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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
173/778

吉岡克昭の章 「祝福」

退屈だ。

なんだその選曲は?ボケてんのか?

ならもうちょっと突き抜けろよ。

何恥ずかしがってんだ。

恥ずかしいならボケないでちゃんとした曲を歌え。

見てるこっちが恥ずかしい。

どいつもこいつも、諦めやがって。

確かに茂木の歌の後ではヤル気にならない(聞いてないけど)。

あいつ、顔はブサイクだが歌だけは上手い(聞いてないけど)。

歌『だけ』には人を惹きつける魅力がある(聞いてないけど)。

それにこの後に控えている野島と七尾もかなりのものだ。

だからってそうやって安易に笑いに走るのはどうなんだ!

そんなのに点数付けるこっちの身にもなれ。

下手くそでも良い!一生懸命歌うなら俺はちゃんと評価してやる。

曲が浜田省吾か佐野元春なら無条件で10点を付けてやる。


『はいどうもありがとうございました〜(棒)』

槇原、お前は司会なんだからそんな露骨に飽きちゃダメだろう。

『じゃあ残るは2年と3年の特進組となりました。ここで先に歌うのは………ぺっ、野島』

少しだけ会場に活気が戻って来た。

だが茂木が歌った時の熱気は見る影もなく、今も無理やり盛り上がっているかのように見える。

野島は審査員席に座る俺をチラッと見て何も言わずそのまま素通りして行った。

そして何やら司会の槇原に話しかけている。

槇原は不快を絵に描いたような顔をしていたが、驚きの表情に変わるとすかさず俺の方を向いた。

野島お前ペラペラ喋ってんじゃねぇ。

槇原は野島に指でオーケーサインを出すと、野島は軽く槇原に手を挙げステージに上がっていった。


おおおおおお!!!

野島さぁん!!!

と盛り上がりを見せた会場に野島の声が響く。

「俺が歌う前にちょっと聞いて欲しいことがある」

嫌な予感がした。

「お前らが生まれた時、何人の人たちから祝福された?父親だろ、母親にじいちゃんばあちゃん、親戚や友達、あと病院のスタッフやママ友。他にもいるかなぁ?いいとこ十数人ってところかな?」

天井を見上げて指折りかぞえ、視線を戻す。

「世の中生きづれぇよな。自分のこと理解はされねぇし勉強しなきゃなんねぇし、いい大学出たって就職はできねぇし。見つけた居場所は親の都合で離れることもあるし、自分の気持ちは抑えなきゃならないし、仕方のないことで誰かを傷つけることもある。自分がどうしようもなく嫌いになったり、誰かのことをどうしようもなく恨んだり、ホント世の中って不条理だ!」

なんの話をしてるんだ?

お前はこれをどう着地させるつもりなんだ?

「そんなくだらない世の中でも毎日新しい命が誕生してんだよ。生まれた瞬間まだたった十数人からしか認知されないその子達はこれから色んな人と出会ってこのくだらない世の中を生きて行くんだ。すれ違って結びついて離れて繋いで、そうやって死ぬまでに何百人もの人と出会っていくんだろう。けどもしも!」

野島のトーンが変わった。

「ここに何人いるかわからない、多分700人ちょっとくらいか?その700人もの人から、生まれたその日におめでとうって祝って貰えたら、その子にはどんな未来が待ってるだろう?って思ったんだ。この世界で上手くいかない時や誰かに傷つけられたとしても、俺達700人に誕生を祝福されたその子はきっと俺達よりもほんの少しだけ幸せになれるんじゃないかって考えたんだ。少なくともっ!アテにならない神の祝福が人並み程度しかなくても、700人の俺達の祝福がある。俺達の祝福はその子の未来でいつかきっと力になれると思うんだ。俺はそう信じたいんだ」

野島ぁ、お前ホントに中学生か?

なんでお前の演説にはこんな求心力があるんだよ?

「今日、吉岡先生のところに女の子が生まれたよ。たった数十秒の拍手でその子の一生が決定づけられるなんて思っちゃいないよ笑。けどその子がいつかこのくだらない世界に辟易した時、吉岡先生ならきちんとその子に伝えてくれると思うんだ。お前が生まれたその日に、会ったこともない俺達700人もの人間が、その命の誕生を祝ってくれたって。きっとそれはその子の力になると思う。だから祝福しよう。ようこそこんなつまらないクソみたいな世界へ。おめでとう、それでも俺たちと同じ世界に生まれてきてくれて」

俺はその光景を優良とまだ名もない娘に見せてやりたかった。

俺は決して好かれている教師ではない。

鬼塚でもなければ徳川龍之介でも坂本金八でもない。

ただの嫌われている中学教諭だ。

けれど、この光景を俺は忘れない。

視界に入る全ての生徒が、立ち上がり手を叩いて娘の誕生を祝福してくれている。

野島、お前の言う通りだ。

世の中は腐ってる。

ひどく冷たい、クソみたいな世界だ。

娘は何も、自分の意思でこの世に生まれてきたわけじゃない。

俺と、優良だけが望んだことだ。

けどな、まだ名もなき娘よ。

ここにいる何百人もの人達が、お前の誕生を祝福してくれているぞ。

そんなの、普通じゃ考えられないことなんだぞ。

お前はこれからこの世界で生きづらい人生を歩まなくてはならない。

そのうち必ず、生きていくのにうんざりする日がきっと来る。

その時に今日この日のことをお前に教えてやろう。

俺は、それを聞いたお前がきちんと何かを感じ取れるように育てなきゃならないな。

お前の未来は、たった一人の中学生のおかげで誰よりも輝かしいものになったんだ。

「せんせぇ!こっち来てなんか言ってよ!」

今までなら照れ臭くて断っていただろう。

けれどそうも言ってられなくなった。

俺は今日父親になったんだ。

娘の誕生を祝ってくれるこいつらに、きちんと伝えなければならない。

「テメェ、やってくれたじゃねぇか」

「ここ最近目立ってなかったからね笑。ほら、先生から一言どうぞ」

野島からマイクを受け取りステージに立つと、なぜか吉岡コールが沸き起こる。

お前ら、ここぞとばかりに呼び捨てかっ!

まぁいい笑。

今日は娘の生まれた日だ、大目に見てやろう。

「いきなりこんな事になって、なんの用意もしてないから、うまいことも喋れない。口は下手だし、頭の回転も速いほうじゃない。手なら速いんだけどな」

笑いが起きる。

俺にしては上々ではなかろうか。

「だからお前らには言いたいことしか言わんっ!俺の頭にはこれしか思いつかん!お前らっ!」

どうして怒鳴ってしまうのだろう?

ああ、そうか。照れくさいからか。

「ありがとうっ!」

うおおおおお!という茂木や野島が歌う時のような声援が俺に向けて贈られた。

そうか、こういう景色を見てたんだな。

俺の憧れた教師達はこういう風景を見ていたんだな。

野島ありがとう。

お前のおかげで、俺は少しだけGTY(グレート ティーチャー 吉岡)になれた気がするよ。

「と言うわけで、娘の誕生を記念して吉岡先生に一曲だけ歌ってもらいましょう!」

マイクを奪った野島が場を盛り上げる。

再び歓声が沸き起こる。

「おい、ちょっと待て!俺は歌なんて、、、」

「先生、この歓声浴びてそのままステージから降りる気ですか?」

うむ…それもそうだ。

それにきっと俺の尊敬する教師達ならここで『贈る言葉』や『抱きしめてtonight』、はたまた『poison』なんかを歌うんだろう。

「よしわかった。俺は歌は上手くないがハマショーのマ、、、」

「それでは歌っていただきましょう!吉岡先生で『こんにちは、赤ちゃん』」

野島てめぇぇぇぇ!やりやがったなぁ!!!!!

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