秋の章 「乃蒼の家3」
「あれ?もう帰っちゃうの?」
乃蒼のお母さんは本当に洗濯をしていたようで玄関の隣に位置した、これもまた俺の部屋くらいに広い洗濯室で洗い終わった下着を干していた。ん?下着?
「ちょっとおおおおおお!おかぁさぁぁぁぁん!!!!」
後ろから突風のように俺の横をブチ抜いて乃蒼はイレーヌの持っていたブラジャーを奪い取り、干していたパンツを慌てて隠した。
「なんでよりにもよって私の下着洗濯してんのよ!!!」
「え?良かれと思って」
「誰によ!」
「そりゃ七尾くんでしょ」
イレーヌは俺の方を見てウィンクした。さすが100%純フランス人。日本人がするとわざとらしく感じるウィンクもとても自然だった。
「見た?ねぇ見たでしょ?見たでしょ私のパンツ!」
こっちに詰め寄る乃蒼の後ろでイレーヌが死守していたブラジャーを両手で俺の方に広げて見せた。
「み、てな、いよ」
薄い紫。レースの刺繍。程よい大きさのカップ。意外と乃蒼って、胸あるんだな。
「ちょっとどこ見て…きぃやぁぁぁぁぁ!」
あ、バレた笑
「なに照れてんの?乃蒼は口下手なんだからこれくらいしないと七尾くんに意識してもらえないじゃない」
「なんで私が秋に意識してもらわなきゃならないのよ。てかあんたも早く帰りなさいよ!」
あ、飛び火した。俺は軽く苦笑いして
「お邪魔しました。乃蒼、病み上がりなんだからあんまり叫ぶなよ?じゃあまた学校で」
と言ってうちの浴室くらいある玄関で置いてある靴の中で1番見すぼらしいスニーカーを履いてドアに手をかける。
「また来てよ。今度はお母さんがいない時に!」
後半はわざと大きな声で乃蒼がそう言うと、イレーヌは
「あら、大胆ね笑」
とまた余計な一言を口に出して娘にパンティを投げられている。
「お母さん、ありがとうございました」
とても良いものを見せていただいて。
「またいらっしゃいね」
そう言うと今度はきちんとした母親の笑みで俺を見送ってくれた。俺は頭を下げドアを閉めると2人は良く似た笑顔で手を振っていた。
エレベーターを降りあの重厚なドアを開けるとホテルマン風の男はさっきと同じ位置でピンと背筋を伸ばし直立不動で立っていた。俺は何か挨拶しようとと思ったけどなんて言っていいのか思いつかず軽く頭だけ下げると、無表情だけど優しい声で「お気を付けてお帰り下さい」と返してくれた。
マンションから出て少し歩き、再び振り返って見てみるとやっぱり物凄いマンションだと改めて思った。この辺りでは1番高い建物だ。当然のことながら値段も。40階を眺めると当たり前だけど人影すら見ることができないほど高くて遠かった。俺は見えるか見えないかはわからないけどなんとなくそうしたくなって40階に向かって大きく手を振った。
「花さん、今終わったよ。うん、そう、やっぱりあのマンションだった。どうする?え?うん、わかった。じゃコンビニで」
花さんとコンビニで待ち合わせをして合流し、看板猫のいる喫茶店でコーヒーを飲みながらさっきまでの事を花さんに話した。きちんと謝れたこと、乃蒼からも謝ってもらったこと、乃蒼のお母さんからも。お母さんがフランス人だったことや部屋にはウチ以上に本があったこと、洗濯室が俺の部屋と同じ広さだったこと、とにかく凄いウチだったこと、乃蒼のブラジャーは薄紫だったこと。
「いいの見せてもらったねぇ笑。なかなか同年代の女性の下着なんて見れないんだよ」
花さんのそういって浮かべる笑みはイレーヌと同じだった。やっぱり似てるよなぁ。イレーヌの方が過激だけど笑。
「そういえばおつり。やっぱり5000円は多いよ」
残った千円札2枚と小銭を出すと
「ここ、秋が奢ってよ」
と花さんは受け取らなかった。
「奢ってって、これ花さんのお金でしょ?」
「違うよ、秋にあげたの。だから秋のお金。ねぇ奢ってよぉ」
なんだろう?なんかのプレイなのかな?
俺はレジで渡すはずだったおつりから1400円を払った。それでもお金が余ったのでそれを花さんに渡そうとすると「いいから。あげるからお菓子でも買いなさい」と言った。
「お菓子って笑。子どもかよ笑」
「子どもだよ。あ、違うか。今日の秋は同級生の下着を見てドキドキした立派な大人だもんね」
そう言ってクスクスと笑ったけど、レジに立っていたお姉さんは俺のことを気持ち悪そうに見つめていた。
中学生女子の下着なんて見たことがなかった。乃蒼のブラジャーをみた瞬間、乃蒼が女なんだってことを強く意識した。人に見られることを前提としていないブラジャーやパンツに何故色が綺麗だったり刺繍がしてあるのかはいまいちわからないけれど、そういったものだからこそ見た時に男はドキリとしてしまうのかもしれない。あの薄い紫の、レースの刺繍がしてあるブラジャーは、間接的に乃蒼のおっぱいを垣間見た気にさせる。おっぱいって、宇宙みたいだな、と思った。生きてたら良いことばかりじゃない。小さなことで落ち込んだり不安になったりするけど、これから先おっぱいを頭に思い浮かべるだけでなんでもできると思った。