秋の章「変態は10月10日に生まれる」(個人の見解です)
昨日と同じ先生達が座る席の延長に陣取っていた俺らの席で、乃蒼は泣いていた。
もともと泣き虫の乃蒼だけど、今流している涙の重みは乃蒼にしかわからない。
乃蒼がどれだけ演奏会のソロを吹くために努力してきたか、どんな思いで吹いていたかは俺にはわからない。
だから俺は慰める言葉が見つからない。
ただ黙ってハンカチを渡す。
乃蒼だって女の子だからハンカチくらいは持っている。
けどその涙まで自分ので拭くことはないよ。
それくらいは誰かに寄り添って欲しいと思った。
「ソロはね、自分で考えて、作って拭くの」
鼻づまりの乃蒼の声。
「自分の力量を見極めて、曲の雰囲気を感じて、理解して、何度もなんども練習して、指が覚えるまで何度も。なのに何でかなぁ?何でトチっちゃうかなぁ?」
途中までは順調だった。
16小節分のソロの後半に差し掛かった時、乃蒼のサックスはピタッと止まってしまった。
「頭が真っ白になってね、何にも思い出せなくなっちゃった」
乃蒼は急遽ロングトーンに切り替えた。
それは素人の俺からみてもとても違和感のあるものだった。
「悔しいなぁ。あんなに練習したのに。けど悔しいより情けない。こんな時にうまく結果が出せないなんて、情けない」
やっぱり俺にはかける言葉が見つからない。
こんな時、どうしてやればいいのかわからない。
何でもいいから慰める方がいいのだろうか?
けど無責任な言葉を吐きたくない。
その言葉に俺は責任を持てないから。
もし相手が花さんだったら、俺はきっと抱きしめるだろう。
言葉の代わりに体温で俺の気持ちを伝えようとしただろう。
けど今相手は乃蒼だ。
さすがの俺も抱きしめるわけにはいかない。
だからそっと頭の上に手を置いた。
撫でることはしなかった。
「何も言えない代わりの慰めですか?」
図星だよ。
ただ俺が、何も出来ないから、けど何かをしたいと思うからしてるだけの、ただの代償行為に他ならない。
「違うよ。俺がただ乃蒼の頭に手を乗せたいだけだ。嫌ならよける」
乃蒼は何も答えず、俺の手を頭に乗せたまま頭を前後左右めちゃめちゃに揺らした。
「撫でてよ!気が利かないんだから」
「強気だな。ちゃんとお願いしろよ」
「撫でてください、お願いします。私の頭、よしよしって撫でて下さいご主人様」
涙目でそう言われるとたまらない。そうじゃない意味で!
「なぁお前ら、いつもそんな遊びしてんのか?ホント楽しそうで羨ましいな」
振り返った桜さんから引導を渡された羽生さんが羨望の眼差しで俺を見ていた。
『さぁてお待たせいたしました!次はいよいよクラス対抗カラオケ大会、準決勝です。コマを進めたのは18クラス中8クラス。決勝に行けるのはわずか3クラスのみ!さぁお前ら!今日この20xx年10月10日に伝説作る準備は出来てんだろうなぁ!』
うおおおお、と昨日と同じテンションで会場が揺れた。
槇原愛理のテンションも心なしか昨日よりもややハイだった。
見た目冴えないのにどっからこんな煽り文句が出て来るんだろう?
それを後ろの席で見ているはずの花さんや練生川さん、祝人さんはどんなふうにこの光景を見ているだろうか?
なんか俺、冷静だな笑
「そうだ秋。今日吉岡に会った?」
野島さんもこの雰囲気に溶け込めないのかまるで関係ない話を振ってくる。
「吉岡先生?そういえば会ってないけど」
「じゃあお前知らないんだな?」
「知らないって何が?」
「いやいいんだ。すぐにわかるから」
この人、何言ってるんだろう?
話しかけないでほしい。
『さぁて!準決勝最初のクラスは…おぉっと!1回戦に続いてまたもや2年4組!代表は1回戦2回戦ともに1位のあの茂木くんだぁ!』
うおおおお!という歓声の中立ち上がった茂木はまだ歌ってもいないのに太々しくも右手を高々と上げ歓声に応える。
腹が立つ。全くサマにならない。
お前は確かに歌は上手い。
もしかしたら歌手になりうる実力があるかもしれない。
けど断言しよう、お前は歌手にはなれない。
なぜなら理由はただ1つ、ブスだからだ!
歌手に顔は関係ない?バカを言え笑。
お前はそれを超越した、ブスなんだよっ!
お前の顔は何ていうか、不快なんだよ!(あくまでも個人の感想です)
ゆっくりと王者のように薄ら笑いを浮かべながらブスがステージに向かう。
それを追い越して俺達の席に走ってくる人が2人。
「やっぱココが見やすいね」
「あそこうるさいんだもん。ちょっと秋、もうちょっとよけてよ」
高橋真夏と永澄だった。
さっきのことがあるせいか乃蒼を挟むように2人が座る。
「イス2つに4人で座るのは無理があるだろ」
ゆきりんが自分のイスを高橋真夏に差し出した。
「ありがとミナト。で、ミナトはどうすんの?」
「俺は立ってるよ」
「え〜!なんかやだ。落ち着いて座ってらんない。あそうだ!ミナトもこっちおいで。イス3つに5人で座ろ」
「バカか。座れるわけねぇだろ」
「ぎゅうぎゅうに詰めれば座れるってば。ホラ、ここココ!」
何気に隣をアピール。
「どれ。………やっぱ狭ぇじゃねぇか笑」
「んじゃあ乃蒼、私の膝の上」
「ええええ!ダメだよ私重いよ」
高橋真夏!その役目、俺が変わろうか?
「じゃあ俺も入れてイス4つに6人で座ろうぜ」
「佐伯くん、大丈夫だから」
「いや、でも高橋さん、、、」
「佐伯くん、大丈夫だから」
「いや瀬戸さん。俺はゆきりんの隣でいいからイス、、、」
「「佐伯くん、大丈夫だから」」
「あ…ハイ…」
彩綾がタケルの頭を撫でて慰めていた。
いいよな、いくらぞんざいに扱われても最終的に帰る港があるんだもんな。
彩綾の事、大事にしろよ?
「お前ら何青春してんだよ。ほら、コレ使え」
吉岡先生がパイプイスを1つ持って来てくれた。
「何青春してんだ?って、俺らそういう年頃ですよ?」
なにやったって青春になるんです。
「見てて羨ましいよ。俺にはそんな甘酸っぱい思い出ないからな」
「なら先生も一緒に入ります?笑」
「入らねぇよ。教師がそんなこと出来るわけねぇだろ!」
教師じゃなかったら入りたいんだ?笑
「ん?高橋、お前化粧してんじゃないのか?よく見たら瀬戸も」
あ、バレた?そりゃバレるよな笑
「せんせ〜、文化祭ですよ?」
桜さんの後方射撃。
「お前がやったんだろ?西野。大体化粧道具を学校に持ってく、、、」
「せんせい、固いこと言わないで。今日は文化祭だよ?」
阿子さんも加わる。
「平井、固いこというのが教師の仕事だ。文化祭だからって学、、、」
「先生、今日は秋の誕生日なんすよ」
野島さんは関係のない話を始めた。
「だから大目に見ろってか?今関係ないだろ!…ん?お前今日誕生日か?」
え?あ、はい。
「おかげさまで今日で14歳になりました」
「そうか!ウチの子も今日の朝方に産まれたんだ。そうか、お前と誕生日が一緒か」
ええええっ!
あ!さっき野島さんが言ってたのはこの事かぁ!
「おめでとう先生!」
「おめでとうございます」
「おめでとう。先生もお父さんですね」
みんなが先生と生まれてきた子を祝福する。
「おめでとうございます。俺と同じ誕生日、ですか」
「あぁ。行く末が心配だ笑」
断言します。10月10日生まれは変態です!
息子さん(娘さん?)も立派な変態になりますよ。
おおおおおお!と歓声が上がってステージに目をやると茂木が歌い終わっていた。
全っっっ然見てなかった。
「あれ?吉岡先生って審査員じゃ?」
「茂木だろ?聞かなくても10点やりゃ良いんだよ」
すげぇテキトーなこと言ってる笑。
「もしかして俺と秋にも10点付けてくれてる?」
「七尾はな?お前には9点付けてる」
「おい何でだよ!その1点ありゃ俺は茂木と同点1位なのに!」
「なんでって、そりゃお前、1つくらい負けるものがなけりゃお前が大きくなれないからに決まってるだろ」
なるほど。確かにそれはあるかもしれない。
この人はなんでも出来すぎるんだ。
出木杉くんですらシズカちゃんとは結ばれないという挫折を味わっている。
野島さん、1つくらいは人の下に甘んじるのも悪くないと思いますよ?
「カラオケの審査員なら純粋にカラオケの点数付けてくれよ」
「わかったわかった。準決勝からはそうしてやる。もう、本当にお前はうるさいんだからっ」
吉岡先生が父親になったら可愛いキャラに変貌を遂げた。
「先生、俺の番の時にちょっとしたサプライズがあるから」
「お前の場合なんか大ごとになりそうだな」
「そんな事ないよ。俺は先生の子どもの誕生を俺なりに祝福してあげたいだけだよ」」
「期待しないでおくよ。何となく嫌な予感がする」
笑ったその野島さんの顔は、俺らにしかわからないズルい顔をしていた。