レンの章 「鍵盤の感触」
何だこいつ!
何なんだよ!
さっきより上手ぇじゃねぇか!
なに準決以上にテンション上げてんだこのやろ〜。
お前を喰って乃蒼先輩にいいところ見せたかったのに、これじゃ本当にただの伴奏者になっちまう。
「おいリンっ!」
お前もなにうっとり聞いてやがるっ!
「ちょっと今話しかけないでよぉ〜。七尾先輩かっこいいんだからぁ」
「いいからちょっと手ぇ貸せ」
本当のことを言えばお前とは組みたくねぇけど、このままノーインパクトでフィニッシュするくらいならリンと一緒に弾く方が遥かにマシだ。
七尾秋の一人勝ちなんて許してたまるか!
「へぇ珍しい。レンちゃんから連弾しようって誘ってくるなんて」
「いいから上を弾けっ!」
俺は弾きながら立ち上がり椅子を右側に蹴りリンに促す。
「もぉ〜、1人じゃ七尾先輩には勝てないからって。まぁいいけど。じゃ8小節後に入りま〜す」
8小節後って、サビ頭じゃねぇか!
何で俺より目立つんだよもうっ!
リンは指を動かしながらスタンバっている。
リンの目を盗み見るとピアノを弾く時のいつもの真剣な目をしていた。
そう言えばこいつの横で弾くのって、本当に何年ぶりだろう?
昔はよく2人で連弾してたっけ?
周りにからかわれ始めて俺が拒否ってからだから…かれこれ3、4年ぶりくらい?
頼むぞ?ぶっつけ本番だけど、あの頃みたいにアドリブでも上手く合わせろよ?
サビでリンが入ったと同時に七尾秋の声量も増す。
歓声がドッと湧き上がった。
加わったリンに対しての声援もチラホラ聞こえる。
俺はぁ!俺に対しての声援はぁ!
なんか俺、この2人のお膳立てしただけじゃないのか?
『藤村蓮?あぁ、あの七尾秋と藤村凛の引き立て役だったチビ?』
としか残らないんじゃないのか?
何のためにわざわざ出しゃばってこんな事してんだよ俺はっ。
藤村蓮ここにあり!って乃蒼先輩に印象付けるためでしょうがっ!
「レンちゃん、集中。また走ってるよ。いつまで経っても治らないんだからぁそのクセ」
うっせぇなぁ。弾くどころか鍵盤に触る事自体が半年ぶりなんだよ!クセなんてそうそう簡単に治るかっ!
「大丈夫だって。ちゃんと乃蒼先輩はレンちゃんの事、認知してるから。見てみなよ」
リンに言われてチラッと特進組の席にいる乃蒼先輩の方を見ると、ウットリした顔でこちらを見ていた。
明らかに、七尾秋の方を向いていたけれど…。
「見てねぇじゃねぇかっ!」
「小ちゃいからじゃない?」
「あ、そうかぁ。ピアノに隠れて俺の姿見えな…おい!俺立って弾いてんだぞ!」
「それでも見えないんじゃない?」
「そっかぁ〜、好き嫌いしないでもっと子どもの時に牛乳飲めば………待て、牛乳は飲み物じゃねぇぞ!」
乳臭くて嫌いっ!
「牛乳は飲み物だよ。そんな事ばっか言ってるから身長伸びないんだよ?」
「お前だって牛乳嫌いじゃねぇか!何で俺より育ってんだよっ!」
「食べ物の好き嫌いも同じでしょ?親のDNAもほぼ同じ。家庭環境もほとんど一緒。ウチらに違いがあるとしたら…日頃の行いかな?」
神様ごめんなさい。明日から父さんの部屋に勝手に入ってエッチな本見たりしないからどうかあと5分で身長が18cm伸びますようにっ。
「急にそんなにデカくなったらキモいよ?」
「だから俺の妄想を無料で試し読みしてんじゃねぇ!」
エッチな本あたりもバレてんのか?
「当たり前だよ。脳内ダダ漏れなんだもん」
「なんで俺の脳内はこんなにもセキュリティが甘いんだよっ!」
ただのいとこのはずなのに双子と変わらないとは俺も常々思っている。
ならせめて俺が上なら良かったのに。
リンより先に生まれ、勉強が出来て、身長も高くて、スポーツも出来てケンカもリンより強かったらもう少し余裕があったのかもしれない。
だけど全部俺は下。
リンと比べて何も出来ない。
俺は、少しだけリンのことが羨ましい。
「そう思ってるのはレンちゃんだけだよ」
「だから勝手に覗くなっ!」
「じゃあ鍵かけておきなよ。そろそろ終わりだけどどうする?」
「どうするって?」
「アレやる?」
「ぶっつけ本番だぞ?」
「アドリブでもあの頃みたいに上手く合わせろよって言ったのはレンちゃんでしょ?」
「言ってねぇよ。それも俺が脳内で…ま、いいや。やるぞ!」
「やるんだ?」
せっかくだから目立ちまくって終わってやろう。
ちゃんとついて来…いや、お前からの方がいいか。
よし、お前先行で行こうぜ。
「ちょっと、ちゃんと喋ってよ」
「どうせ全部ダダ漏れなんだろ?ユニゾン」
上のリン、下の俺で同一旋律を演奏する。
もちろんアドリブだからまるっきり同じにはならない。
それがまたアクセントとなって曲に彩りがもたらされる。
「ピーカブーは?」
「やる。4…3…」
「ちょっと待って!持ち小節はいくつ?」
「2小節。…はいお前からっ」
リンが2小節のアドリブを弾き、その後の2小節をリンが弾いたモチーフに変化をつけてアドリブを奏でる。
「ちょっとレンちゃん、勝手にクラップしないでよ」
「お前だってさっきダイブしたじゃねぇか!俺より目立つなよ!」
「無理だよ。私レンちゃんより大っきいもん」
「…………」
「なんか言ってよ」
「言葉が出ねぇんだよ。4小節後にキメるからな?」
「ええええ?キメもやるの?」
キメとは曲中の何でもないところで2人同時にアクセントを付けたり音を止めたりする技で、連弾で弾く場合はあらかじめ2人で決めておく必要があるテクニックだ。
が、俺とリンには打ち合わせなぞ必要ないっ!
「お前と俺ならイケるだろ?ホレいくぞ!」
♪タンタタンターンダダっ………テテンテンテン
♪タンタタンターンダダっ………テテンテンテン
ほらな?笑。
何となくどこでどうしたいかわかるんだよなリンとだったら。
「おい…」
やべぇ〜、超楽しい〜。
久しぶりにリンと弾いてるからかな?
「おいってば…」
ピアノ自体久しぶりに弾いたけど、何も考えなくていいピアノって自由で楽だ。
音楽って本来そういうものだよな?
俺はいつからピアノという鎖に縛られ
「いい加減にしろチビっ!」
「おう誰が豆つぶドチビだコラぁ!」
さっき神様に祈ったから今ごろ身長18cm伸びてるはずだわっ!
が、目の前の七尾秋は相変わらず巨神兵のように巨大だった。
「とっくに歌は終わってるのにいつまで弾いてる気だ!」
嘘だろ?予定ではあと96小節はあるはずなのに…。
「ほら、お前らのせいでみんな拍手するタイミング失ってるじゃねぇか笑」
スポットライトの光で見えづらいが、皆一様に口をポカンと開け俺とリンを見ていた。
しょうがねぇなぁ、と七尾秋はスタンドマイクの位置まで戻ると
「演奏は藤村蓮、藤村凛でした。拍手」
というと、嵐のような音の拍手が俺たち2人に送られた。
過去この倍以上のホールで、倍以上の観客から喝采を浴びたことがある。
けど俺はあの時受けた拍手より今の方が遥かに興奮し、嬉しかった。
ブワッと鳥肌が立つなんて久しぶりの感覚だ。
「ほらレンちゃん、見てみなよ」
乃蒼先輩が!乃蒼先輩がこっち見てる!
「じゃ、お前らありがとうな」
なんか七尾秋が言ってるけど、乃蒼先輩の!乃蒼先輩の瞳に俺が、俺だけが写っている〜!
「私も写ってるよ?そ〜れ〜よ〜り〜、いいの?七尾先輩行っちゃうよ」
いいわけあるかぁ!
「ちょっと待てぇいっ!」
何勝手に降壇しようとしてんだよっ!
ステージ横で七尾秋をとっ捕まえた。
視線を感じてその方向を向くとさっきとは違う意味で鳥肌が立った。
緞帳の隙間からジッとこっちを見ている人は果たして生きている人なのか、それとも…。
「なんだよマイクロチビ助」
「そうそう顕微鏡じゃないと見えないのにお前よく俺のこと見つけオイっ!」
ノリツッコミをする度に我が身を焦がす思いだ…。
「七尾先輩、私達お願いがあるんですけど話だけでも聞いてもらえないですか?」
リンが交渉役となって話を始める。
「お願い?俺にできる事?」
「はい。この後のフォークダンスで乃蒼先輩と踊りたいんですけど、七尾先輩の方から頼んではもらえないですか?」
七尾秋はすぐさま俺の方を見た。
特進にいるだけあって頭の回転と察しは良いらしい。
「断るっ」
「えぇ〜、ダメですかぁ?」
「だってそれはリンちゃんのお願いじゃないでしょ?なんでお前は自分で言わねぇんだよ豆ツブ」
豆ツブと言われても返す言葉がない。
「自分の願いすら自分で言葉にできねぇ奴が何かを求めてんじゃねぇ。そんな奴に乃蒼と踊る資格なんかねぇんだよ!」
「わあ!おいっ、ちょっと、ちょっと待ておい!」
ヒョイっと七尾の肩に担がれた。
「リンちゃんもおいで」
「おいっ!なんでリンには甘い言葉で話してんだよ!」
「俺は可愛い女の子には優しいんだよっ!」
「この軟派野郎っ!」
「バ〜カ!俺は一途だっ!おいゆきりん、まだユーリと繋がってる?」
緞帳の中から出てきたのは我が校で七尾と悪名を二分する雪平湊人だった。
お化けより、怖かった…。
「繋がってるけど」
「悪い、左耳」
雪平湊人は携帯を変な持ち方で持ちながら七尾秋に近づき左耳に当てた。
「もしもしユーリ?ごめん、話したかったんだけどちょっと世話の焼ける後輩の面倒見なきゃならなくなってーーー」
あ〜!携帯学校に持ってきてる〜!
チクってやるからなっ!没取されちまえっ!
しかし、これがもし闇飼いの携帯だったら…俺は眼球をえぐり取られ殺されるかもしれない…。
「じゃあ夜に連絡するよ。…うん…うん、じゃあね、ユーリ。またあとでね〜」
電話の相手は誰だ?
「七尾先輩。もしかして〜、今のは彼女ですか?」
三拍ほどの間が空いた。
その間に何があったのかは担がれている俺にはわからない。
「違うよ」
「そうだよ」
闇飼いと鷹の爪が真逆の答えを返した。
ふふっとリンが可笑しそうに笑う。
何があった?
ねぇ、何があったんだリン!教えてくれ〜!
「七尾、その小豆どうする気?」
くぉら闇飼いっ!俺は小豆じゃねぇ!
とは口が裂けても言えない。
命は惜しい。
「ピアノだけ弾けるチビじゃ、これから先リンちゃんが苦労するからな」
ドスーン、ドスーンと俺を担いだまま歩き出す。
くっ、こいつ化け物か!
俺の体重は41.4kgもあるんだぞ!
それよりも!俺をどこに連れていく気だぁ!