ユーリの章 「ゆきりん」
事務所に戻って真っ直ぐ社長室に向かった。
ドラマを降板させられた事、社長はなんて言うかな?
トントントン
はぁ〜い〜、とオカマが女っぽい返事をする。
見た目はレディビアードのくせに。
「黒木、入りま〜す」
ドアを開けると社長は私達2人の顔を見ると驚いたオッさんの表情をしたが、
「そこに座んなさい」
といつものようにソファーに座るよう促した。
「ユーリ、何にする?」
「じゃあ、コーヒー」
「お気にだもんね笑。黒木ちゃんは?」
「焼きそば」
「お昼だもんね笑。ちょっと待っててね」
社長は私のためにコーヒーを、芽衣子さんのためにインスタントの焼きそばにお湯を入れて戻って来た。
「何があったか話してもらえる?」
社長は向かい合わせに座り私と同じコーヒーを一口飲む。
「ユーリが『終活家族』を降ろされました」
芽衣子さんはただ一言、それだけ言った。
変な沈黙が続いた。
秋との沈黙は心地いいけど、この沈黙はとても私の心を落ち着かなくさせた。
「ユーリ、あなた…。はぁ………ま、これも私の役目よね」
社長の言いたい事はなんとなくわかった。
「ユーリ、あなた何もかもが中途半端よ」
わかってる。
自分が1番わかってる。
1番この世界辞めて、そしてまた復帰して、たまたま良い社長と良いマネージャーがいたから私は今こうしている。
じゃあ私は?
私は何を頑張っているの?
仕事を取って来てくれるのはいつも芽衣子さん。
それだってなんの価値も実績もない私に仕事が回ってくるのはこの社長のいる事務所だから。
2人がいなけりゃ、rio knockの専属モデルも『終活家族』の孫役も私じゃない誰かが務めていただろう。
私なんか、6流以下のモデルでしかない。
なんの取り柄もない、ただ普通よりちょっとだけ可愛いってだけ。
それだってこの世界じゃ掃いて捨てるほどいるどころか、私よりも可愛くて綺麗でウォーキングも上手くて、着ている服を良くみせられる上に自分自身も良く見せることが出来て演技も上手い、歌も歌える、文章も書ける人が大勢いる。
私は世間一般ではちょっと可愛いけど、この世界じゃ凡人。もしくは凡人以下。
ここはそういう突き抜けた人しか生き残れない場所なのだ。
芽衣子さんと社長がいなけりゃ、自分1人じゃ何も出来ないクソガキなのだ。
わかってる、そんなのわかってるよ!
悔しいけど、悔しがって何かが変わる?
だから努力するしかないって思ってた。
けど努力は才能に勝てないの。
どんなに努力しても求められているのはその瞬間の成果なの。
努力した凡人の1日遅れの成果より、才能ある人がその瞬間に出す成果の方が価値がある。
価値というか、それをして当たり前なのだ、この世界は。
それが出来ない人達が夢半ばでも諦め、挫折し、去っていく。
厳しいんじゃない、そういうところなのだココは。
それが当たり前なんだ。
「社長、それはちょっと言い過ぎじゃないですか?ユーリだって好きで降板したわけじゃ、、、」
「わかってるわよ。けどユーリには今必要な言葉なの。そうでなきゃただの馴れ合いになるでしょ?大人はね、ちゃんと子どもに教えなきゃダメなのよ!ユーリ自身がわかってたとしても、ちゃんと言葉で伝える責任があるのよ私達には。けどそれを黒木ちゃんに言わせるわけにはいかないじゃない。私オカマだけどこの事務所の社長なの。私が言わなきゃダメなのよ」
社長は私に甘い。
芽衣子さんも、なんだかんだ言って私に甘い。
けど、1番甘いのは私。
私自身が2人に甘えていた。
子どもだからって、6流だからって、どこかでそう言い訳をして仕事に向き合ってなかった。
だから今日みたいなことが起きるんだ。
「ねぇ社長?ちゃんとした人が今の私と同じ状況になったらその人はどんな行動をするのかな?少なくともちゃんとした人ならこんなこと聞かないのはわかるけど、私はバカだからわかんないの。お願い社長、教えて」
「ユーリ…」
「もっかい現場戻って監督に頭を下げたらいい?土下座しちゃったからもうその上はないけど、もう1回土下座してくればいい?ねぇ社長、教えてよ!私どうしたらいいの?わかんないよ」
社長は大きくかぶりを振る。
「わかんなくていいのよ。わかった時にユーリがしたい事をすればいい。あなたは誰のために頭を下げる気なの?」
「誰って、そりゃこの事務所の、、、」
「そんなこと心配しなくていいのっ!」
「でも迷惑かけた!」
「子どもの迷惑なんて親ならかけられて当然じゃないっ!あんた何ナメた事言ってんのよ!黒木ちゃんだって私だってあんたに迷惑かけられたなんて思ってないわよ!私達はあんたの親代わりよっ!」
私には親がいない。
厳密に言えばそんなことはないけど、私はそう思っている。
「黒木ちゃんなんてあんたの母親がわりじゃないのっ」
「私が母親なら社長は何なんですか?」
「母親に決まってるでしょ!笑」
「オカマのくせに」
「うるさいわねぇ!」
思わず笑みがこぼれてしまう。
私は母親に恵まれなかったけど、こうして2人(?)の母親代りには恵まれた。
それは幸せなことだと思った。
「ユーリ、厳しい事を言ったけど、、、」
「ううん、いい。社長が言いたいのはわかってる。あえて言う理由もちゃんとわかってる」
「ホント、あなたは頭が良いんだから」
ホントはそんな事ない。
もし他の誰かから言われたらムキになって反発したと思う。
誰でもない社長だから私は素直に受け止めることができた。
オカマだけど、私が信頼できる数少ない1人だから。
ぴりりり…ぴりりり…
こ、こ、この着信音はぁぁぁぁぁ!!!
キター!秋から電話きた〜!!!
「ユーリ、携帯鳴ってるよ」
聞き逃すわけないじゃない芽衣子さん。
「出ないの?」
社長、ほんとオカマね。
私が秋からの電話出ないわけないじゃない。
「早くしないと切れちゃうんじゃないの?」
「うん。…けど、今はいい。大事な話してるから」
「大事な話はもう終わったわよぅ。切れちゃう前に早く出なさい」
「でも…」
「けどでもうるさい!早く出ろったら出ろブス!」
「ちょっと芽衣子さん今日2回目だよ!私ブスじゃないもんっ!」
「だったら早く向こう行って電話に出なさい!はい行った行った」
2人に社長室を追い出された。
『あ!もしもしユーリ』
はぅんっ。
なんか、じゅんってしちゃう。
秋だ!秋の声だ!
何回聴いても、かっこいい…ステキ…しびれちゃう。
ピクピクしちゃう。
「電話が来たってことは、準決勝勝ったんだね?まさか負けて慰めてもらおうとかしてないよねぇ〜?」
『うん、決勝まで行った』
「凄いよ秋、おめでとう」
「ありがとう」
ありがとうのその声に照れくささが混じってる。
可愛いっ。
私の秋(暫定)、超可愛いっ!
『ユーリ、電話まだ大丈夫?忙しくない?』
私はもう忙しくないの。
しばらくは忙しいこともない。
私の出番ね、今日で終わっちゃったの。
がんばってたんだよ?私なりに。
けど私なりにじゃダメだった。
私、秋みたいに結果を出せなかった。
ダメだな、私。
まだまだ秋に釣り合わないや。
「うん、とりあえずひと段落したから全然忙しくない」
これも嘘…になるのかな?
秋に嘘はつきたくない。
と同じくらい、秋に私のだらしないところも見せたくない。
嫌われたくない、呆れられたくない、がっかりされたくない…ない、ない、ない、ない…。
こんなだらしない、何をしても中途半端な私が、秋を好きになってもいいのだろうか?
秋を、好きでいてもいいのだろうか?
『じゃあ10分後に電話して。その時に電話出るの俺じゃないけど』
「え?秋じゃない人が出るの?」
『俺、携帯持っては歌えないから、友達に預けようと思って』
「友達?」
『うん、俺の親友』
「ええっ!秋の親友!?」
そんな大切な人と、私、話してもいいの?
「じゃ、じゃ、じゃあちゃんとご挨拶しなきゃ。今近くにいたら代わってもらえるかなぁ?」
『はい、ゆきりん』
ゆきりぃいぃぃん!昨日話してた人ぅ!
お、男だよね?男だよねぇ?ねぇ?ねぇ?
『はいって、何?』
きゃぁぁぁぁ!男ぉぉぉぉぉ!
ゆきりん男だったぁぁぁ!
良かったぁぁぁぁ!!!
『何って、ユーリ』
『いや、いいよ』
ズーーーーーーン
いいの?代わりたくないの?
こんな中途半端な私とは秋の親友としてお話しする価値がないの?
そもそも私を人として見てくれないの?
ゴミなの?
生きる価値がないゴミクズなの?
『何でだよ!ユーリが代わってって言ってんだぞ?』
そんな声を荒げないで秋…。
私はゆきりんにとって生きてちゃいけない、ホコリ以下の人間なんだ…。
『も…もしもし』
「初めましてゆきりんっ。ユーリと申します」
生まれて来てごめんなさい、とは言えなかった。
『どうもはじめまして雪平です。七尾からよく話は聞いています』
わっわっ…わぉ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!
秋、私の話をしてくれてたの?
親友に?私の話を?
私、生きてていいの?
砂利すら価値のない女の子だけど、生きてていいですか?
「どうせアレでしょ〜?変な女とかでしょ〜?笑」
『そんな事はないよ笑。少なくとも俺はそうは思ってない』
ゆきり〜〜〜〜〜〜んっ!
ゆきりんは秋の親友なんだよね?
それってアレだよね?
事実上親友として私を秋の彼女と認めた発言と受け止めていいんだよね?
「ほんとぉ?笑。ま、いいや。変なのは自分でも認めます」
『じゃあ変態同士お似合いだな笑』
おっけぇぇぇぇぇぇい!!!
ゆきりんから結婚の許可いただきました!
『誰が変態だコラ!代われっ。…ごめんねユーリ。こいつちょっと頭おかしいんだ』
私はそうは思わないよ秋っ!
だって私達の結婚を祝福してくれてるんだよ?
頭がおかしいのは、私の方だよ!!!
「そぉ?声からは良い人そうに感じたけど?」
『ゆきりんの本性を知ったら間違ってもそんなこと言えなくなるよ?笑。じゃ、そろそろ戻らなきゃ。じゃあ10分後、電話してね』
「うんわかった。ゆきりんによろしくお伝えください」
『じゃね』
「うん。決勝頑張ってね」
私は電話を切らずそのまま事務所のテラスへ向かった。
今日の予報は確か終日曇りだったはずだけど、テラスに出ると曇天に混じって青々とした空が所々に見えた。
今ここは晴天。
視線の先、ずっとずっと先にある秋の住む街は今ここと同じように晴れているだろうか?
空も、秋の声を聴きたいのだろうか?
私がもし死んで、空からしか秋を眺めることができないとしたらきっと秋のいる街の空はいつも晴れていることだろう。
雲なんかに邪魔されたくない、いつだって秋を空から眺めていたい。
本当はそばにいて抱きしめていたいけど。
私にはまだその資格はないから、こうして遠く離れた街で秋を想っているのです。