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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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ゆきりんの章 「偶然」

花火の音が、うるさかった。

花火とともに告白なんてなんだかロマンチックでいいじゃないかと思っていたが、全然良くなかった。

俺の心臓もなんだってこんなにうるさいんだろう?

あんなに脳内でシミュレーションしたのに。

俺はかつてないほどガチガチに緊張していた。

今のに比べたらカラオケ大会のあのステージなんてウンコちゃんみたいなものだ。

これが、告白するということなのか。

こんなにも勇気がいるものなのか。

だとしたら俺はこの先どんな事があっても2度と緊張することはないだろう。

この世でこんなにも勇気が必要な時なんて2度もあるとは思えない。

そう確信した。

大きく2度深呼吸する。

何を話そう、何から話そう。

何年間もの積年の想いを伝えるには何をどう言えば良いのだろう?

それと同時に、言葉なんていらないような気もした。

この世の全ての言葉を駆使しても、俺の6年間の想いなんて伝え切れるはずがない。

言葉なんて全然万能じゃなかった。

心音は全然大人しくなりそうにはない。

「来週、ドイツに行くことになりました」

もう、あなたにこの中学で会うことができません。

「うん、聞いてた。びっくりした、急だったから」

「すいません。話さなかった理由は、さっき言った通りです」

「うん。それも、聞いてた」

話そうと思っていたことが頭の中から全部吹っ飛んでいた。

あんなにいっぱい考えて来たのに。

俺はやっぱり頭が悪いままなんだなぁ。

何を話そう?

何を伝えよう?

そういえばさっき鈴井がいいこと言ってたよな?


『これからするのは背伸びじゃありません。私達の等身大ですから』


話したいことを思いつくまま口にしてみよう。

背伸びもプライドも見栄も虚勢もいらない。

等身大の雪平湊人をぶつけてみよう。

「桜さん、俺のこと…わかりますか?」

桜さんは

「え?これだけ一緒にいてそれを私に聞くかなぁ?笑。そりゃもちろんわかってますよ、2年1組、雪平湊人くん笑」

と笑った。

いや、そうじゃないんです。

桜さんの知ってる中学2年生の雪平湊人よりも前に、俺はあなたに会っています。

忘れてしまったかも、しれないけれど…。

思い出したくないのかも、しれないけと…

「桜さん、実は…俺は、、、」

「それとも、あの頃みたいにサダイエって呼べばゆきりんへの答えになるかな?」

俺はきっと桜さんを驚いた顔して見ていたことだろう。

「俺だって…知ってたんすか?」

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小学生の時の夏休み、俺はたまたまいつもより早く起きたのでラジオ体操の集合場所に30分も早く向かう事にした。

俺が通っていた幼稚園のグラウンドが集合場所で、俺はテクテクと歩きながら朝のまだひんやりとした空気を肺に吸い込み心地よさを感じていた。

歩いて5分ほどの幼稚園についたのは午前5:55。

あと30分以上もある。

俺はのんびりとブランコにでも腰掛けて友人たちを待つ事にした。

しかし、そのブランコには一人の少女が乗っていた。

足でゆらゆらとブランコを前後に揺らしながら少女は手に持った文庫本に夢中になっていて俺の存在には気付いていなかった。

最初俺は幽霊だと思い息を飲んだ。

見かけたことのない女の子。

長い髪に黒のジャージ姿のその少女の雰囲気が幽霊のように儚げだった。

「おぅわっ!ビックリした!ちょっと、静かに近づいてこないでよね!お化けかと思ったじゃん」

やたら、元気な女の子だった。

「え?なに?ラジオ体操?」

俺はコクンとうなづいた。

「だってまだ6時じゃない。あと30分もあるよ?早すぎない?」

その意見はごもっともですが、それを言うならあなたもそうじゃないですか?

「何年生?」

綺麗で高い、朝の空気のように澄んでいるかのような爽やかさを持った声だった。

「2年生…です」

この頃の俺の声もまだ変声期が来る前でやたらキーが高い。

「そっか。じゃあ私の方がお姉さんだ」

誇らしげにそう言う彼女はパタンと本を閉じた。

その本の表紙には「しんふるいまわかしゅう」と書いてあった。

「あの…お姉さんは何年何組?」

俺と大して変わらないように見えたが2クラスしかないうちの学年で彼女を見たことがない。

と言うことは学年が違うはずだ。

「3年…2組、かな?今年あんま学校行ってないからなぁ笑」

3年生。ひとつ年上だ。

学校行ってないの?病気がちなの?もしかして、その歳でもう不良なの?

俺の頭は「?」で埋め尽くされた。

「ぼく、お名前は?」

ひとつしか違わないのに子ども扱いされているようでちょっと腹立たしかった。

「ユキヒラ」

と苗字だけつっけんどんに答えた。そうすると

「藤原かぁ!素敵な名前。私ね、藤原定家が1番好きなの」

思いっきり名前を聞き間違えたその子はそう言って抱えていた本を俺に見せた。

訂正することよりも俺はその本に興味を持った。

「しん、ふるいま、、、」

「こきん。新古今和歌集だよ」

この頃の俺はまだバカだった。

「その本には何が書いてあるの?」

「恋の歌、かな?」

恋、の…歌?

その時の俺には恋という単語は知っていたけれどしたことはまだなく実感が湧かなかった。

歌はメロディが付いたものしか知らなかった。

なので彼女が持っていた本は音楽の楽譜か何かと勘違いしていた。

「ねぇサダイエ〜」

俺の名前はサダイエじゃないよ、と訂正したかったがそれよりも先に彼女が先を続けてしまった。

「恋って、なんだろね?」

なんだろねって、歳上のあなたが知らないのに俺が知ってるわけないでしょう。

ましてや俺は元気だけが取り柄のバカなのだから。

「…わかんない」

「私も〜。わかんない笑。けどなんかステキな匂いがしそうじゃない?」

匂い?恋は匂いがするのかな?

「あ、もうこんな時間」

幼稚園の園舎に備え付けられていた時計は6:15を指していた。

「私もう帰るね」

彼女はブランコを降りてしまう。

「え?ラジオ体操は?」

「出ないよ?私あんまり学校行ってないからここでクラスの人に会うのもなんかちょっと嫌だし」

そう言って俺の横を通り過ぎてしまう。

「あの、、、」

次の句が継げなかった。

それでも俺は振り返った。彼女の後ろ姿を見たかった。

けれど彼女は振り返る俺よりも先にこっちを見ていた。

「私は桜子。西野、桜子!また明日ねっ」

そう言って笑い右手を小さく振ったのだった。

俺は今でも忘れない。

俺の生き方が決まった瞬間。

俺の全てが運命づけられた瞬間。

俺が、恋に落ちた瞬間。

「何時?明日、ここに何時に来るの?」

必死だった。何に必死だったのかはわからない。けどここで必死にならなきゃいけない気がした。

「じゃあ…5:30。早いよね?笑。起きられる?」

「起きる!目覚まし時計かけて絶対起きる!」

彼女は小さな声で笑った。

楽しそうに、愉快そうに笑った。

こんなにも嬉しいと思ったことはなかった。

「桜子っ、またねっ!」

「こらっ!私の方がお姉さんなんだから呼び捨てしちゃダメでしょ」

俺はその時ヌーンとした顔でズーンと沈んだ表情だったのだろう。

「そんなに落ち込まないでよ笑。じゃあ良いよ、桜って呼んで。みんなそう呼ぶから」

「うんっ!じゃあ明日ね、桜っ!」

彼女は何も言わず俺に手を振ったあとくるりと回って歩き出した。

黒髪が揺れる。

俺は彼女が曲がり角で見えなくなるまで後ろ姿を見つめていた。

いなくなった瞬間、ドスっと地面にそのまま座り込んだ。

心臓が早い。

顔が熱い。

胸がそわそわする。

俺は偶然早起きして、偶然早くこの場所に来て、そして偶然生きる意味を手に入れた。

その生きる意味が3年後、これほどまでに苦しいものになるなんてその時はわからなかった。

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