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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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練生川三太郎の章 3

あ、そうだ、忘れてた。

街路樹が色付いた秋の街並みを歩きながら俺はスマホをポケットから出し花にメールを打つ。

『来月って秋の学校の文化祭だろ?なんなら日程ずらそうか?』

話そうと思ってたことだが後半それどころじゃなくてすっかり忘れていたのを思い出した。話す順番を間違えた。

花はすぐに返信してきた。

「大丈夫。私は2日目に行くことにしてるから。でもなんで三太が秋の文化祭の日にち知ってるの?」

俺が調べようと思って調べられないことがないのを忘れてんのか?まあこの件はネットで秋の学校のサイトから仕入れた情報だけど。

「俺は秋のストーカーなんだよ』

さっきの雰囲気を壊したくて冗談を送った。

しばらく返信がこなかった。

俺は近くにあった書店に立ち寄り新刊のコーナーを見ていると胸でブルブルとバイブが震えた。

名誉のために言っておくが、俺はそういうオモチャを外に持ち歩く趣味はない。というよりそんなオモチャを持ってない。

『やめて』

とだけのメールだった。本当にこいつは人の気持ちも知らないで!

それ以上なにを返せばいいのかわからず放置して絵本のコーナーに行き、作家のな行を探す。さすがにもう面置きはされなくなったが未だに花の描いた絵本は書店に置いてあった。

花が秋のために描いた絵本、『かみさまへのハシゴ』。



主人公の男の子が神様に会いたくて毎日空を見上げお願いすると、天からハシゴが降りてくる。男の子がハシゴを登ろうとすると天国に行きたいおじいさんや人間になりたいシマウマが次々と男の子にお願いしにやって来て、男の子は快く先に登らせる。男の子はそんな彼らの姿を見ながら考える。自分は本当にこのハシゴを登るべきなのかどうか。自分は神様に会ってどうしたいのか?おじいさんやシマウマのように明確な理由がない男の子はやがて1つのお願いをしようと決める。男の子がようやくハシゴを登り始め、ハシゴの半分、雲の上まで来た時、雷様が男の子に尋ねる。

「お前は何をしに神様に会いに行くのだ?」

「みんなが幸せだって思える世界にしてくださいってお願いするためです」

雷様は笑う。男の子は笑われる意味がわからない。

「どうして笑うの?このお願い事は変ですか?」

「ああ、変だな。みんなが幸せだって思える世界はもうあるじゃないか?」

「でも世界には泣いてる人もいるよ?悲しいなって思ってる人もいるよ?」

「泣いているから、悲しいから世界は幸せじゃないのか?幸せじゃないのは世界のせいじゃなく自分の心がそう思えないからだ。神様のせいじゃない。ましてや神様にお願いすることじゃない。まずはお前が幸せだって思うんだ。そして次に、お前の出会う人にも幸せだって思ってもらえるように、お前が気付かせてあげるんだ。その輪が広がれば、お前のお願いは叶う。神様が叶えてくれるんじゃない。お前が叶えるんだ」

男の子はハシゴを降り始めた。地上に立ち男の子はお母さんのところに駆け出した。

「お母さん。僕しあわせだよ」

その言葉で男の子のお母さんも幸せを感じることができた。

「お母さんは?幸せ?」

男の子のお母さんは

「あなたが幸せなら私も幸せなのよ」

と力一杯男の子を抱きしめた。



三太、いま幸せなの?辛くないの?…か。

お前は自分でこの話を書いときながら聞き方を間違えてんじゃねぇか。

俺のこと聞くよりもまずお前が言えよ。幸せだって。

秋と一緒にいられて幸せだって。

秋に愛されて世界で1番幸せだって最初に言えよ。

そしたら俺だって言えるよ。

「それなら俺も幸せだ」って。

あるもんだな、人の幸せが自分の幸せだなんてもんがこの世の中にも。12年前の俺にはそんなのそれこそファンタジーだったよ。

ブルブルと携帯が震える。メールを人差し指でタッチすると花からさっきの続きが入っていた。

『いま家に着きました。今日はありがとう。そしてごめんなさい。貸し金庫の手紙の件、少しきちんと考えてみます』

声が、聴きたい。

メールなんかじゃない。お前の声が聞きたい。怒ってても泣いててもいいから、目の前でお前の声が聞きたいよ。

『ゆっくり考えてみろ。どうせ今日明日必要になるようなもんじゃない。

来月の件、了解した。近くなったらまた連絡くれ』

送信しながら、俺も素直じゃねぇなと思った。けど最初から素直じゃなかったかもしれない。成績は花の方が上だったけど、俺は必死に花よりも大人であろうとしていた。だから最初から、俺は花に対して素直じゃなかったのかもしれない。

「偉そうにな。人に説教できるほど偉いのかよ、俺は…」

それきり花からの返信はなかったが、写真が一枚送られて来た。

それは幸せそうに、嬉しそうに、この世の全てを手に入れたかのように笑う花と、そんな花に抱きつかれて少し迷惑そうな顔をしている秋の自撮りのツーショットだった。

空を見上げる。どこにもハシゴはかかっていない。

もし俺がハシゴを登るなら、神様にお願いしよう。

あの2人が片時も不幸を感じることがありませんように。

もしそれに誰かの生贄が必要ならば、俺の幸せを全てさし出そう。

あの2人が幸せならそれでいい。

俺1人で足りないのなら、あの2人以外の全ての人の幸福をさし出そう。

あの2人以外どうなってもいい。

それを花と秋は良しとはしないだろう。そんなこと望んでいない。あいつらは自分に関わる全ての人が幸せになればいいと思うような人間だ。

そのために自分を犠牲にしても良いと思える人間だ。

あいつらは良い子だろ?だから少しくらい目をかけてやって欲しいんだ。

なぁ神様、俺はいけない子だったかい?

俺が悪い子だから、秋は俺と花の子じゃなかったのかい?

でも知ってるんだ。

あんたなんていない。

いないからこの世界は悲しみで溢れている。

花が描くように、心の有りようだってってことも理解できるよ。

けど、それを差し引いても悲しみが多すぎる。

だから花は最初に秋に幸せをあげてるんだ。

いずれくる苦しみと差し引いて、ちょっとだけ幸せが勝つように。

それは人並みの幸せじゃ追いつかない、不幸が勝ってしまう。

だからこそ、神様。花に幸せをくれよ。

あいつが幸せなら秋は幸せになれる。

あいつは秋のためならいくらでも幸せを与えることができる。

けど知ってるんだ。

あんたなんて、どこにもいない。

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