてもう1つ大事なことも。

「悪りぃ!ちょっとだけ用事足してくる」

俺がゲストルームを出ようとすると

「トイレならここにあるぞ」

とタケルが俺に叫んだ。デリカシーのない奴だな。

「違うよ」

というと、

「あ、おっきい方?コンビニまで行くならコーラ買って来て」

と彩綾が叫んだ。デリカシーのねぇカップルだな…。

「違うよ!」

と言い残し俺はゲストルームから出た。


重厚そうな扉を開け携帯をかける。この近くにいるようなのでそう待たずともすぐ来るだろう。俺はソファーに腰掛け花さんを待つ事にした。

ふとコンシェルジュさんの方を見た。彼も俺の方を見ていた。俺は愛想笑いを浮かべると彼の方から近寄ってきた。

「お客様をお待ちですか??」

「はい。これから母親が来るのでここで待たせてもらおうと思って。よかったですか?」

もちろんです、と彼は静かに答え定位置に戻りかける。

「あの…」

俺はもう少し話してみたかった。コンシェルジュさんになぜか興味が湧いてしまっていた。それに彼が誰に似ているのかを思い出したかった。もうちょっとで思い出せそうなのだ。

「去年はお世話になりました」

「いえとんでもございません。こちらこそお世話になっております」

彼はそう言って頭を下げると俺に笑みを見せた。その笑ったときの目と、そして彼の言った『いつも』という言葉。

カチリ、と頭の中で歯車が噛み合い回り始めた。

そうか笑。やっとわかった!

「あれ秋?待っててくれたの?」

ちょうどそのタイミングで花さんが到着した。

「七尾、花様ですか?」

俺はコンシェルジュさんに花さんを紹介した。彼は重厚な扉を開け、「どうぞ」と俺たちを中に通そうとする。

花さんはコンシェルジュさんの腕をガシッと掴んで、「行きましょう」とグイグイと引っ張る。さすがだ、花さん笑。

「ちょ、待ってください、花様、私、仕事が…」

「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ笑。さあ、行きましょう!」

俺は我が母親ながら惚れ惚れした。あの完璧に近いコンシェルジュさんをここまであたふたさせるそのエネルギーと、その洞察力に。


俺がゲストルームのドアを開けると乃蒼、イレーヌ、タケル、彩綾は驚きを隠せなかった。乃蒼とイレーヌには花さんがくることは伝えていない。ベタなこの誕生会で唯一のサプライズだ。

「花さんっ!」

乃蒼はダッシュで花さんに駆け寄りそのままの勢いで抱きついた。いつもの、恒例の、様式美だ。

「乃蒼、誕生日おめでとう」

そういって花さんも抱きしめる。俺はいつもこんな感じで周りから見られているのかと思った。悪くない。2人の姿はとても愛おしかった。

「初めまして。乃蒼の母です」

イレーヌがいつものキャラを封印し花さんに挨拶をした。さあ、俺が待ちに待った花さんとイレーヌのファーストコンタクトだ。

「イレーヌ!会いたかった」

花さんはイレーヌも乃蒼と同様抱きしめた。そして頬と頬を交互に寄せる。おぉ、外国映画でよく見るシーンだ!

「花。私もあなたに会いたかった」

なんだか今俺はとても感動する本を読了した時のような高揚感に満たされていた。


「ねぇ秋、なんでコンシェルジュさんがいるの?」

彩綾が小声で俺に尋ねてきた。

「気付かない?花さんは1発でわかったよ?」

そういう俺もさっきようやく気づいたんだけどな。

「さ、みんな揃ったところでもう一回乾杯しましょ。花、ワインで良い?赤だけど」

花さんはイレーヌからグラスを受け取り注いでもらっている。

「じゃあせっかく来たんだしさっきは私が挨拶したから次はお父さんが乾杯してよ」

「「お、お父さん???」」

タケサヤのリアクションは俺が期待していた通りだった。コンシェルジュさんこと乃蒼のお父さんは困った顔をしながらもイレーヌからジュースを手渡されると、観念したように乾杯の音頭を取り始めた。

「えっと…今日は娘のために集まってくれてありがとうございます。本当ならみなさんにお話したいことがたくさんあります。一人ひとりに感謝やお礼を申し上げたい。けれど言いたい事を全部言うには少し時間が足りません。だから1番言いたい事だけ話させていただきます。

みなさん、乃蒼を愛してくれてありがとう。親として、私とイレーヌはみなさんに言葉では言い表せないほど感謝をしています。この子が今こうやって笑っていられるのはみなさんのおかげです。本当にありがとう。

そして乃蒼、誕生日おめでとう。けどお父さんが1番お前におめでとうを言いたいのはここにいる人達に巡り会えた事だよ。おめでとう乃蒼。そしてありがとう。私とイレーヌの間に生まれてきてくれて本当にありがとう」

その言葉1つ1つが俺の胸に響いた。母親からの愛情の言葉はよく知っている。けど父親からの愛情の言葉を俺は知らない。父親は俺の人生とは無縁だと自分に言い聞かせて生きてきた。関係ないと思い込むようにしてた。けど俺はそろそろ父親から逃げているということを認めなければならない。乃蒼のお父さんの言葉は子への愛に溢れていた。もしかしたら、俺の父親もそうかもしれない。そうじゃないかもしれない。やっぱりまだ不安はある。けど俺は父親というものに一度ちゃんと向き合ってみようかと思った。

乾杯、とみんながグラスを合わせる。イケメンダンディコンシェルジュお父さんも一人一人にグラスを合わせ、最後に俺のところに来た。

「秋くんのお母さんは、凄いなぁ笑」

初めて俺を名前で呼んでくれた。嬉しいものなんだなぁ。

「はい、自慢の母親です」

「同じ親としてとても尊敬するよ」

俺も尊敬してやまない、俺の誇り。まだ本人には言えてないけど。

「秋くんも、素敵な男の子になって下さい。」

そう言って片手で俺の肩に手を置いたあと、そのまま優しく抱きしめてくれた。

初めて俺は、大人の男の人に抱きしめられた。

なのになぜそれは、父親ではないのだろう?

なぜ俺を初めて抱きしめる人が、友達の父親なのだろう?

乃蒼のお父さんの優しさと、俺の虚しさとがごちゃ混ぜになり目に涙が溢れてきた。

泣いてはいけないと思いとっさに上を向いた。けれど溢れてくる涙は零れ落ちてくる。慌てて後ろを向いて必死に涙を隠した。


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