ユーリの章 『キリングモード』
目が覚めて私が真っ先にするのは携帯を探す事。
携帯を握りしめて眠る癖は秋だけじゃなく私もそうだった。
寝る前には必ず秋の写真を見て、そのまま携帯を握りしめて眠る。
けど寝相が悪いのか朝になるといつも左手には携帯がない。
毎回布団の奥の方に行ってしまっている。
昨日寝る前にお誕生日おめでとうのカードを秋に写メにして送った。
日付が代わった瞬間に送りつけたからきっと14歳の誕生日の1番におめでとうを伝えられたはずだ。
もちろん、ライバルがいなければの話だ。
ようやく携帯を見つけ画面を開くとメールの着信が一件あった。
ワタワタする心を抑え開くという思った通り秋からの着信だった。
『おはようユーリ。バースデーカードありがとう。待ち受け画面にします』
きゃ〜!
私のバースデーカードが、秋の携帯の待ち受け画面になったわ〜!!!!
『14歳最初のおめでとうメールだったよ。数秒後に友達から来たけどギリギリセーフだった』
やっぱりかっ!危ねぇっ!
このヤロー!どこのどいつだ!
アキレス腱ぶっちぎってやるっ!
『ユーリの写真を貰えないのは凄く残念…。けど、社長さんから言われてるなら仕方ないね。我慢します』
ごべんなざいぃぃぃ!泣
『さ、これから起きて朝ごはん作らなきゃ』
凄いっ!
秋、朝ごはん作ってるんだ!
『今日の朝ごはんは天丼っ。』
重いなぁ笑
『昨日の天ぷらが余ってるからね笑』
なるほど。
じゃあ仕方ない。
食べたいなぁ、秋の天丼。
『じゃぁ今日も頑張っていきましょ〜。必ず夕方電話するね。ユーリも、仕事頑張ってね』
秋、おはよう。
うん、頑張るよ。
めっちゃめちゃ、頑張ってあのハゲ監督が土下座するくらい良い演技してみせるからね!
「こらユーリ!テメェ何回言やわかんだこのハゲっ!」
ハゲはテメェだろがコラ!
今の何が悪かったかきちんと説明してみろハゲ!
「す、すみません」
「そこは目泳がせろよ!テメェのジイさんが余命宣告されたんだぞ!」
「は…はい」
「はいもう一回!よーい、アイッ!」
『おじいちゃん、もう長くないんだって』
『えっ!…なんで?どうして?」
「カ〜ット!ユーリっ!お前やる気あんのかこのヤロー!感情が伝んねぇんだよ!」
お前に伝える感情なんか持ち合わせてない。
「やる気ねぇなら帰れっ!お前、本の行間読めねぇのか!ココは!動揺するとこだろうがっ!」
私、今日頑張るの。
秋が仕事頑張ってねって言ったから、私は頑張るのっ!
怒られてもけなされても、投げ出さないのっ!
「監督、コレおかしくないですか?」
きゃあ!言っちゃったぁ!
「あぁ?何がだよ。おかしいのはお前の頭だろうがっ!」
毛髪困難のお前に言われたくない。
「今まで散々ぱらおじいちゃんに反抗して無視してた孫が、なんで余命宣告されて目が泳いで動揺するんですか?今までにどこか伏線ありました?ホントはおじいちゃんのこと好きとか、そんな心情みせたシーンがありますか?私が演じてきたのは、心底おじいちゃんが鬱陶しいっていう女子高生なんですけど?」
「バカヤロウ!これからジイさんと和解してくんだろうが!そのきっかけになる余命宣告だろうがっ!この孫はなぁ、ホントはジイさんのこと好きだけど素直になれねぇんだよ!素直になれねぇからいつもどこかで申し訳なさを感じながらジイさんに楯突いてんだよ!」
お前こないだと言ってること180°違うじゃねぇかっ!
私が勝手にそう解釈したら、その孫はジイさんに早く死ねと思ってるから憂いなんか見せてんじゃねぇって怒鳴ったじゃない!
「だとしたら!目が泳ぐのはおかしいでしょ!ここはむしろお母さんの目を見つめて離さないのが普通じゃないんですか!」
「なんでそうなんだよ!」
「知りたいからでしょ!おじいちゃんのこと!ここで目を離して逃げたら、この先和解なんて到底あり得ませんよっ!」
監督は少し困った顔をした。
「休憩っ!」
監督はスタッフを連れてどこかへ行ってしまった。
「ユーリちゃん、よくあのハゲに物申したわね。スカッとしちゃった笑」
お母さん役の女優さんが私に笑いかけてくれた。
「あのハゲ言ってること二転三転するからねぇ。いや、ユーリちゃん。あっぱれをあげよう」
主演の70歳の俳優さんも私にそう言って扇子を叩いて拍手してくれる。
私は間違っていないのだろうか?
そうは思えなかった。
どんなにハゲでもバカでも、監督は監督だ。
ドラマや映画は監督の構成からはみ出さずに演技するものだと私は思っている。
はみ出すなら構想のもっともっと上のものでならなければならない。
少なくとも私はそう思っている。
だから私がとった行為は、私自身からは褒められるものではなかった。
『おいクソガキ、こっち来い』
芽衣子さんが手招きで私を呼んでいる。
「ごめん芽衣子さん。やっちゃった」
芽衣子さんがどれほど苦労をしてこの仕事を取ってきたのかわからない。
それをいくら聞いても『あんたみたいなガキは知らなくていい』と冷たくあしらわれてしまう。
けどきっと私にはわからない苦労があるはずだ。
でなきゃ、演技などしたことのない私が日曜朝4:30などというふざけた時間とはいえ連ドラのレギュラーになんかなれっこない。
きっとあっちこっちを駆け回り、頭を下げて回ったに違いない。
その苦労を台無しにしてしまったのではないだろうか?
「あんた、今まで何考えて演技してたの?」
怒られた。
「何って、この子は演技に現れないどんな気持ちを持っておじいちゃんと接しているのかな?とか、リアルな高校生だったらココでどんなリアクションするのかな、とか」
ぜ〜んぶダメ出しされたけどね。
「ふ〜ん。そっか」
芽衣子さんはため息をついた。
私が、つかせてしまった…。
「ねぇユーリ」
「なぁに?」
「降りよっか?」
「降りるって、どこに?」
「どこに?じゃないよ。この役」
「えええええ!!!!!」
何言ってんの!?せっかく芽衣子さんが苦労して取ってきた仕事じゃないっ!
「ダメだよ。なんで急にそんな事いうの?私が大根だから?それはホントにごめん。頑張ってはいるんだけど、、、」
「違う!その逆!」
「逆?」
「あんたの演技が報われないっ!おっきな声じゃ言えないけど、あんたこの出演者の中で1番うまいからね、演技」
ああ、あれか。豚もおだてりゃ木に登る作戦か。
もう、子どもじゃないんだから笑。
「そんなわけないじゃん笑。私今回初めてお芝居するんだよ?」
「あんたに言わなかったけど、昨日社長と一緒に来て先に帰った人いるでしょ?」
あぁ、あのヒゲダンディー?
「あの人、今度あんたが出る映画の監督だよ」
あのヒゲダンディー!?
「さすがに心配であんたの演技見に来たみたいだけど、1時間もしないうちに帰ったでしょ?」
「もしかして…見切りつけられちゃった?」
そりゃ46回もNG出せば見切りつけるよねぇ笑。
「なんて言って帰ったか知ってる?」
「知らない。なんて?」
「あんたがあのハゲに潰される前にこのドラマ降りろってさ」
うそ?もしかして、それって、褒められてる?
あ…でも…
「ハゲ以上のクソ監督だったりして笑」
「あんた何にも知らないんだね。あの監督は低予算の映画撮らせたら興行成績日本一だよ笑」
なんですとぉぉぉぉ!
「あの碇慶丈や山崎結衣を発掘した監督でもあります」
碇慶丈と山崎結衣って、最近ちょくちょく見かける俳優さんだよね?
「凄ぉぉい」
「そんな監督から降りさせた方が良いって言われてるの。どうする?」
どうするって、そんなの決まってるじゃない。
「やだ、降りない」
「言うと思った笑」
「じゃ聞かないでよ」
「やる気出たでしょ?」
「出た。けど今日は最初からフルパワーだったもんねぇ〜」
「ああ、秋になんか言われたんだ?頑張れ〜、とか?笑」
「ちょっと。私の原動力が秋だけだと思わないでよねっ」
「あんた、顔が甘い。とろけちゃってるじゃない」
あぁんっ!もうっ!私のバカっ。
「ふ〜ん。だからハゲに意見したんだぁ。凄いねぇ恋のチカラは」
「だから、違うってば」
「だから、顔がニヤケてるってば」
隠せないっ!
私の秋への恋心が溢れて滲んで止まらないっ!
「私は芽衣子さんが持って来た仕事はきちんと最後までやるよ。秋がどうとかじゃなくて、それは私と芽衣子さんとの信頼関係だから」
「ガキのくせに一丁前なこと言うじゃない」
「それに、仕事は最後までやらなきゃ。今抜けたらこのドラマの撮影が大変になっちゃう。迷惑かけちゃダメだよ」
ポンポンと頭を撫でられた。
「うん。偉い偉い。じゃあユーリ、自信を持ちなさい。あんたは大根じゃない。ピーマンよ」
芽衣子さん芽衣子さん。全然ピンとこない。
「はいちょっと集まって〜」
ハゲが戻って来た。
「ちょっと変更しま〜す。その前にユーリ、お前帰って良いよ」
「はい?」
「孫役はジイさんの余命宣告する前に家出することになったから。お前の出番はもうない。明日から来なくていい」
「はいぃ?」
ちょっと、私のこの燃えるやる気を返してよっ!
「ユーリぃ、帰るよぉ〜」
ちょ、芽衣子さん!何帰り支度してんのよ!
「ちょ、ちょっと待って下さい!もう一回、もう一回チャンス下さいっ!」
「うるせぇ!監督に逆らうとどうなるかわかってねぇなぁ!お前みたいな吹けば飛ぶような三流のモデル崩れの演技なんてこのドラマには必要ねぇんだよ!帰れっ!お前2度と演技の仕事できると思うなよ?俺が使えねぇって評価したらこの世界で演技するのは終わりなんだよっ!」
そんな…こんな終わり方って…。
納得いかない!
「お願いですっ!もう一回!もう一回だけ!」
ハゲに土下座させるつもりで家を出て来たのに、土下座をしたのは私の方だった。
「言われた通りしますからっ!だからもう一回!」
グワッと襟首を掴まれて私の頭は持ち上げられた。
「わかりました。帰ります。ユーリ、立って」
「でも芽衣子さんっ!」
「いいから立てこのブスっ!」
ちょっとぉ!私ブスじゃないもんっ!
渋々立ち上がる。あぁ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
芽衣子さん、ごめんなさい…。
芽衣子さん?ちょっちょっちょっ、芽衣子さん!
その人監督!
芽衣子さんが掴んでるのは監督の首ぃ!
「おいハゲよく聞け。この子はねぇ、来年公開する映画で賞を取るよ」
ええっ!無理っ!芽衣子さん、それは無理っ!
「ぐっぐごっ、ごっごご」
「喋らなくていいよ。ただ聞いてくれればいいから。この子はね、再来月には白澤さんの映画に出るの。だから、あんたみたいな吹けば飛ぶような6流の監督がどんな圧力をかけられるか楽しみにしてるから」
6流って、それはもう素人以下じゃないっ。
「モガガガガっ!」
「喋るなって言ってんだろっ!」
芽衣子さんが監督の首を絞める手に力を込める。
やばい!芽衣子さんがキリングモードだ!
「ユーリはね、優しい子なの。何をするにも一生懸命やるの。自分で考えて足りないものを努力で埋めようとする子なの!能力も才能もないあんたなんかにこの子の良さがわかるわけないでしょ?ウチのユーリをバカにしないでっ!」
芽衣子さん…。
「行くよ」
「でもそれじゃこのドラマ、このあと大変になるんじゃ」
「あんたは降板させられたの。あんたの意思じゃない。だからその後のことはあなたが気にする必要はないんだよ」
私はスタッフさんを見た。
お世話になったスタイリストさん、いつも怒られている私のフォローをしてくれた助監督、ガチガチに緊張していた私を笑わせてくれたADさん、そして共演者のみんなが笑顔で私を見ていた。
苦い顔で監督に後ろ指さしてるスタッフさんもたくさんいた。
「頭の良いあんたならこの表情からわかるでしょ?けど覚えておいてユーリ。この人達はこういう現場でもやれるからプロなんだよ。あんたはココでそれを学びなさい」
「うん。…わかった」
「さ、帰ろうユーリ。社長が事務所で待ってるよ」
「うん。帰ろう芽衣子さん」
私はスタッフさん、共演者の人達に頭を下げた。
「お疲れ、ユーリちゃん」
「お疲れ〜。またどっかで仕事しような〜」
「ユーリ、ちゃんと髪の手入れしなよ?モテないよ?」
「ユーリちゃん、またね」
たくさんの人から温かい言葉をもらった。
「あのっ、ありがとうございました。途中でいなくなってすみません!けど、皆さんのこと忘れませんから!またどっかで会ったら、よろしくお願いしますっ!」
深く深く頭を下げると、パチパチと拍手を貰った。
ようやく芽衣子さんは監督の首から手を離し、私の肩を抱いてくれた。
こうして私の初めての演技の仕事は、終わった。
帰りのタクシーの中で私は悔しくて泣いた。
声をあげて泣いた。
ちゃんと仕事を全うできなかった自分が情けなかった。
こんな私が秋を好きだなんて、自分が許せない。
やっぱり秋には今は会えない。
会うときは、恥ずかしくない私で、真正面から自信を持って好きって言える自分でなくちゃ。