ゆきりんの章 「天賦の才能」
七尾と野島さんは歌う順番を決めるべくステージへと上がって行った。
決勝は歌う3人がボックスからくじを引き順番を決めるそうだ。
どうでもいい、早く歌え。
早くしないとユーリから電話がかかって来てしまう。
そしてくじ運の悪い七尾はよりにもよって大トリを引き当てた。
絶っっっっっ対にその前にかかって来てしまう。
こんな先生席のそばで電話に出ようものなら絶対にバレるだろう。
ま、いいか。どうせ七尾の携帯だ。
没収されようが何しようが俺には関係ない。
いやちょっと待てよ?
それだと俺がユーリに恨まれやしないか?
くそっ、本当にお前らは世話の焼けるっ。
七尾に今度スタバでキャラメルマキアートのMサイズを奢ってもらおう。
「じゃ、パパパッと優勝してくるわ〜。全天にリレ天、そして今日でカラ天の称号も頂くぜ」
この人が言うと本当にそうしてしまいそうで怖い。
が、リレ天もカラ天も響きがダサい。
本気で欲しいのかな、この人は。
「タカ、本当に優勝したらチューしてあげるね〜」
阿子さんがいつもの感じでそう言ったのに野島さんはピタッと歩みを止めギラついた視線で阿子さんに振り返る。
瞳孔が開いていた。
「おいマジか?マジなんだな!今さら訂正なんて効かないからな?」
「ちょ、タカ怖い…」
「うるせぇ!優勝したらチューだからなっ!」
「ほっぺだよ?ほっぺにだからね?」
「ほっぺだろうが何だろうが!優勝したらチューだからなっ!」
「だからほっぺだからね?」
「うぉぉぉぉ!ぜってぇ優勝すっからな!!!!」
鼻息荒く野島さんがステージに向かった。
「あ〜あ。本気にさせちゃって」
桜さんが少し心配そうだ。
「あんな真剣になると思わなかった。エロに対しては冗談が通じないよね、中学生男子は」
当たり前です!それが中学生男子という生き物なのですから。
多分野島さんはチューのために実力以上の力を発揮する事でしょう。
それが中学生男子という生き物なのです。
「なぁ、なんだよコレ?予選は本気じゃなかったのかよ!」
七尾、ちょっと静かに。野島さんの歌、聴こえないだろ。
「本当に茂木のこと喰いそうだな?」
「うるさいっ!今話しかけんなっ!」
すげぇわこの人。
本当に何でもできちまう。
ワンオクの『wherever you are』なんてTAKA以外に上手く歌える人なんていないと思ってた。
あ、野島さんもタカだ笑。
英語の発音は良くないけど、なんか、何ていうか、凄い上手い!
この人は本当に神に愛された男なんだな。
歌い終わると一拍の間を置いて歓声が体育館に響く。
昨日、そして今日を通じて1番の声援が野島さんに送られた。
「こりゃ…口にちゅーしなきゃダメかな?笑」
阿子さんが目をハートにしながら全然困ってない。
むしろする気の顔だ。
いくら七尾でも、そしてさすがの茂木でもこの野島さんには勝てないだろう。
ぶるぶるぶる、と胸にしまっていた七尾の携帯が震えた。
やっぱりか、ちょっと進行が遅れ気味だったのもあってもうユーリから電話がかかって来てしまった。
俺は周りにバレないように胸ポケットから通話のボタンを押し再びポケットにしまう。
そして胸ポケットに向かって
「悪い、まだあいつの順番が来て無いんだ。あと5分後にまた電話くれるか?」
と話しかけた。
幸いマイクは上を向いている。
やや騒がしいが伝わったはずだ。
「ミナト何1人で話してるの?」
「いや、何でもない。次、茂木だろ?さすがの茂木でも今の野島さんの歌で焦ってるかもな笑」
だがマナツは
「そう思うでしょ?」
と不敵に笑うのだった。
「おい、なんだコレは?」
思わず茂木の歌の最中にマナツに話しかけてしまった。
けれど目だけは茂木から離せない。
できれば耳も、一音も漏らしたくはないところだったが堪えきれず俺はマナツにそう言わずにはおれなかった。
レベルが、違いすぎる…。
決勝で茂木が歌ったのはラルクの『瞳の住人』だった。
なぜ!ブスのあいつが!イケメンの歌を!こんなにもイケメン風に歌えるんだよ!
根本が違う…。
会心の出来だと思った野島さんの歌ですら前座に思えてしまうほど、ブスの歌に引き込まれた。
決勝の舞台では、恐らく封印していたであろうあの歌とはまるで関係のない奇妙な踊りを解禁し、会場中の耳と目を独占していた。
「会長のあの動きは気持ち悪いけど、アレがないとちゃんと歌えないの。アレが出たって事は今、本気で歌ってるんだよ」
予選全て1位だったのに、本気じゃなかっただと?
なんて野郎だ!
そして、なんて勿体無いんだ。
せめて顔さえ普通のブスなら確実に将来日本のヒットチャートを茂木が席巻できたのに…。
なんて、神に愛されなかった男なのだろう?
何故神は茂木をあの顔で生まれるよう運命付けたのだろう?
桜さんの料理が憎悪の具現化したものなら、茂木の顔は嫌悪化の具現したものだ。
不快なのだ、茂木の顔は。
それが今はものすごく残念でならない。
せめて歌もそこそこなら、こんなにも哀れむ必要はなかったのに…。
上手いからこそ逆に茂木の生き方を困難にさせているとしか思えない。
神は残酷だと思った。
超ハイトーンも難なく歌いこなし、茂木はアウトロの途中でマイクをスタンドに戻し右手を高々と上げた。
それに応えるように観客がドワーっと歓声をあげる。
さっきの野島さんとは比べ物にならないほどの盛大な喝采。
俺も、七尾も、あの野島さんですら茂木に拍手を送った。
会場にいた700人余りの人の全てが不快なブスの茂木を讃えた。
ただ茂木がこちらに向かってウィンクと投げキッスを送った瞬間、俺達は茂木を讃えるのをやめた。
あのマナツでさえ両手を膝の上に置き、下を向いて震えていた。
唇が紫色だった。
そしてもう1人顔色の悪い奴が1人。
「じゃ、じゃ、じゃあ、い、い、行ってくるよ」
あの茂木の後に歌うのは辛いな七尾。
お悔やみを申し上げるよ。
「俺もちょっと七尾に着いてくる」
「え?ゆきりんもステージ上がるの?もしかして2人で歌うの?」
バカ言うなよ鈴井、あんなのの後に歌うなんてマゾのする事だ。
「まさか笑。今でさえこの調子なんだぞ?こいつ1人じゃ緊張するだろうから舞台袖にいてやるんだよ。どうせ爆死するにしてもちゃんと実力を発揮して死ななきゃな」
さぁ行こう七尾。
お前は別にここにいるやつに聴かせるために歌うんじゃないんだろ?
俺の胸ポケットにいるたった1人のために歌うつもりだろ?
ビビってんじゃねぇよ。
優勝も歓声もいらねぇだろ?
たった1人に褒めてもらえば、それでいいんだから。