秋の章 「夕刻2」
「こないだね、リンちゃんから聞かれたの。ユーリ先輩ってどんな方なんですか?って」
「リンちゃんから?」
なぜリンちゃんがユーリのことを?
「私もマカも聞いたことのない名前だったから知らないって答えたけど…けどリンちゃんが聞くってことは秋に関係あるんだろうなぁって思って」
「なんでリンちゃんなら俺に関係あるんだよ?」
「だってリンちゃんてさぁ、男の子は秋とレンちゃん以外興味ないじゃない?レンちゃんの事だったら何でもご存知のリンちゃんだからきっと秋関係なんだろうなぁって思ってたからカマかけてみた。まさかそのまんまビンゴだったなんて笑」
策にまんまとハマったらしい。
くそっ、悔しい。
「片思い?」
「…そうじゃないかも?って思うこともあるけど、よくわからない。俺の勘違いかもしれないし、そう思いたいからそう見えるだけかもしれない」
「ちゃんと毎日連絡取ってる?」
「まぁ大体毎日連絡はしてるかな?やり取りはそんなに多くないけど。おやすみ、とかおはようくらいはしてるよ」
永澄は俺の言葉を満足そうな顔で聞くとドーナツを一口かじった。
「じゃあそれでいいと思うよ」
「あとは?あとはどうすれば?」
「いらない。あとは時々世間話でもしてたらそれだけで十分」
「十分?それだけで好きになってくれるのか?」
たったそれだけで意中の相手に好かれるならこの世はカップルで溢れ紛争は3割減る!
「秋の場合はそれで十分。変な策もテクもいらん」
「いらんって…、永澄はユーリのこと知らないのに言い切っちゃう?」
「そのユーリって子が女の子なら知らなくたって秋よりは知ってる。私も女の子だから」
説得力がありそうで、…ない!
「でもさぁ、俺ユーリと1回しか会ったことないしほとんどメールだから不安なんだよなぁ」
「ちょい待ちっ!あんた、今なんて?」
「だから、1回しか会ったことないから、、、」
「まさか、違う学校の人?」
「そうだよ」
「1回しか会ってないのに好きになったの?あんた?」
「わ…悪いかよ」
永澄は手に持っていたドーナツを皿に戻して俺を見た。
「あんま詮索するのもアレかと思ってたけど…、そのユーリって子、何者?」
「あはははは笑…」
笑ってごまかそう。
「知らんの!?」
ごまかせなかった。
「はい…あんまりよく知らない笑」
「よく知らないって…。どこで会ったん?」
「そこ」
俺は先ほど永澄が座ろうとした席を指差した。
今は女子高生が3人その席に座っている。
「ははぁ、だからさっき…って、今はその話はいいや。で!」
「それから連絡先交換して映画を見に行ってミシィでケーキを食べて帰ったよ」
「ナンパしたん?」
「違うわっ!」
「ナンパされたんっ?」
「そんなんやない!」
関西弁がつられてしまった。
「ココいい?って相席しただけだ!」
ガラガラだったけどな。
「たった1回で秋をそこまで虜にするなんて、魔性の女やね」
はい、時間が経てば経つほど恋の沼に足を取られています。
「前言撤回。永澄姐さんが迷える秋にひとつアドバイスをしてあげよう」
「よろしく頼む!」
さぁメモの用意だ!
いや、長いとマズい。ボイスレコーダーの準備だ!
「会いなさい」
メモすらいらなかった。
「え?や…でも…」
「でもじゃないっ!ホントにその子が好きで、秋が好かれたいと思うなら会いなよ」
「会いたいとは思うよ。けどユーリは忙しい子だから…」
「なにも二泊三日で旅行行けなんて言ってない!どこかでコーヒー飲んで話すだけのその2、3時間も時間作れないわけじゃないでしょうに!」
「そりゃ…そうなんだけど。けど、会いづらいなぁ」
「どして!」
「正直に言えば…会って嫌われるのが怖いんだ。メールだって、文章を凄い考えに考えて送ってるし」
たった1文字、あるかないかで読み手の受け取る印象は異なる。
スッと読みやすいように5文字7文字を繰り返すように文章を組み立てている。
全てはユーリに良い印象を持って欲しいからだ。
好きになって欲しいというよりも、嫌われないように。
「あ〜あ、かわいそうに…」
永澄の熱くなっていたテンションが俺の言葉ですっかり冷めてしまったようだった。
永澄はぬるくなったコーヒーを一息でゴクゴクと飲み干すとそばにいた店員おかわりを求めた。
「かわいそうって、なにが?」
「ユーリって子がだよ」
「どうして?」
「そんなの七尾秋じゃないから」
永澄は注がれたコーヒーを一口飲むと「熱っ!」とカップをソーサーに置いた。
「私もまだ秋と知り合ってそんなに長い時間一緒にいるわけじゃないけど、それでも秋の良さはわかってるよ。優しいところも友達思いなのも頭の回転が早いところも度胸があるところも。あと隠してても滲み出てしまうちょっと変態チックなエッチさも笑」
おい豆。
お前の気持ちがちょっとわかったぞ。
隠している部分が筒抜けであることの恐怖が。
「そういうのひっくるめて私達は七尾秋が好きで一緒にいるの。国天だからね、知り合う前も名前だけは噂で聞いて知ってたけど文化祭の準備期間で大分印象は変わったよ。私は知り合う前よりも今の方が断然いいと思うな」
テーブルにトレイが置かれた。
「私も〜。……なんの話?」
高橋真夏、推参。
制服姿のままマカは永澄の隣の席に座った。
「秋に好きな人がいて口説き落とそうとしてるのに自分を偽るから説教してた」
いきなりバラした…。
「え〜!好きな人いんのぉ!…あぁ乃蒼か笑」
予想通りでむしろ安心する返答だ。
「違うわっ」
「ナンパされて1度しか会ったことのない麗しの姫君らしいよ」
「だからナンパじゃないってば!」
「あ、もしかしてユーリさん?」
「らしいよ?笑」
「さすがリンちゃん笑。で、どこの誰?」
「それがよく知らないんだってさ」
「知らないのに好きって逆に凄いね!知ってるのはどれくらい?どこの誰?苗字は?年齢は?」
女子の恋話に対する飽くなき探究心は男子の比ではなかった。
「何処にいるのかは知らない。この街の人ではないみたいだけど。名前もユーリとしか…。歳は俺たちと一緒」
「なんも知らないんだねぇ笑」
「あぁ、なんも知らない。知らないのに好きになるのは、やっぱ変かな?」
聞いといてなんだけど、永澄やマカにとってそれが変だとしても構わない。
俺がユーリを好きならそれでいい。
「いや、変じゃないよ。好きになるのに理由は必要ないきん。私もマサさんには一目惚れだから」
グラサンアフロに一目惚れ、か。
コアだな、永澄。
「14歳でユーリねぇ…」
マカはこの話に飽きたのか携帯をいじり始めた。
「じゃあ当初の目的だった古典の本買いに行くか」
立ち上がろうとする俺をマカが制した。
「あ、ちょっと待って。もうちょっと話してて」
ゆきりんからのラインの返信でもしてるのだろうか?
あいつ俺以外には結構マメだからな。
「とにかく、秋はその子に会うべきだよ。会って七尾秋を晒してみなよ」
「それで嫌われたら?」
「あんたを嫌いになるような女なら男の見る目がない碌でもない奴だからやめなさい」
すげぇ言われようだ…。
「もっと自分に自信持ちなさいよ。七尾ハーレムの御主人様なんでしょ」
その七尾ハーレムってのもどうにかならんもんかね?
ユーリが聞いたら勘違いされちまう。
「ねぇちょっと見て」
マカがさっきまでいじっていた携帯の画面を俺に見せた。
「そのユーリって子、まさかこの子じゃないよねぇ?」
そこにはrio knockの服を着た少女が写っていた。
「似てるけど違うと思う。このモデルよりも顔が幼かったもん。多分この人18歳くらいだよなぁ?」
「じゃあこれは?」
マカが画面をスワイプすると俺の海馬がざわつき始めた。
「これ…誰?」
「さっきと同じ人。違うモデルがやってるブログにメイク前のユーリが写りこんでるんだけど、どう?」
記憶の奥底に眠っていたユーリの顔がだんだんと表出してくる。
この顔は、街を一緒に歩いた時に見たあの顔と同じだ!
「マカ、この人って有名人?」
覗き込んでいた永澄が尋ねた。
「有名人って言えば有名人かな?モデルだよ。たまにドラマとかもやってるけどどちらかと言えば売れてない笑。けど私達と同年代の女の子からは結構人気があるんだよ?熱狂的なファンからストーカーされたっていう話もあるし」
左手首の包帯。
まさかそのストーカーが原因?
「へぇ〜怖いねぇ!」
「嘘ばっかり笑」
「ちょっとマカ。何か言いました?」
「ストーカーより永澄の方が怖いよ」
「最近マカちょいちょい失礼!」
「ユーリだ…」
「「えっ?」」
俺はマカの携帯画面から目を離せなくなっていた。
「ユーリだ。ここに写ってるの」
間違いない。
すっとぼけた素の表情だけど、rio knockのモデル写真よりもこっちの方が俺の知るユーリの表情だ。
「ちょっと待ってよ笑。嘘でしょ?いくら売れてないからってこの子モデルだよ?テレビにも出たりしてるんだよ?いくら七尾秋とはえ学校から一歩出たら普通の中学生男子なんだよ?」
学校でだって普通の男子だ!
「ちょっと秋!他になんか情報ないの?」
俄然2人が前のめりになった。
他に情報?え〜と…え〜と…
「マネージャーの名前が黒木芽衣子さん」
「マネージャーの名前まではわかんない。事務所の社長がオカマとしか…」
「それだっ!確か名前は…」
IKKOじゃなくてピーコでもなくてきよ彦でもないしぃ…ナジャ・グランディーバ!じゃなくて…
「キッコさん!」
「ビンゴっ!昔俳優してた桐島コラン!」
社長の本名カッケェ!
「社長って昔俳優してたの?」
オカマなのに?
「私のお母さんが昔ファンで今でも写真飾ってるよ。フランス人とのハーフでスラッとした長身に甘いマスクで当時人気があってよく白澤映画に出てたらしいよ。突然引退して芸能事務所立ち上げるしオカマになっちゃうし…芸能界って怖いね」
社長の謎が深まっていく。
「秋、知りたかったらユーリのこと調べてあげよっか?」
マカが野次馬的な好奇心ではなく、なにも知らない俺に協力してくれようとしているのはわかった。
だけど
「気持ちはありがたいけど遠慮しておくよ。出来ればそういうのはユーリから聞きたい。俺に詳しく言わないって事は知られたくない事があるからかもしれないし。それに俺、別にユーリが芸能人やモデルだから好きになったわけじゃない」
興奮気味に前のめりだったマカと永澄は身を引いて一旦落ち着いた。
「そうだったわぁ」
「目の前にいるのは七尾秋だったわぁ」
それってどういう意味でしょう?
「普通の14歳中学生男子ならココで大騒ぎになるよね?」
「うんうん。ネットで調べたり自分の知り合いが芸能人だって周りに吹聴して。まるで自分にも価値があるかのように勘違いして」
「さすがに俺そんなことしないよ」
「だからよ」
「そういうところが七尾秋たる所以なのよねぇ」
2人は一斉にコーヒーを口にした。
「あのさ…申し訳ないんだけどお願いが、、、」
「みなまで言うな。わかってる。信用してよ」
永澄がそう言うと
「誰にも言わないよ。安心して」
とマカも続いた。
「ありがとう…」
今まだこの状況で余計な雑音が入ってくるのは嫌だった。
「でももし上手くいったら私達にも紹介してね」
「あぁ。もちろん」
その相手が芸能人だろうがモデルだろうが政治家だろうがハリウッド女優だろうが、俺に彼女が出来たらお前らに紹介するよ。
「さぁそれじゃあそろそろ買いに行きますか」
マカがトレイを持って立ち上がる。
俺も永澄も立ち上がると俺の特別な席に座っていた女子高生がこちらを見た。
ユーリ!
…全然違った。
恋は病気とはよく言ったものだ。
会いたい気持ちが全然違う人までもユーリに錯覚させる。
「どしたの?知り合い?」
「いや、なんでもない」
俺にあんなギャルギャルした知り合いはいない。
にも関わらずユーリと見間違えるなんて笑。
ごめんユーリ。
追記
「なしたの花崗?知り合い?」
「いや、知らない。けどあの制服…」
「あれって駿河二中のブレザーじゃない?」
「駿河二中ってたしか…花崗の王子がいる中学?」
「うん。こーすけくんの学校だ」
「それにしても花崗、こないだは旧月高校で今度は中学生ですか笑。ラインナップが濃いよ笑」
「こないだのはさすが旧月ってくらいバカだったけど、こーすけくんは八九寺受験するから頭はいいよ」
「へぇ〜、八九寺!すごいじゃん。ウチら貝木女子とは偏差値10は違うくない?」
「そうなんだよねぇ」
「で、どうするの?付き合うの?」
「受験が終わるまで集中して欲しいし、このままかなぁ〜」
「あら、可愛げのあること言って笑」
「それまでに女磨きしようと思ってます!」
「じゃあ花崗!」
「なに?」
「痩せな」
「………ほら、私って骨太じゃない?だからよく勘違いされるけど決してデフじゃ、、、」
「花崗、痩せな」
「花崗、痩せな」
「うん、せやな」




