秋の章 「市丸展」
「遅いよ〜。2分遅刻だよ」
彩綾でももう少し待てるよ。
「で、どうしたの?電話なんて珍しい。なんかあった?」
本題に入る。
「昨日ばあちゃん家に行ったんだけど、その時乃蒼とイレーヌの話になったんだ。花、やってるだろ?それでさ、ちょっと急なんだけど来月の中旬にある市丸展に2人で出展してみない?」
「市丸展って、あれ推薦ないと出せないじゃん。結構敷居が高いって聞くけど?」
「敷居は、どうだろ?よくわかんない。けど推薦は大丈夫。ばあちゃんと俺の2人で出すから。もちろんお前のお師匠さまにも話は通すけど。どう?出してみる?」
乃蒼は少し考えた後、
「ちょっとイレーヌと相談する。今度はこっちからかけるから一回切るね。ちょっと待ってて」
了解、と答え通話終了を押した。
10分ほど待つと携帯が鳴った。
「もしもし、秋?」
着信画面には乃蒼の名前が表示されていたが声の主はイレーヌだった。さっきも思ったけどイレーヌは声が若い。
「市丸展のこと聞いたわ。ありがとう。けど私はあそこに出せるようなレベルじゃないから申し訳ないけど遠慮するわ。ごめんなさいね、せっかく誘ってくれたのに。茜さんにもくれぐれもよろしく伝えておいて」
とても綺麗な日本語だ。けど心はもっと綺麗なのを俺は知っている。
「いや、全然気にしないでよ。むしろこっちこそ急でごめんね。ばあちゃんにもちゃんと伝えておくから」
乃蒼にかわるわね、またね秋。と言って乃蒼にかわった。
「で、お前はどうすんの?」
「それ、空桜草人も出すの?」
いきなり雅号で呼ばれてちょっと面食らってしまった。
「まあ、一応ね。ここ数年毎年出してるし」
「調べたけど市丸展ってやっぱ結構レベル高いじゃない!それなりの受賞歴あるかよっぽどの人からの推薦ないと出せないでしょ?しかもさっき秋が推薦状出すってサラっと言ったよね?そうですか、空桜草人は推薦出せるほどよっぽどの人なんですか!」
なんでかわからないけどなんか怒ってる。
「なにプンスカしてんだよ?」
「思い出したのよ!私が空桜草人が嫌いだったこと!」
わーーー。いきなり嫌われた。
「私、出展する。秋が推薦出して。そして私は空桜草人を倒す!私のあの日のモヤモヤは市丸展で綺麗さっぱり終わらせる!」
おいお前なに言ってんだ?
「あ、うん。わかった。じゃあ近いうちに連絡行くと思うから。っと、その前にお前の先生の連絡先教えてくれ。メールでいいから」
乃蒼は鼻息荒くわかった、と答えた。いったい何と戦ってるんだろう?
「私は、華道も国語もいつか秋の上をいってみせるからね!」
学年2位がなぜ学年40位を打倒に掲げるんだろう?出来れば1位に標準を変えて欲しい。息巻いた乃蒼も珍しくて俺はちょっと煽ってみたくなった。
「なあ、英天」
ウチの学校は2年生になると成績優秀者は特別進学コースに集められ、そこで学力での熾烈な争いが繰り広げられる。何年かに1人は不登校者を出すらしい。そしていくら頭が良くても厨二病は避けて通れないらしく、テスト毎に教科別トップには「天」の字が付け呼ばれている。国語トップは国天、英語トップは英天。本来は2年生からの称号なのだが、1年早く病気にかかった気の早いやつらはすでに陰で俺らのことを天の字を付けて呼んでいる。俺はそんな学校の風習が大嫌いだった。加えて言えば特進も大嫌いだ。だから今乃蒼を天付けで呼ぶのも嫌味だ笑。
「何よ国天。珍しいわね、特進のこと毛嫌いしてる秋が」
「下克上って言葉、お前は知っているか?」
「なんですって?あなた私から天の字を奪うつもりなの?」
2人とも若干芝居がかってるのがわかっているけど楽しくて止められない。そうか、これが厨二病なのか笑。たのしいぞ!笑
「私イレーヌのおかげで結構ネイティヴに英語話せるけど?」
俺にだって勝機はある。こっちには8ヶ国語のスペシャリストが隣の部屋で梨を食べている。
「じゃあ卒業までに私から天の字を奪えたらバスタオル1枚で秋の前に立ってあげるよ」
「その言葉忘れるなよ!」
気付けば時計の針は23時を過ぎていた。
「そろそろ寝なきゃね」
「そうだな。てか…こんな茶番のあと月曜に学校で会うのが少し恥ずかしいよ笑」
「それは大丈夫だよ」
自信たっぷりに乃蒼がそう言うので俺は理由を尋ねた。
「だって、大したことないことじゃない?そんな事なら寝て起きたら大抵忘れちゃうもんだよ。明後日起きてもまだ引きずってたら、それは本格的に解決しなければならない悩みってことになるだけどね」
だとしたら俺には解決しなければならない悩みがあるってことか。まぁそれは前々から気付いていたことだ。今更じゃないか。
「バスタオル用意しておけよ?笑。おやすみ」
「必要ないわね、おやすみ。また月曜ね」
通話時間は15分。俺にしてみれば長電話の部類に入る。
部屋から出ると花さんは今度は桃を剥いていた。桃も俺の大好物。けどそれ以上に花さんの大好物。秋は、いや俺のことじゃなくて季節の秋は果物が美味しい季節だ。
「どうだった」
桃はさっきの梨とは打って変わって水々しくてとても甘かった。
「美味しいよ」
と言うと
「そうじゃなくて笑」
ああ、展覧会の方か。
「イレーヌは遠慮するって。乃蒼は俺から推薦もらって出るってさ」
言い終わると俺の部屋からブーンと着信を知らせる短いバイブの音がした。部屋に戻って画面を見るとメールの着信を表示していた。
「これ、乃蒼の花の先生の連絡先」
スマホを渡すと花さんはメモとペンを取ってきて画面に書かれた名前と電話番号を紙にサラサラと書き始めた。花さんは顔と名前の通り字も綺麗だ。
ブーンと再びメールが届く。メール画面を開いていたせいでスマホには先ほどの連絡先が書かれた画面から新しいメッセージに切り替わった。それを見て花さんは目を大きくして驚いたあと、夜中にもかかわらず大きな声をあげて笑い出した。ツボにハマった花さんがするお腹を両手で抑えてゴロゴロと床を右へ左へ転がりだす。
「あき、秋。この子、大胆だ笑。やばい、お腹痛い。私この子おもしろい!笑」
そんなに面白いことを送ってきたのかと画面を除くと花さんとは対照的に俺は固まって動けなくなってしまった。
本文:
さっきはありがと。推薦お願いします。
秋の推薦に恥じないように頑張るね。
今日のお礼に良いこと教えてあげるね
↓
私は夜、ノーブラ派だよ♡
「この子ホント可愛いなぁ。早く文化祭にならないかなぁ」
花さんはとても文化祭の日を楽しみにしている。
「ちゃんと案内してね」
文化祭の話になるといつもそうやってお願いをしてくる。中学生にもなって母親と校内を歩く男子生徒は俺の他に何人いるのだろう?
「わかってるよ。そのかわりお願いがあるんだ」
まだ笑顔を携えている花さんだったが俺の真剣な顔を見ると笑顔を引っ込め大人の真面目な顔つきにかわった。
「どうしたの?そんな真面目な顔して。私が出来る事なら何でもしてあげるよ?」
ありがとう花さん。きっと俺が頼めば人すらも笑って殺してくれるだろう。俺が殺人犯になっても笑顔で抱きしめてくれるだろう。それは迷いようもなく信じることができる。だから俺はちゃんとしなければならない。花さんが後ろ指さされないように、花さんが俺の事で恥ずかしい思いをしないように。
「俺に英語を教えて欲しいんだ」
決して乃蒼のハダカが見たいわけじゃない。
バスタオル姿でいいんだ!
「うん、いいよ。」
ごめんね花さん。動機が不純で笑。
けど花さんやそして乃蒼も話せると言う外国の言葉を俺は話してみたい。2人がいる景色を、俺も並んでみてみたい。きっと英語を話せるというスキルは将来俺が何者になるかわからないけど邪魔にならないと思う。話せなくて狭まる未来より、話せて広がる可能性を今の俺は信じてみたいんだ。
乃蒼のバスタオル姿とか関係ないんだ。
決して関係ないんだ。
ホントに関係ないんだ。




