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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「文化祭2」

彩綾は激怒した。無論このクラスに級友の誠意を疑い、簡単に命を奪うような暴君は存在しない。だから彩綾は妹の結婚式に行くため3日で戻ってくると約束し、親友を人質に置いて走り出すこともない。彩綾の怒りの理由は彼氏が自分と文化祭を回ってくれない事で、その怒りの矛先は俺だった。とても精神的にくる抗議の仕方だった。カウンターの中にいる俺の真正面に座り、ただただなにも言わずジッと俺を睨みつけている。かれこれ30分近くそうしている。

「おい、アレなんとかしろ」

「無理だ。俺の彼女は怒ったら吉田沙保里より強い」

「バカいうな。吉田沙保里より強い霊長類なんかいねぇんだよ!こないだは…たまたま調子が出なかっただけだ!」

リオオリンピックレスリング女子決勝で俺は地球の反対側にいる吉田沙保里に届けとばかりに念を込めながら応援していたが、結果は銀メダルだった。いや、それでも十分だ。連勝すればするほど倍増していくプレッシャーの中で眠れない夜を何日も過ごしながらベストコンディションとは言えない状態であれほどの感動を日本全国にーーー

「秋、なんの話?」

乃蒼が冷めた目で俺を見ている。なにって、吉田沙保里の話だ!

乃蒼が天井を見た。つられて俺とタケルも天井を見上げる。なんの変哲も無い天井。シミがいくつか見えるくらい。もちろんそこには空なんか見えない。

「よしっ!」

と、声を出した乃蒼はタケルの背後に周りエプロンの結び目を解いた。

「休憩シてきて下さイ。12:45まで。それまデ2人で頑張リますから」

「え?いいの?けど今は暇だからいいけどこれから昼になるし混んできたら2人じゃ大変でしょ?」

「ダから、12:45からヒトリでやって。秋もワタシも休憩シマす。15:00まで」

1人で2時間カウンターやらせるって笑。それは鬼だよ笑。

「うん、それでもいい。ありがとう鈴井さん」

彩綾もやって来て状況が飲み込めたらしく

「いいの?鈴井さん」

と乃蒼に話しかける。俺が知る上で初めての彩綾と乃蒼の絡みだ。

「ウん。ダケど1分でも遅れたら秋をコロす」

メロスの友、セリヌンティウスの気持ちがちょっとだけ理解できた笑。

「じゃあ1分だけ遅れて来るね。ありがとう鈴井さん」

そうか、俺は乃蒼に殺されるのか。花さん、ごめんね。

「待っテ!戻って来るときタコ焼きヨロシク」

交渉の上手さに感心した。けどそのタコ焼きは殺された俺の口に入ることはない。

「わかった。うちのクラスの1番うまく焼けたやつ持って来るね。ありがと!」

2人は満面の笑みで乃蒼にお礼を言って腕を組みながら廊下に消えて行った。

「やるな、お前。最初から?それとも彩綾が睨んでたから?」

「朝に秋と話してるの聞こえた時からこうしようとは思ってたよ。それを私から行動できるかどうかが問題で。けど荒木さんここに来てからもの凄く怖い顔してたし、やっぱり行きたいんだろうなぁって思ったし。」

「それにしても午後から1人でカウンターやらせるなんて笑」

俺は冗談のつもりでそう言ったのだけれど乃蒼はクスリとも笑わなかった。

「だって、なんのリスクもなく彼女と遊びにいったら佐伯くんだって荒木さんと楽しめないんじゃない?ある程度キツイ条件出せばそういう負い目みたいなのもバランスとれるかなぁ?って」

そこまで考えていたのか。

「彩綾のたこ焼きも?」

コクンとうなづく。乃蒼は俺が思っているよりも、もっと優しく人の事を考えられるのかもしれない。

「けど緊張したぁ!ねぇ、うまく喋れてた?変じゃなかった?」

そうだよな。頑張んなきゃあんなに話せないよな。こいつはそういう奴だった。

「ああ、普通だったよ。冗談も言えてたし、あいつら笑ってたし。若干アクセントはおかしかったけど、今までのお前にしては1番上手に話せてた」

「2人に嫌な奴だって思われてないかな?偉そうにとか生意気だとか思われてないかな?」

そうだ。こいつはそういう奴でもあった。

「いや、むしろその逆。あの2人はお前に感謝しかしてないよ。俺からも礼言っとくよ。ありがとう」

良かった、と乃蒼は安堵の表情を見せた。

ふと思い出して

「アレなんだったんだよ、天井見てたアレ」

と聞いてみた。

「秋の真似したんだよ笑。たまにやるじゃん、アレ。秋はどういう意味でしてるかわからないけど、私は結構気に入ったよ。ここぞって時、またやってみよう笑」

確かに、あれは気持ちが落ち着く。バラバラで不安定な感情がきちんと整理されていく。

「ちょっと!なにイチャイチャしてんのよアンタ達!羨ましいじゃないのっ!はい、バナナオレと柘榴ざくろ茶とハスカップティーにミルクセーキ。メニューがマニアックなのよ!逆に繁盛しちゃってんじゃない!」

女子が持って来たオーダーを皮切りに昼時の喫茶店は目が回るほどに繁盛し、猫の手も借りたいほど多忙だった。忙しさのせいか、オーダーを受ける乃蒼は次第にカタコトの敬語から流暢な普通の日本語になっていたのを彼女は気づいていただろうか?それを横目で見ながら俺は、当初俺が敢行しようとしていた作戦よりもこっちの方がより自然だったなと思った。

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