秋の章 「最後の登校」
焼きシャケと味噌汁というスタンダードな日本の朝ごはんを花さんと食べていると、突然家の呼び鈴が鳴った。
「なに?誰だよこんな朝っぱらから」
「秋食べてていいよ、私出るから」
夜ならば不審者の心配もあるし花さんには出て欲しくないが朝だから大丈夫だろう。
さすがに朝っぱらから不審者なんかそうそう出て、、、
「あき〜!タケル来たよ〜」
不審者だった。
俺は行儀が悪いのを承知で味噌汁のお椀を片手に玄関まで出ると、見慣れたギプスを見慣れない場所につけたタケルがニコニコとした表情で玄関に立っていた。
「よぉ秋!おはよう」
「ズズっ…ズズズズ…(味噌汁を飲む音)」
「何だよその不満そうな顔は」
「ズズっ」
「お前3日ぶりに会った幼馴染におはようの一言もないわけ?」
「ズッ…ズーーーーっ」
「そんな味噌汁好きなのか?」
「呆れてんだよっ!」
あんだけケガするなって忠告したにも関わらず骨折るとかなんなんだよ!
しかもあと階段降りて帰るだけだったじゃねぇか!
立ち入り禁止の場所で骨折ったくせに救急車呼べって騒ぎやがって!
事情聞かれたら俺らが屋上にいた事がバレてカギ変えられちまうだろ!
なんなのお前?
ホント何なの?
「心の中で多弁ぎみに喋らないできちんと口に出して言えよ」
「マヌケ…」
お前への手向けの言葉だ、受け取れ。
「マヌケとは何だマヌケとは!」
「花さん行ってきま〜す」
「おい!無視すんなっ!」
うるせぇよポンコツキャラ!
待ち合わせ場所の公園にはまだ誰もいなかった。
「ゆきりんがさぁ、今日は早く家を出るから迎えに来なくて良いよって言うからお前んちに来たけど…来てねぇなぁ」
「早く出たんだからここにいるわけないだろ?転校の件でなにか学校に用事あったのかもしれないし、先に行ってるんだろうよ」
木曜日の今日、ゆきりんは駿河二中の生徒としては最後の日となった。
明日、とうとう日本を離れドイツへと行ってしまう。
桜さんと俺達を置いて。
「おはよう秋」
「おはよう乃蒼」
昨日、一昨日と病院で欠席したタケルにはいつものごとく一切触れない。
右手のギプスについても、一切触れない。
「ゆきりん、今日で最後だね…。ゆきりんの好きなチーズタルト作って来たよ」
「おおいいねぇ!あいつ喜ぶよ」
「なぁ乃蒼!これ見て!またギプス!今度は利き手だぞ〜!笑」
「今日はいっぱいゆきりんとお喋りしなきゃ」
「昼休みは桜さんにも時間作ってやれよ?」
「お〜い乃蒼!ギプスギプス!」
「わかってるって。桜さんにもチーズケーキタルト残しておかなきゃ笑」
雑音が耳障りな木曜の朝だった。
キーンコーンカーンコーン
だがゆきりんは学校に登校してはいなかった。
いつかみたいにこの4時間目の鐘の音の後に遅れて登校してくるのだろうか?
せっかく最後の日なのにお前とあまり話せないんじゃ、なんかもったいない気がする。
早く来いよなアホりん。
「先に食べて待ってようぜ。ったくよぉ!あいつ何やってんだっ!」
俺達はゆきりんの分の席もくっつけてお昼ご飯を食べ始めた。
しばらくするとスピーカーから赤い公園の『NOW ON AIR』が聞こえて来た。
「あれ?乱痴気ランチ。久しぶりだねぇ」
彩綾がそう言うのには訳があった。
文化祭前くらいからすっかり乱痴気ランチに飽きた野島さんは、お昼の放送メインDJの座を放送部部長・槇原愛理に譲り渡したため、ここ最近お昼の放送といえば乱痴気ランチではなく「槇原愛理の愛理メンバー YOU」だった。
「やる気出したのかな?笑。槇原愛理にとっちゃいい迷惑だろうけど」
きっと槇原愛理から今まで以上に嫌われるんだろうなぁ。
『ちょっ!おい野島さんっ!どこ行くんですか!』
曲とともに聞こえて来た第一声は野島さんのではなく、ゆきりんの声だった笑。
『どこってそりゃお前、放送室に決まってるだろ?笑』
『放送室?なんの冗談ですか?』
『お前こそ何の冗談だ?これ乱痴気ランチだぞ?笑』
『ここしばらくやってなかったじゃないっすか!』
『そうだよ。だからこれが乱痴気ランチ最後の放送だ。最終回のゲストはお前だよ』
『やです!』
『拒否権はないっ』
『あ!ちょっ!野島さ…ちょっ…うおぃっ!何で羽生さんまで…や、やめろ!わかった!行くから!自分で歩くから降ろせ!おーろーせー!!!』
なんだゆきりん、いま学校来たのか笑。
来て早々、野島さんに捕まるとか笑。
しかも登校最終日に乱痴気ランチ最終回のゲストとは。
さすがゆきりん、華があるなぁ(棒)。
「乱痴気ランチも最終回なんだね。なんか終わりづくしの日だなぁ」
卵焼きを頬張りながら寂しそうに乃蒼が言った。
この世に未来永劫続くものは存在しない。
形あるものはいずれ朽ちゆき、無形のものもいずれ絶える。
なら大切なことはどう終わるかだと俺は思う。
なら野島さんが今日というこの日に、ゆきりんをゲストに迎えて乱痴気ランチを終わらせるのは有終の美に相応しい。
『さ、ゆっくり話そうぜ。2年1組ゆきりんこと雪平湊人』
『こないだたくさん話したじゃないですか。もう残ってないですよ』
『つれないなぁゆきりん。今日でこの学校とお別れなんだよ?明日ドイツ行っちゃうんだろ?』
『そうですけど』
『なら最後に話しておきたい事とかあるでしょうに。俺はその機会を作ってあげたいと思って今こうしてゆきりんを拉致して来たんだから』
『ずっと職員室の前で張ってたんですか?』
『うん。50分も待たせやがって』
野島さん、授業は?
『待ったのは野島さんの勝手でしょ?』
『だってお前、そのまま帰る気でいただろ』
なんだとぉ!
俺らに挨拶もなしで帰る気でいるとか、薄情だぞゆきりんっ!
『…鈴井なら女の勘として微笑ましく思うけど、野島さんのそういうなんでもお見通し的なの俺キライです』
『今わかんなくていいけど、近い将来お前はきっと俺に感謝するぞ?別れの言葉もなしで明日いなくなっちまうのなんてあいつらが許すわけないだろ?そんな事もわかんねぇのかよ』
『わかってますよ。でも今生の別れでもあるまいし、大げさにしたくないんですって。チャッと行ってササっと戻ってくるのに仰々しい別れの言葉なんていりません』
『必要だよ』
『え?』
『だったら尚更いるだろ、別れの言葉は。それは去りゆく者が言わなきゃダメなんだ。残される者は、それを糧に待つんだから』
あぁもう。
俺もいつかこんなふうなセリフ言ってみてぇ。
なんでこうポンポン出てくるかなぁあの人は。
『お前が人前で泣きたくない気持ちもわかるが、お前があいつらと会わない気ならせめてこれくらいはしてやれよ。お前も可愛い後輩だがあいつらも俺の可愛い後輩なんだ、悲しませるなよ』
『…わかりました』
『聞き忘れたけど、放送するのは2年1組だけでいいか?』
『…いや、2年4組もお願いします』
『わかった。愛理、頼むな』
ブースの外にいるのだろう。
野島さんの頼みを聞いてくれるかどうかはともかく、とりあえず今2年1組には流れている。
ここから先、2年4組にも流れるかどうかは槇原愛理次第だ。