ゆきりんの章 「旧校舎入り口」
旧校舎入り口は十天屋がある廊下を突き当たりまで行き左手に折れたところにある。
駿河二中七不思議の1つとして数えられる場所だ。
ここで告白すると成就するらしい。
七不思議にすがり、ココで何人の人が悲しい思いをしたのだろう?
旧校舎裏に向かいながらなんとなくそんな事を考えていた。
ホネキチも連れて来れば良かったかな?
あいつがいれば少しは空気が和むかもしれない。
けどそれはなんとなく逃げているような気がした。
マナツはきっとちゃんと覚悟持って呼び出したはずだから俺もきちんと受け止め、そしてきちんと向き合わなければならないと思った。
あと少しで突き当たり、という時になって誰かの声が聞こえた。
しまった!
今日は文化祭でしかもここは旧校舎入り口!
俺やマナツ以外にも先客がいても不思議じゃない!
あ〜、どうしようかなぁと突き当たりの手前でウロウロとしていると1人の男子が泣きながら走り去っていった。
も…茂木?だったと思う。
あいつまさか…カラオケ大会で優勝した勢いで誰かに告ったのか?
ブスが一丁前に誰かに恋していたのか?
お前は!その子になんてことしてくれたんだ!
その子は一生、茂木なんかに告られたという汚点を背負って行きていかなければならないのだぞ!
可哀想だ、その女子が。
不憫でならない、その女子が。
そして多分、その子はこの後もっと傷つくことになるかもしれない。
俺のせいで。
マナツは旧校舎の入り口にある窓から外を眺めていた。
夕日が真夏の顔を染めていて、絵画か何かを見ているような気分だった。
今見ているこの光景を切り取って一生胸にしまっておきたいと思った。
「やっ。来てくれてありがとね」
夕日で赤色に照らされていた真夏の髪がとても美しいと思った。
「もしかして、見られちゃった?」
それは茂木のことを指しているのだろうか?
あんな世界で一番醜い男に告白されたなんて知られたら、もし俺が女子なら屈辱以外の何物でもない。
「いや。たださっき1人すれ違っただけだ」
マナツは困った顔をした。
「あ〜あ。昨日はナカコー、今日は会長…。なんだろなぁ…」
モテモテじゃないか、なんて口が裂けても言えない。
その2人から告られるだなんて、癌が宣告された次の日に脳腫瘍が見つかるようなものだ。
「災難だったな」
「災難…とまでは言わないけど、上手くいかないもんだね人生ってのは」
「そうだな…」
今ココじゃない1つか2つ隣の次元なら、俺とマナツが結ばれるという結末があるだろうか?
どこでもいい、どこか違うところで俺たちはこの次元と違った出会い方をして2人恋に落ちて寄り添いながら歩いて行く世界があってほしいと思った。
「ザクシャインラブって、なんだろ?ミナト知ってる?」
「は?なんだ、それ?」
in loveは英語だが『ザクシャ』なんて英単語は聞いたことがない。
「それがどうした?」
「会長がそうやって言ったの。むしろそれしか言わなかったの。私、意味がわからなかったんだけど嫌な予感がしたから『ごめんなさい』って謝ったら走ってどっか行っちゃった」
せめて告白くらい普通に出来ないのだろうかあのブスは?
「知らなくていいと思うぞ?意味を理解してしまったら、きっと一生お前を苦しめる悪魔の呪文だと思っておけ」
多分、あながち間違いではないと思う。
「うん。わかった」
やけに、素直だ笑。
「まずさ、俺の話を聞いてくれないか?」
「へ?あ、うん、いいけど、なに?なんだろ?」
マナツは予想もしてなかったのだろう、かなり戸惑った様子だった。
「実は…来週転校…することになったんだ」
少し前までならマナツに伝えることさえせず日本から離れるはずだった。
あの日ここを曲がった廊下で偶然マナツと会わなかったら、マナツは俺が転校したことを知ってどんな気持ちになったのだろう?
「母親の仕事の都合で、しばらくドイツに行く」
この街のどこかではない。
日本ですらない。
お前が困っていてもすぐに駆けつけてやれるほど、近くない。
「嘘、だよね?冗談…やめてよ」
戸惑う表情を押し込め、無理やり作ろうとする下手くそな笑顔が俺の胸をギュッと締め付けた。
「冗談なんかじゃ…冗談だったら、良かったんだけどな…」
ようやく噛み合った歯車なのに。
やっと、きちんと向かい合わせで話せるようになったと思ったのに。
ここにいられる時間が短いとわかっていたから、こんなにもマナツと急激に距離が近づけたのだろうか?
俺はバカなままなんだなと気付いた。
「はっ!桜さん!桜さんはどうするのよっ!」
「お前いま桜さんのことは、、、」
「いいからっ!答えなさいよっ!」
こんな時までお前は人の心配かよ。
少しは、こんな時くらいは、自分の事だけ考えてわがままになっても良いんじゃないか?
「告ろうと思ってる」
俺がそう言うとマナツは、笑った。
さっきまでのような下手くそな笑顔じゃなく、安堵した時に浮かべる笑みだった。
「良かった…」
その言葉はまるで想定していないことだったので今度は俺が戸惑う番だった。
「やっと…やっとミナトの気持ち、桜さんに伝わるんだね…。良かった…。本当に…良かった…」
1粒の涙はマナツの頬を伝わらずそのまま床へと溢れていった。
「なんでお前が、泣くんだよ?」
どうして人のために、俺のために、自分の気持ちを殺してまで泣くことができるんだ?
「どうして?って聞くの?わかんない?バカだなぁ」
さっきユーリに言った言葉が今度は自分に跳ね返ってきた。
「わかんねぇよ。俺バカだもん」
「一体何年桜さんを好きなミナトを見てきたと思ってるのよ。どれだけ長い間、桜さんを好きな事で辛かったり寂しかったりしてきたミナトを見てきたと思ってるのよ。知ってたよ、桜さんへの気持ち自体が苦しかった事だって。それでもミナトの気持ちが変わることはなかったじゃない」
「…………マナツ」
「こうやって普通に話すようになったのはたかだかこの2週間程度かもしれないけど、私はずっとミナトを見てきたの。何もしてあげられなかったよ、何も助けてあげられなかった。けど見てきたんだよっ!」
「何もできなかったとか言うな。そんな事ねぇよ。だってお前、一緒に居てくれたじゃねぇか」
「懐かしいねぇ、あの日校舎裏」
「違うそこじゃない!階段裏の倉庫」
「うそ!ミナト、知ってたの!?」
「あぁ、知ってた。俺と一緒に、扉一枚隔てて一緒に泣いてくれてたことも」
あの時扉を開けなかった事、差し伸べられた手を掴めなかった事、お前の優しさに甘えられなかった事だけはずっと後悔している。
瀬戸さんは後悔なんてないんだよって言ったけど、それだけは後悔しようと俺は決めている。
「クラス中から無視されて誰も俺のこと見てないと思ってた。けどお前だけは見ててくれた。あの頃の毎日は死にたくなるほど辛かったけど、お前とあの狭い倉庫の扉1枚背中合わせになってる事で何とか生きていれたんだ」
お前の体温が背中に伝わってくるような気がして、あの時だけは安心できたんだ。
「俺の生きる意味が桜さんなら、俺が生きているのはお前がいたからだ。マナツ、俺にとってお前はとても大切な人なんだ。俺はもうじき日本にいなくなるけど必要な時は俺を呼んでくれ。すぐには行けなくても、必ずお前のところに駆けつける。約束するから」
言い終わる頃にはマナツは顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
口から漏れるその声はあの狭い倉庫で聞いた時と変わってなかった。
「ミナト、お願いがあるの」
「なに?」
「ミナトの1分、私にちょうだい」
「え?」
ふわっと甘い香りがしたかと思うと俺はマナツに抱きしめられた。
「お…お…///」
「ねぇミナト。結婚してあげる」
「は、はい?///」
「そうだなぁ…30、は早いかな?40歳、それまでミナトも私も結婚する相手がいなかったら、私がミナトのお嫁さんになってあげる」
「は、はい?///」
「けどそれだと赤ちゃんは難しいかなぁ?もし赤ちゃんが欲しいならもうちょっと早く迎えに来て笑」
「は、はい?///」
「それまでに私に良い人が出来ないように、祈っててね笑」
「は、はい?///」
「ねぇミナト」
「は、はい?///」
「だからちょっと抱きしめてよ。来るかどうかわからないけど40歳の時の前借り、今ちょっとだけちょうだい」
「は、はい///」
どうやって抱きしめたらいいんだ?
わからないけどとりあえずマナツを真似て腕を背中に回してみた。
「強くてしていいよ」
幼子の如く言われるがままそうした。
「うんっ、はぁ…///、あったかい」
俺は全身が熱いよ///
「そ、そろそろ、1分じゃないか?」
「まだ30秒しか経ってないよ」
うそつけぇ!絶対2分は過ぎてますぅ!
まぁ、い…いいけど///
「ミナト、だから1人じゃないからね?」
「…うん」
「これから先も、ミナトは一人ぼっちなんかじゃないからね?ドイツに行っても、万が一桜さんと上手くいかなくても、ミナトは1人じゃない。寂しくなんか、ないよ?」
「あぁ。今、それをとても実感してるところだ」
「ホントに?やったぁ笑」
ユーリといいマナツといい、俺はどうやら1人にはなれないみたいだ笑。
もしもどうしようもなく寂しくなった時には、マナツのことを思い出そう。
人の体温はこんなにも安らげるものなのだと、俺はこの時初めて知った。
「ありがとう、ミナト。ミナトにしてもらったこと全部、ありがとう」
「バカ言え、俺のセリフだよそれは。ありがとうマナツ。俺はお前と出会えて本当に良かった。俺が一番苦しい時、そばにいてくれてありがとう」
ふふふ、と笑ったかと思うと首をデタラメに振りながらマナツは額を俺の肩あたりに擦り付ける。
萌える。萌え狂いそうだ。
この小悪魔めっ!
「また会えるよね?」
「何言ってんだ、当たり前だろ?俺が帰って来るのはこの街しか考えられない。ここには名残惜しむものがいっぱいあるからな」
この2週間でそれはより大きなものになってしまった。
離れたくない、ここにいたい。
けどその気持ちを振り切ってドイツに行くことがいつか俺を成長させると思う。
それだけを信じて俺はこの街から出よう思っている。
マナツが腕の力を緩めて俺の体から離れた。
急にマナツの体温がなくなったことが俺を寂しく不安にさせた。
すぐにさっきまでの温もりを思い出す。
俺はこの先こうやって何度マナツの体温を思い出すことになるだろう?
ドイツがどうとかじゃなく、これは俺がこの先の人生を生きていくためにマナツがくれた餞別のようだった。
「がんばれ、雪平湊人」
「お前もな、高橋真夏」
「ちょっとぉ、ミナトはマカって呼ばないでよ」
「何だよ、お前がフルネームで言うからだろ?大体いっつもマナツって呼ぶなっていうじゃん」
「ミナトがマカって言わないでよ」
「何だよそれは笑」
「なんとなくだよ!」
「なんとなくかよ笑。まぁいいや。俺も今さらマカなんて呼びにくいよ」
「でしょ?笑」
『間も無く後夜祭が始まります。全校生徒はグラウンドの各クラス集合場所に集まってください』
「ミナト達もフォークダンス踊るの?」
「いや、俺は行かないよ。屋上で眺めてる」
「え?屋上!?」
「そ。文芸同好会だけ屋上の鍵の番号知ってるんだってさ」
「ずる〜い!」
「はははは笑。い〜だろ〜」
「羨ましい〜。はぁ、平民は地べたでどっかの国の民謡でも踊ってますよ」
「じゃあ俺はそれを高みの見物してますよ」
2人でひひひっと笑った。
「見つけられたら手振ってね」
「700人もいるのにか?よしわかった!みつけてやろうじゃねぇか」
「じゃ、行ってくるね」
「おう、いってらっしゃい」
手を振りながらパタパタと走って行くマナツの後ろ姿を見ながら俺はマナツがこれから先ずっと幸せでいたらいいなと思った。
そんなことは絶対に無理なのはわかってる。
生きていれば嫌なことの方が多いし腹の立つこともある。
だけどたとえそうでも、笑ってて欲しい。
マナツ、お前は泣き顔より笑ってる時の方がずっとずっとステキだよ。