リンの章 「恋とは死ぬことと見つけたり」
一通りフォークダンスが終わった。
私はさっきのレンちゃんとの連弾効果もあって知らない人達からたくさん話しかけられた。
昨日までは特定のクラスメイトとしか話すことなかったのにな。
私、クラスに埋もれてしまうツインテだけが売りの地味な女の子だったはずなのに…。
「藤村ってさぁ、付き合ってる人いんの?」
唐突に後ろから同じクラスの男子に声をかけられた。
「え?あ、あの…」
返事に困ったわけじゃなく、突然今まで話したことのない人から声をかけられた事に戸惑っていると
「それはリンに対してそういう感情があるって前提で聞いてるの?」
と、いつも仲良くしてる子が間に割って入ってくれた。
「だとしても、いきなりその質問はなくない?」
「だよねぇ〜笑。デリカシーもないし優しさもない」
普通女子が3人固まれば大抵の男子は尻尾を巻いて逃げ出すのだろうけど、
「お前らには関係ないだろ?俺は藤村に聞いてんだよ!お前、ホントに藤村蓮と付き合ってんのか?」
と食い下がってきた。
はぅ〜、一体これを何度繰り返せば良いのだろう?
もうめんどくさいから『藤村蓮とは付き合ってませんっ!』てプラカードを掲げようかな?
それか早くレンちゃんが乃蒼先輩とくっ付いちゃえばいいのに。
でも当分は無理だろうなぁ。
「あの…ごめん、私これからちょっと約束が…」
「俺がまだ話してる途中でしょうがっ!」
ごめんね黒板五郎さん、北の国に帰って下さい。
「リンちゃん、約束って?」
「まさかっ!誰かに告られに行くの?」
「きゃ〜!誰?誰と約束してんのーーー!」
この薄暗さに紛れてコソっと抜け出したかったけれど、それはもう無理なようだ。
「えっとぉ………七尾先輩…です」
我ながら消え入りそうな声だ。
しかし周りにはしっかりと聞き取れたらしく
「「「「七尾先輩ぃぃぃ!!!!」」」」
と黒板五郎と私の友人は驚いていた。
「ちょっとアンタ、もうお帰りよ」
「うん、その方がいい。惨めになるだけだよ」
「あんたは悪くない。ただ、相手が悪かっただけ」
とたんに五郎さんに優しくなる私の友人。
「そうするわ…。なんなんだよっ!勝てるわけねぇだろっ七尾先輩とかっ!」
なぜか私に逆ギレしながら五郎さんは北の国へと帰って行った。
男友達に報告したのかギョッとした顔で2人の男子が私の方を見た後、五郎さんと肩を組み3人で夜の空を見上げていた。
いいなぁ、青春だなぁ。
これが普通の反応だよね?
七尾先輩が相手なら尻尾を巻いて逃げ出すのが駿河二中在校生の普通だ。
けどレンちゃんはそんな七尾先輩にまで噛みつこうとした。
理由はたった1つ、乃蒼先輩。
さっきの男子も相手が乃蒼先輩だったら七尾先輩に噛み付くのだろうか?
相手が私みたいな小物だから逃げ出したのだろうか?
そりゃ確かに私には乃蒼先輩ほどの価値はないけどさぁ。
せいぜい他の誰もやらないツインテールくらいしか特徴ないけどさぁ。
そう言えばお昼の放送で誰かが言ってたっけ?
私の物語では私が主人公なの。
自分の思い描く物語がバッドエンドなんてことありえないでしょ?
私は私が主人公の物語でも冴えないただの女子中学生だ。
主人公なのに、モブにさえ持っていかれてしまうかもしれない。
でもそれでいいかなぁ?
それもなんだか私らしい。
「あれ?でも七尾先輩って、鈴井先輩と付き合ってんじゃないの?」
「え?特定の彼女作らないで平井先輩や西野先輩とも怪しい仲だって噂だよ?」
「けどバレー部の先輩が去年の文化祭で大学生の彼女連れて来てたって言ってたけど?」
「うわぁ〜、さすが七尾先輩。中1で大学生の彼女いたんだぁ」
噂って、怖いなぁ…。
噂…だよねぇ?ホントじゃないよねぇ?
ちょっぴり不安。
「え?じゃあリンちゃんも七尾ハーレムに入るの?ずる〜い!」
七尾ハーレムかぁ。いいなぁ、入れるものなら入りたいっ。
そしたらちょっとくらい私も自分に自信が持てるだろうか?
「残念なことに私はただのツインテだよ。七尾ハーレムには書類審査の時点で落選だよ笑」
この2本を切ってしまえばモブに溶け込む特徴のない女なのです。
「え〜、でもリンは七尾先輩に呼び出されたんでしょ?」
「それって七尾先輩がリンの良さを認めたからじゃないの?さっすが七尾先輩だよね?わかってる〜!」
「だよね〜。さっきのあいつなんて誰でもいいんだもんね笑。先月3組の女子にフラれたばかりだってのに、懲りない奴だよ」
そうなの?
地味だからホイホイ付き合ってくれるとでも思ったのだろうか?
私そんなチョロく見られてるのかなぁ?
心外だぁ!
「私が七尾先輩から誘われるわけないじゃん笑。さっきレンちゃんがね、乃蒼先輩にフリータイムで一緒に踊って下さいって誘ってOKもらったの。私はそのオマケだよ」
私の場合どさくさ紛れのダメ元だったけど言ってみるもんだなぁ〜。
「藤村がぁ!?あいつ〜、身の程もわきまえずに乃蒼先輩誘うとかぁ〜!」
確かにレンちゃんはまだ乃蒼先輩を誘うほどの男の子じゃない。
でもね、きっかけは大事だと思うの。
そのきっかけを掴めるかどうかはもっと大事だと思うの。
レンちゃんはね、掴んだんだよ。
乃蒼先輩への挑戦権。
ただ黙って憧れている人が大半の1年生の中で、今のところレンちゃんだけがその権利を持っている。
頑張ってねレンちゃん。
レンちゃんの彼女が乃蒼先輩とか、従兄弟として鼻が高いよ。
もしも結婚とかしちゃったら、私と乃蒼先輩、親戚になっちゃうの!?
いや〜ん!頑張って〜!
「お前なにニヤニヤしてんだよ気持ち悪いなぁ」
はっ!顔に出ちゃってた?
「レンちゃん、迎えにきてくれたの?」
「一向に来ないから迎えにきてやったんだろ?」
すみません、五郎さんとか来てたもので。
「藤村ぁ、聞いたよぉ〜。乃蒼先輩誘ったんだって〜」
「あぁ。いいだろ〜笑」
「羨ましいっ。てかあの特進組と話が出来るってだけでも超羨ましい。私もピアノ弾けたらなぁ」
多分きっとあの会場にピアノが弾けた人はレンちゃんや私以外にもたくさんいたはずだ。
「弾けるだけじゃ意味ねぇよ。あそこに立てたかどうか、だろ」
「なによ笑。リンがいなかったらあんただってあそこに立ってなかったくせに〜」
まぁまぁまぁ。
私はただレンちゃんをちょっと焚きつけただけだよ。
ステージに向かったのはレンちゃんの意思。
で、成り行き上レンちゃんとピアノ弾いたのはただの地味なツインテ。
どっちかって言えばレンちゃんのお陰で私が恩恵を受けたんだと思うよ?
「まぁなぁ。俺1人じゃビビってあんなとこであんなこと出来なかっただろうな」
「でしょ?リンに感謝しなさいよ〜。それから浮かれすぎて乃蒼先輩に告ったりしないでよ?」
さすがに今日そこまでするほどバカじゃないよね?レ〜ンちゃん笑。
「え!ダメなのか?」
そうだった、レンちゃんバカだった…。
「良いわけないじゃない!なんで乃蒼先輩が今日初めて会ったばかりのチビ助に告られてOKするのよっ!バカじゃないのっ!」
そうなの。レンちゃんね、バカなのっ!
「リン、あんたこのバカにちゃんと恋の参考書読ませなさい!」
「参考書?」
「リンあんた花より男子もってる?」
「持ってるけど?」
花のち晴れも一応買ってるよ?
「ダメな私に恋してくださいは?」
「ある」
「pとjk」
「ある」
「イタズラなKiss」
「ある」
「俺物語!!」
「ある」
「オオカミ少女と黒王子」
「ある」
「君に届け」
「ある。てかその辺のは全部持ってる」
「藤村、リンの家でそれ全部読みなさい」
「えええええ!!!!何でだよ。それ全部少女マンガだろ?」
「女心わかんないバカが乃蒼先輩みたいな上級コース攻略できるわけないでしょ!本気で落としたかったら騙されたと思って全部読め!あんたの恋愛偏差値は35よ!乃蒼先輩を落とすには最低でも65は必要よ!」
何を数値化してるんだろう…。
「恋愛偏差値とかわかんねぇよ」
「じゃあスカウターで計測したあんたの恋愛戦闘力はたったの5よ」
「ご…ゴミじゃねぇか」
「乃蒼先輩の恋愛戦闘力は53万です」
「フ…フリーザーぁぁぁぁ!!!」
「いま乃蒼先輩に告ったらあのクリリンみたいに木っ端微塵になるわよ?」
「木っ端微塵?俺のことか…俺のことかぁーーーー!!!!」
「そうよ。今のあんたじゃ到底太刀打ちできないのよ。ねぇ藤村、どうせなら本気で乃蒼先輩口説き落としてみてよ。私なんとなく、あんたにはそのポテンシャルがあると思うんだよねぇ〜」
「なんでわかんだよそんな事」
「そんなこともわかんないから女心がわからないって言われんの!いい、それはね?」
うん、うん。なに?
「女の勘よ」
「それ、都合の良い言葉じゃねぇか」
「だから女が使うのよ。それもこれもひっくるめて、女心よ!」
「なんかお前と乃蒼先輩は根本的に何か違う気がする」
「失礼ねぇ、根本は同じよ。ただそれ以外がまるで違うだけ」
ならアドバイスになんの説得力もない気がするんだけどなぁ?
「おいリン、明日なんか予定あるか?」
「え?ううん、ないけど?」
「ちょっと遊びに行くわ」
読む気だぁ!笑
レンちゃん少女マンガ読みに来る気だぁ!
思わず笑ってしまった。
「おい、笑うなよ」
その照れた顔、可愛い〜。
乃蒼先輩に見せてあげたい。
「ねぇあんた達、そろそろ行かなくていいの?」
あ!ヤバいっ!
「レンちゃん行こっ!乃蒼先輩達より先に着いてなきゃ!」
「お、そうだな。じゃあなお前ら!なんかあったらまた相談乗ってくれよ!」
レンちゃんが、素直だ。
あの意地っ張りで強情でカッコつけたがりのレンちゃんが、素直に誰かを必要としている。
それは乃蒼先輩のためなのか?
それとも本当に今日1つだけ大人になったからなのか?
『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし』
後漢末期の武将・呂蒙の言葉だ。
日本では『男子三日会わざれば刮目してみよ』の方が一般的だよね。
レンちゃんは名前は女の子みたいだし背は小さいし器もミジンコ小ちゃいけど、それでも立派な男の子だ。
もしかしたら本当に乃蒼先輩はレンちゃんに惚れちゃうことだってあるかもしれない。
流石に3日ってことはないだろうけど、8年くらいしたら『今の』乃蒼先輩だってレンちゃんにメロメロになるかも?
ま、8年後には乃蒼先輩も8年分成長しちゃうんだけどね。
頑張れレンちゃん。
私は陰ながらレンちゃんのことを応援しています。