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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
19/778

秋の章 「乃蒼の家1」

自分の部屋に戻り2分ほどしてリビングに戻った。

「出なかったの?」

「いや、出たよ」

「早くない!?」

そりゃそうだ。電話を切った時に画面に表示された通話時間は57秒だった。

「なんか本当に風邪ひいてたみたい。聞きたいことや話したいことあるんだって言ったら、じゃあお見舞いに来てって言われた」

右手に持っていた携帯が震えた。切り際に「送るから」と言っていた乃蒼の自宅の住所がメールで届いたのだろう。

「お見舞い行ってからゆっくり喫茶店行こうと思うんだけどいいかな?逆だとなんか落ち着かないし」

「いいよ。終わったら連絡して。迎えに行くから」

「ねぇ、お見舞いって手ぶらじゃマズイよね?何買っていったらいいかな?」

本からの知識でいけば花とかフルーツとかが定番だよな。

「食べ物で好きなもの何か知らないの?」

脳内で乃蒼との会話の中から好きな食べ物を検索してみる。

「塩辛かな」

「うん、秋、違う。それじゃないよ」

「あとキュウリ」

「それも違う」

わかってるよ。塩辛やキュウリは中学生女子の見舞いには向かない。

「無難にケーキにしようかな?どう思う?」

「そうね。女の子は甘いものを貰ったら大抵は喜ぶよ」

塩辛好きの女子も甘いものはお好きなのかしら?



我が家にはお小遣いというものがない。大抵は花さんが出してくれるから俺がお金を持つ必要がない。なので今回、花さんは俺に5000円札を1枚渡した。

「多くない?こんなにいらないよ」

「こういう時は家族の分も買って行くもんなのよ?」

そうなんだ?ひとつ勉強になった。比べたことはないけれど、多分俺は世間というものをあまり知らないように思う。経験がないというか社会性がないというか。俺1人そう思われるのは仕方がないと諦められるけど、往々にしてそんな場合は親のせいにされがちだ。俺1人の社会性の無さが花さんにまで影響があるのならそれはあまり好ましいことではない。もっと世間のことを知らなくちゃ、と思った。

携帯の地図アプリに乃蒼の家の住所を打ち込み、その途中にある洋菓子屋でケーキを5つ買った。乃蒼は両親との3人家族だけど多いことに越したことはないかなと思い2つ多めに買ってみた。なんとなくキリの良い数字だし。

携帯を見ながら乃蒼の家に辿り着くと画面の矢印は目の前にある超高層マンションを指していた。メールで送られてきた住所の最後に「4001号室」という文字を見たときなんとなくそんな予感はしていたけど、やっぱり本当に40階建てのマンションなんだな…。子どもの俺から見てもこのマンションは高そうだ。もちろん、値段という意味で。下手したら億に届くくらいするんじゃないのだろうか?ハッキリした値段はわからないけれどこれだけは言える。乃蒼は超金持ちのお嬢様だ。


メールには「着いたら部屋の番号を伝えて。迎えに行くから」と書いてあった。伝えて?伝えてって誰に?と意味がわからなかったけど、玄関の自動ドアを開けてようやく理解できた。中に続くであろう入り口の重厚なドアの手前にホテルのようにカウンターがありそこにホテルマンのような格好をした男の人が立って俺のような中学生男子にも深々と頭を下げた。しなくていいのだろうけど俺までつられて頭を下げてしまう。

「あ、あの、えっと」

パニクってさっきまで覚えていたはずの部屋番号を忘れ慌てて携帯を見る。

「4001号室の鈴井さんの、部屋はどこですか?」

どこですか?って、そりゃあ4001号室だろうよ。そんな事わかってるんだけど、この男の人になんて言えばいいかわからなくなり思わずそう口に出してしまった。しかしホテルマン風の男性はクスリとも笑わず

「失礼ですがお客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

と事務的に告げる。俺は辛うじて苗字を名乗る。フルネームを言わなくて良かったと心の中で安堵する。

「それではこちらのソファーにお掛けになって少々お待ちください」

とカウンターの隣に設置されたソファーに案内された。落ち着かない俺を尻目にホテルマン風の男性は電話の受話器で何やら話をしている。多分その内線電話みたいなもので、来客があるという旨を4001号室にかけているのだろう。受話器を置くと俺のそばまでやってきて

「今こちらにいらっしゃるそうなのでもう少々お待ちください」

と言った後、カウンターに戻りまた真っ直ぐにドアの方を向き微動だにせずスッとした姿勢のまま動かなくなった。目鼻立ちのハッキリしたイケメンダンディと呼ぶのにふさわしい映画スターのような顔立ちだった。


どれくらい待っただろうか。5分?10分?。とにかく少々じゃない、結構な時間待ったような気がする。カチャリとカウンター横の重厚なドアのカギが開くような音が聞こえたのでそちらの方を向くと、乃蒼が姿を現した。

「お待たせ。ごめんね、ちょっとシャワー浴びてて遅くなっちゃった」

なんかドキドキした。いつもは制服姿かジャージ姿しか見た事のない乃蒼は黒のスキニーパンツに丈が長めの白いボタンシャツを着て、メガネはかけておらず、いつも2つに結っている肩下まで伸びた髪は何にも縛られずストンと伸びていて、そんなオフモード全開の格好で俺を見てニッコリ笑っていた。

「い、いや、全然。大丈夫」

何が大丈夫かわからないけどそういった。そうでなくてもこのマンションに飲まれている上に私服姿の乃蒼にも飲まれ、俺はもう完全に落ち着いていられなくなった。

「うち行こ。こっちこっち」

と手招きする乃蒼について行く。俺のような庶民がこんなところ来るものではない。呼ばれても2度と来るもんか!と内心毒付いていたらさっきのホテルマンに「七尾様、お忘れ物でございます」とソファーに備え付けられていたテーブルに置き忘れていたケーキの箱を渡される。

「あ、どうもすみません」

あぁ神様ごめんなさい。もう2度とここには来ませんからこれ以上恥ずかしい思いさせないでください。

2人でエレベーターに乗ると乃蒼は予想通り40階のボタンを押す。想像していたよりはゆっくりなスピードでエレベーターは上昇していく。

「なぁ乃蒼」

「ん?なぁに?」

俺はいつもの癖で階数が1つずつ増えていくパネルを見ていた。

「言いたい事はいっぱいあるんだけど…」

「うん」

「風邪大丈夫?」

ピーンポーン、と音が鳴り静かにエレベーターのドアが開く。

「あははは。凄い!予想を裏切って普通の事聞いてきた」

笑いながらそう言って乃蒼は先だってエレベーターを降りる。そこはホテルなんかよりも遥かに広い廊下で、なおかつマンションの廊下の癖に赤い絨毯が敷いてあった。最上階である40階には空中庭園と呼ぶべき中庭があるし、さっきエレベーターの中には施設案内が書いてあって「地下2F室内プール」「2F スポーツジム」「1F ゲストルーム」 「地下1F 温泉施設」とあった。下手したら屋上には天文台とかあんじゃないか?

「昨日まで咳が出てたけど、熱は下がったし大丈夫。今日明日休みだから明後日には学校いけるよ。はい、ここがウチ」

茶色…は表現が貧乏くさいな。木目調の大きなドアにぶら下げてある表札に「鈴井」と書いてあった。疑ってたわけじゃないけど本当にここが乃蒼の家なんだ。なんだろう?俺とのこの貧富の差は。

「あ…」

表札の下に書かれた母親の名前を見て思わず声が出てしまった。

「お前、ハーフなの???」

父親の位置に書かれている名前は日本人のよくある名前なのだが、その下に位置する母親のところにはカタカナで「イレーヌ」と書いてあった。

「あれ?お前、目そんな茶色だったっけ?」

乃蒼は困ったような笑みを浮かべて

「まぁまぁ。とりあえず中入ろうよ」

と入り口と似たような重厚そうな木目のドアを開けて俺を招き入れた。

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