秋の章 「お正月2」
乃蒼と彩綾がお守りを買いに行っている間、タケルが俺にヒソヒソと耳打ちした。
「なぁ、あそこ」
顎で刺す方向には俺らと変わらない年代の男女の小集団がいた。
「なに?うちの学校?」
「ああ。同じ学年と2年生」
スカジャンや犬の絵柄がデカデカとプリントされたジャージなどを着た見た目は、厨二病にかかったなんちゃってヤンキーみたいだった。顔が幼すぎて怖さもなにもあったもんじゃない。
「あの人達がなしたの?」
タケルはまだ耳元でヒソヒソと喋る。
「多分乃蒼のことだと思うけど、あんまよく言ってなかった。生意気だとか何とか」
嫉妬、かな?それとも地味な乃蒼を貶すことで自分が強いと思い込みたいか。どっちにしてもあまり気持ちの良い話ではない。
「行こう。正月早々からそんな集団と揉めたりでもしたら縁起が悪い」
それもそうだな、とタケルはポケットに手を突っ込んで彩綾達の元に向かった。チラッと小集団の方を見ると俺の存在を素通りして彩綾やタケルや乃蒼のいる方を見ていた。正月早々神様の敷地内でくだらない事を考えとはなんてつまんない人達なのだろう、と思う。けどその発想自体がつまらな過ぎて俺は考えるのをやめ3人のところに向かった。
神社近くのドーナツ屋はとても繁盛していた。洒落ているけど敷居の高くないこの店は躊躇なく入ることができる。ここはコーヒーやカフェオレが無料でお代わりできるのもあり、席がいつ空くのか予想できなかったが10分ほどで4人がけの椅子に座ることができた。やはり日頃から良い行いをしていると良いことが起こるものだ。
「で、なにをお願いした?」
「人に聞くならまず自分から」
映画や本でよくあるセリフ。なんなら漫画にだってありふれたセリフだ。
「俺は今年一年も彩綾と仲良く過ごせますようにって」
彩綾はタケルの熱いラブコールを無視してモグモグとエンゼルフレンチを食べていた。けど付き合いの長さはダテじゃない。今、彩綾は喜びを必死で抑えている。眉毛が下がっているのがその証拠だ。
「じゃあその彩綾は?」
乃蒼が興味津々だ。
「私はもちろん4人で1組になれますように」
去年の4月、自分だけ違うクラスになり呪詛のようにブツブツと誰かに呪いの言葉を吐いていた彩綾は乃蒼と親しくなって以降より一層同じクラスになる事を所望していた。となれば成績を上げ2年で特進である2年1組になるのが運に任せるよりも確実だった。おかげで俺にまで特進希望を出せとしつこく迫り、俺は根負けして去年末に特進進級希望届を提出した。けど俺の成績ではギリギリOUTってとこだろう。俺は別に普通のクラスでいいよ。悪かったな彩綾、俺はお前と一緒のクラスになれないかもしれない。乃蒼も、悪かったな。文化祭の時の約束は守れないかもしれない。
「乃蒼は?」
「人に聞くなら自分からじゃなかったの?ま、いいけどね」
カフェオレを一口飲む。
「私は、取り戻せますようにって」
具体性がなさ過ぎて俺らは少し困惑した。もちろん当の乃蒼もそこで終わらせる気は無かったようだ。
「今思えば私はいっぱい勿体無い日々を過ごしてたと思うの。もっと早く彩綾と友達になれば良かった、とか。そしてそんな勿体無い日々を送ってきた原因はハッキリしてるから、そう言ったもの全部取り戻したい。私は自分を取り戻したい。自分を否定しない日々を過ごしたい」
少しだけ変な間が空く。決して悪い空気ではない。俺らが乃蒼の過去を振り返り、想像し、そして乃蒼が描く未来を予想する時間だ。
「乃蒼なら上手くやるんじゃないの?なんとなくだけどそう思うよ」
「ありがとうタケル」
俺からも何か声をかけようと思って、やめた。俺らはただ乃蒼が乃蒼になるまでを1番の特等席で一部始終見てればいい。
「さて、あんなに長くお願い事してた秋はどんな業突く張りな御願いをしたのかな?」
乃蒼はわくわく顔をしている。タケルも身を乗り出している。
「たいした事ないよ。元旦と同じお願い事をしただけ」
「だからなんだよ。もったいぶってないで教えろよ?エロいことか?」
バカやろう。神様にそんなお願いすれば良かったって後悔しちゃうじゃねぇか。
「俺が幸せだって思えますように、だよ」
照れるじゃねぇか。顔の火照りを誤魔化すようにチョコリングを齧った。
「フィリア?それともエロス?まさかアガペーとか言わないよね?」
「やめとけ乃蒼。2人がついてこれてない」
2人の頭には大きなハテナのマークが浮かんでは揺れていた。
「なんだよフィリアとかアガペーって。エロスは知ってるけど」
「お前が知ってるエロスの意味と違うからな?詳しくは神学概念でググれ。て言うか俺のお願いごとの由来はお前らも持ってるだろうが」
今度は3人でハテナマークが揺れている。とりあえず2人から理解させるところから始めよう。
「昔々ある国の広い草原に1人の男の子が空を見上げてました」
ああ!と言うように2人は背もたれにもたれ目を閉じて思い出し始める。まずはタケル。
「男の子は神様を見つけようと、空の隅から隅まで探してみたのですがそこには白くて大きい雲があるだけです」
続いて彩綾。
「神様、僕はあなたに会いたいです。男の子が強く願うと空から光が降りてきて、その光はハシゴになりました」
俺らは交代交代で絵本を乃蒼に読み聞かせる。花さんが一番最初に出版した『かみさまへのハシゴ』。タケサヤと友達になった時、彼らはすでに絵本を読むような年齢ではなかったけれど、12ページの絵本を今でもソラで言えるぐらい読んでいてくれたのが嬉しかった。
最後のセリフはタケルの番だったけど
「ほら、そこはお前が締めろよ」
と譲ってくれたので
「『あなたが幸せなら私も幸せなのよ』とお母さんは力一杯男の子を抱きしめた。お〜し〜まい」
大好きだった絵本。読み終わる時の「お〜し〜まい」という花さんの優しい声が大好きだった。
「花さんが絵本作家の頃に一番最初に書いた絵本だよ。てかお前らよく暗記してたな笑」
「何度読み直したと思ってるの?悪いけど全作何も見ずに読めるわよ?」
そりゃすげぇ。世界で俺くらいかと思ってた。
「今年の初夢はハシゴを登る夢だったんだ。どこに行くか何をするのかはわからないんだけど、ただハシゴを登る夢。だから今年の願い事は俺が幸せだと思えるようにって」
少しだけ俺はこの話をするのを躊躇していた。俺たちの昔の話をするとそこに乃蒼はいない。それが乃蒼を寂しくさせるんじゃないかと思って。
「お願いごとの意味がわかったよ。あのさ、これからみんな暇?」
今日はこれしか用事がない。確かに帰るには少し早すぎる。暇といえば暇だ。
「私ヒマ!てか夕方くらいまで付き合ってよね」
「良かった。じゃあさ、今から本屋行こう」
買う気か?
「欲しいならあげるよ?家にまだあるし」
確か全巻揃ってるはず、5セットくらい。
「まさか秋がそんなこと言うとは思わなかったよ!」
なんで怒られたいま?
「良い本はね、ちゃんと買わなきゃ自分のものにはならないんだよ?」
「俺が間違ってました」
乃蒼の言う通りだ。良い本は糧になる。その糧は人から貰うより自分で買うのが相応しい。
それから俺たちはドーナツ屋を出てこの辺で一番大きな書店に行った。昔花さんとここで『かみさまへのハシゴ」を買った日のことを思い出す。しかし残念なことに2作目以降は書店にあったが『かみさまへのハシゴ』だけ品切れだった。
「それだけプレゼントするよ」
「う〜ん、いますぐ読みたいし…ポリシーに反するけど止む無しだね」
「じゃあこれから取りに来い。さすがの花さんも今日お前らが来るとは思ってないから喜ぶと思うよ」
やったーと3人は喜び勇んで我が家へとやって来た。
「「「花さん!あけましておめでとう」」」
花さんはすっぴんでジャージに半纏姿だった。おこたでみかんを食べテレビを見ていた。
「ちょっ!秋っ!来るなら連絡してよ!」
焦る焦る笑。
「花さん可愛い〜!なんですっぴんなのにそんな可愛いの?」
「え?あ、そうかな?えへへ。じゃあこのままでいいか笑」
乃蒼が褒めると途端に機嫌が良くなった。ちょっと待ってて、と花さんは自分の部屋に戻ると
「え〜花さん着替えちゃうの〜」
と彩綾がドア越しに不満を言う。
「さすがにブラくらいは付けさせて」
「はなさんっっっ!!!」
俺は吠えずにはいられなかった。
「おまたせ〜」
と出て来たはなさんはジャージに半纏姿、そして手にはポチ袋を3つ持っていた。
「はい、お年玉。遠慮しないでね?遠慮するほどにはわざと入れてないんだから。その代わり私がおばあちゃんになったらアンタ達が私にお年玉ちょうだいね?」
3人は花さんの気持ちを汲んで遠慮なく受け取ってくれる。
「俺、出世してお年玉で家建ててあげるよ」
子どもかよ。それか世界大統領にでもなるつもりか?もれなくその家に俺も住むぞ?
「私は〜、う〜んそうだなぁ〜、じゃあ南の島に連れて行ってゆっくりしてもらう!」
だから子どもかよ。
「じゃあ私はね〜…」
頼むぞ乃蒼、大喜利はいらない。きちんと締めてくれ。
「毎年花さんに私のおせち料理食べてもらう」
・・・・・・
「え?なにこの沈黙?私けっこう料理もしますけど?イレーヌは美味しいって言ってくれますけど?」
乃蒼がややキレる。
「あ!そっか、違う違う!フランス料理じゃなくてちゃんと和食も作れるよ!」
乃蒼がやや焦る。
「ねぇなに!なんでみんな黙っちゃうの?」
頼みの花さんが愉快そうに笑っていてなにも言わない雰囲気だ。かと言って俺から言うのも憚られる。
「なぁ乃蒼」
持つべきものはタケルだった。
「お前いま自分でなに言ってるかわかってないだろ?」
「なにって、だから毎年おせち!」
「だからそれってつまり、秋と結婚して毎年お正月を家族として迎えるってことになるのよ?」
彩綾の助け舟のはずが一番顔を赤らめていたのはあろうことかこの俺だった。
「違ウ違ウソウジャ無クテ私ハタダ花サン二オセチヲデスネ、食ベテイタダキタク御座候」
わぁ…全部カタカナだ、とツッコめなかった。俺も冷静じゃいられないよ!
結局その日1日、乃蒼はカタカナが治らなかった。俺も少々無口だった。
「オ邪魔シマシタ。花サン、絵本とサインアリガトウ」
乃蒼は両手に花さんの絵本を抱いて頭をペコっと下げた。
「じゃ、俺ら乃蒼送ってくから心配すんな。じゃあね花さん。お年玉ありがとう。今年もよろしくね」
「頼むよタケル。3人とも、今年もよろしくね〜」
俺と花さんは玄関で見送った後、夕方を過ぎてさすがに冷えてきた外にリビングから出て3人を上から眺めた。
「ねぇ秋」
「なぁに?」
「友達っていいね」
てっきりさっきの話を蒸し返してからかわれるんじゃないかと思っていた。花さんの視線は3人を見ているようで遠くを見ている。その遠くとは距離ではなく時間。
「花さん、友達に会ってないでしょ?」
いつも俺を第一に考えてくれる。仕事以外の時間は全て俺のために使ってくれている。会っているとしたら、毎月最終土曜日の午後の数時間だけ。誰と会っているかはわからないけど。
「そうねぇ。ま、みんな仕事してるからねぇ」
「花さんもたまに会ったりしてよ。俺ばっかりじゃなくちゃんと花さん自身の時間を作って欲しいよ俺は」
あら心外、と花さんは俺を見た。
「私は秋のため、なんて今まで1秒もないよ?私が秋と一緒にいたくて時間を作ってたんだよ?」
そうなのかもしれないけど…。けど俺はね、花さん。
「でも。たまにはいいかもね。さっそく新年会でもやっちゃおうかしら」
「うん、それがいいよ」
クリスマスも終わったし、しばらくサンタさんもゆっくりできるんじゃないかな?新年会の会場がスタバじゃなければ、変で慎重な人も来てくれるかもしれない。
「さっそく誘ってみよう」
花さんは自分の部屋に携帯を取りに戻りリビングでコタツに入りながら誰かと話していた。いつもと同じようで、だけど俺だけが知る微妙な違い。
花さんが母親以外の顔を覗かせる。
俺は今とても幸せだよ、花さん。




