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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「誕生会」

高橋真夏と永澄は休憩時間を大幅に過ぎたからと自分たちのクラスに帰って行った。

俺とゆきりんは桜さんに化粧をしてもらったけれど昨日のような女の子メイクじゃなく、あくまで殴られて青くなった部分を薄くする程度にとどめたもので、宣告どうりそのアザは完全に消えることはなかった。

吉岡先生に見つかったら何か言われるかもしれない。

文化祭だから、と曖昧に誤魔化せば吉岡先生自身が上手い具合に解釈してくれてなんとかなるだろうか?

三人揃って生物準備室に戻ると部屋中がカレーの匂いで充満していた。

「あ、おかえり。お前らの分もあるから食えよ」

野島さんが阿子さん、そして桜さんと別れたことが発覚した羽生さんが3人カウンターに並んでカレーを食べていた。

彩綾とタケルもテーブルに2人きりで、「はい、あ〜ん」とかイチャイチャしながらカレーを食べている。

「秋〜、こっちこっち!」

花さんが練生川さんと祝人さんのテーブルに1つ空いた席を指差し俺を手招きする。

「悪いけど俺あっち行って食べるわ」

ここ最近意識していたゆきりんへのアシストパスだったが、さすがに羽生さんの前だと心苦しい。

桜さんは死ぬ気で生きるために別れたと言う。

なら俺も死ぬ気で今したいことをしよう。

たとえ羽生さんに殺されるとしても。


「聞いたよ秋!さっきの話。やっぱり秋は男の子なんだねぇ」

さっきの話とは金髪とピアスのことだろう。

俺としてはスッキリと金髪をブチのめしたかった。

けどそれだと桜さんは俺達に恋してくれない。

世の中って難しく出来てるんだなとしみじみ思った。

「秋はケンカしたことなかったのかい?」

祝人さんはキーマカレーを食べながらそう尋ねた。

「ないですよ!先輩とジャレることはあってもあんな本気のケンカは初めてです」

「そうなの?あの飛び蹴りは惚れ惚れするくらいキレイだったけどな笑」

じゃあ彩綾の720°回転する蹴りを見たらきっと濡れちゃいますよ?

「けどあんまりケンカしないでね?私、心臓が何個あっても足りないよ」

俺のケンカ相手も花さんの前じゃ心臓何個あっても足りないんだろうな。

「秋、いい時計してんな」

練生川さんが俺の今イチオシのアイテムに気付いてくれた。

「そうでしょ!コレ、今年の誕生日にサンタさんからプレゼントして貰ったんです!花さんが気に入って大事にしてる時計と同じブランドだから凄く気に入ってて。時計とか詳しくないからよく分からないけど、俺の中で1番最初に腕時計を認知したのが花さんのハミルトンなんです。だからいつか同じの買って一生その一本だけしか持たないでおこうって思ってたんです。花さんみたいに」

うおお、テンション上がりすぎて喋りすぎた。

花さんが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

すみません…。

「なかなかセンスのいいサンタさんだな笑」

「練生川さんもそう思います?毎年誕生日とクリスマスにはプレゼントくれるんですけどいつも俺の心をくすぐるものばかりで、実は毎年楽しみにしてるんですよ!」

「それを聞いたらさぞかしそのサンタさんも喜ぶだろうよ」

練生川さんが楽しそうに笑っていた。

中学生が本気でサンタさんの存在を信じてると思われただろうか?

子どもっぽいと思われただろうか?

なんでかわからないけど、俺は練生川さんと祝人さんには大人として見られたいという気持ちがある。

どうしてかな?

花さんの友達だからそう思うのだろうか?


突然クラッカーの音が鳴った。

練生川さんと祝人さんはその音に素早く反応し、厳しい顔つきでジャケットの内ポケットに手を入れる。

なに?そこになにが入っているの?

聞くのが怖い…。

特に祝人さんの場合、俺の予想を超える何かが入っていそうで余計怖かった。

「秋、お誕生日おめでとう〜」

阿子さんのその合図で照明が消される。

暗幕を引いていた生物準備室は一瞬暗くなり、入り口からローソクに火がついた皿を持って桜さんが入ってきた。

「秋、ローソクの火消してっ!」

ふ〜っ、と14本のローソクを吹き消すと再び真っ暗になる。

暗闇のあちらこちらから拍手の音とおめでとうと俺を祝う声が聞こえた。

「コースケ、電気」

野島さんの声だ。

いつもの見慣れた色の明かりが灯ると、俺の目の前にはローソクが14本刺さったカレーがあった。

「カレーって…笑」

「余ったんだよ。お前今日持って帰れよ?プレゼントだ」

「いりませんよっ!」

今日はビーフシチューなのっ!

ビーフシチューでえ〜ってする日なの、今日はっ!


「秋おめでとう。はい、プレゼント。今年は私もいいの貰ったから奮発してみました」

「お、ありがと」

彩綾からのプレゼントはパスケースだった。

パスケースを持つなんて、ちょっと大人になった気分だ。


「はい、じゃあ次は俺」

「ありがとうごさいます」

桜さんと別れて傷心なのにわざわざ俺のためにプレゼントを買ってくれたなんて…。

羽生さんからはブックカバーだった。

正直、凄く欲しかった!


「じゃあ今度は俺な」

「タケルは期待してない」

「なんでだよっ!いいから開けてみろっ!」

「…数珠?」

「パワーストーンって言え!」

「これなんのご利益あるの?」

「健康運」

「お前が持てよ」

「うるせぇよ」


「タケルの後なら何出しても喜んでくれそうだな」

「あぁ、牛乳の蓋でもな」

なんか後ろでタケルがわめいてる。

「ほらよ、プレゼント」

「おう、サンキューな」

ゆきりんのプレゼントの袋が薄かった。

嫌な予感がした。

「一応聞くけど、お前まさかこれオーダーメイドじゃねぇだろうなぁ?」

「よくわかったな。背面がオシャレなんだ」

確信した。

お土産の仕返しだと。

ゆきりんのプレゼントであるTシャツの背面に

『I ♡ おっぱい』

と書かれてあった。

「ありがとう。大切にしまっておくよ」

「いや着ろよ」

オシャレは周回し、変化するらしい。

これがオシャレだと言われる時代は、果たして俺が生きてる間にやってくるだろうか?


「良かったね。秋はおっぱい好きだもんね」

「男はみんなそうだよ。おっぱいが嫌いな男子なんて、なんの価値もないクズみたいな存在だよ」

「おっきい方がいいの?小さい方がいいの?」

「乃蒼、そういうことじゃないんだよ。俺はね、『おっぱい』が好きなんだ!」

「なんの話をしてるの?」

「さあ?」

「誕生日おめでとう!」

「急だね笑。ありがとう」

「はい、プレゼント。私とイレーヌから」

「イレーヌも?」

「うん。どうしても私も一緒にプレゼント買うって、駄々こねるから仕方なく」

小さな箱の中に入っていたのはシルバーで作られたベルのキーホルダーだった。

振るとなんとも言えない心地よい音がする。

「すげぇいい音!」

「なんのデザインもされてないプレーンなベルだけど、そのベルが鳴るたびに幸せを運んでくれるんだって。14歳も、来年も、これからずっと、秋に幸せが訪れますように」

「ありがとう。抱きしめてもいいか?」

「ダメっ///。もっと人がいなきゃ嫌っ!」

全校生徒の前で抱きしめてやろうか?

「なぁお前ら、いつもそんな遊びしてんのか?いいなぁ」

桜さんにこっぴどくフラれた羽生さんが、本気で羨ましそうだった。


「14歳おめでとう。これは私と阿子から」

「おめでとう秋。同い年だね」

阿子さんの誕生日は12月。

2ヶ月間だけ俺と阿子さんは同い年になる。

「ありがとうございます」

2人からは鯉の形をしたペンダントを貰った。

「鯉?」

「鯉はね、滝を登りきると龍になるっていう伝説があるんだって。究極の出世魚だよね」

「タカを超えてね。その時は私をお嫁さんにしてね笑」

後ろで「おいっ!」と野島さんが叫んだ。


「阿子とったらお前でも許さねぇからな!」

「野島さん、全天ともあろう人が随分とパンピーなコト言うじゃないですか?」

「うるせぇな。俺はパンピーなんだよっ。ほら、ありがたく頂戴しやがれ」

野島さんから貰ったのは使い古されたシャーペンだった。

「ケチっ」

「なんだとっコラ!」

「俺こないだゆきりんからドイツ土産のシャーペン貰ったの!これからそれをずっと使ってこうと思ってるのっ!」

「ならそれ使えばいいだろっ!これはお守りだ。気安く使うなよ?ご利益が薄れるぞ」

「なんのですか?健康?」

「タケルと一緒にすんなっ!」

「なんすか!健康は大事でしょ?アキレス腱切れちゃいますよ?」

「お前だけだよ!」

俺もそう思う。

「秋〜、それ本当にお守りだよ?」

阿子さんが俺の右腕を組んでそう言った。

野島さんの視線が痛い。

「あ、ずる〜い、私もぉ」

桜さんが俺の左腕を組む。

ゆきりんの視線が痛い。

羽生さんの視線は可哀想で見てられない。

でもありがとう神様。

右腕におっばいが当たってます!

左腕にも、多分当たっているのでしょう、わからないけど。

「本当にお守りって、どう言う事ですか?」

「先月の全国模試あったでしょ?秋達も受けた全国模試」

「はい。俺が国語全国1位の座から陥落したあの忌まわしき全国模試ですよね」

「あれ、私達も受けたでしょ?」

「知ってますよ。会場で会ったじゃないですか」

「それはあの模試でタカが使ってたシャーペンなんだよ?」

「いや、だからそれが何か?」

「だぁかぁらぁ、そのシャーペンはタカが総合で全国1位を取った時に使ったモノなの」

「へぇ〜。確かにそれはお守りになりますね。野島さんにしか出来ないプレゼントですよ」

お金じゃ買えない、pricelessなプレゼントだ。

「お前さぁ、もっと驚けよ。『えええええ!お前全国1位とか、一周してバカじゃねぇか!てことは俺が国語1位陥落したのはお前のせいかぁぁぁぁぁ!』とか、ないわけ?」

ツッコミが浅い。

「1位取るのに珍しくガッツリ勉強したんだぞ?もっとこう、罵ってくれよ!」

ドM全開だな…。

「なんだかもうあんたが何しても驚かなくなってる俺がいます」

千石はもちろん東大行っても驚かない。

逆に旧月に行ったら死ぬほど驚くけど。

「とはいえみんな買ってるのに俺だけシャーペンじゃホントにケチだと思われるからな。ほら、しゃあねぇからやるよ」

箱から出てきたのはイヤホンだった。

「イヤホンしながら勉強すると集中できるんだよなぁ。お前も使ってみろよ」

「野島さん音楽聴きながら勉強するんですか?」

俺は音楽の方に気を取られて集中出来ないタチだ。

「いや、聞かないよ。これすると周りの音聞こえなくなるからいいんだよ」

じゃあ耳栓でいいじゃねぇか!

なんだこの天才?バカじゃねぇの?

「まぁ、ありがとうございます」

俺はちゃんとコレで音楽を聴こう。

こいつは、耳栓がわりに生まれてきたわけじゃない。

俺はちゃんと生まれてきた目的で使ってやるからな!


「え〜と、こんなにたくさんの人からお祝いして貰ったのは初めてです。良い14歳の誕生日になりました。みんなどうもありがとう」

その場にいた人達からパチパチと拍手を貰う。

「俺、誕生日の日に必ず言う言葉があるんだ。今俺がここに立って、こうやって挨拶して、みんなから祝って貰ってるのも全部、花さんが俺を産んでくれたからだよ。朝も言ったけどもう一回言うね。俺を産んでくれてありがとう花さん」

俺を産んでくれてありがとう。

俺が産まれてこれたのは当たり前じゃない。

産まれてこない可能性だってあった。

だからありがとう花さん。

俺を産んでくれて。

俺の誕生日をこんなにたくさんの人が祝ってくれるような人間に育ててくれてありがとう。

「ばかっ。もう、ホントにこの子は」

花さんはハンカチを目に当てて、涙ながらに生物準備室から出て行った。

涙脆い花さんに、練生川さんと祝人さんが後を追っていく。

あの3人は本当に仲が良かったのだろう。

そしてそれは10数年経っても変わらないのだろう。

俺もタケルや彩綾、乃蒼やゆきりん、そして1つ年上の先輩達ともあんなふうになっていたいと思った。

数年だけ交わり、いずれ通り過ぎてしまう関係にしては、あまりにも俺はこの人達のことが大切になりすぎてしまった。

いずれ来る困難や高い壁に阻まれた時、俺はきっとこの人達を頼るだろう。

そこに永澄や高橋真夏真夏もいたらいいなと、そう思った。

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