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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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花の章 「通り過ぎた忘れ物」

三太から秋の勇姿をこと細かく聞いた。

根掘り葉掘り聞いた。

重箱の隅をつついて穴をあけるほど聞いた。

「もう…勘弁してくれ」

嫌だね。

「あんたが私を置いて先に来るからでしょ!一緒だったら見れたのに」

「お前待ってたら見れなかっただろうが。俺らが先にここに着いたから解決したんだからな?それにお前と一緒だと死体が3つ転がってるだろうし。そっちの方がめんどくさいことになってた。つまりはだ!結果オーライだ」

確かに。秋が誰かにぶん殴られているのを見るのは嫌だ。

「あのぉ…」

乃蒼がうつむきながらやって来た。

パッと顔を上げると見ていたのは私じゃなく三太だった。

「もしかして、マンションでよく会う方ですか?私、プレミオノアールに住んでるんですけど」

「俺も、君のことは知ってる。エレベーターでよく会うよね?今時の子にしてはキチンと挨拶できる子だって思ってたから覚えてるよ。俺は練生川、キミは?」

「鈴井乃蒼です」

何やら私の知らない話をされてる。

「え?ちょっと待って!あんた、乃蒼と一緒のマンションに住んでんの?」

あの、超高級超高層セレブリティしか住めないようなあのマンションに?

「そうだけど?去年の春、出来上がった時から住んでるけど?」

「知らなかった…」

「そりゃそうだ。お前誘ったって俺の家に来ねぇもん」

バカッ!子どもの前で何てこと言うのよっ!

「もしかして祝人も?」

「いや、俺はあんな高そうなところ落ち着かないから職場の近くに住んでるよ。築35年の二階建てのアパート。前の住人が孤独死した事故物件だからお値段なんと月45000円」

祝人らしい。

「花さんの知り合いだとは思わなかったからさっき見てびっくりしちゃった」

「すぐわかったかい?」

「はい。素敵なお兄さまですから」

「オジ様でいいのに。俺も花もキミらにとっちゃもうオジさんとオバさんだよ」

私はまだ若いよっ!

あんただってそんな格好してなけりゃ二十代真ん中くらいには見えるって。

そうやって、自分を慰めた。

わかってる、もう若くないって事は。

若作りをして何とか若ぶって入るけれど、本当に若い子達に囲まれたら自分の年増さを痛感する。

私は秋や乃蒼たちのステージを通り過ぎてしまい、今は次のステージに立っている。

秋や乃蒼は望めば何にでもなれるけど、私は秋達より可能性は狭くなってしまった。

そろそろ先のことも考えなきゃならない頃に来ているのかもしれない。

「花さんも練生川さんも、祝人さんも若いですよ。素敵な大人です」

「おい花、この子は良い子だなぁ」

「ちょっと褒められたらそうやって調子に乗る笑。乃蒼、こんな大人にそそのかされちゃダメだからねっ」

「そんな笑。花さんには勝てる気しませんよ笑」

「へ?」

「あれ?違うんですか?あははは、勘が外れちゃった。なんでもないで〜す」

いや、多分外れてはないよ乃蒼。

おかしいなぁ?そんなそぶりも雰囲気も出さなかったはずなのに。

「私そろそろ演奏会の準備に行かなきゃ。見てってくれますよね?」

「もちろん。私は乃蒼の演奏も楽しみにしているからね。なんの曲のソロを貰ったの?」

「I remember cliffordです」

「トランペットなのかい?」

三太、あんた知ってんの?

どっちかって言えば苦手なジャンルだと思ってた。

「いいえ、サックスです。今年の吹奏楽部はトランペットが不作で笑。ファンダンゴとかやりたかったんですけど」

「あ〜ファンダンゴ私大好き!そっか今年はやらないのかぁ、残念」

「ですよねぇ?私もあの曲好きなのにぃ」

「来年はできると良いね」

私がそう言うと乃蒼は今日の天気のように顔を曇らせた。

「私が演奏会に出るのは今年が最後です。だから私、今年に賭けてたんですよ。だからどうしても花さんに見て欲しかったんです。私、頑張りますから」

秋がよく愚痴をこぼす特進というクラス制度になんの意味があるのだろう?

この多感な時期に同級生との交流を狭め、体育祭や文化祭の欠席を黙認し、勉強ばかりさせる事がこの子達の将来に必ずしも良い影響を与えるとは到底思えない。

この歳の子達にはもっと学ばなければならないことがあるじゃない。

それが特進というクラスではほぼ出来ない。

秋は乃蒼やタケル達、タカ達がいたからまだ良いにしても、他の子達はどうなのだろう?

この時期に学べなかったことで大人になってから躓くこともあるのではないだろうか?

と、人様の子の事まで心配するなんて、やっぱすっかり老け込んじゃったなぁ。

「頑張ってね乃蒼。楽しみにしてるよ」

「はい。花さんも、練生川さんも祝人さんも、楽しんで行ってください。それじゃ」

ペコリと頭を下げ、私にだけ笑顔で手を振ってくれた。

生物準備室から出て行く乃蒼の後ろ姿は去年とは比較にならないくらい強くて大人で自信に満ち溢れている。

これがこの子達の年代の成長か。

これほどまで劇的に変化することをもう私達の歳では望めない。

私達は良くも悪くも完成に近づいている。

修正するには何かを捨て、何かを得、努力しなければならない。

「若いっていいよな…。俺はあの頃、死に物狂いで成長してきたつもりだけど、それでもやり残した事があった気がしてならないよ」

三太は憧れている人がいて、超えるべき人がいて、そのために必死になって生きてきた。

天才と言われた三太が努力して、それでもやり残した事があるのなら、それはもう仕方のない事だと私は思う。

1番近くで見てきたから。

三太が自分の事を認めなくても、私は認めてあげるよ。

あなたは必死に生きていたと。

あなたはあの頃誰よりも努力していたと。

だからそれでも得る事ができなかった事は、他の人では到底手に入れることのできない高尚なものなのだと。

事実や真実なんてどうでもいい。

私は三太の味方でいたい。

ただそれだけのために、そう言うのだ。

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