表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
37/790

秋の章 「お正月」

1月4日。今の時刻10:37。天気は晴れ。さっき外に出て確認したら昨日よりも気温は暖かかった。その日俺は友人達と初詣に行く約束をしていた。

初詣とは大晦日の夜から元旦の朝にかけて氏神の社に籠もり祈願していた事に由来している。が、時代とともに初詣の期間がルーズになり、地域によって7日までだとか15日までだとか20日までだとか現代の都合の良いように解釈されているようである。ちなみに俺と花さんはすでに元旦の朝に初詣は済ませていた。

「ねぇ、今日もまた着物着なきゃダメ?」

毎週着物を着てる上に正月に2回も初詣に行き、その2回とも着物なのは流石に面倒臭い。

「ダメよ。目立たないじゃない」

花さんが今日の俺に着物を勧める理由がとても弱い。正月なのだから着物の人なんてたくさんいるだろう。現に元旦の初詣では参拝客の3分の1が着物を着ていた。それではもう、目立ってるとは言えないじゃないか。

「秋は着物が似合う顔をしてるんだからもったいないじゃない」

着物が似合う顔ねぇ。そういや出会ったばかりの頃、まだ全然仲良くなる前に乃蒼にそう言ったっけ?懐かしい。

「外あったかいから羽織はいらないかな?」

「一応着て行きなよ。てか父さんと母さんが喜ぶから着て行ってあげてよ」

去年のクリスマス、じいちゃんとばあちゃんからプレゼントに羽織をもらった。一昨年のプレゼントだった着物に合うようにとわざわざオーダーしてくれたそうだ。俺には値段のことはよくわからないが、多分相当高い。ばあちゃんは俺に家業を継がせたいので中途半端なものは俺に贈らないだろうし、きっとこの羽織だけで大学初任給くらいは軽く飛んで行くのだろうというのは容易に予想がついた。親も親なら祖父母も祖父母だ。俺に甘すぎる。

自分の部屋で数日前に来た着物を着る。ウール製なのでこの季節でも暖かい。しかも羽織を着ると室内だと暑いくらいだ。

「はい、コレ。お賽銭」

千円札が5枚あった。

「高いよ!」

元旦は千円だったじゃないか!

「違う笑。終わった後みんなでどっか行くんでしょ?秋が出してあげたら良いじゃない」

俺は夏目漱石を5人花さんに返した。

「みんなに奢る理由がないよ。そういうのはきちんとしないといざって時に対等でいられなくなる。それに奢るなら花さんに貰ったお金じゃなんの意味もないよ。逆に俺がカッコ悪い」

親の財力を自分の力だと勘違いして大きな顔をしている奴ほど情けない奴はいない。

花さんは素直に4人の夏目をGUCCIの革財布に戻した。

「ほんと、しっかりしてきちゃって笑」

「まぁね。親がいいからね」

「じゃあ1枚だけ持って行きなよ。秋の分に使って」

「…。うん、じゃあドーナツとコーヒー代に使うね。ありがとう」

俺は1人の夏目を革財布に入れた。ヌメ革はまだなんの色にも染まってはいない。それもそのはず、コレは10日前にサンタさんから貰ったばかりのプレゼントだ。

「あ〜もう!しっかりしてる上に素直で可愛いんだから〜」

叫ぶようにそう言うと頭をガシガシと撫で回す。俺はもう花さんの身長をとうに超えていた。俺が頭をかがんでもなお花さんは背伸びをしながら俺の頭を撫でる。身長が伸びているのは素直に嬉しい。けど俺が望んでいるのは心の成長の方だ。背伸びをしている花さんの小さな足を見て、漠然と「ずっと守ってあげたいな」と思った。



俺らが1月の4日という中途半端な時期に初詣に行くのは彼女の帰国を待っていたからだ。

「あけましておめでとう〜」

乃蒼は半分金髪、半分茶髪という一見ヤンキーのように見えるその髪を揺らしながら公園の入り口に小走りでやって来た。

「おめでとう乃蒼。いつ帰って来たの?」

「おめでとう彩綾。昨日ってか家着いた時にはもう今日だったよ笑」

「おめ乃蒼。眠くないの?」

「おめタケル。うん、飛行機でいっぱい寝て来たから全然大丈夫。逆にスッキリ」

あんなにたどたどしかったカタコト敬語もすっかり普通になった。今では彩綾とバカみたいに大笑いもするしタケルに対して意地悪もする。どこにでもいる普通の中学1年生になっちまった笑。今の乃蒼から無理やり特異性を探すとすれば、金髪と茶色がかった瞳くらいだ。けど今日の瞳は真っ黒だ。買い溜めしたカラコンが大量に残っているらしい。

「おかえり」

新年最初の挨拶としてはおかしかったかもしれない。乃蒼も一瞬虚を突かれた顔をしたがすぐさま

「ただいまっ」

と日向のように笑った。


「乃蒼も着物なら私も来てくれば良かったなぁ」

「やめて!3人とも和服だと俺だけ浮いちゃう!てか何で秋まで着物なんだ?つうか着物なんてよく持ってたな?」

タケサヤは俺が華道をしていることをまだ知らない。

「花さんの趣味だよ。てか七尾家はみんな着物を着るんだ。元旦にもこれで出かけたよ」

花さんの着物姿見てみたかったな、とタケルが天を仰ぐ。普通の中1の女子が彼女ならヤキモチのひとつも焼くのかもしれないが、彩綾は筋金入りの花さんファンだった。

「花さんなら何着ても似合うよ」

水着だけは映えないと思うよ?とは言えない。本人の前では絶対に言えない。きっとひどく落ち込んだ上に熱を出す。いつも2人でルパンを観ていると、不二子が出るたびに

「いいなぁ」

と本音を漏らしている花さんは、きっと本当に不二子を羨んでいるんだろう。

「あ、今絶対いやらしい事考えてる。ところでその羽織いいねぇ。触らせて」

不二子の体のラインのことを思い出していたら乃蒼がそばに来ていた。おお、勘がいいのは今年も健在だな。乃蒼は羽織を軽くサワサワと撫でた。

「やばいね!これ」

普段着物を着ているだけあって乃蒼はさすがに見る目がある。

「じいちゃんとばあちゃんのクリスマスプレゼント。ちなみに着物は去年のプレゼント」

「え?なになに?これ高いの?」

価値のわからないタケルは無遠慮にガサガサと触る。

「タケル、多分この羽織一枚で車が買えるよ」

乃蒼の冗談を真に受けたタケルはその手を急に離した。

「マジ…かよ…」

まぁ確かに買えるだろうな。

「中古車ならな。しかも軽な」

そんなにしないかもしれないけど。

「だとしても…。着物にそれくらいの値段かけるなんて…七尾家はセレブレーションだ」

おいタケル、祝ってどうする。

「あれ?アシミレーションだっけ?」

おい彩綾、同化してどうする。

「サーキュレーションね」

おい乃蒼、恋愛してどうする。

てか乃蒼まで入るとただの大喜利じゃねぇか。あとどうせやるならセレブでボケろ!レーションの方が間違ってんだから。

「あ〜、楽しいね〜やっぱ。帰ってきたって気がするよ」

そうだろ?お前の故郷はフランスでもドイツでもフランスでもアイルランドでもロシアでもアメリカでもない、日本だよ。だから言ったじゃん?「おかえり」って。

な〜んて、口が裂けても言えないな。カッコよすぎる笑。

「じゃ、そろそろ行こっか。神様が待ってるよ」

彩綾の言葉を合図に俺らは普段入っていく校門を通り過ぎ20分ほど歩いたところにある神社に向かった。


流石に4日ともなると元旦の半分以下の参拝客だった。それでも普段は人が少ない境内にはそれなりの人出があった。

「フランスって初詣とかあんの?教会?」

アホみたいなタケルの質問だけど俺もちょっと興味がある。

「初詣とかはないかな?教会で新年を祝う人もいるだろうけどウチはしなかったなぁ。普通に家族で新年を迎えるだけ。フランスって日本ほどお正月は格式張らないの。どっちかっていうとクリスマスの方がきちんとするかな」

国によって、宗教によって、地域によっても祝い方はそれぞれだ。小さな日本の、小さな街の中で一年のほとんどを過ごしている俺には実感がわかないけど、きっと世界はとても広い。広すぎてすれ違う事も多い。


今年2回目の神様へのお願い。

「お前、必死かよ?笑」

って神様は笑うだろうか?それとも彩綾が言うように俺たちのことを待っててくれただろうか?俺は迷ったけど結局3日前と同じ事をお願いした。

一礼し目を開けると3人はすでに終えて俺を見ていた。

「長ぇな。お前、必死かよ?笑」

お前は神様かよ。

「うるさいな、必死だよ」

俺はお前ほど強くないんだよ。

お前が不味いクッキーを食べたその優しさは強さだよ。

お前がその下らないコトばかり言って周りの空気を和ませるのだって強さだよ。

お前のその同じ人を思い続けるのもまた、強さだよ。

俺はお前にちょっとだけ憧れてたりする。

お前みたいに強くなりたいって密かに思ってたりするんだよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ