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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「乃蒼」

昨日タケルを見送った後、自分の事のように幸せな気分になり浮き足立って下駄箱まで歩いていると廊下でバッタリ乃蒼と会った。首からサックスをぶら下げている。部活の休憩時間かなんかだろうか?

「あ、秋だ。なにしてんのこんなところで」

この幸せな話を誰かに話したいと思ったけど、さすがにそれは早すぎるしタケル達にも悪いと思い

「あ〜、ちょっと用事あって」

とベタに誤魔化した。乃蒼は俺の来た方向を見て

「もしかして、旧校舎?」

と探るような表情をする。

「う、うん、まあ。けど俺じゃないよ。俺はキューピット役」

吉田沙保里の馬役をしてきたところだよとは言えなかった。言っても意味がわからないだろう。

「ふ〜ん。…、あぁ!やっと付き合うんだねあの2人。けど寂しくなるでしょ?正直なところ」

乃蒼は頭の回転が早い。恐ろしいくらいに。

「そうだ、秋に聞きたい事があったんだ」

「なに?」

今思えばこの時なにか理由をつけて帰ってしまったらよかったのかもしれない。

「六花・七道」

心臓が飛び出るかと思った。

「なに、それ?」

「嘘が下手くそ笑。そっか、内緒にしてるのか。どうしてだろ?恥ずかしいから?違うか。なにか理由があるの?」

「なんで、知ってんだよ!」

冷静ではいられず思わず声に怒気を含む。

「ごめん。そんなに怒らないでよ」

「ちゃんと質問に答えろよ!なんで知ってんだよ!」

乃蒼はただ一言、

「蒼天」

と言った。それに覚えがある。

「マジかよ。お前もかよ…」

「優秀賞だけどね。けど秋のとはやっぱり差があったなぁと思って」

俺の誰にも知られたくない隠しておきたい事がこんな近くでバレるなんて。

「絶対言うなよ」

言い方が脅しに近い。そんなことしなくてもいいのに、とは思ったけど抑制できなかった。

「言わないよ。けどなんでそんな冷たい言い方するの?」

乃蒼が言うのはもっともだ。けどそれを抑えられるほど俺は大人じゃなかった。

「バイバイ」

目も見ずにそう言って逃げるようにその場から離れた。乃蒼がどんな顔していたか俺はわからない。今の俺にそんな乃蒼の気持ちを慮る事は出来なかった。


帰ってからも花さんに「どうしたの?なんか変だよ?」と言われ「何でもないよ」と答えると

「嘘が下手くそ」

と乃蒼と同じ事を言われ、ちょっとだけムッとしてしまった。

「あ、怒った笑。けど秋、前にも言ったけど私に嘘は言わないで。言いたくないなら無理に聞いたりしないから」

花さんみたいにそうやって相手を思いやる気持ちがあれば俺は乃蒼にあんな態度を取らなかったのかな?と自己嫌悪。

「こないだ出展したやつ、あるでしょ」

「ん?あれ?最優秀賞とったやつ?」

「そう。あれにクラスの女子も出展してて、バレた」

絶対バレないように細心の注意を払ってたのに。

「だってあれ、雅号で出してたじゃん」

花さんも驚いている。そもそも俺が華道をしている事にあまりよく思ってはいないので本名ではなく雅号で出展するよう勧めたのは花さんだ。

「そうなんだよね。だから絶対バレないと思ってたのに」

「アンタが花やってるのを知ってるのは七尾家くらいなのに。もしかして1人で会場行ったりしたの?」

「行くわけないじゃん。俺だって誰にも知られたくないから気をつけてるよ」

じゃあなんで乃蒼は俺だと気付いたんだろ?結局それは乃蒼に聞かないと真相はわからない。けど今日あんな別れ方をしたから、というか乃蒼は悪くないのに一方的に怒りをぶつけてしまったのでバツが悪くて聞きにくかった。

「それは秋が悪いと思うよ。女の子にそんな言い方したらダメじゃん」

「うん、わかってる」

「秋の怒りは秋だけのものなんだよ。その乃蒼ちゃんは秋の怒りを同一に理解はできないの。秋は自分の怒りをきちんと自分だけのものだって認識してコントロールする術を身につけなきゃね。それができたらきっと怒りで誰かを傷つけることはないよ。そうやって誰かを傷つけたことで秋自身が傷つくこともね」

時々そうやって花さんは難易度の高いことを言う。意味はよく理解できないけど、多分それは間違ってはいない。

花さんはそれ以上何も言わず最近見つけた喫茶店にいる看板猫が可愛いから今度行こうと話題を変えた。俺は

「乃蒼に謝れたらね」

と返事をすると、目を細めて

「じゃあ明日には行けるね」

と笑って言った。


俺は占いを過度に信じてはいない。けどこんなときくらいは占いで後押しして欲しいと思うのはそんなに悪いことだろうか?毎朝観ている朝の情報番組の占いコーナーでは最下位だった。しかも

「友達とのすれ違いに注意して」

と余計なワンポイントアドバイスまでしてくれる始末だ。すがる思いで普段は観ない番組まで回し占いコーナーをチェックしてみたけれど天秤座はどの局も順位が低かった。しまいには

「誠意を持って接しても逆効果かも?」

とまで言われ、思わず

「なんでだよ!」

と叫んでしまった。


「お待たせ」

気が重いけど学校には行かなくてはならない。「占いは?」とタケルは聞いてきた。その顔はこの世で1番幸せですと書いてあった。当たり前だけど、うまくいったんだな、吉田沙保里と。そんな幸せそうなタケルを見てると羨ましいような腹立たしいような複雑な気持ちだった。

「今日の天秤座は12位だよ…」

俺はタケルにではなく花さんに教えた。

「はっはっは、お前は今日最悪の日だな」

バカだなタケル。

「タケル、私も天秤座なんですけど?」

花さんがすかさず言うとタケルの幸せそうな顔色が途端に変わり、俺は少しだけ気が晴れた。


彩綾と別れタケルと2人教室に入る。あちこちから俺ら2人におはようと声がかかる。俺は自分の席に着くといつもなら「おはよう」と隣の席にいる乃蒼の声が聞こえるはずなのに今日は何もなかった。

「あれ?乃蒼きてないの?」

俺は斜め前、乃蒼の席の前に座る女子に聞いてみた。

「鈴井さん?今日はまだ来てないね」

俺とタケルは比較的登校時間は遅い方だ。この時間にいないということは今日は

「休み、か」

何だかとてつもなく不安な気持ちに襲われた。俺の知る限り乃蒼が学校を休んだのはこのクラスになって初めてのことだ。昨日の今日なのでその事が悪い方悪い方に考えてしまう。その日1日はどこか調子の上がらない不安定な時間を学校で過ごした。


「きちんと謝れたの?」

花さんの実家の和室で俺と花さんは生花にハサミを入れている。普段は私語厳禁なのだが、師範である花さんのお母さん、つまり俺のばあちゃんが来客の対応をするために和室から出て行ったので正座を崩しカジュアルな体勢で花に向かっていた。

「それがさ、今日休んだんだ。だから謝れなかった」

パチンと隣で音がする。

「そうかぁ」

なんか全体的に背が高いな。もう少し低く。パチン。

「なんか今日謝れなかったのがすごいモヤモヤして。早く謝りたいのに」

「秋、あんた謝ることが目的になってない?謝罪は許してもらう手段であって目的じゃあないんだよ?」

驚いて手が止まった。

「今気が付いた。そうだ。俺、乃蒼に謝ることで全部終わると思ってた」

花さんは針金をシュルシュルと伸ばしながら

「謝るだけの気持ちも相手に伝わっちゃうからね。逆にちゃんと気持ちを込めれば伝わるものだよ。でも、秋がちゃんと気付けたらそれでいい。」

俺は立ち上がり360°見回す。本当はそんなことしなくてもいいんだけど、正面だけ良いものは何だか人間性までそうだと思われてしまうようで嫌いだ。

「うん。ありがとう。危なくまた乃蒼に嫌な思いさせるところだった」

よし完成。

「大丈夫。秋がきちんと謝れば大抵の女の子は許してくれるよ」

花さんのもそろそろ完成が近い。

「どうして?」

ふぅ、よし。と小さくもらした花さんは俺の方に顔を向け

「だって。私がそうだもの」

と、子どもみたいな顔で笑った。


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