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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
199/778

秋の章 「続・最後の登校」

『じゃあまず野島さん』

『俺はいいよ笑』

『いいわけないでしょ、ここまで連れてきて何言ってんすか』

『あ、やっぱり?』

『野島さん、ありがとうございました。野島さんみたいな男がこの世にいるってわかっただけで、俺はずっと頑張れます。どうかそのまま、俺の越えるべき壁のままでいて下さい』

『あぁ、お前の期待に応えられるように努力するよ』

『阿子さん。短い間でしたけど、ありがとうございました。俺はこの先、阿子さん達みたいになりたいって思ってます。次に会うときも、野島さんの隣で太陽みたいに笑ってて下さい』

『伝えておくよ』

『お願いします。それから羽生さん。あ、野島さん…もしかして、もう言っちゃいました?』

『いや、まだ言ってない。自分の口で言うか?』

『せっかくですしね、そうします。羽生さん、俺はあんたの事がずっとずっと羨ましいと思ってました。可愛げのない後輩ですいませんでした。多分これからも、ずっと可愛げのないままです。でも…大切にします。それだけは約束します』

『だとよコースケ』

羽生さんの声は聞こえない。

ブースの外にでもいるのだろう。

『次、桜…だけど、いいや笑』

『いいのかよ笑』

『あとで会った時直接言うから、今はいいです』

『強いて言うなら?』

『好きです、かな?やっぱり笑』

『みんな聴いてるぞ??』

『あっ!…まぁいいや別に。じゃあ、次に荒木』

彩綾は口に手を当て、そこにゆきりんがいるかのようにスピーカーをジッと凝視している。

『今度お前と会う時、きっと今より綺麗になってるんだろうな。再会するのを楽しみにしてる。ありがとうな荒木。佐伯と仲良くな』

『桜より綺麗になってたらどうする?タケルとやりあうか?笑』

『俺は別に顔を好きになったわけじゃないですよ。もしも俺が盲目になっても、やっぱり桜を選びます』

『ごちそうさま。聞かなきゃよかった笑』

『それにあいつは荒木じゃなきゃ』

『同感だよ。悪かったな茶々入れて。さ、続けて続けて』

『じゃあ、佐伯。何度でも言うよ。お前の一言から俺の運命はこんなにも大きく変わった。そのきっかけをくれたお前には何度だってありがとうを言いたいよ。佐伯、ありがとう。荒木のこと、大切にな。あと怪我すんなよ?俺はお前のことが1番心配だ』

『聞いた?骨折だってよ』

『聞きました。あいつま〜たギプス生活ですね。今度は右手だからお昼ご飯は荒木にあ〜んとかしてもらうんじゃないですか?』

ゆきりん、その通りっ!

さっきまでイチャコラしながらお昼ご飯食べてたよ。

『それからこれはちょっと2人に対する俺からのお願いっていうか、そうなればいいなっていう程度の話なんだけど…俺の数天、出来れば2人のどっちかにもらって欲しいんだ。俺が持ってた3つの天はお前らの誰かに持ってて欲しいんだ』

タケルと彩綾はお互い顔を見合わせたが

「あとで話そう。今はこっちに集中したい」

とタケルが言うと彩綾は一つうなづいてまたスピーカーに視線を合わせた。

『そして鈴井。俺はお前のこと尊敬してる。野島さんが越えるべき壁なら、お前は俺の…超えられない壁だ』

乃蒼が驚きのあまり背筋がピンと伸びた。

「俺はお前みたいに強くはなれないよ。お前は優しいけど、それ以上に強い人だ。だからもっと自信を持てよ。俺はお前の友人になれたことをとても誇りに思っている。ありがとう鈴井。どんな時だってお前そのものが、お前のアイデンティティだよ』

乃蒼は静かに目を閉じた。

上を向くことも下を向くことも、表情を変えることもなく、ただ静かに目を閉じていた。

『それから瀬戸さん』

おいっ!俺じゃねぇのかよ!

『瀬戸さんとは本当に短い付き合いだったけど、俺がドイツに行く事を決めたのは瀬戸さんの言葉があったからなんだ。この決断に後悔はしてない。後悔は、選ばなかった選択肢を名残惜しんでいるだけだから。ありがとう瀬戸さん。帰ってきたら、今日までの続きをしよう』

ちゃんと2年4組にもこの放送は流れているかな?

瀬戸さんに届いてるかな?

『マナツ…。お前には何回ありがとうを言えばいいんだろうな?きっと何度言っても、言い足りない気がする。この先、俺がくじけそうになったらあの日の約束を思い出すよ。それだけで頑張れると思う。俺はそんな凄い言葉をお前から貰ったと思ってる。ありがとうマナツ。本当にありがとな』

それまで静かに目を閉じたままだった乃蒼が、空を見上げるように顔を上に上げた。

乃蒼は今、高橋真夏を思っているのだろう。

この先、高橋真夏にはどんな物語が待っているだろうか?

あの日、高橋真夏は乱痴気ランチで俺達の物語の中で自分は脇役だと言ったけれど今は違う。

2年1組にいる俺達の誰の物語にも、大切な友人というポジションに高橋真夏は座している。

タケルの物語だけは、ちょっと微妙だけど。

『以上です』

「おいちょっと待てぇ!」

思わず立ち上がりスピーカーに向かって叫んでしまった。

スピーカーとは出力専用であって入力できないのは当然知ってはいるが、知っててもなおツッコミを入れざるを得ない。

『終わりでいいか?笑」』

いいわけあるかぁ!!!

『あ、忘れてました。最後にこいつにも言っておきたい事がありました』

そうだろう?

まぁちょっと俺も大人気なかったのは認めるよ。

いつものゆきりんジョークを真に受けてしまった。

『お前には…、ちょっと色々と複雑な気持ちがある』

ゆきりん…。

『余計なお世話だと思うかもしれないけど、最後だと思って聞いて欲しい』

最後じゃねぇ。

ただちょっとだけ、離れるだけだ。

『今のお前は、本当のお前じゃないって俺は思ってる。ただちょっと、本来お前が進むべき道よりも、今歩いてる道がよく見えているだけなんだって、そう思ってる』

ゆきりん…?

『お前が今見えているものが、100%カッコいいと思うなら仕方ない。けどもし、お前の中に今のお前を否定している自分がいるなら、そいつに耳を傾けてやってくれ』

ゆきりんってば。

『ちゃんとお前が100%カッコいいと思う道を歩いてくれよ。そしたら俺と道は交わらなくても、俺はお前を否定しないよ』

『それは誰に向けての言葉?』

『中橋光一です』

ふざけんなっ!!

俺に別れの言葉はないくせに、あいつにはあんのかよっ!

『おいゆきりん、本当に終わっていいのか?笑』

『あ〜、ん〜と…、まぁ最後にあいつにも言っておくか。七尾、サンキューな』

おい軽くねぇか!怒

他のみんなと比べて、あの中橋光一よりも俺への別れの言葉が軽くはありませぬか!怒怒怒

『ずいぶん秋にはあっさりだな笑』

『あいつとはたくさん話しましたからね。だから今さらここでいう必要はないです。言いたいことは他の誰よりも言えてますし。それに…あいつとだけは、言葉にしなくても理解し合えると俺は思ってます。言葉にする必要があることでも、あいつとだけはそんなのもいらないって思えるんです。俺だけかもしれないけど、俺は勝手にそう思ってます。だから言いません。必要ありません』

あぁそうか。

あいつは俺が思ってた以上に、心を許してくれていたんだな。

そして俺も、自分で思っていた以上にお前を線の内側に入れていたみたいだ。

名も知らぬクラスメイトから始まって、ゆっくりとでも確実に俺はお前に心を許していたんだな。



『野島さん。これで本当に終わりです』

『言い残したことはないか?』

『それじゃあ。…お前ら、ごめんな』

『いつ日本を発つんだ?』

『明日のお昼に』

『じゃあこれを放送してる頃か』

『はい』



なんだ?

言ってる事がおかしくないか?

「変じゃない?明日って言ってるのに、これを放送してる頃って」

「乃蒼、お前もやっぱ変だと思う?」

「行ってみない?放送室」

「うん、行こう!」

言い終わる前からすでに足は動いていた。

間に合え、間に合え、間に合え。

そこにいてくれゆきりん!

お前は望まないかもしれないけど、一目だけでいいから顔を見せてくれよ。

今さら別れの言葉はいらないから。

それはさっき放送で聞いたから。

せいぜい手を上げて「じゃあな〜」くらいでいいから。

だからそこにいろ!ゆきりん!



乱痴気ランチは特別教室のある棟の廊下にも流れていた。

放送室に向かう途中にも放送が聞けたのはありがたかった。

『野島さん、人生って不思議ですね』

『なんだよ突然』

『転校が今年の4月なら俺はこんなにさよならを言う人、いなかったから』

ああそうだな。4月だったら、口の悪い何だか熱い男がいなくなったなって思うだけだったろう。

『6月だったとしても、ここまで別れを惜しむ間柄じゃなかったと思います』

6月だったら…、せっかく仲良くなれそうだったのに、と思うくらいかな?

親の都合じゃしょうがないよな、とすぐに割り切れたかもしれない。

『8月なら、少しは今と近い感情だったでしょうね』

その頃にはもうお前は俺達のハートをがっちり鷲掴みだったよ。

『そうやって考えたら、もし12月だったらもっと辛かったのかもしれませんね。10月で良かった。…今この時で、良かったんだ…』

ゆきりんの声が涙で濡れそうだった。

『ゆきりん、もう終わるか』

『そうしてください。もうこれ以上は、無理です』

『と言うわけで皆さんにお届けしてきた乱痴気ランチ、今日で本当にお別れです。今までありがとうございました。ここに来てくれたゲストの皆さん、ご協力ありがとうございました。それから、こんなくだらない放送に協力してくれた愛理、ありがとう。最後のお願いだ、明日コレ頼むな』

明日ってなんだよ!

今日だろ!

なぁ、そこにいるんだろ!

『それじゃあ、今日はこの辺で!お相手は野島貴明と』

『………雪平…湊人でした』

『じゃなあ〜。ばいば〜い』

ばいば〜い、じゃねぇよ!

黙ってそこにいろ!

いや、黙ってなくていい!

どうせもう目の前だ!


クソ重たいドアを開くとそこにいたのは槇原愛理1人だけだった。

放送のブースにはゆきりんはおろか野島さんもいなかった。

「の…野島さんは?ゆきりん…は?」

切れる息でなんとかそれだけ言った。

槇原愛理は目の前にあるバカでかいテーブルのツマミを下に下ろしたのち、ケーブルを抜いたiPodを俺に手渡した。

「なんですか、これ」

「野島に返しといてくれる?」

「だから、何ですかこれ?野島さんは?ゆきりんは?」

槇原愛理はそこまで頼まれてないよ、と恨み言をひとつ吐くと

「今日の放送は昨日の放課後にそのiPodで録音していたものを流しただけだよ」

と言った。

薄々わかっていた。

ゆきりんがここにいないことを。

もうここには来ないことを。

「野島と羽生に頼まれて放課後ここで待ってたら雪平くんを連れて来て、そこで録音したものなの」

ガラス張りの向こうの部屋を指差した。

「野島に返す前にそれに入ってるムービーを見て。雪平くんから、七尾くん達へのメッセージが入ってる」

俺はiPodの操作がわからないので彩綾に渡すと手慣れた手つきで目当てのムービーを探し出した。

サムネイルはゆきりんの顔だった。


『よっ、お前ら。きっとこれを見てる頃には俺はもう成田空港か飛行機の中だ。ごめんな、嘘ついて。けど、明日にはもう会えないって状況でお前らとサヨナラなんて俺には耐えられそうにないよ。お前らは怒るかもしれないけど、それくらいお前らは俺の中ではちょっと特別なんだってわかって欲しい。離れるのは、寂しいよ。ドイツに行くと決めた日から、俺は何回泣いたかな?俺は元々泣き虫なんだ笑。だから最後くらいは笑ってたい。七尾、鈴井、佐伯、そして荒木…絶対この街に戻ってくるから、また必ずこの街で会おう。それまでちょっとだけお別れだ。じゃあなお前ら。元気でな」

キラキラした笑顔のゆきりんが小さな画面に映っている。

元気でな、と言ったきりゆきりんは動かなくなってしまった。

ゆきりんは今どこにいるのだろう?

地上だとしても、成田はここから遠い。

空にいるなら、もっと遠い。

記憶の中にいるゆきりんはこんなにも近いのに。

「先輩、ありがとうございました」

乃蒼の声で俺は我に帰った。

「あの、槇原先輩。ゆきりんは昨日、笑ってましたか?」

この学校最後の日を笑って終えていましたか?

「野島達に連れて来られたときは困ってた。その後すぐ怒ってたし、録音してる時は少し悲しそうだったかな?そのムービーを撮ってる時は笑ってた。撮り終わったら結構長い時間、そこの机に突っ伏して泣いてたよ。表情がコロコロ変わる、可愛い子だった」

乃蒼のすぐ近くにある机を槇原愛理は遠い目をして見つめていた。

「どうもありがとうございました。失礼します」

そう言って俺らは放送室から出た。

壁に掛けられた時計は昼休みが残り5分しかない位置を指している。

「俺、iPod野島さんに返してくるからお前ら先に教室戻ってていいよ」

多分その役は俺に託されていた気がする。

「じゃあよろしく。行こ、彩綾、タケル」

乃蒼が2人を連れて階段を登って行く。

俺はくるりと回れ右して3年1組を目指した。



ノックもせずガラガラと扉を開けるとクラスにいた先輩達が全員一斉に俺の方を見た。

いつもの俺だったら臆していたところだろう。

けど今は喪失感に似た寂しさで何も感じなかった。

「秋、こっち」

阿子さんが手を挙げている。

野島さんも羽生さんも桜さんも一緒だった。

躊躇うこともなくその場所まで歩いて行き、座っている野島さんにiPodを渡す。

「知ってたんですか?昨日でゆきりんがこの学校からいなくなるの」

「あぁ。桜には本当の日を教えてたからな」

「…そうですか」

別に確認したかったわけじゃない。

ただ何も言わないのは、ゆきりんのことを聞かないのは不自然だと思ったからそう言っただけだった。

だからどんな答えが返ってきても、あまり意味のないことだ。

帰ろうと反転すると俺の右腕が掴まれた。

振り返ると阿子さんが心配そうな顔をしていた。

「桜のこと、怒ったりしないでね」

「怒る?どうしてですか?」

「本当のこと、黙ってたから。でもそれは、、、」

「阿子さん、大丈夫。心配しないで」

「…秋」

野島さんはイスから立ち上がって俺の顔を見た。

「俺には言いたいことあるんじゃねぇのか?」

「別に、なにもないですよ?」

「ホントか?俺は桜からゆきりんが今日、、、」

「だから。どうしてそう俺に説明したがるんですか。必要ないですよ」

ポンと肩に手を置かれた。

その手は羽生さんのものだった。

「おい、いつものお前らしくねぇぞ?」

「いつもの俺なら、どうしてますか?」

「もっとこう、俺は怒ってますよ!ってわかりやすい顔してタカに突っかかってくじゃねぇか。今のお前はいろんな感情押し殺してるみたいな顔してるぞ?」

そういえばそうだったかもしれない。

「…何にもわからない俺は今までそうやって野島さんに当たり散らしてたんですね」

「じゃあ今日も当り散らせば良いじゃねぇか」

「そんな気にはなれません。桜さんも野島さんも、嬉しいとか楽しい気分だったわけじゃないことくらい俺にだってわかります。でもそうしてたのは、俺達やゆきりんのためなんでしょ?なのに2人を責めるのは筋違いじゃないですか」

今までの俺が何だかとても子どもじみているように感じた。

「なんだかいきなり達観しやがって。つまんねぇなぁ」

野島さんが本当につまらなそうだ。

「ゆきりんがいなくなったのは俺達にとってとても大きな事なんです。なのに成長できないなんて、ただのバカじゃないですか?」

野島さんが少し寂しそうだ。

「そうやってあんまり早く成長すんなよ。なんか置いてけぼり食らったみたいな気分になる」

「花さんみたいなこと言わないでくださいよ。いまはただ…はしゃぐ気分になれないだけです」

じゃあ、と言い残してその場から立ち去った。

そのまま教室には戻らず、屋上に続く階段のところで昼休みの終わりを告げる鐘の音を聞いた。

屋上は相変わらず風が強い。

空は快晴、大きな白い雲がゆっくりも流れていた。

そこに飛行機雲が一筋残されている。

けどその雲を作った飛行機にゆきりんは乗っていない。

ロマンチックな結末なんて、俺はいらないと思った。

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