秋の章 「キャンプファイヤー」
「ごめんリンちゃん、遅くなった笑」
豆ツブが顔を真っ赤にして怒っている。
あずきみたいだ笑。
「おっせぇよ!」
「そういうな豆、乃蒼のトイレ待ちだったんだ」
「乃蒼先輩はトイレなんかしないっ!」
するよ?と小さな声でリンちゃんがつっこむ。
「ひどいよ秋、いきなりバラさないでよ」
「おいチビ太、良いことを教えてやろう。乃蒼は今日せギャンっ!」
顎に乃蒼から掌底を食らった。
中橋光一なら膝ガクガクもんだ。
「秋、TPO。あと個人情報。それからデリカシー」
「はい、ごめんなさい」
男が思っているよりも生理は女子にとって秘密にしておきたいらしい。
けど乃蒼!反論させてもらうけどな!俺毎月乃蒼から生理のお知らせされてるんだけどそれは一体なんでなんだ!
テニスコートの脇にある照明は煌々と俺たちを照らし、スピーカーからはフォークダンスの曲が流れている。
「キャンプファイアーのとこ行こうぜ〜」
タケルと彩綾は手を繋ぎ駆け足で走って行く。
その後ろをリンちゃんと豆がついて行く。
「秋、覚えてる?」
「あぁ。去年のこの時間に、乃蒼と2人で話したな。乃蒼がクォーターの話とか」
「あの時私は秋しか友達がいなかったのに、たった1年でたくさんの友達や先輩や、そして今日は後輩まで出来た」
「後輩は俺関係ないだろうが笑」
「でも秋が連れて来てくれた。私の交友関係はみんな秋を経由してるんだよ。だからいつかちゃんと言おうって思ってたの。ありがとうね、秋」
乃蒼は立ち止まって少し背の高い俺の顔を見上げた。
タケサヤと豆リンはキャンプファイアーの裏側まで行ってしまった。
「いいよ、ありがとうとか。照れるし笑」
「ううん。それにね、自分が日本人じゃないことにコンプレックスを持ってたあの時、秋は叫んでくれたじゃない?私がナニ人でも関係ないって。お前は鈴井乃蒼だろ?って。覚えてる?」
「いや、恥ずかしいことに鮮明に覚えてるんだなぁ〜これが笑」
「良かった。私は忘れられないよ。私、忘れないよ?」
それは今でも変わらない。
お前は鈴井乃蒼だ。
「嬉しかったよ。私はあの日ようやく子どもの時から続く自分の嫌な思い出から決別できたの」
できればそんな思い出、なければ良かった。
お前は鈴井乃蒼としてずっとお前らしく育って欲しかった。
それでも、俺達は友達になれたかな?
あの日のようにお前は俺に声をかけてくれただろうか?
もしかしたら、たくさんの友達に囲まれた乃蒼に憧れる日々を送ることになっていたかもしれない。
「あの時から私は自分の存在意義について考え始め、、、」
「おいっ!何してんだよ巨神兵!早く来いよ!」
こんのぉ!豆ツブっ!
まだ乃蒼が話してる途中でしょうがぁっ!
「あはっ笑、この話はまた今度でいいや。行こっ秋。レンちゃんが待ってる」
「あぁ。…ちょっと先行ってて。すぐ行くから」
「ん?わかった。早くね〜」
乃蒼がグルリとキャンプファイアーを回ってみんなのところへ歩いて行く。
その後ろ姿を見つめながら、俺は思った。
乃蒼は今、自分のことをどう思っているのだろう?
春に吉岡先生とやりあった時から、どんな変化があっただろう?
髪を染める時に何を思っているのだろう?
カラコンを付ける時、どんな気持ちでいるのだろう?
乃蒼は今の自分を愛せているだろうか?
イレーヌやコンシェルジュお父さんを前よりも深く愛しているだろうか?
乃蒼、いま俺はユーリのことが好きだ。
多分去年のあの時は、俺は乃蒼が好きだった。
その気持ちをきちんと整理しないでいた事を俺は少し悔やんだりしている。
だけど今振り返っても、去年の文化祭でお前に伝えた事は本心だったと思う。
伝えるべき最低限のことはきちんと言葉にできたと思う。
俺がもしあの時乃蒼を好きな気持ちをきちんと自分で整理できていて、なおかつあの時以上の言葉を乃蒼に伝えるとしたら、それはもう愛の言葉しか残っていない気がするよ。
それを伝えた方が良かったかどうかは、今の俺にはわからない。
けど今の俺は幸せだと思える日々を過ごしている。
だから、満点は取れなくても少なくとも赤点じゃないと思うんだ。
それにその答えは俺だけじゃなく、乃蒼の気持ちも必要だから。
今の俺には、乃蒼の気持ちを聞く権利がないことくらいわかっているから。
だから、今はこれでいい。
乃蒼が笑っているなら、俺はそれでいい。
ただ、誰にも言うことのない約束をこの炎に誓う。
もしこの先、乃蒼を好きになった時には俺は必ずその気持ちを言葉にしてお前に伝えるよ。
今度は必ず伝えるよ。
その時が来るかどうかはわからない。
この先どうなるかなんて誰にもわからない。
わからないからこそ、いま覚悟を決めておく。
俺はお前に対する気持ちをちゃんと言葉にしよう。
「せ〜んぱいっ」
振り返るとリンちゃんがいた。
「なかなか来ないから迎えに来ちゃいました。どうかしたんですか?」
「あ、いや笑。ちょっと考え事」
リンちゃんは笑っていた。
「ねぇ先輩?もしかしたらなんですけどぉ、レンちゃんに誘われた乃蒼先輩が1人で不安にならないように私の誘いOKしたんじゃないですかぁ?もし私と踊るの遠慮したいなら、私はそれでも全然構わないですよ?笑。荒木先輩と佐伯先輩もいるし」
そうやって俺に笑いかけるのだ。
「もしかしてリンちゃん、俺と踊るの実は嫌だった?」
ツインテがブンブン揺れる。
可愛い笑。
「まさかっ!1年で七尾先輩と踊りたくないって女の子なんて1人もいませんよっ!」
んなわけあるか笑。
大袈裟だよ。
「あぁ…やっぱダメだなぁ」
「でしょ?私、友達のところに戻るんでレンちゃんにはうまく、、、」
「そうじゃなくて」
きっと野島さんなら、こんな事にはならないよな。
追いつくどころかあの人の凄さを理解すればするほど背中が遠のく。
「俺は後輩の、ましてや女の子に気を遣わせてたのかって思ってさ」
情けなくて苦笑いしかできない。
「ちょっと去年の自分の不甲斐なさを思い出して落ち込んでただけなんだよ。遅くなったのは決してリンちゃんと踊りたくないわけじゃない。むしろ慰めてくれないか?」
掌を上に向け両手をそっと前に出す。
曲はエース オブ ダイヤモンド。
このまま踊り進んで豆たちに追いつくまで交代はナシだ。
「いいんですか?地味で目立たない、パッと見は根暗なツインテの後輩女子ですけど私?」
「あれ?俺はちょっと頭がキレて、気遣いしすぎる優しいツインテの後輩女子を誘ってるんだけど?」
そう言うとリンちゃんの掌は恐る恐る俺の手に添えられた。
軽く震えていた。
寒…くはないよな?
緊張!?
うそでしょ?
「わ、わ、私、1年の女子から、袋叩きにあいそう」
「まさかぁ笑」
だって俺だよ?笑
中2になっても母親とお風呂はいるようなマザコンだよ?
ないない笑
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!な、な、七尾先輩がぁ!」
「ちょ!ちょっ!誰!あの子だれぇぃ!」
「ほら、藤村ツインズの姉!」
「ずるいぃぃぃ!うぎゃぁぁぁぁ!!!」
「おいっ!あっちで鈴井先輩が小人と踊ってんぞ!」
「あああああ!!!!乃蒼先輩っ!そいつと踊ると背が縮むぅ!」
「おい誰か放送室行って曲止めろぉ!」
「認めねぇぞぉぉぉぉぉ!ワシは断じて認めんぞぉ!!!」
おい最後おっさんいたろ?
「ほらね?笑」
「なんだ…これは!?」
「知らないんですか?七尾先輩も乃蒼先輩も私たちの学年では超人気なんですよ?荒木先輩達が付き合ってるのはみんな知ってるから」
「そう…なんだ?知らなかった」
だって特進にいたらほとんど接触する機会ないんだもん。
「模擬店の十天屋だってみんな行きたかったのにどこでやってるかプログラムに書いてないし…。昨日2年4組で七尾先輩たちがカウンターに入ってドリンク作ってるって噂が広まってすごい行列だったの知ってます?」
「あ、あれ俺らのせいだったの?」
「私も友達と行きました。先輩の柘榴茶、美味しかったです。あと先輩の女装、とっても可愛かった!」
「あははは、ありがとう」
どこでどう繋がるかわからないもんだな。
これも、縁なのかな?ゆきりん。
「もし凛ちゃんが今日の事で嫌な目にあったら、俺に告げ口しにおいで」
「しませんよ笑。甘んじて受け止めます。それくらい、こうやって七尾先輩と手を繋ぐってのはすごい事なんですから」
野島さんはもしかしたらこういうのを繰り返して苦悩していったのかもしれない。
ただのどこにでもいる中学生なのに、五天だ全天だと持て囃され本当の自分とは違う評価に戸惑ったかもしれない。
「凄くないよ。リンちゃん、俺はただの七尾秋、中学2年生だ。あんまり過大評価しないでよ」
「そうは思えませんよ。だって見てください?私達やレンちゃんの周り、人だかりできてますけど?」
「うわぁ…、ホントだ」
タケルが調子にのって騒いでいる。
骨を折らなければいいが。
「七尾先輩にも、憧れている人がいますか?」
真っ先に野島さんを思い浮かべた。
花さんや練生川さん、祝人さんはまだまだ遠い。
「うん、いるよ」
「私達は七尾先輩や乃蒼先輩に憧れているんですよ。だからこうなっちゃうのは仕方ないんです」
俺、その憧れの人の喉を潰し、肝臓にショートアッパーを2発キメ、口の中に手を入れてのどちんこを引き抜こうとしてたな(ボツネタより)笑。
「じゃあリンちゃんだけは等身大で俺を見てよ。1人でもそういう人がいると落ち着くんだ」
「無理ですよ笑。私も七尾信者です」
「じゃあとっておきの秘密教えてあげるよ」
俺はリンちゃんのツインテの隙間から見える左耳に顔を近づける。
あちこちから「ぎゃあ!!!」という悲鳴が聞こえた。
「実はーーーーーーーーなんだ笑」
「ホントですか?」
「ホント笑」
「………変態っ!笑」
「いいねぇ、ゾクゾクしちゃうっ!」
「本物ですか?笑。けど、どうしてだろ?」
リンちゃんの瞳は俺に話しかけてきた時よりも力が込められていた。
「さっきよりも今の方がますます憧れちゃいます!」
「あははは。変態っ笑」
そのタイミングで乃蒼達に追いついた。
「おっせぇよ秋」
「ああ悪い。タケル、あんまり騒ぐな。アキレス腱切るぞ」
「切らねぇよ!」
「切れよ…」
「おい彩綾!お前彼女だろ!」
「切れよ…」
「おい乃蒼!お前普段そんな言葉遣いしねぇじゃねぇか!」
「切れよ…」
「リンちゃん、可愛い顔してえげつないのね」
「切れよ…」
「おいド豆!お前に言われる筋合いねぇぞコラ!お前ちょっとツラ貸せや」
タケルが、豆には強い笑。
すごいぞ豆!
ドMのタケルをSにするとは!
「やめろっ!何する気だ!」
「火に焚べんだよ!豆ぇ!」
「豆なら煮ろよ!」
「豆天玉しらねぇのか!」
「アレはお好み焼きの具としてだろっ!」
なんか知らんがタケルとの相性は良いらしい。
「豆って煮るしか調理法ないのかなぁ?」
乃蒼が違う方向に興味を持ち出した。
フリータイムが終了するまでの間、俺達はドチビをいじり倒し、笑いころげ、そして踊った。
楽しかった。
とても楽しかったと同時に寂しかった。
ゆきりんがいなくなると知っても俺はこうやって笑うことが出来る。
自分がなんだか嫌な奴みたいな気がした。
『お前は相変わらずバカだな?お前がどんなに罪悪感を感じてようが、悪いが俺はパツキン美女に囲まれて毎日笑って過ごしてるぞ?お前がくれた『I ♡ 乳牛』なんて漢字がsexyだってこっちじゃ大人気だぞ?笑』
数ヶ月後に送られてきたメールには乳牛Tシャツを着たゆきりんが色んな国籍と思われる人達の真ん中で楽しそうに笑う写真が添付されていた。
それを見て少し安心し、同時に少し嫉妬する自分にひどく驚いた。
俺ってめんどくさいんだな、と思った。
追記
「レンちゃん、どうだった?」
「乃蒼先輩…可愛かった。近くで見たら、すげぇ可愛かった!ピアノ…褒められた」
「良かったねぇ笑」
「お前は?七尾先輩となに話してたんだ?」
「………内緒のハナシっ!笑」
「なんだよそれ!」
「えへへへ〜、いいでしょ〜笑」
「何でそんなに仲良くなってんだ?」
「何でって、そりゃあ…七尾先輩が優しくしてくれたからなかぁ?」
「エロいな?」
「やめてよ〜。そんなふうに七尾先輩のこと見ないで〜」
「すっかり懐柔されやがって」
「でもさぁ、レンちゃんは凄いねぇ?」
「は?なにがだよ」
「あの乃蒼先輩にアタックしようとか、よくそんな無茶な真似できるよね?」
「お前…バカにしてんだろ?」
「ううん。身の程わきまえずによくそんなこと思えるなぁって感心してるんだよ?」
「・・・・・・・」
「今日さぁ、七尾先輩と話してて思った。憧れるけど、そこまでだって。それ以上求めたら、多分自分が傷付く。自分の嫌なところいっぱい見つめなきゃ、ううん。見つめても届かないんじゃないかって思った」
「お前さぁ…」
「七尾先輩ってさぁ、太陽みたいだよね?乃蒼先輩も」
「俺がイカロスだとでも言うのかよ?」
「…そうかもねぇ?近づきすぎると、ロウで固めた鳥の羽は溶けちゃうよ」
「あぁ〜、お前の友達が言ってたこと、今やっとわかったわ。今日告白したら翼のロウは溶けてたかもな」
「ん?」
「思いつきのひ弱な翼で挑むから溶けて落ちるんだよ。ちゃんと装備すりゃいいじゃねぇか?太陽に近付いても溶けない翼がありゃいいんだろ?それには自分の弱いところや情けないところ嫌ってほど見つめ直さなきゃならないさ。見つめたところで改善できなきゃ意味ないしな」
「レンちゃん?今の科学を持ってしても太陽には近づけないよ?」
「んなこたぁわかってんだよっ!乃蒼先輩は太陽じゃねぇよ、ただの中2女子だ。確かにあの特進組はこの学校じゃ羨望の的だよ。だけどさ!そんな乃蒼先輩も七尾秋も去年は俺達と同じただの中1だったんだぞ?たった1年だ!たった1年しか変わらない」
「私たちの1年て、結構デカイよ?」
「そうだな。けど無理じゃない。無理じゃねぇよ!」
「…やっぱレンちゃんて凄いね?」
「バカにしてんだろ?」
「してないよ。今のは」
「さっきはしてたのかよ!」
「ねぇレンちゃん?乃蒼先輩のどんなところが好き?」
「な///なんだよ急に?」
「照れないで教えてよ〜」
「そ、そりゃあ…」
「顔?笑」
「間近で乃蒼先輩みたの今日が初めてだぞ?俺が目悪いの知ってんだろ?」
「そうだった。じゃあ何で?」
「バカにしないか?」
「うん、しない」
「何となく、だよ」
「レンちゃん?」
「な、なんだよ?」
「貴方トテモ凄イ人ネ」
「お前やっぱバカにしてんだろ?」