秋の章 「文化祭1」
文化祭初日の土曜日の朝、タケルが迎えに来た。いつもの公園で彩綾と合流し、浮き足立った生徒に紛れながら俺たちは校舎に入る。俺たちの教室でも皆一様に浮かれ、抑えているだろう興奮も若干漏れ気味だった。教室の入り口で見慣れない普段の教室に俺も少し胸が踊る。机や椅子は普段とは違う並びで黒板の前には大きなカウンターが設置してある。昨日男6人がかりで体育館隣の倉庫から持って来たとても大きなカウンターだった。そんな普段とは少し違う教室は、まるで初めて訪れる場所のようだった。
「おはよう。ちょっとソコどけてくんないかな?通れないんですけど?」
声に振り向くと乃蒼が大きなダンボール箱を2つ抱えていた。中を覗くと俺たちのクラスでやる模擬店「月見喫茶」という女子中学生がウサ耳とウサ尻尾をつけて接客するという犯罪スレスレの喫茶店で使用する紙コップや紙皿が入っている。箱の大きさと反比例して中身は軽いようだ。
「おはよう。1つ持とうか?」
優しさのつもりで言ったのだが
「聞く前に持ってよ」
と憎まれ口を叩かれた。
「おはよう鈴井さん。じゃあ俺も」
とタケルがひょいと乃蒼からダンボール箱をかっさらう。
「わ!佐伯クん、おはよウゴザいます。あの…ありがトウごザイます」
乃蒼はやや片言の日本語を話す。
「これ、どこに持っていけばいい?」
普段より甘く低い声のタケルは、どうやらモテモードに入ったらしい。あとで彩綾にチクろう。
「エっと、黒板の前あたリでお願いシマす」
おお!今日は何だかとてもスムーズに話ができているじゃないか。感心感心。ダンボール2つをカウンターの下に置くと
「あ、アりがトうござイましタ」
と俺たちの目も見ずにお礼だけを捨て置き、乃蒼は漫画のように車輪がついた足でピューっという効果音を付けながら教室の外に走り去ってしまった。
「なあ、秋。もしかして鈴井さんって」
このやり取りは何度目だろう?そんな多くはないけどこれが何度目かがわからないくらいには数を重ね毎回恒例の様式美となっている。
「俺のこと好きなのかな?」
「別にお前のこと好きじゃないと思うよ?」
多くはないけれど、毎回乃蒼はああだけど、それでも何回かわからないくらいにはタケルと話をしている。相変わらずのカタコト敬語だけど、それでも半年前と比べたらかなりの進歩だ。
「そう言えばお前に頼みたい事があったんだけど…」
そう言うとタケルはしばらくジッと俺の顔を眺めていた。
「なんだよ。早く言えよ」
「あ、いや、言わないのかなと思って」
なにがだ?頼みならその内容を言ってくれないと返事のしようがない。
「彩綾の時は何にも言わないで『いいよ』って言ったじゃん。俺の時にも言えよな」
「ああ、お前らが付き合った時の話か?」
「そうだよ。ほら、言いなさい」
「やだね。どうせ彩綾と同じ休憩時間にして欲しいんだろ。で、そうなると俺の休憩時間がなくなる、とかだろ?」
タケルはさっきのモテモードの時とは真逆のアホ面で
「お前、すげぇな。本当に何でもわかるんだな」
と言った。まさか本当に当たってしまうとは笑。
「何にもはわからねぇよ。わかることだけ。そして断る」
「そうか…。ちなみに彩綾の休憩時間は11:15から12:45分だそうだ」
先週俺が考えたシフト表を頭の中で思い出す。
「それって、12:45までずっと俺と乃蒼の2人でカウンターやれってことか?」
まあそれ自体はいい。2人で回すのも大変だけど、何より俺が密かに考えていた「友達作りの足掛かりにまず乃蒼にタケルと仲良くなってもらおう大作戦」が敢行できない。
ちなみに「敢行」とは無理を承知で思い切ってやること、と言う意味である。
けれどもし乃蒼が友達を増やすならまず最初はタケルと彩綾以外にいないと俺は思っている。花さんを除いてこいつらほど信用できるやつはそうそういない。
「やっぱ無理かぁ。ちょっと彩綾んとこ行ってくるわ」
しょぼくれた後ろ姿でタケルは教室から出て行った。
「冷たい男だねぇ。いいじゃん、2人でカウンターやれば。付き合ったばっかなんだから一緒に文化祭まわりたいんだよ」
いつの間にか乃蒼が教室に戻ってきて俺らの後ろに立っていた。
「そんなこと言ってたらほとんどの奴が教室からいなくなっちゃうだろが。大体なんなんだよ、文化祭近くなったら急にカップルが増えだしてさあ。どうして文化祭とか体育祭とか遠足とか修学旅行とか、そういうデカいイベント近くなったら急に付き合い出すんだよ。好きならいつでも付き合えよ。イベントに頼ってんじゃねぇよ。そういうのバレンタインデーだけにしろよな」
俺が熱く語っているのに少し冷めた感じで
「彼女のいない男の僻みに聞こえなくもない」
と痛いところを突いてきた。まあ、ある意味正しい。俺だって思春期の男の子だ。女性にも興味が多分ある。パンツとか特に。けど、女子を好きになった事がない。どうなったら好きって気持ちになるんだろう?何がどうなったら「好き」なのか?わからない。いつかタケルと彩綾に聞こうと思っていた。試しに乃蒼にも…あ、いや、それは酷かな?笑
「あ、絶対に今いらやしいこと考えてる」
と軽蔑の眼差しで乃蒼が俺を見た。
「違うってば!事あるごとに俺をエロキャラにすんなっ!」
「じゃあ何よ?また私のハダカ…」
俺は慌てて人差し指を唇に当てる。
「やめれ!まったく…。いや、乃蒼は誰かを好きになった事あんのかなって思っただけ」
彼女の人生に交わったのはただ1人の友人だけ。好きな人なんていたとは思えなかった。
「あるよ。え?秋は誰か好きになった事ないの?」
乃蒼が驚いて俺を見るが、俺はそのはるか上をいっていた。
「え?誰?」
思わず声が大きくなった。周囲の人が訝しげに俺たちに注目する。なんでもない、と手のジェスチャーで周りを沈め、再び乃蒼の方を向くと
「ば〜か笑。教えるわけないじゃん」
と軽くかわされてしまった。
「けど、その人はちょっと秋に似てたよ。見た目は全然違うけど、話す事とか考え方とか。秋を見てると何故かその人を思い出す。誰にも言えないけど、もしかしたら私の初恋だったのかもしれない。ははっ、本人には絶対に言えないな」
乃蒼はそう言って少しだけ笑った。俺はそのほんの少し憂いを帯びた笑みを知っている。旧校舎前で見せた彩綾の顔がよぎった。今の乃蒼はあの時の彩綾のようにとても美しい。本からの知識じゃなく、俺は体感して知っている。これは恋をしている女性の顔だ。
そうか、乃蒼は恋をしていた…いや、今も変わらずその人を思い続けているのかもしれない。
正直に言おう!俺は乃蒼をそういう感情とは少し縁遠い俺と同じ部類の人間だと思っていた。友達としての好きと恋との違いが未だ理解できず、まだ初恋が来ていない純情ガールだと決めつけていた。けど実際はそうではなかった。俺だけが恋を知らず、タケルより彩綾より、そして乃蒼よりもヒトとして備わっている機能が劣っている錯覚に陥った。
「どうしたの?顔、変だよ?」
普段なら「顔が変とかいうな」と軽快なツッコミを入れるところでも、錯覚が俺の刀をナマクラにさせていた。
「なぁ、教えて欲しいんだけど…」
「なに?」
「人を好きになるって、どういう事?」
タケルや彩綾に聞こうと思っていた質問だったけど、乃蒼に聞いた方が俺に近い答えが返ってくるような気がした。乃蒼は少し「う〜ん」と考えた後、あっ!と思いついたように
「恋はいつでもハリケーンなんだって」
と、俺の理解をはるかに超えた答えをよこして来た。
「なんだ?それは?」
「どっかの国の王女様が言ってたって、前に友達が教えたくれたの」
いつの時代のどこの王女様が言ったのかは知らないけど、一方通行だったんじゃないかと思った。何となく。




