ゆきりんの章 「様々な想い」
歌はとうに終わっていたが、技巧派のピアノの音が止まらない。
『ねぇゆきりん』
キコーン♪とFaceTimeの録画を終了させた音の後にユーリが俺の名を呼ぶ。
俺は七尾が歌っている間、画面に映っているユーリの顔を眺めていた。
この子は秋のことが好きなのだろう。
画面に映るユーリの顔は、食い入るように七尾の歌っている姿を眺めていた。
その顔が、とても綺麗だった。
女の子は恋をしている時が1番可愛いんだとよく七尾が言う。
ならきっと今のこの顔は、ユーリが1番輝いている顔なんだろうな。
「どうした?きゅんきゅんしたか?」
『ううん…切なくなった』
知ってるか?それを恋と言うんだぜ?
「どうして?」
『私はそこの学校の生徒じゃないもの。きっと秋の事を好きな女の子が私よりも近くにたくさんいる。秋が楽しい時や悲しい時、きっと私より先に気付けるでしょ?リアルタイムで秋と一喜一憂を共有できる…。けど私は秋から聞かなきゃ、何もわかんない…」
「思ってたより、キミはバカなんだなぁ」
『バカじゃないもんっ』
くそっ!可愛いっ!くそっ!七尾死ね!
「バカだよ笑。七尾はユーリのために歌うって言ったじゃないか」
『それは、約束したからで、、、』
「やっぱバカだなぁ」
『ちょっと!私バカじゃないもんっ!』
だから、可愛いじゃねぇかっ!
くそっ!地獄に堕ちろよ七尾!
「何聴いてたんだよ。歌詞やメロディだけしか聴いてなかったのか?それとも電話越しじゃ伝わらなかったか?あれは七尾が他の誰にでもないキミだけに歌ったラブソングじゃないか。俺にはそうとしか聞こえなかったけど」
またユーリの瞳にじんわりと涙が溜まる。
「あいつはな、国語の成績が1番なだけあって的確に物事を言語化する能力がすげぇんだよ。そんでな、キミにならあいつは全部伝えるはずだ。楽しい事も悲しい事も全部。いるさ、すぐそばにあいつの事を好きな奴は!そいつだってあいつにはもったいないくらいのいい子だよ?でも距離なんて関係ないだろ?大事なのはあいつが自分の気持ちを誰に伝えたくて、誰に知ってほしいかだろ?ユーリと七尾に足りないのは距離じゃない、時間だよ。伝えられる時間さえあればあいつはあいつの全部をキミに伝えるはずだ」
ユーリ。キミは知らないだろうけど、七尾を好きなその子だってとんでもなく良く出来た子なんだよ。
そんな泣き言ばかり言ってたら、あっという間に鷹は魔女に攫われちまうぞ?
「ユーリ、キミには覚悟が足りないよ」
『………覚悟って?』
「七尾秋を好きになる覚悟だ」
そして七尾秋から好かれる覚悟も。
けどそれは俺からは言わない。
今の2人に必要なのは俺のアシストなんかじゃなく、2人で乗り越えていく事だと思った。
『カッコつけマン!笑』
「小学生かよ笑」
楽しそうに笑いながら涙の跡を拭うユーリのその姿に、美人は何やってもサマになると思った。
七尾死ねとも思った。
『あ〜、泣いちゃったぁ。ねぇゆきりん、私いまブスじゃない?』
「キミにブスって言えるのは全盛期のオードリー・ヘップバーンくらいだよ」
『あはっ、ありがと笑。でも私いつもブスって呼ばれてるよ?』
「キミがブスぅ!?漫画の世界にでも住んでいるのか?」
そこに俺を連れて行けぇ!
『泣いたのは、秋には内緒ね?』
「言えるかよっ。殺されちまう笑」
『物騒だねぇ随分』
「俺と七尾はこの学校では触れるな危険って恐れられてるらしいよ。俺らにはまるで自覚はないけれど」
『うそ?秋優しいのに?ゆきりんだって』
「だろ?俺らなんかよりよっぽど怖い人がいるのにさぁ」
荒木とか、荒木とか荒木とか。あと荒木も。
『なんかホント、楽しそうだねぇそこの学校は』
「去年までは毎日がクソみたいだったけど、あいつらといるようになってから毎日が祭りみたいだよ」
『ねぇゆきりん?本当にドイツ行っちゃうの?』
「あぁ、親の都合でね。あと数日でこの街どころか日本ともお別れだ」
『さみしくない?』
今度は俺が泣かされる番か?
「寂しいさ、そりゃ。できれば離れたくない。この駿河二中であいつらと一緒に卒業したいと思うよ」
『それは、私もゆきりんと一緒だからね?』
「え?」
『私もゆきりんと同じ気持ちだよ?その場所にいられなくて寂しいのは1人じゃないからね。ひとりぼっちじゃないからね?』
そうか、ユーリも同じ寂しさを持ってくれるのか。
じゃあ寂しくても孤独じゃないな。
優しいんだな、キミは。
なぁ七尾、お願いだ。
来世は虫か何かで生まれてきてくれないか?
「あぁ、ありがとう。おかげで向こうで泣かずにすみそうだ笑」
『良かった笑。ねぇゆきりん、いつか戻ってくるんでしょ?』
「いつなのかはわからないけど、数年したら戻ってくるって親は言ってる」
『会おうね』
「ユーリ…」
『絶対会おうね!その時はちゃんと今日告白する彼女も紹介してよ?』
口に出した言葉には力が宿るという。
ユーリがその言葉を口にしたなら、それは叶うような気がした。
「その時キミが七尾の彼女だったなら、紹介してやってもいい」
『うんっ、頑張るよっ!』
健気だなあっ泣。
「おいゆきりん、まだユーリと繋がってる?」
『わぁっ、秋の声だぁ』
声まで溶けるのかキミは笑。
「繋がってるけど」
その肩に担いでる小学生3年生は誰だ?
「悪い、左耳」
ヤバい!FaceTimeなのがバレるっ。
俺は七尾に画面を見せないようにしながら
「ユーリ、またな。いつか必ず会おう」
と声を潜めてマイクに向かって話した。
『うん。またねゆきりん。約束、お互い守ろうね』
スピーカーからヒソヒソとした声がギリギリの音量で耳に届く。
俺は携帯を七尾の左耳に当てると2人は短い時間やり取りをした後
「またあとでね〜」
と言って七尾は俺に目で合図をした。
切っていいよという事だろう。
一度画面を確認するとユーリが俺に向かって手を振って笑っていた。
俺は笑いながら1つうなづき「またな」と口だけでユーリに伝え携帯を終了させた。
総評として、七尾!お前は死ね!
「七尾先輩。もしかして〜、今のは彼女ですか?」
まだ幼さの抜けない、けれどしっかりとした感じのするツインテールの女の子だった。
「(まだ)違うよ」
「(いずれ)そうだよ」
なんだその顔は?
なんか文句でもあんのか?
いいか?もしユーリ泣かせるようなことあったら、いつでも9000キロ先からテメェの眼球触りに戻ってくるからな?
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ツインテちゃんと豆ツブが戻るといつもの雰囲気に戻った気がする。
と思ったがよく考えたらマナツと瀬戸さんもこの連中とはまだ付き合いが浅い。
なのになんだ?この溶け込みようは笑。
「マナツ達は戻らなくていいのか?」
「いいよココで。今さら戻るのめんどくちゃい」
ちゃい?めんどくちゃい?
くそっ、ここに来てマナツが俺のツボをくすぐりやがる。
「そういやあのウンコ頭が見えねぇな。いれば目立つはずなのに」
「ナカコー?なんかあの後すぐピアスに背負われて帰ったみたいだよ?」
「瀬戸さんがトドメ刺すから笑」
「殺されなかっただけでもありがたいと思って欲しいんだけど」
「これで懲りればいいんだけどな」
「無理でしょ?いつかまた何かやらかすよ。だってバカなんだもん」
確かに。瀬戸さんの意見に俺も1票投じたい。
『それではっ、第3位の発表です。決勝第3位は…94点、2年1組っ!』
順位なんか関係ない。
七尾はちゃんと伝えた。
あとはユーリがちゃんと時間をかけてでもその想いを受け取ってくれればいい。
七尾は送り手としては申し分のない能力を持っている。
だからユーリ、キミは受け手としてあるがままの七尾を受け止めてくれよ。
「おめでとう秋」
「いや!頑張ったよお前は!」
荒木と佐伯が七尾の健闘を讃えるとそれは野島さんや桜さん、マナツに瀬戸さんを飛び越え、徐々に会場中を拍手の誘った。
「お疲れ様。去年の約束、守ってくれてありがとう」
鈴井が七尾に感謝のハグをする。
それを見た観衆はワーっと勢いを増して盛り上がった。
「あ〜!テメェ七尾!何してやがるっ!今すぐ舌噛んで死ねやぁ!」
豆ツブ…。お前は少し黙れ。
お、…おい、1年女子から袋叩きにあってるけど大丈夫か?
「いやぁ、結構なおっぱ…おてまえでした」
お前、鼻血…。
その鼻血顔をユーリに見せたら百年の恋も冷めるぞ?
『第2位!あ〜…93点、野島』
雑っ!
体育館がワーっと騒ぎになったのは野島さんが2位になったからではなく、茂木の優勝が決まったからなのだろう。
2年の席が一様に盛り上がっていた。
「くそっ!あんなブスに負けた…」
野島さん、あんたいっぱい持ってるじゃないですか?
全天に阿子さんにリレ天…。
俺らが知らないだけで他にもきっとあんたはたくさんのものを掴めているはずです。
カラ天くらいブスにあげましょうよ。
「でも、カッコよかったよ」
けど野島さん。全天よりも何よりも野島さんの掴んだ中での1番は絶対に阿子さんだと俺は思います。
「けど優勝したかったぁ!悔しいんだよっ!」
「そう言わないのっ」
阿子さんが野島さんをふわっと抱きしめる。
「でもこれだけじゃ乃蒼と一緒だもんね」
ちゅっ、と野島さんの頬に阿子さんがキスをした。
俺達のそばにいた生徒だけがそれを見ていて、さっきのようにワーっと歓声が上がる。
ガチンっ!
「テメェは学生のくせに何してんだ破廉恥がっ!」
ですよね〜やっぱり笑。
「痛いってば吉岡先生!なんで俺なんだよっ!そこは阿子でしょ?」
「ひど〜い!タカ、彼女売る気ぃ?もう絶対してやんないっ」
「あ、いやゴメン阿子。今のは言葉のあやで」
「知らないっ。もう絶対しな〜い」
「ちょっと吉岡先生ぇ!なんか言ってやってよ〜」
「なんで俺が助け舟出さなきゃならねぇんだよ!大体お前!なんで俺がこんにちは赤ちゃんなんだよ!お前にっ、俺が『私がパパぁよ〜』って歌う屈辱がわかんのか?ああっ?」
だから機嫌悪いのか笑。
「おい秋、助けて」
「そんな時ばっかり俺に助け求めないでよ。全天なら自分でしなよ」
「俺はリレ天のだけど仲直り天は持ってねぇんだよ」
天の字が乱舞してる…。
あんまり使いすぎると安っぽいなぁ。
「平井っ!お前も公衆の面前で破廉恥なことすんなっ」
「は〜い!もう絶対2度と永久にしませ〜ん」
「あこぉ〜泣」
「うるさいっ!せっかくちゅ〜したのにもう台無しっ怒」
怒っているけど明後日にはまたラブラブなんだろうな、きっと。
『そしてっ!優勝は100点を叩き出した2年4組っ!2年4組は1回戦から全て1位!そして決勝では満点と文句なしの優勝ですっ!』
わーっと男子生徒達が作る輪の中にいるのはきっと茂木だろう。
多分、恐らく、きっと、絶対に、茂木の人生の中で1番光り輝いた瞬間が今だ。
あとは下降線の一途を辿り、せいぜい鈍く光るのが関の山だ。
そうあって欲しいと俺は願った。
17:30からグラウンドで後夜祭が始まる。
生徒達はそれまでの間クラスに戻って模擬店等の片付けをするが、本格的にするのは振替休日後の火曜日以降で実質ただの自由時間だ。
「ミナト」
振り返るとマナツが後ろに立っていた。
「あのさっ………」
俺と目を合わさない。
「大丈夫。忘れてねぇから。今でいいか?」
「10分後でいい?」
「10分後、旧校舎前な?」
小さくうなづくとマナツは走って行ってしまった。
「ゆきりん。あのさ、、、」
「ごめん瀬戸さん。これだけはどうしても譲れないんだ」
「マカは…いい子だよ」
「7年前から知ってる」
「優しいし頭もいい。自分のことより人のことを先に考えちゃうような、そんな子だよ」
「うん」
「私より、マカのこと知ってるって顔してるね」
「もちろん。俺は瀬戸さんよりマナツの良いところを知ってる。じゃなきゃ俺は本当にクズだ。知ってるさ、あいつの良いところならたくさん見てきた。たくさん、そうされてきた」
「どうして、そんな顔してるの?」
「俺、今どんな顔してる?」
「泣きそうな顔してる。けどそれよりもっと複雑な、悲しそうな顔」
「…そっか…」
「良かった」
「良かった?」
「ゆきりんのこと、嫌いにならずにすんだ笑」
瀬戸さん…。
「マカのことは任せてよ」
「…うん。瀬戸さんになら安心して任せられる」
「でも、繋ぎ止めておいてよ?これで終わりだなんて、私イヤだよ?」
「俺の人生で最初に出来た本当の友達だよ?しがみついてでも繫ぎ止めるさ」
「私、ゆきりんや秋ほど頭良くはないけど…、行きたかったな、特進クラス。乃蒼達が羨ましい。じゃあね、ゆきりん」
パッと手を挙げ、瀬戸さんも駆け足で自分達のクラスへ戻っていった。
パンッと肩を叩かれ振り向くと鈴井がいた。
「ゆきりん、痛い…。助けてよ」
「どうにもならないよ。良い加減な気持ちなら痛くはないさ。俺も、多分マナツも、いい加減な気持ちじゃないから見てて痛いんだろうよ」
もっと言えば、お前も俺たちに対していい加減な気持ちじゃないから人ごととは言え見てて痛いんだよ。
お前の優しさが、痛みを感じさせてるんだ。
「ゆきりんなら心配ないけど、マカの友達として言ってもいいかな?」
「いいよ。なんだ?」
「優しくしてあげてね?」
バカだなぁ。
「俺はマナツに、優しくしか出来ねぇよ笑」
その言葉も鈴井には痛いのだろうか?
「ごめんね、関係ないのに口挟んで」
「関係はなくないだろ。鈴井はあいつと俺の友達じゃないか。なら、口を挟んでも何ら不思議じゃない」
お前ら以外ならぶっ飛ばすけどな?
「ゆきりん、優しいね」
「俺は、お前らにも優しくしか出来ねぇよ」
ようやく鈴井は笑った。
「私はマカに、自分を重ねていたの」
「あぁ」
「知ってたの!?」
「うんまぁ。何となくだけど」
「そっか。…そっかぁ」
いきなり頭を抱えてしゃがみこんだ。
「おいどうした?」
「バレてないと思ってたぁ…」
「立て立て、目立つ目立つ!」
立ちはしたものの頭だけは抱えてた。
「あわわわわわわ」
「落ち着け鈴井!大丈夫だ。多分本人にはバレてないっ!」
「そうかなぁ?そうかなぁ?そうかなぁ?」
だんだん声デカくなってるぞっ!
「で?お前はどうするんだ?」
「…いっっぱい悩んで、ここだけの話、ちょっと泣いて、決めました」
「どうする事にした?」
「どうもしない」
なんだって?
「どうもしない?」
「うん。どうもしない。だって、今ジタバタしたら、今までの私を否定する事になるじゃない。私はこのスタイルを貫く事にしたよ」
そういうやり方もあるんだな。
「しんどくないか?」
「私のは、誰かの出現によって揺らいだりしない。貫いてこその、意義でしょ?しんどくたって、何か大切なものを失うよりはマシだよ」
お前らしいな、鈴井。
「だけどさっきの豆ツブどうすんだ?」
「豆ツブって、レンちゃん?レンちゃんがどうかした?」
頑張れよ豆ツブ。
お前はまだ鈴井の何にも触れてないみたいだぞ笑。
「ただ一緒に踊ってって言われただけだもん。そりゃ嬉しいけど、別に好きです〜とか、付き合ってください〜とか、言われたわけじゃないし」
「言われたら?」
「今なら断る」
即答…笑。
「今なら、ねぇ〜」
「ちゃんと超えてくれなきゃ。ちゃんと私を惚れさせてくれなきゃ」
「超えるったって…、そうそういねぇぞ?あんな男」
「だったら私は追いかけるまでだよ。その私をかっさらうなら、せめて超えてくれなきゃ」
「鈴井…」
「なぁに?」
「お前は良い女だよ笑」
「なに急に〜笑」
「いや、前々から思ってたけど、お前は良い女だ」
「やだも〜、照れる笑」
「楽しそうですわね」
桜さん…、聞いてらっしゃったんですか?怖
「ずいぶんと、恋談義に花を咲かせていらっしゃるようで」
キャラが…違うっ!
「桜さん、ちょうど良かった。お願いがあるんですけど」
「なにかしら?平民の私になにが出来て?」
平民の話し方じゃないでしょソレ?
「花火の時に話したいことがあります。時間下さい」
「花火の時って、みんなで屋上にいる時?」
「そうです」
「どこに行けばいいの?」
「いえ、屋上でいいです」
「みんなの前でもいいの?」
「構いません」
あいつには酷かもしれないけど、俺のやり方を貫くならそれが1番なような気がする。
「わか…った」
「ありがとうございます」
居づらくなったのか桜さんは阿子さんの元へと戻って行った。
「ゆきりん」
「なんだ?」
「コロコロ言ってること変わるけど」
「忙しいな。まぁ、お前が優しいからだな、きっと」
「優しくはないけど、ただの優柔不断だけど、でも…頑張ってね」
「あぁ。だから見といてくれよ」
「うん」
ブレザーのジャケの内ポケットにはあるモノが2つ入っている。
1つは俺の宝物。
そしてもう1つは後に様々な人の手に渡られることになる、いわばバトンだ。