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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
168/778

秋の章 「愚行」

3年1組に入ると桜さんは机を並べてその上にたくさんの化粧道具を広げていた。

「まずは…瀬戸さん」

永澄が呼ばれ桜さんと対面する。

「あ〜ちょっと唇の端、色変わっちゃってるなぁ」

そう言うとパレットみたいな物になにやらをかにやらして、…う〜ん、俺にはわからない。

「ちょっとごめんね……まだ薄いか」

そうやって何度も瀬戸さんの顔に色を塗っていく。

「瀬戸さんは化粧した事ある?」

「いえ、ないです」

「興味ある?」

「え?狂気?」

「凶器じゃない、興味っ!化粧してみたい?」

「化粧!してみたい!あ、けど学校じゃ怒られるかな?」

「大丈夫。だって今日は文化祭だもん!多少は目を瞑ってくれるよ」

「えと、じゃあ…してみたいです!」

「おっけ〜!可愛くしちゃうねっ」

桜さんは昨日俺たちにやってくれたみたいに手際よく顔に化粧を施していく。

俺とゆきりんは桜さんの腕前を知っているからあえて永澄の後ろに回って完成を楽しみに待つ。

「よ〜し出来たっ。どう?」

小走りで永澄の前に回るとそこには

「人魚みたい…」

高橋真夏のそれは褒め言葉としてはどうかと思うけど、確かに永澄は可愛かった。

「鏡見てみて」

桜さんが大きな手鏡を永澄に向けると永澄は少しの間ボーッと自分の顔を見たあと

「お母ちゃんそっくりや笑」

と可笑しそうに笑った。

だとしたら永澄のお母ちゃんはきっと相当若くて可愛いのだろう。

「瀬戸さん、顔の傷消えてる」

ゆきりんのその言葉に、そういえばさっきまであった唇の端にあった傷や頬の変色がないことに気付いた。

「特殊メイクと言ったら聞こえが悪いけど、化粧である程度は薄くできるよ。目の隈くらいなら綺麗に消せるもん。まぁあくまでも多少だからゆきりんと秋のは化粧しても残っちゃうからね?さ、今度は高橋さん」

はい、と緊張した声で返事をした高橋真夏は永澄と交代して桜さんの前に座る。

「あ〜、高橋さん色が白いから瀬戸さんより目立つねぇ」

「あの…結構ひどいですか?」

「………よし!高橋さん!」

「は、はいぃ」

「綺麗になる覚悟はある?」

桜さん、そのセリフカッコいいんで今度使ってもいいですか?

使い所は見当たらないですけど。

「え?あ、出来るものなら喜んで」

「おっけ〜。ちょっとだけ濃く化粧するけど、怒られたらゆきりんのせいにして」

「え?俺っすか?」

「ゆきりんがもっと早く来てくれたら良かったのに」

桜さんがそれを言うとゆきりんには酷です。

「すみません。けど俺が来たところであのザマでしたけどね…」

「あのザマって、どのザマ?」

ゆきりんが返答に困っている。

「ここにいる私達は誰もそんなふうに思ったりしてないよ?2人ともカッコよかったよねぇ?」

永澄も高橋真夏もこくんこくんと首を縦に2度振った。

「カッコ…良かったんですかねぇ?七尾、お前どう思う?」

「結局は練生川さん達に助けてもらったし、プラマイ0って俺は思うけど」

わかってないなぁ、と桜さんが高橋真夏に化粧をしながら呟いた。

「わかってないって、何がでしょう?」

「女心」

永澄がくすっと笑った。

後ろ姿で見えないけど、多分高橋真夏も。

「女の子はね、守られたいだけじゃないの。女の子だってちゃんと守りたいんだよ、男の子を。世の男の子はその辺を勘違いしておる」

おる?笑

「それをなんて言うか知ってる?」

俺もゆきりんも首を横に振る。

「母性本能」

高橋真夏のその声には少し笑みが含まれている気がした。

桜さんが後を続ける。

「2人とも抱きしめたいくらいカッコよかった。勝ち負けだけじゃないんだよ。ちゃんとあの時2人はカッコよかった。練生川さん達に助けてもらったけど、あの2人に母性本能は感じない。でもね、2人にはビシビシ感じたの。私はあの瞬間恋に落ちたよ笑」

ゆきりん。もしも、もしもお前の告白が成功しても、お前はドイツに行っちゃうのか?

こんな桜さんを置いてお前は遠く離れた外国で暮らす事を選ぶのか?

「なんつうか…痛い思いした甲斐がありましたよ笑」

お前は今何を考えてんだろう?

その笑みの意味を俺はちゃんとわかってやれなくてごめんな。

「そんな事言って、彼氏さんに怒られませんか?」

永澄がそんなセンチメンタルな場の空気を読まずぶった切った。

ずっと後で教えてもらった事だけど、永澄はこの時なんとなく気づいていたのだそうだ。

それをはっきりさせたくてカマをかけたの、と大人になった永澄は言った。

「私、彼氏いないよ?」

「「はい???」」

俺たちにとっては衝撃的な驚愕の事実!

「羽生さん!羽生さんは?」

最近出番がめっきり少ない羽生さんがついにこの世界から消失してしまったのか!?

桜さんが化粧の手を止めず目だけでこちらを見た。

「…別れたの。夏休みに」

複雑な心境だった。

ゆきりんの恋を応援する立場で考えたら、それはゆきりんにとっては良いことかもしれない。

けどやっぱり桜さんと羽生さんが別れるという事実を突きつけられた今、喜ぶことはできない。

全然、喜べなかった。

「仲よさそうだったのに…」

「仲は良いよ?別れた理由も、まぁお互い様って感じだから」

「そうなんですか?」

「うん…。どっちも悪いし、どっちも悪くない。仕方のないことだった、かな?笑。けど私はコースケと付き合ってたこと後悔はしてないよ?とても優しくしてくれたし、大切にしてくれた。だからお互い嫌いになってしまう前に円満に別れようってなったの」

それはお互いがお互いを『好き』とは違った気持ちになってしまったのだろうか?

「俺にはわかりません」

確かにゆきりんなら簡単に手放すことはないだろう。

だって、桜さんがゆきりんの生きる意味なのだから。

桜さんを失うことは、ゆきりんにとって何よりも怖いものだから。

「うん、そうだろうね。ゆきりんにはわからないと思う。これは決してバカにして言ってる訳じゃないよ?ゆきりんの場合そもそもこんなふうにはならないだろうな、っていう意味だからね?」

漠然とだけど桜さんの言わんとしていることは、何となくは伝わる。

「私は愚かな女なのです。その愚行で失くしたものを、今になって取り戻したいと思っているのです。人は身勝手だと思うでしょう、バカだと罵られるかもしれません。それでも私はこのまま何もしないというわけにはいかないのです。すでに私によって傷付けられた人が2人もいるのなら、私はそのどちらかを救いたいと思うのです。たとえそれが、人様から後ろ指を指されるような、愚行を重ねる行為だとしても」

「それは、偉人の言葉か何かですか?」

高橋真夏が尋ねた。

天柄あまつか羽音はのんって人が書いた『愚行』っていう演劇の中に出てくるセリフ。今の私にはぴったりかもね」

桜さんは自嘲気味に笑った。

「初恋の人と再会して不倫した後、結婚詐欺で訴えられた女性が獄中でこう叫ぶの。褒められることじゃないけど、私はちょっとだけ気持ちがわかるな。どんなにいい子にしてたって悪口を言われる時は言われる。誤解もされる。ありもしない噂を流されて、嫌われることだってよくあることだよ。どうせ嫌われるなら、私は本当の自分を曝け出して嫌われたい。たとてわかってもらえなくても、何もしないよりはマシかなって思えるの。私の初恋も上手くいかなかったから。手遅れだとしても、もがいてみたいよ。ねぇ、瀬戸さんの初恋は叶った?」

瀬戸さんは小さく首を横に振った。

「私の初恋は幼稚園の時1つ年上の男の子で、すごく仲良くしてて毎日遊んでたけど、私がヤクザの娘だと知ったらその子の親が私と遊ばないようにしちゃったんです。そのまま私の初恋は自然消滅しちゃいました。ま、今はマサさんがいるから初恋の傷は癒えましたけどね笑」

恋の傷は新しい恋で癒えるらしい。

これは何かの本に書いてあった。

「高橋さんは?」

何か筆のようなもので目元を描きながら真向かいに座る高橋真夏に問う。

「私の初恋は叶いませんでした。何がどうってわけじゃなく、私から諦めちゃいました。次の恋も、私から諦めちゃった…」

「意気地なし」

間髪入れずに桜さんが言う。

「だって、自信ないですもん!私は桜さんみたいに可愛くないし、何の才能もないし。瀬戸さんみたいに強くもないし大人でもない。私だって1つくらい自信の持てる何かが欲しいですよっ」

ちょっとだけ高橋真夏とは何者なのかがわかった気がした。

それは俺と高橋真夏の距離をほんの少し縮めてくれたような気がする。

「最初はみんなそうだよ。それでも自分で見つけていくの。はい、出来た。これ見て少しは自信持ちなさいっ」

桜さんが永澄の時のように大きな手鏡を高橋真夏に手渡す。

その鏡を覗き込む前に「ちょっと待ってぇ!」と俺、ゆきりん、そして永澄の3人はダッシュで回り込み高橋真夏の顔を覗き込んだ。

「………お前は誰だぁ!」

衝動を抑えきれず、ゆきりんが叫んだ。

「誰って…。やっ。高い橋に真っ直ぐな夏、高橋真夏ですっ!マナツって、、、」

「今聞いてねぇ!」

「じゃあ誰だって聞かないでよ!」

「マナツはどこに行ったぁ!」

「私はここにいるよっ!」

「マナツ、お前は誰だよ?」

「ミナト、支離滅裂」

「マナツはこんなに可愛くねぇぞ!」

「失礼ねっ!いくらミナトでも怒るわよ?」

「じゃあ鏡見てみろよっ!」

「ねぇ、そんなに違うの?」

ようやく桜さんから手渡された手鏡を高橋真夏が覗き込む。

「私は誰ぇぇぇぇ!!!」

何のコントだろう?

「桜さん、凄いです」

嬉しそうに笑う高橋真夏は本当に綺麗だった。

ほらなゆきりん。

恋する女の子が笑うと、2倍増しで綺麗になるんだよ。

「ベースがいいからね、高橋さんは」

「そんな事ないです!だって私ノペーって感じの顔だし全体的になんかヌーンってしてるし」

「自分でそんなふうに言っちゃダメ。女の子はね、ちゃんと自分がどれくらい可愛いかを自分でわかってなきゃ」

「でも、自信ないっ。桜さんみたいな顔なら良かったのに。私、桜さんのこと羨ましいってずっと思ってました」

どさくさに紛れて本音をぶち込んでる。

「そう?今のその鏡の自分見てもそう言える?だとしたら、私もまだまだですね笑」

って言う割には桜さんの表情が自信に満ち溢れていた。

「いや、今の顔は桜さんがしてくれたからで、、、」

「私は医者じゃないから顔はいじれないよ。ブスはね?化粧してもブスだよ!笑」

何気にひどい笑。

「それにね、私は高橋さんのことが羨ましいよ?」

その桜さんの言葉は俺も意外だった。

「えー!なんでぇー!私のどこがぁ?」

「さぁどこでしょ〜?笑。それは自分で見つけてね。そして自信を持って下さい。高橋さん、あなたは可愛いよ。女の子として、それはとっても大事なことなんだよ。ちゃんと自分の顔、好きになってね。そして顔以外のところを磨いてね。そしたら高橋さんは、いい女になるから。私が保証する」

桜さんはきっとこれから色んな人に自信をつけていくんだろうなと思った。

普通科に進学しないことを俺はずっと残念に思っていたけれど、これだけ多くの人に外見だけじゃなく『変化』をもたらすその力は特技を超えた能力だと俺は思った。

桜さんは自分のことをよく知っている。

その上で自分が進むべき道を知っている。

けど、知っていることとそれを実行することは似ているようで実は全く別物の事だ。

決断する事、行動する事には勇気と覚悟がいる。

桜さん、俺はどんな道を選びそれを歩もうとしてもその最初の一歩目から桜さんを肯定したいと思います。

それがたとえ人様から後ろ指を指される愚行だとしても。



「秋、写真撮って。この顔マサさんに送りたいっ」

永澄の携帯のカバーに『任侠』というステッカーが貼ってあった。

うん、似合うよ。似合うけどドコで買ったのコレ?

カシュー

「ねぇ秋、これ可愛いかな?」

永澄が、最初の印象と違って意外と乙女だった。

「可愛いと思うよ?」

「秋、女心がわかっとらんね。そこは『思うよ』って付けたらいけん」

「だって、今の永澄はこの写真映りよりもっと可愛いもん。もっかい撮ろうぜ」

「口が上手いっ!詐欺師っ!」

「ひでぇな笑。別に騙したりしてないだろ?」

「いやん、こんな気分いい詐欺ならもっと騙してよっ」

「永澄、キャラ…」

「はっ、ウチとしたことがっ。秋、今度はもっとちゃんと写してよ」

「じゃあ…マサさんの事考えて?」

「なんでじゃ?」

「女の子は恋してる時が1番可愛いから」

「………………………」

「だらしない顔になってる笑」

「だって溶けちゃうんだもんっ!」

「キャラ!」

「はっ!」

「もうしょうがないなぁ。じゃあ好きな芸能人とか、マサさんじゃないちょっといいな程度の人を思い浮かべてよ」

「おっけー、それならおる」

「はいじゃあ行くよ」

カシュー

「どう?」

「そうそう、今の永澄の可愛いさはコレだよ!」

パシン、と背中を叩かれた。

「やるじゃんっ」

お褒めの言葉をいただいた。

何にでもなれる俺は俳優にはなれないけどカメラマンにはなれるかもしれないと思った。

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