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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「文化祭3」

タケルと彩綾は予定よりも15分早く戻って来た。おかげでセリヌンティウス役の俺は殺されずにすんだ。

「ありがとう。おかげで楽しかった!ハイこれ約束のタコ焼き」

彩綾は俺ではなく乃蒼にタコ焼きを手渡した。俺と乃蒼は昼のラッシュでクタクタだったし、乃蒼はお腹が空きすぎて不機嫌だったのでちょうど良いタイミングで戻って来てくれた。

「ありガとう荒木さン」

「いやいや、それはこっちだよ。おかげでタケルといっぱい回れたし。鈴井さんのおかげです。どっかの冷徹バカとは大違い。ありがとうね」

乃蒼に向ける笑顔とは違い俺には血の通わない目で俺を見た。

「もう休憩入っていい?クタクタだよ」

その目を見続けると石になるらしいので早々に退散する事にした。教室の後ろに設置したカーテンで仕切られただけのバックヤードで椅子に座り休んでいるとタコ焼きを持って乃蒼が現れる。

「全部は多いから一緒に食べようよ」

俺はここで食べるのもつまらないからどっかいい場所知らない?と言うと

「じゃあ良いところあるよ。そこで食べよう」

と、手招きをする。俺は重い腰を上げて乃蒼についていった。



乃蒼を後ろをノコノコ着いていくと、そこは旧校舎だった。入り口ではなくれっきとした旧校舎の中、何年も前に使われていた教室だった。てっきり鍵がかかっているものだと思っていたが施錠すらされておらず誰でも自由に入ることができていた。

中は少し埃の匂いが立ち込め、使われなくなったホワイトボードや机、何故か跳び箱などが所狭しと置いてある。今では物置小屋になっているようだ。

「さあ食べよう。私はお腹が空いて機嫌が悪いの」

乃蒼は捨てられている体育で使うマットを広げそこに座る。空腹で機嫌悪いとか子どもかよ。俺も乃蒼の隣に腰かけた。


「お前さ、さっきも普通に話せてたよ」

ぬるくなったタコ焼きはお世辞にも美味しいとは言えなかったけど、それでもまあ文化祭の雰囲気がスパイスとなって悪くはなかった。入ることができないはずの場所に女の子と2人きり、というスパイスも効いてたかもしれない。

「ほう?ほかっはぁ。ひょうひきふはれへへほくほほえへいはいんはぁ」

なに言ってるかわかんねえよ。何個口に入れてんだよ。

「けどどうしたんだよ今日は。やけに積極的じゃん」

乃蒼は口の中のタコ焼きをしばらくモグモグしゴックンと飲み込んだあと、答えることもなく天井を見上げだ。またかよ笑。何か言いにくい話なのかな?

「なんかさ、最近よく昔のこと思い出すんだよね。昔って言っても何年か前のこと。朝、秋に似てるって言った子の事とか」

乃蒼が好きだった、もしくは現在進行形で好きな子かもしれない。

「サボってたなぁって。秋と友達になれた事で満足して頑張る事を辞めちゃった」

なんとなく話が見えるようで全く見えない。

「秋はさ、自分のこと好き?」

いつかの花さんみたいなことを言う。

「唐突だな笑。前に花さんにも同じこと質問されたよ。俺はずっと、自分のルーツっていうか…色んなことを知らないままじゃホントの意味で自分を好きにはなれないって思ってた。けど、その成長過程で自己評価するなら俺は自分のこと結構好きだよ笑」

母親が花さんじゃなければこう思えていたのだろうか?自信がない。

「会うべく人に会うとき、背を向けるような自分であってはならない」

突然格言を言い出すので何事かと思った。

「誰の言葉?」

「日の目を見なかったある作家の言葉。欲望や怠惰やその他いろんな理由で自分のことを恥ずかしいと思う人間のまま運命の人に会った時、胸を張って『ここに私はいます』って言えないでしょ?会えない今だからこそ努力しなくちゃならないんだよ。会うべく人に会うために」

聞くべきことを聞くべき時に、きちんと判断ができる人間になっていなければならない。自分のことに置き換えると、なるほど、よくわかる。ふと花さんが好きだという本のことを思い出した。あの2人も会えない時間の中で会うべく人に会う時のため誇れる自分でいられるようもがいていたのだろうか?

「私は中学入ってなんとか1人でも友達作ろうと思って、最初はぎこちなかったかもしれないけど今ではこうやって2人でたこ焼き食べるくらいの友達になって、それで満足していたなぁって最近つくづく思うのよ」

タコ焼きはもうなくなっていた。乃蒼は上を向いたままだ。

「私が上手く話せないのも緊張するのも敬語を使っちゃうのも表情が固まっちゃうのも、全て理由があるつもりでいたけど、理由じゃなくて言い訳なのよね。それが最近わかっちゃったの。私はなんだかんだ理由をつけてサボってるって」

俺は返事をしなかった。今は乃蒼の独白の時間。

「だからさ、人に何かしてもらわないで自分から動くことにしたの。今日の佐伯くんと荒木さんのことも、ちゃんと自分からやらなきゃ私は会うべく人に会う時、背中を向けてしまうなって。私だけ約束守ってなかったら、胸を張って大好きな人と会えないなってそう思ったんだ」

ようやく乃蒼は顔を下ろした。独白は終わりのようだった。いくつかわからないことがあったし確認したいこともあるけど、独白に第三者が横槍を入れるような無粋な真似はしたくなかったので

「うん」

と、聞いてたよという意思表示だけを俺は乃蒼に示す。

「はい、これ」

乃蒼がポケットからリボンの付いた小さな紙袋を取り出し俺に差し出す。この場所に入ってから乃蒼の展開は早くて追いつくのに俺は必死だ。もちろん狼狽えたりしない。乃蒼が心地いいテンポで話をしたい。今日はそんな気分だ。

「貰っていいの?」

「うん、プレゼント。過ぎちゃったけど10日誕生日だったでしょ?高いものでもないし良いものでもないけど、ずっと前からあげたかった物なんだ」

紙袋から出てきたのはスマホケースだった。

「ひまわり…フィンセント・ファン・ゴッホ?」

革でできた手帳型のスマホケースはゴッホのひまわりが染められている。

「感嘆でゴッホをフルネームで言えるなんて相変わらず嫌味な中学生だねぇ笑。さて、これは何番目でしょう?」

ゴッホのひまわりは7作あるはず。そのうちこのスマホケースのように12本のひまわりがあるのは3作目か7作目だ。見た目は子どもで頭脳は大人の名探偵が活躍するアニメで得た知識。しかし、3と7そのどちらなのかはわからない。

「外れたら私の誕生日にも何かプレゼントしてね」

これは当てたくないな笑

「7番目」

「ぶっぶ〜。ハズレ〜3番目でした〜。流石の秋も分からなかったでしょ?やったぁ!」

ハズレてホッとした。

「大事にするよ。ありがとう」

家に帰って早速サンタさんから貰った携帯に付けよう。

「どういたしまして。私の誕生日は4月8日だからね。忘れないでよ」

「今年は終わっちゃったのか。じゃあ来年だな」

期待してるからね、と乃蒼は俺の腕をパンと軽く叩いた後、とても楽しそうに笑った。



今日の乃蒼は喜怒哀楽がハッキリしている。文化祭の雰囲気がそうさせるのか、それとも最近思い出すという大切な人のせいなのか俺には分からない。けどきっと、多分、恐らくは後者なのだろう。普段一緒にいる俺にはできないことが、今は会えていないであろうその大切な人ならば出来るのは、正直ちょっと嫉妬したりもする。いつか俺もそんな人になってみたい。誰かの大事な部分を変えられる、そんな人になってみたい。そんな人になれたなら、日の目を見なかった作家がいう、会うべき人に会う時に背を向けず胸を張って真正面から会える、そんな人になれているのだろうか。会うべく人に、一染みの濁りもなく自分を晒すことができるだろうか?

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