秋の章 「クリスマス」
冬休み。その日は花さんと街に出かけていた。赤や緑がうるさいくらいに煌びやかで、BGMもウンザリするほどのクリスマス一色だった。それもそうだろう。今日はイブ当日。街にはカップルやカップルや家族連れやカップルがあふれんばかりだった。
俺はこの雰囲気が苦手だ。苦手というか好きではなかった。好きではなかったというか嫌いだった。
「花さん、プレゼントはいいよ。もう帰りたい泣」
クリスマスプレゼントを拒む中学1年生というのもなかなかどうして珍しいだろうな。けど俺は本当にあまり物欲がない。昔も今も本くらいしか欲しいものが見当たらない。
「またそんなこと言って。来たばっかじゃない。秋は本当にクリスマスの雰囲気が嫌いなんだね」
いつから嫌いなのかは覚えていないが、去年もその前も好きではなかったのは確かだ。
「欲しいもの、ないの?」
「うん。ない」
「寒くない?」
そう言われてみたら少し寒い気がする。それもそのはず。さっきからチラチラと雪が降って来ている。ホワイトクリスマスかぁ…fackだなぁ…。
「よしじゃあコートを買いに行こう」
言いたくはないのだけれど、俺はいま花さんと腕を組んでいる。文化祭以前にもよく花さんと出かけていたけど、あれ以来花さんは積極的に俺に腕を組むようになった。
息子としても嬉しいのかな?それとも、やっぱり花さんは少し寂しいのかな?本当は俺じゃなくて誰かとこうやって街を歩いてみたいのかな?俺が生まれる前、俺の父親とは腕を組んでクリスマス色に染まった街を歩いたりしてたのかな?
色んなことを考えると嫌がるのも憚られて、結局俺は花さんのされるがままになっている。こんなところを誰かに見られでもしたら面倒だ…と、フラグを立てるような真似をしてみるけれど、そう都合よく誰かと会うことはなかった。小説でもあるまいし。
花さんが俺を連れて来たのは若者たちがごった返しているPARCOの地下2階だった。スペースの広さの割に洋服があまり置いていない、よく言えば贅沢な空間の使い方をしたお店だった。
「アダム…エト…ロープ?」
「アダム・エ・ロペ」
「et…ロペ…、フランスのブランドなの?高そう」
「日本のアパレルブランドだよ笑。フランス語っぽいけど造語、かな?フランス語だと『アダム・エ・ロープ』と発音しなきゃならないから、読み方重視の雰囲気ブランド、だね。私はここの服好きだけど」
難しいね、俺にはまだフランス語は早い。英語もまだまだ喋れない。
花さんは黒やカーキのコートを代わる代わる持って来て俺に当て、う〜んと悩み、また違うジャケットを持って来ては俺に当て、う〜んと悩んでいる。最初それをされてる時は大変そうだなと思っていたけど、花さん曰く『この時が楽しいのよ』と本人はとても嬉しそうにしているので俺は鏡の前で黙って立っているだけだ。
「秋、これはどう?」
わかんない。似合うのかな?
「こっちは?」
わかんない。丈、短くない?
俺はオシャレには無縁の男だ。彩綾は俺のことをオシャレだと言ってくれるが、俺の来ている服の100%を花さんが選んでいるので当然と言えば当然なのだ。
「もうっ笑。好きか嫌いかだけでも教えてよ!」
「じゃあ花さんはどれが好き?」
そう言うと間髪入れず「私はねぇ、今年はアレとアレを着るから…」とあくまでも自分の隣を歩く俺を想定しているようだ。
「コレ、黒のN-3B。着てみて着てみて」
俺は言われるがまま黒のシャカシャカしたコートを羽織る。毛のあたりがチクチクするかと思ったら見た目とは違いふわっとしていて気持ちがいい。
「似合う?って聞いてもダメだった。花さんは何でも似合うっていうからアテになんないんだよなぁ」
案の定「いいね、似合うよ」とやっぱり褒めてくれてアテにはならない。
「じゃあこれにしましょう。決定」
花さんは黒のシャカシャカしたコートをレジまで持って行き会計を済ませた。店員が紙袋にビニールを被せ店の出口まで持って来てくれ、花さんに渡す。
「ありがとう。自分で持つよ持つよ」
俺は礼を言って大きなその紙袋を花さんから受け取る。
「よ〜し、次いってみよう!」
え?まだ行くの?もう帰ろうよ…泣。
それからトレーナーならボーラーハットやらを買うために何店舗も見てまわり、3時間ほどしてようやく喫茶店で一息ついた。スタバやドトールなど人で賑わっているコーヒーショップより小さくて人があまりいない昔ながらの喫茶店が俺は好きだった。
「なんか、私の高校の時の友達みたいなこと言うね」
花さんは懐かしそうな目で俺をみる。
「どんな人だったの?俺と似てた?」
う〜ん。と、遠くを見る。その遠くとは、距離ではなく時間だ。
「なんか変な奴だったな笑。普段あんまり喋らないくせに仲間だけになると途端に饒舌になったり。どんな話も最終的には仏教や哲学になっちゃうし。けど面白い人だったよ。他の人とは違った見方ができる人で。その時はこいつ何言ってんの?回りくどい言い方する人だけど自分の事を誤解なく伝えたいだけの慎重な人だったな笑」
その人が、俺の父親…なのか?可能性はあるけど花さんの話ぶりからなんか違う気がする。
「その人がね、言ってたの。私と秋は前世ではとても近しい人だったって。結びつきが強い人は来世では恋人や夫婦や兄弟や親子になるんだって」
花さんと俺は前世では恋人同士で、花さんだけその記憶が少しあるから腕を組むのだろうか?笑
「ねぇ、私達は来世はどんな関係になってるかな?」
俺は考えるまでもなかった。
「親子がいいよ。また親子がいい。今みたいなのをもう一回繰り返したいよ」
そしてまた作文を書いて花さんにあげたいと思った。あの嬉しそうな顔をまた来世でも見てみたい。
「まったく。ホント、良い子に育ったんだから」
「育てたのは花さんでしょうが」
するといつものように
「それは秋の心根が優しいからでしょ?」
と俺を褒めてくれた。
何故だろう?生まれて物心ついてから俺は花さんに毎日褒められている。優しいね、かっこいいんだから、可愛いね、あったまイイ〜etc。なのになんで褒められ飽きないんだろう?毎日毎日褒められても一向に飽きることなく毎回新鮮で、そして嬉しい。自分のことをいい子だと思うほど自惚れ屋ではないけれど、花さんのいうように俺が良い子に育ったのならそれは花さんが毎日褒めてくれるからじゃないのかな?と思う。
「あれ?」
視界には窓の外を歩いている1組のカップルがいる。
「なしたの?あのカップル?あの子たち、秋と同じ中学?」
「うん。てか男の方は同じクラス。女の子の方は知らないけど」
どちらかと言えば花さんより俺の方が常識人で、花さんは俺より自由人だ。たから俺があえて言わなかった言葉も花さんは口にチャックをしない。
「なんだか釣り合ってないカップルだね」
あちらは外こちらは中にいるので会話は聞こえないが、黒のリュックを背負い赤のネルシャツをデニムにインしている茂木は、キャメル色のコートに白のスカートを履いている女子に激しい身振り手振りで何やら力説している様だった。アニメの話じゃなければ良いのだが。
「あの2人、付き合っ…てるの?」
「いや、聞いた事ないけどなぁ。けど茂木は歌が上手いからそれをキッカケに…ってのは考えられる」
もしくは彼女の方もアニヲタなのかもしれない。
「ねぇ秋、大事なこと聞くんだけど」
「なに?」
「その茂木くんって人と秋は…友達?」
「違うよ」
花さんは心底ホッとした顔をみせた。花さんは自由で遠慮がない。
「だったら良いけど。私、ごめん、無理だからね?」
あの花さんが無理って、凄いな茂木。
ガラス一枚隔ててそんな話をされているとは思ってもいないだろうその2人は、茂木だけ楽しそうに、彼女は苦悶の表情をしながら街に消えていった。
「カップルといえばタケルと彩綾は?」
「今頃この辺でデートでもしてるんじゃない?」
寒いのにわざわざ繋ぐ手を手袋もせずに歩いているのだろう。
「乃蒼は?」
「フランス。イレーヌの実家に行ってくるって。彩綾とタケルが羨ましがってた笑。」
里帰りがフランスとか超すげぇ。
「4人ともすっかり仲良しだね」
文化祭以降乃蒼とタケサヤの2人は徐々に距離を詰めていった。冬休み前にはずっと幼馴染だったかのように打ち解け、今ではあの公園で毎朝待ち合わせて4人で登校する仲だ。特に彩綾は乃蒼とベッタリで、休み時間のたびに俺たちのクラスに来て乃蒼と喋っていた。それと、彩綾は特進組進級に向け乃蒼から勉強を教えてもらっている。おかげで2学期末のテストで彩綾は平均点を爆上げし、どんぐりの背比べだった俺とは差がついてしまった。ま、俺も英語の点数が伸びてきているんだけどね。それでもまだまだ乃蒼への下克上は程遠い。バスタオル姿はまだ見れない。
「けど俺の家に来たら花さんの方が仲良しじゃん。俺とタケルだけ除け者みたいだ笑」
コーヒーに口をつける。すっかり冷めてしまっている。
「除け者にはしてないけどさ、やっぱ女子には女子の仲間意識ってものがあるのよ。男にもあるでしょ?そういうの」
確かに。男にしかわからない距離感てのはあると思う。
「いくら仲が良くても性別は超えられないのよ。だから人は異性を好きになるのかもね」
花さんの言葉には力がある。
人を好きになった事がまだない俺だけど、そんな俺がなんとなく納得してしまうほど花さんの言葉には説得力がある。
「いつか、もっとあとに、ずっとずっと後になってから、秋も誰かに恋をしなさい?そしたらきっとクリスマスイブも好きになれるかもしれないよ?けどすぐはダメだからね?何年もあとにしてね?まだ早いんだからね!」
必死だね花さん笑。
俺が好きになる人は、きっと花さんに似てると思う。
だから俺が人を好きになるのはそうそうない。
花さんみたいな人、そんな簡単にはいないだろうから。
突然携帯の呼び出し音が鳴る。2人でカバンから携帯を出すと鳴っていたのは花さんの方だった。
「もしもし?うん。うん、いま秋と一緒。え?あ、そうなの?そっかぁ。わかった。あ、乃蒼の方は?うん、うん。わかったぁ、伝えとく。うん、は〜い。うん。はい、じゃね〜」
「誰から?」
「お母さん」
ばあちゃんか。何で乃蒼の名前が出てくるのだろう?
「市丸展の結果出たって」
ああ、それでか。電話での話ぶりからしてダメだったようだ。
「また今年もダメかぁ〜。まあ13の小僧が賞取れるほど甘くないよねぇ。乃蒼もダメだったの?」
「うん。2人とも賞には漏れたみたい。けど、最年少出展者の2人の評価、周りからは結構良かったみたいよ?」
俺を倒すと息巻いてた乃蒼は結果を知ったら悔しがるのかな?そもそもなんで俺にライバル心を剥き出し始めたのかよくわからない。聞いてもちゃんと教えてくれないし。「あの時のモヤモヤをスッキリさせて良い思い出にする」とか意味のわかんないことばかりを言う。イレーヌの作品が最優秀賞じゃなくてモヤモヤしているのだろうか?けど俺は自分の作品が最優秀賞にふさわしいと自負している。普段展覧会には行かない俺と花さんも、さすがにその時は会場に足を運んだ。珍しいブルーローズを使った作品が印象的だった記憶がある。けどあの時の自分の作品がやっぱり1番好きだ。あれは俺の決意表明と同時に花さんへのメッセージだ。
サルビアの花言葉は「尊敬」と「家族愛」。
梔子の花言葉は「私は幸せです」。




