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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
191/778

ゆきりんの章 「綺麗事も言えないなら」

ようやく七尾と鈴井が屋上へ上がって来た。

照明のない屋上では校庭にある照明の漏れた光でかろうじて顔が判別できるほどあたりは闇に包まれている。

俺の、時間だ。

まだ花火は上がらない。

「お〜いお前ら!ちょっとこっち〜」

校庭が見えるフェンスにいた野島さんはバラバラに散っていた俺達を呼び集めた。

薄明かりだがここだとみんなの顔が見える。

こうやって集まるのはこれが最後だ。

俺は、最後だ。

「ゆきりんから大切なお知らせがある」

野島さんと七尾は知っている。

七尾の隣にいた鈴井が、物悲しそうな顔で俺を見つめていた。

そうか聞いたのか、七尾から。

さっきまで知らない様子だったから、きっと今さっき知ったのだろう。

七尾には悪いことをしたな。

お前1人に俺の寂しさをかぶせてしまった。

この2週間、楽しかったな。

楽しかった分だけきっとお前に寂しい思いをさせたよな。

悪かったな、そうしなきゃ耐えられなかった俺の弱さを許してくれないか。

「来週、俺はこの学校から転校することになった」


夏休みの中頃、俺は野島さんと2人いつものドーナツ屋で待ち合わせした。

「珍しいな〜、お前から呼び出すなんて。話って何だ?」

その時俺は2つの選択を迫られていた。

1つは母親とともにドイツへ行くこと。

もう1つは離婚した後、離れて暮らしていた父親のところに行くこと。

父親は再婚したばかりだった。

「野島さんならどうしますか?」

「俺がどうするかなんて関係ないだろ?だって俺の親、ドイツ行かねぇもん」

ポン・デ・ドーナツを貪る野島さんは、本当に他人事のようにそう返した。

「いま冷たいって思ったか?それとも俺に相談なんかするんじゃなかったって後悔したか?どっちもお前が弱ぇからだろ?俺に引き止めて欲しかったか?俺がダメなら秋に相談するか?あいつなら引き止めてくれるだろうよ。雪平お前なぁ、人に委ねんなよ。お前の将来だろうが。行くも残るも、お前の意思だ。選択は自由だ。どっちを選んだって、どっちも後悔するさ。後悔しないためには、後悔しないとお前が腹を決めるしか方法はないんだよ」

辛辣な言葉ではあったけど、何1つ間違ってはいなかった。

「愚痴だったら聞いてやるよ笑。泣き言も聞いてやる。だから最後の選択は、やっぱりお前が自分で決めろ」

時間をかけ俺が自分で出した答えを最初に報告したのは、母親でも父親でもなく野島さんだった。


「転校って、どこ行っちゃうのゆきりんっ!」

野島さんから聞いているものとばかり思っていたが、阿子さんも俺がこの学校からいなくなることを知らなかったようだ。

「だからお前………」

こいつも、ただ俺が桜さんに告白することだけを聞いていたんだな。

桜さんは何も言わなかった。

ただ驚いた顔をして、固まっていた。

「ねぇゆきりん、どこ行くの?」

「近くだよな?まさか他の県に行くんじゃないよな?」

荒木と佐伯も、驚きと困惑の表情が滲み出ている。

ありがとう。

俺の旅立ちを惜しんでくれて、ありがとう。

「ドイツに行くんだ」

荒木が手で口を押さえ、佐伯は呆然と立ち尽くしている。

阿子さんは空を見上げているし、あいつはポケットに手を突っ込んだまま下を向いていた。

野島さんは読み取れない表情で俺を見つめ、七尾は目を閉じて何かを堪えていた。

鈴井は何も言わなかった。

桜さんも、何も言わなかった。

「だからお前は、夏休みにミュンヘンに行ったのか」

絞り出すような佐伯の声だった。

「あぁ。向こうの教育制度とかだいぶ日本と違うしな。大体この時期って日本でもそうだけどあっちでもかなり中途半端な、、、」

「んな事聞きたいわけじゃねぇよっ!」

闇夜の静寂に佐伯の声だけが響いた。

「なんで黙ってたんだよ…。なんで言ってくれなかったんだよ!」

語気は強く口調は荒い。

けど悲しさが大半を占めた怒りなのは俺もわかっている。

「野島さんには話せて俺らに言えない訳を話せよっ!」

「そうじゃないんだタケル」

七尾、やめろ。

「俺も…知ってた。知っててお前らには黙ってた」

荒木が七尾に詰め寄りパァンと平手打ちをした。

「あんたも、何で黙ってたのよっ!」

「荒木、それは、、、」

「あ〜ぁ笑。お前らは脆いなぁ笑」

俺の言葉を遮るように野島さんはせせら笑った。

「私達友達だよね〜、とか言っといてこんな事で崩れるのか?お前ら結局、自分の都合でしか誰かといねぇじゃねぇか」

その言葉に腹を立てたのは俺だけじゃなかっただろう。

俺が反論を口にするよりも前に、怒りの声をあげた人がいた。

「野島さん、ちょっと黙っててもらえますか?少しうるさいです」

その声の主は鈴井だった。

きっと泣いて泣いて何も話せないと思っていた鈴井が、一粒の涙も溢さずキッと野島さんを睨んでいた。

「野島さんに煽られなくても、自分達で収められます。私達の問題です。引っ込んでて下さい」

春、吉岡先生とやりあった時と同じ目をしていた。

「お前がか?この状況をお前が収められんのか?」

「バカにしないで下さい。なにも野島さんをみてたのは秋だけじゃありません。私もゆきりんも、彩綾もタケルも、ちゃんと野島さんや阿子さん達の背中見てきましたよ。これからするのは背伸びじゃありません。私達の等身大ですから、先輩達は黙って見てて下さい」

野島さんは下を向いていたけれど、笑っていたと思う。

そのまま阿子さん達がいるところまで後退りし、俺たちのことを見守っていた。

「彩綾、秋に謝って」

「乃蒼、あんたも知ってたの?」

「彩綾、秋に謝って」

「あんたも知ってたかって、私は聞いてるんだよっ!」

ふぅ、と一息吐いて鈴井は荒木の頬をピシャリと叩いた。

「誰が知ってたかなんてっ!今関係あるのっ?彩綾が本当に知りたいのはそんな事なの?私はさっき秋から聞いたよ!だから怒ってるんだよ!秋の気持ちもわからないで、ただ自分の感情で秋を叩いた彩綾の事も、ゆきりんの気持ちも考えないで怒鳴ったタケルのこともっ!今のは私の感情で叩いちゃいましたごめんなさい!」

落ち着け鈴井。

なんか締まらない。

「…秋、ごめん。ちょっと話が急すぎて混乱した感情のまま秋にぶつけちゃった」

「…いや、いいよ。お前の気持ちもわかるから」

「ゆきりん、すまん。俺もちょっと感情的になっちまった。こないだ反省したばかりなのにな。ごめん」

「いや、いいんだ。俺もすまん」

「ただちゃんと説明してくれないか?このまま誤解したままでいるのは嫌だ」

思わず空を見上げた。

こりゃ、泣いちゃうな…。

「お前らとこうなる前の俺は、とてもつまらない奴だったよ。自分に自信もないし、けど変なプライドばかり高くて、周りの奴らを見下すような事ばかり言ってて、実のところ1番自分自身を見下してた。劣等感の塊だった」

桜さんの前でこれを言うのは、なかなか堪える。

けど俺と言う人間を知ってもらうにはいい機会だ。

聞いてもらおう。

「振り返る思い出は98%が嫌な思い出で、残りの2%だけにすがって生きてきた。俺は壊れていたんだよ、お前らと会うまでは」

校庭の方からアナウンスが聞こえた。

花火大会の準備が遅れているらしい。

「半年前のこと覚えてるか?楽しかったなぁ、吉岡先生と2日間も言い争ってさぁ。あの後お前ら校舎裏に誘ってくれたよな?俺は予備校があるからって断ったけど、あの時もし行ってたらお前らとはもう少し早くこうやって一緒にいられたかもしれないな」

「俺はあん時、てっきりお前は乃蒼のこと好きだと思ってたよ笑」

佐伯がそう言うとみんなはフッと笑った。

鈴井だけが照れ臭そうにしていた。

「だよな笑。友達でも何でもないのに、あんなマジになって吉岡先生に食ってかかって。なのに俺らコテンパンにやられてさぁ笑。あん時は七尾の一人勝ちだったよな?」

「そうか?そんなことないだろ?」

「いや、俺はあん時お前に興味を持ったよ。変な奴だなって。だからちょっとお前らと話がしてみたいと思ったのに、変なプライドが邪魔をしてお前らの誘い断っちゃって、勿体無かったなぁと思ってる」

2ヶ月分損しちゃったな。

「だからリレーを誘ってくれた時、すげぇ嬉しかった。佐伯、俺は本当にお前には感謝してるんだ。お前のあの言葉がなかったら、、」

「もう何回も聞いたからいいよ笑」

「そうか笑。あのリレーは、今でも夢に出てくるよ。誰かと何かをしてあんなに楽しかったのも、興奮したのも、嬉しかったのも、生まれて初めてだった。壊れてた俺を直してくれたのは、お前らだ。お前らが俺を………」

空を見上げた。

それでも涙が溢れた。

「ゆきりん、無理しなくていいよ。わかったから、ちゃんとわかったから」

「荒木、ちゃんと言葉にさせてくれよ。こんないいシチュエーションで話せるなんて、なかなかないよ」

「ゆきりん…」

泣くなよ。

「ふぅ〜っ。…だから、最後まで笑って過ごしたかったんだ。せっかくの文化祭なのに、転校までしんみりして過ごすなんて俺らには似合わないじゃないか。冗談言って、笑って、ケンカして、また笑って、そういう文化祭の思い出にしたかったんだよ。向こうで寂しい時にはお前らとバカやって過ごした時のことを思い出したかったから」

ずずっと鼻をすする音が聞こえた。

もう誰のものかはわからない。

俺は幸せ者だな。

こんなにも、泣いてくれる人がいるなんて。

壊れてた俺は、人間になれたんだな。

「けど、辛かったんだ。お前らとバカやってても、ふと俺はここからいなくなってしまうんだって思い出すと急に寒く感じてたんだ。死ぬってこんな感じなのかなって思ったりした。昨日までここにいた俺が、明日いなくなるのが、自分で怖くなった。だから俺は七尾に背負わせてしまったんだ。俺の寂しさを、七尾に半分押し付けた。ごめんな、七尾」

野島さんの言う通りだ。

全部俺が弱いからだ。

「ううん、謝るな」

「いいや、本当は全部俺がしなきゃいけなかった事だ」

「そんな事ないよ?」

「鈴井…」

「いいんだよ!泣きたい時は泣けばいいし、辛い時は愚痴ればいい、寂しい時は甘えればいい。弱さは全部曝け出せばいいんだよ。なんのための友達なの?そんな綺麗事すら言えない関係なら、私はいらない」

お前の小学生時代も、必ずしも楽しい思い出ばかりじゃなかったはずなのに、どうしてそんなに優しくなれたんだろう?

「荒木達が怒る気持ちもわかるんだ。だけど、1人じゃ耐えられそうになかったんだ」

「わかってるよ!そんな事は!俺も彩綾も、何もお前を責めたかったわけじゃない!ただ!急にお前がいなくなる事を聞かされて、どうしていいかわからなくてお前や秋にその感情をぶつけたんだ。それは褒められた事じゃないしガキっぽいかもしれないけど、お前もそれくらいわかれよ!」

佐伯の言葉の終わりに荒木が1つだけうなづいた。

「お互い大切だからぶつかる事って、あるんだね」

鈴井の言葉はさっきからとても美しい。

俺はお前と離れるのが寂しいよ。

「これからも、きっとこういう事があるんだろうね?」

荒木と離れるのも、寂しい。

「あるだろうな。ゆきりん頑固だしなぁ」

佐伯、お前もだ。

「………嫌だよ、やっぱり。ゆきりん、ドイツ行くなよ」

お前は何を言ってるんだ?

今、うまくまとめに入ったところじゃないか!

「おい秋、空気読め」

「そうよ!今その流れじゃないでしょ?」

「ゆきりんも困るでしょ?どうしたのよ突然?」

「だって…嫌なものは嫌なんだもんっ!!!」

子どもが屋上で駄々をこねている。

「俺ん家に居候させてやるよ!花さんは俺が説得する!」

「嫌だよ。気遣いながら生活するなら父親のところに行くよ」

「じゃあ行けよ」

「行かねぇよ。って、このくだり前もやんなかったか?」

「やだよぉ〜、ゆきりん行っちゃ嫌だぁ〜」

「秋、ホントやめなさいっ」

「秋、やめてぇ〜。私、野島さんに啖呵切ったのにこれじゃ話が締まらないよぉ〜」

七尾以外が呆れて笑うことしかできない。

でも笑う事ができた。

それはとても大切な事だ。


ひゅ〜…ドーーーーン


花火大会が始まった。

さぁ、ぶつけよう。

俺の生き方に1つ区切りをつけよう。

「桜さんっ!聞いて欲しい事があるんですけどっ」

3年生の4人は屋上のコンクリートに直接座って俺達を眺めていた。

桜さんは立ち上がりお尻のあたりをパンパンと両手で払っあと、凛とした顔をして

「はい」

と短く返事をする。

ドーーーーン

胸ポケットを強く握る。

大国主神、見守ってて下さい。

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