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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「優しさの在り方」

大きな出来事が起こった。その中心にいたのは1年のとき影の薄い存在だった乃蒼だ。

「お前その髪は染めているのか?」

いま乃蒼の髪は胸のあたりまで伸びている。その色は根元の金髪に近い明るい色から、毛先に行くに従い茶色へとグラデーションのように変化していた。

「去年は黒に染めてました。けどこの色が私の地毛です」

乃蒼は1年の文化祭以降、髪を黒色に染めるのをやめた。「もともと染まりづらい髪質だったから2週間に1回は染めてたんだよ」と言っていたようにその髪の色は日に日に明るくなっていき、1年の終わり頃には毛先はほぼ茶髪で根元の金髪が目立つようになっていた。

生徒指導の吉岡先生は乃蒼に髪を黒く染めてこいと強く言ったが乃蒼はそれをもっと強く拒否した。

「これが私の地毛です。なぜそれを黒に染めなければならないんですか?」

「じゃあなんで去年は黒に染めていたんだ」

なるほど確かにそうだ、と俺ら3人以外のクラスメイト達は思ってるんだろうな。そして、「何でもいいから早く終われよ。帰れねぇだろ」とも。

「そういう意味で目立つことが嫌だったからです。けど今はこれが自分のアイデンティティーだと思っています」

中2のお嬢ちゃんがそう言ったところで生徒指導教師が折れるわけがない。

「お前がアイデンティティーを持つのはいいことだけどな、じゃあお前は髪の色でしか自己同一性を見出せないのか?お前は髪が黒かったらお前じゃないのか?」

なかなかいやらしい所を突いてくる。もしこの先生が同世代だったら言い争いはしたくない。めんどくさそうだ。

「えぇそうですね。髪が黒かったらそれは私ではありません。これは私が親からもらった遺伝子によるものです。それを否定することは私の親を否定するのと同義です」

乃蒼も負けてなかった。ていうかあの去年コミュ障だった女の子が今や対等かそれ以上に教師とやりあっている。やっぱりこの年代の伸び代は半端ない。

パチーンと音がした。俺はその瞬間を見ていなかったが、右頬を押さえる乃蒼の姿で先生からされた事は大方予想がついた。今のご時世平手打ちなどしようものなら体罰とみなされ世論から袋叩きにあう。一瞬にして教室内がざわめきだした。

「お前の演説に興味はない。明日までに染めてこい。殴られたのが気に入らないなら教育委員会でもなんでも訴えて構わない」

そう言って教室から出ていった。乃蒼は右手で頬を押さえたままジッと動かなかった。

静まり返る教室で最初に動いたのは彩綾だった。乃蒼に駆け寄り肩に手を置いてそっと教室から出ていった。本人がいなくなると

「叩くことないのにね」

「あれって学年2位のやつだよな?」

「鈴井も反論してないで黙ってハイって言っておけよな。このクラスごと印象悪くなるじゃねぇか」

と途端に教室内は騒がしくなる。座ったまま天井を見上げていた俺の席にタケルがやってきた。

「なぁ、どう思う?」

俺は返事をしない。どうって、何がだ!

「本人いなくなったとたんに好き勝手言ってるしさ」

それには同意せざるを得ない。けど俺は返事もしない。

「お前、珍しく本気で怒ってんな」

俺は黙ったままだ。タケルが言うように、いま俺は猛烈に怒っている。天井が邪魔で空が見えない。なんで天井なんかあるんだよこのクソ建物。

「ねぇ、明日染めてくるかな?」

「じゃなきゃヤバイでしょ?内申点悪くなるんじゃない?」

「ま、あいつ1人で悪く目立てば良いよ。俺らに飛び火しなければ」

あぁ吐き気がする。こんな時まで受験の心配、自分の心配。だから俺は1組なんて嫌なんだよ。

「どうでもいいから早く担任来いよ。塾に遅れるだろ。遅れた分成績下がったら鈴井のせいだからな」

あぁもうダメだ!叫ぼう。この教室にいるやつらを罵倒しよう。首を上から正面に向けた瞬間だった。

「いい加減にしろ!」

その声は俺ではない。俺以外で1番それを言いそうなタケルは俺の目の前で声の主を見つめていた。

「いなくなった途端に強気の発言か有象無象ども!」

教室はシーンと静まり返った。

「返事はどうした有象無象!そういうのは先生か本人がいる前で言えよ。それもできないならゴミのように黙ってろ」

俺はその男子生徒を知らなかった。「ねぇ、誰?」とタケルに聞くと「雪平。ウチの学年トップ。性悪も学年1位だな笑」と教えてくれた。

俺は雪平と同じことを頭の中で思っていたにも関わらず、結果として雪平に言わせてしまった。乃蒼の事を友達と思うなら本来俺やタケルがすべきことを、乃蒼と友達ではない雪平にさせてしまった。いや、ちがうか。雪平が友達でもない乃蒼のために俺たちに代わって教室の中心で暴言を叫んだのだ。俺とタケルが言いたい事を、言わなければならない事を。俺らはなんて情けないのだろう。

乃蒼と彩綾が戻ると雪平に一喝された教室内はさっき以上の静けさに包まれた。誰1人微動だにせず物音も立てない。2人はその空気に恐怖さえ感じる様子で俺とタケルの元にやってきた。

「ねぇ、何この雰囲気。怖いんだけど」

小声で彩綾が問いかける。

「なぁ乃蒼。お前はそのままでいいと俺は思うよ」

俺がまるで空気を読めない人のように教室内の静寂を打ち破ると

「うん。ありがと。」

と決意表明のように乃蒼は言った。けどその表情に笑顔はなかった。



「へぇ〜、なかなかカッコいいね雪平くん」

乃蒼が叩かれたあたりで花さんは「うちの乃蒼になにしてんの!」とテーブルをひっくり返さんばかりに怒っていた。いや、乃蒼はうちの子ではない、イレーヌの子だ。

乃蒼は学祭の後、時々タケル達と共にウチに遊びにきていた。みんなの前で自分の過去を話す時の乃蒼は、笑顔を作り気丈に振る舞う姿とは対照的に手が震えていた。俺は気づいていたけどその手を握ることはできなかった。かわりに花さんが乃蒼の手をずっと握りしめ、話し終わった乃蒼をいつものように抱きしめながら

「偉かったね。辛かったね。ありがとね話してくれて。私たちを信用してくれて。乃蒼、私はあなたが大好きだよ」

と頭を撫でていた。

「それにしても今時そんな先生もいるんだね」

「ホントだよ。訴えたかったら訴えろって、今のご時世かなり強気の発言だよね?」

「若いの?その先生は」

「他の先生に比べたら若いよ。花さんよりは上だけど」

ココアの入ったマグカップを花さんに差し出すと、

「その吉岡先生、ただのバカ教師だったら乃蒼が可哀想だなぁ」

とポツリと言った。

「もしバカじゃなかったら?」

何とは無しにただ聞いただけだった。そこにあんまり意味はなかった。

「どういう指導をしてくるかにもよるけど、もしバカじゃなかったら、秋たちは幸せかもね?」

とよくわからない事を言った。

「ねえ?なんで秋は乃蒼にそのままでいいよって言ったの?」

両手でココアを持ちながら飲みかけに話す花さんの姿が可愛らしい。

「だってあいつは自分の髪の色を親から受け継いだ遺伝子によるものだって言ったんだよ。それを否定することはイレーヌを否定することだって。あいつは小さい時にからかわれたのがきっかけで自分を嫌いになって否定して劣等感を持ってた。髪を黒に染めてイレーヌが母親だっていうのも内緒にしてた。だけど去年の終わりから色々とあいつなりに整理をつけて、やっと自分を認め出したのに、それを知りもしない先生に注意されたからってまた前みたいに自分を隠して生活するのが嫌だったんだよ」

そうだね、嫌だったんだよね。とココアに視線を落としながら言った。

「それは秋の気持ちだよね」

え?

「秋の気持ちだけだよね。乃蒼も同じ思いだったのかもしれないけど、秋は自分の気持ちでしかそれを言ってないよね」

俺は少しムッとしながら

「俺が無責任だって言いたいの?」

と喰ってかかった。俺にしては珍しい事だ。そんな俺に花さんは

「あなたの怒りはあなただけのもの。乃蒼を大義名分にして自分だけの怒りを正当化しないで。それは秋自身を傷つけるよ。ちゃんと乃蒼の逃げ道も作ってあげて。でないと乃蒼は秋達の優しさに縛られて身動きが取れなくなっちゃう」

反論したかったけどできなかった。正直その怒りのコントロールというのを俺は未だによくわからないでいた。

「それに無責任だとは言ってないよ。秋はまだ責任取れるもの」

責任?と俺は聞き返していた。

「あなたとタケルと彩綾と、あと雪平くんでちゃんと乃蒼の味方になってあげて。乃蒼が傷付くなら秋達も一緒に傷ついてあげて。あと忘れないでね。どんなことがあっても私は秋の味方だから。」

乃蒼の味方になって守ってやりたい、という気持ちはもちろんある。けどそのやり方がわからない。一晩かけて考えたけど良い案は浮かばなかった。雪平なら、学年トップの頭脳なら何か良い案を思いつくことができるだろうか?雪平は自分だけの怒りをうまくコントロール出来るのだろうか?乃蒼を縛ることなく、ちゃんと逃げ道を作ってやれるのだろうか?俺は乃蒼になにができる?

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