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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
179/778

ゆきりんの章 「ユーリ」

遅いっ。

色々と遅いっ!

茂木が歌い終えてすでに10分は経過している。

俺の胸にしまってある七尾の携帯が一向に震えないっ!

どうしたんだ?なんかトラブルでもあったのか?

俺は周りの様子を伺い人目のつかない舞台袖の緞帳の隙間に身を潜めて胸ポケットから携帯を取り出す。

俺の指紋ではロックは解除できないが設定次第では着信の有無が確認できるだろう。

が、予想だにしないことが起きていた。

「え?…もしもし?」

『あ、ゆきりん?』

ユーリの声がすぐに聞こえてきた。

「もしかして、ずっと電話切らずにいたの?」

画面に表示されている通話時間は15分を過ぎている。

「うん笑」

「ごめん、掛け直してって言ったんだけど聞こえなかった?」

「ううん、聞こえてたよ?笑。けど何か勿体無いなぁって思って、普段秋が聞いてる音が聞こえるのに切っちゃうのが。せっかくだから盗み聞きしてました笑」

悪い七尾。俺はお前の味方にはなれないかもしれない。

俺は今からこの子の味方になるよ。

「わかる。きっと俺が逆の立場でもキミと同じことすると思う」

桜さんの周辺を盗聴とか、許されるなら…いや、許されなくてもやりたい。

「ユーリって呼んでよ。この気持ちわかってくれる?だよね?勿体無いよね!おかげでヤバウマな歌も聞けたし、何人かの声も聞けたし。なんか目を閉じてたらその場にいるみたいだった。いいなぁ、そこにいれたらなぁ〜」

ただ一度だけ会った人にこんな風にまで思えるだろうか?

七尾は気付いてるだろうか?

あいつは鈍いからきっと気付いてないんだろうな?

「ユーリ、掛け直してくれないか?」

「あはははは、やっぱりダメだよね?笑。盗聴みたいなもんだもんね?」

「違う違う。キミは盗聴で満足できるのか?」

「え?どういう意味?」

ユーリ、君は多分俺と同じ人種だ。

だったら…

「FaceTimeでかけ直してくれないか?これは七尾の携帯だから一度切ったら俺からはかけることができないんだ。ユーリ、盗聴なんかで満足すんなよ!どうせなら、のぞこうぜ!」

「ゆきりん…。私そういうの…」

嫌いじゃないだろ?

「大好きっ!今月パケ死上等よっ!」

やっぱりな笑。

「ちょっと待って!まだ切らないで!メモ、メモを取ってくれ!」

俺はユーリにあるアプリをダウンロードするように伝えた。

「このアプリ、なに?」

「FaceTimeを録画できるアプリだ」

「ゆきりん…」

「気が効くだろ?」

「おもてなし大使に任命するわっ!ありがとう!すぐ掛け直すね」

「あぁ、七尾には内緒だからな?」

「もちろんよ。これは私とゆきりんの秘密ねっ。じゃね、ありがとっ」

秘密か笑。

なんだか急にユーリとの距離が近くなった気がする。

悪いな七尾。

お前がユーリのことを好きなうちは、俺はユーリの味方をする事に決めたよ。

その方がきっと上手くいく気がする。

って言っても来週には俺、いなくなるけどな。

緞帳から出ると七尾は困った顔で槇原愛理と何人かの先生と話をしていた。

何があったんだ?

浮かない顔で七尾が舞台袖の俺のところにやって来ると

「ついてねぇなぁ」

と一言ボヤいた。

「何が起きてんだ?」

「機材のトラブル。カラオケの通信が全く効かないんだって。なんでこうなるかなぁ。別に優勝は茂木でもいいからさぁ、最後に歌わせてくれよ…」

七尾は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

その時俺の胸ポケットにしまってある七尾の携帯が震えた。

早いなオイ笑。

七尾がうずくまっている今がチャンスとばかりに密かに電話をとり再び胸ポケットにしまう。

「機材のトラブルでカラオケの曲が流れないのか。だからこんなに待たされてるのか?」

「あぁ、そうだって今言ったろ?バカなのか?」

うるせぇ!今はユーリに状況を説明するために言ったんだよ!

「お前、せっかく決勝まで来たのに優勝は茂木に譲ってもいいのか?」

さぁ聞かせてやれお前の本音を!笑

「優勝なんていらねぇよ。茂木でも野島さんでももってってくれ。俺はユーリのために歌えりゃそれでいい。それだけのために決勝に来たんだから」

「700人も目の前に観客いるのに、たった1人のために歌うのかよ。しかもその子はここにいない、電話越しなのに」

困った顔のままの七尾だったがやけに目に力があった。

「約束したから。決勝でユーリの好きな曲歌うって。ユーリとの約束なら、俺は死んだって守るさ」

ユーリ聞こえたか?

携帯がバイブするほど喜んでるか?

「もしゆきりんなら、ここで諦められるのか?」

約束したのに?諦める?誰に言ってんだお前は。

「ここで諦めるようなら、はじめっから恋なんかしねぇよ」

死んだ方がマシだ。

「だよな笑。じゃあこの状況でお前ならどうする?」

俺は必死に考える。

どうにかして七尾に歌わせ、ユーリに届けてやりたい。

「ひとつ、策はある」

「カラオケから音出なくても?」

「関係ない」

「教えてくれ」

「アカペラで歌え。お前に、そんな度胸があればの話だが。さすがの俺もビビる状況だぞコレ」

さっきの茂木で絶頂にあった観客はこの10分あまりですっかり冷めてしまった。

こっからまたあの盛り上がった雰囲気を取り戻すのなんて無理だろう。

ユーリのことがなければ、このまま歌わずに野島さんと茂木のどちらかが優勝になった方が七尾に損はない。

「アカペラかぁ。さすがゆきりん!学年トップは頭良いねぇ〜」

まさか!かよ。

「やる気かお前?」

さっきまで困ってた顔は影を潜め、今はすっかり男の顔になっていた。

「やるさ。ここで歌わずに終わるなんて、七尾秋の名折れじゃきん笑」

てめぇ、ちょっとカッコいいじゃねぇか!

「わかった。俺はあそこの緞帳の中でユーリから電話かかってくるの待ってる。かかって来たら合図するから」

「ああ、わかった。はぁ〜…緊張するなぁ笑」

「それはどっちだ?この状況でアカペラで歌うことが?それとも、、、」

「ユーリに聴かせるからに決まってんだろ?音がないから誤魔化しも何も効かないんだから緊張すんだろうが!デカイこと言っといて大して上手くないとか、ダセェじゃねぇか」

こいつは大物だなぁと思った。

どんな生き方をしたらこんなふうになるのだろう?

どんなDNA持ってんだ?

あ、花さんか。

妙に納得した。

「どんな結果になったとしても、お前はダサくねぇよ。少なくとも3人はお前のことそんなふうに見ねぇから」

「3人って?」

「俺とユーリと、それに花さん」

「なるほど笑」

「行ってこい」

あぁ、と返事をして七尾はカラオケの機械をいじっていた先生や槇原愛理が集まっているステージへと戻って行った。

俺は緞帳の隙間に戻りすかさず携帯を取り出すと、画面には口元をハンカチで押さえたユーリが写っていた。

「聞いてたかよ?」

おい七尾、テメェ殺すぞ?

この子、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!

どうかそのハンカチどけたら、出っ歯かアゴが出てますように!

『聞いてた〜泣』

やべぇ、普通じゃないくらい可愛い。

くそテメェ七尾コラ!

羨ましいぞ!

「何泣いてんの?笑」

『だっでぇ、うれじぐでぇ〜泣』

ちくしょう!なんか悔しくなって来た。

「そっか笑。改めまして、ゆきりんです」

『初めまして、ユーリです』

本当は初めましてじゃないんだけどね。

後ろ姿だけだったけど見かけたことはあるんだよ。

「と言うわけで、あいつは今からキミだけのために歌うってさ。どうだい?惚れるだろ?」

『うん。超カッコいい〜!』

あっさり認めやがった…。

何だろう?七尾に殺意が湧く。

『けどゆきりんもシュッとした顔でイケメンだからモテるでしょ?』

半年前までぼっちですけど?

「モテません。俺は何年も同じ人に片想いですし」

『え〜、凄いっ!一途っ!いいなぁ、羨ましい』

「え?片想いが?笑」

『それもだけど。何年も想われてるなんて、その人羨ましいなって思ったの。だって、本物じゃん?その恋は。よく恋は麻疹みたいなものっていうけど、ゆきりんの恋はガンだね』

面白い喩えをする子だと思った。

そうか、俺の恋は日本の死因1位なんだ。

「ありがとう笑。俺、今日その人に告白するんだ。これから」

『えええええ!!!!!凄いっ!頑張ってゆきりんっ!私上手くいくように祈ってます!』

「あはは笑。ありがとう。フラれるために告ろうと思ってたけど、ユーリのおかげでちょっと勇気出た笑」

『なんでそんな事言うの?』

「え?」

『戦う前から負ける事考えるバカいるかよこのやろ〜』

猪木?猪木なの?

『何年も好きだったんでしょ!その気持ちは本物なんでしょ!それだけで他の人とは違うゆきりんだけの価値があるじゃない!どうしてそれに誇りを持たないの?どうしてその気持ちに嘘つくの?本当はフラれたくなんかないでしょ?』

フラれるだろうと考えていた。

それだけだった。

もし選べるのであれば、そりゃフラれたくなんかない。

『告白する時は自分の事だけ考えなよ。相手のこと考えるのはきっと今までいっぱいして来たでしょ?付き合ってからだって、いっぱいできるでしょ?なら、告白は自分のためだけにして。今までずっと好きだったって気持ちをちゃんと伝えて』

単純なことに俺はユーリの言葉に、来週からドイツと日本の遠距離恋愛をどう上手くやっていこうか、なんてことを考え始めた。

「ユーリ、どうしよう?遠距離恋愛って、どうやったら上手くいくのかな?」

俺は何を相談しているんだ?

『遠距離はね、距離があればあるだけその分想いが強くないと上手くいかないんだって。ゆきりんは自信ある?』

「9000キロかぁ。まぁ余裕かな?笑」

『海外の人なの?』

「いや、俺が来週ドイツに行くの」

『わぁ…グローバル笑。けど余裕なんでしょ?』

「今まで近くにいても話せなかった事に比べたら、何の問題もない」

なんだろう?不思議とそんな気になってきたぞ。

『ゆきりん、ご武運を』

「ありがとう。結末は七尾に聞いてくれ」

ユーリ、キミにも武運が開けることを俺は祈っているよ。


突然、ピアノの音で千本桜が奏でられた。

動画サイトでよく見るアレと同じ。

緞帳の隙間から覗くとステージの端っこに追いやられたピアノを誰かが弾いている。

その近くには七尾と、アニメでしか見たことがないようなツインテールの少女。

『ピアノ?』

そろそろユーリに七尾の姿を見せてあげなきゃ。

俺はインカメから背面カメラに切り替えてステージを写した。

『はわわわわ〜。秋だぁ〜』

ユーリ、君の画像は俺に丸見えのままだぞ?

何だその顔は。

目がハートマークで顔は溶けてるじゃないか。

くそっ、本気で腹が立ってきた!

『ピアノ弾いてる人はお友達?』

ピアノ…は、ツインテールの子は立ってるから違うよな?

あ、いたいた…ちっさ!笑

豆ツブか!笑

「いや、俺は知らないな。もしかしたら七尾の友達かも知れないけれど」

ちょうど目が合い、七尾が俺に指でOKサインを出す。

すっかり忘れていたがユーリから連絡が来たら合図すって言ってたっけ。

俺も七尾に向かいOKを出す。

「ユーリ、準備して。そろそろ始まりそう」

キコン、という音がした。

こっからは俺の声はなるべく入らない方がいい。

「my girl」

七尾が曲名を告げた瞬間、ピアノの迫力ある和音でイントロが奏でられた。

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