秋の章 「闇飼いと鷹の爪」
「あ?お前ら誰だよ」
男の1人は金髪でやたら目つきが悪い。
もう1人は顔面ピアスだらけの男で引きこもりかと思うほど色白で眉毛がなかった。
そしてその2人の後ろには中橋光一がヘラヘラと腹の立つニヤけた顔をして立っている。
いつイスカンダルから帰還したんだ?
ああそうか、この2人は昨日言ってたバカなアニキとヤクザの友人ですね。
ホントに連れてきやがった笑。
揃いも揃ってバカヅラしやがって。
「お前らって、なに歳上に何タメ口きいてんだっ」
いきなりみぞおちを蹴られた。
きゃ〜という桜さんの悲鳴が響く。
痛みでうずくまった背後からイスがガタンという音がした。
「おいオッさん座っとけコラ。お前らも殺すぞ」
お前さっき自分でなに歳上にタメ口きいてんだコラって言ったじゃねぇか。
そのスーツさんとメガネさんがお前よりも歳下に見えんのか?
あ、見えるのか。バカだから。
「おい雪平はどこいった」
中橋光一の声だった。
こいつよりも頭が低い位置にあるのが気に入らなくてみぞおちを抑えたまま立ち上がる。
やべぇ、やっぱ痛ぇわ。
「おしえねぇよバ〜カ笑」
顎を突き出す。
今度はピアスに殴られ左頬に強烈な痛みが走った。
なんかムカついたから倒れるのを必死で堪える。
「だから座ってろって言ってんだろオッさん。イかれたガキを甘く見てんじゃねぇ」
自分でイかれてるのを理解してるなんて思ったよりも利口じゃないか。
「おいお前、俺らのこと舐めてんのか」
金髪が巻き舌でそう言った。
「お前らは風呂入ってなさそうだから汚くて舐めたくねぇよウンコ頭」
や〜いや〜い、ウンコぉ!笑
「七尾ぉ、強がってんじゃねぇぞ。この人は麗泥・轟 (レディ・ゴー)っていう族の特攻隊長で毛利会にも出入りしてる宮下和明さんだぞ?」
なに勝手に金髪紹介してんだ?
別に友達になんてなりたくねぇよそんなウンコ。
「で、コッチが俺のアニキ。あの悪名高い旧月高校で幹部してんだよバーカ」
あ、それはそれは。
幹部ってことは私立高校の運営してるんすか?
ピアス開けまくってるんで、ただのドMな変態だと思ってましたが、人は見かけによりませんねぇ。
「レディ・ゴーって何だよ笑。アナ雪でも歌う集団か?それからお前のクソアニキはアルビノか笑。日サロ行ってこいバカヤロウ」
日サロアニキにしこたま蹴られた。
「アニキ、あそこにいるのが昨日俺のことフりやがった高橋真夏。隣が蹴り入れた瀬戸永澄」
はっはっは笑。お前が昨日フラれたのは高橋真夏だったのか!笑。
お前にゃ無理だヤマト。
高橋真夏はお前にはもったいねぇ。
へぇ、とピアスが高橋真夏に近づこうとするその足をむんずと掴んだ。
「おいドM。2人に半径30m以上近づくな」
我ながら寝ながら切る啖呵は迫力がない。
「汚ねえ手で触ってんじゃねぇ」
頭をむんずと踏まれる。
俺はちゃんとトイレに行ったら手を洗う男だ!汚くねぇぞコノヤロー。
「おい、よくも昨日弟のこと蹴り入れやがったな」
俺は渾身の力で立ち上がって瀬戸さんの前に立つとちょうどのタイミングで腹のあたりに蹴りが入る。
ピアスは頭大丈夫か?
この力で女の子に蹴り入れようとしたのか?
後ろに吹っ飛ぶとそのまま瀬戸さんまで巻き込んで2人で床に転がった。
「ゲホッ。ご…ごめん瀬戸さん」
「ううん、私は大丈夫。大丈夫だから左手よけて!今ならまだ怒らないから」
左手?………うわぁ、おっぱ〜い!
「うわぁ、ごめん瀬戸さんっ!」
慌てて左手を空中に上げる。
「私は平気。七尾くんの方こそ大丈夫?」
「俺?全っっっ然平気っ!笑」
ただめっちゃ痛いだけだから。
「おい、お前今日から光一と付き合え」
ピアスが今度は高橋真夏に詰め寄っている。
「絶対に嫌っ!」
「何発で光一のこと好きっていうかなぁ〜笑」
ピアスの目が据わっている。
再び渾身の力を込めて立ち上がり高橋真夏の前に立つと左の頬に激痛が走った。
だからっ!テメェなにこの力で女の子殴ろうとしてんだよっ!
今日床に這いつくばるのは何度目だろう。
「おい、その辺にしとけよ小僧」
渋い声でスーツさんが唸る。
「あぁ?お前さっきからうるせぇよ。こいつ終わったらお前ボコるから笑。けって〜い笑」
すみませんスーツさん。関係ないのに巻き込んじゃって。
「なぁ少年。おじさんこいつらやっちゃってもいいかなぁ?」
スーツさんが座ったまま俺をまっすぐに見ていた。
こんな状況下なのに慌てるでも恐れるでもなく、ただ俺に優しげな目を向けていた。
「すみません巻き込んじゃって。けど、ホントに大丈夫ですから。今、終わらせます。カレー食ってって下さい」
「けど相手3人なのにキミは1人だよ?せめて3対3にしないか?」
「俺も頭数に入ってるの?」
メガネさんは何故かこの状況でノートパソコンをテーブルに置いてものすごい勢いでキーボードをカタカタしていた。
「いや、お前いなくても良いけど一応な。なぁ少年、手伝わせてくれないか?黙って殴られてるの見てられないんだよ」
優しい人だと思った。
だってスーツさんもメガネさんもただカレーを食べに来たお客さんだ。
なのにこんなことになって申し訳ないと思ってる。
なのに加勢を頼むだなんて、…出来ないよ。
「いえ、ただの子どものケンカですから笑」
無理して笑顔を作って見せる。
「いや〜、もう!なんでこんな頑固なとこまで似てんだよっ!じゃあこれが最後だ。俺とこいつは花の友達だ。まるっきり赤の他人じゃねぇんだ!それでもダメか?」
めちゃめちゃ驚いた。
そうか、そうか、そうか!
この人達が花さんの友達なんだ!
喜びで一瞬痛みを忘れられた。
「だったらなおさらです。見てて下さいよ。そんで花さんに、俺の武勇伝、伝えてください。自分で言うのは何かカッコ悪いじゃないですか笑。…会えて、嬉しいです!」
花さんの友達!花さんの高校時代の友達だっ!
やべぇな、七尾花の息子として情けないところは見せられねぇ!
「秋…」
「はい?」
スーツさんが俺の名を呼ぶ。
「お前は花にそっくりだな」
俺は何だかテンションが上がった。
「ありがとうごさいます」
この世で最大級の賛辞を貰った。
「ちょっとやめてよっ」
少し目を離した隙に金髪は桜さんの髪の毛を掴んでいた。
「あ?終わったの?もっとオッさんと喋ってろよ。俺この子と遊んでるから」
金髪はそう言うと無理やり桜さんに抱きつく。
「その人から離れろ金髪っ!」
絶叫を上げたのは、高橋真夏だった。
「その人はあんたみたいなクズが触れて良い人じゃないっ!なんであいつよりも先に…あんたみたいなのが桜さんに触れてんのよっ!」
その言葉が俺に突き刺さる。
そうか高橋さんが想っているのは、ゆきりんなんだ。
唐突にそう直感した。
どんな想いで高橋真夏はその言葉を叫んだのだろう?
一体、いま高橋真夏の心の中はどんな気持ちで占められているのだろう?
答えは高橋真夏しか知らない。
「ギャンギャンうるせぇんだよ!」
今回は間に合わなかった。
高橋真夏はピアスにグーで顔を殴られた。
「おい外道っ!私の友達に何してんだ!」
瀬戸さんがもの凄い形相でピアスに殴りかかる。
が、クリーンヒットはせず逆にピアスの逆襲を喰らい床に倒れた。
あぁ、ダメだ。
俺、もうダメだ。
立ちくらみのように視界がチカチカと光る。
生まれて初めて本気でキレた。
「テメェ女の子に何してんだゴラァ!」
ピアスの横っ面に飛び蹴りを食らわせるとピアスは面白いようにすっ飛んで行った。
「おい腐れ金髪、その手離せ。高橋さんが言うようにその人はテメェなんかが触れて良い人じゃねぇぞ。つうか…なんでテメェはココにいねぇんだよゆきひらぁぁぁぁ!」
ガラガラガラ…ガラガラガラ、ドン。
ツカ、ツカ、ツカ。
きょろ、きょろ。
すぅぅぅぅ…ふぅ〜…。
「七尾説明しろ。40文字以内、簡潔にだ」
いやまずお前がなぜフライパン片手にここにいるのかを説明てくれゆきりん。
「そこで寝てるピアスが高橋さんと瀬戸さんの顔面を殴った。金髪はいま見ての通り」
「簡潔で分かりやすい。95点」
残りの5点の模範解答を下さい。
ゆきりんは金髪を殴るかと思ったが、ツカツカと通り過ぎ中橋光一の前に立った。
何か言いたげな表情をしたが、悲しそうな顔になったかと思うと
「これはあん時の桜さんの分な?」
と言うと、渾身の力を込めてフライパンで中橋光一のこめかみを撃ち抜いた。
底面じゃなく、側面だった。それは、痛いっ!
「テメェ弟に何してんだ」
ピアスがようやく起き上がってきた。
「テメェこそマナツに何してんだよ。それからそこの金髪っ。テメェ誰の髪に触ってんだ」
口調こそ静かだった。だけど…
ゆきりんが、ゆきりんが…人を殺す目をしてる。
「ああ?なに後から来てカッコつけてんだゆきりん笑。正義のヒーロー気取りか?」
「悪者だよっ。それとテメェはその名で俺を呼ぶんじゃねぇ。俺のことゆきりんて呼んで良いのは友達だけだ。つうか、、、」
ゆきりんは大きく息を吸い込み、
「てめえらココでなにしてんだぁ!!!!」
と、デカイ声で叫ぶと同時にフライパンを壁にぶん投げた。
キレてた。
ゆきりん初っ端からブチ切れてたぁ!
「かかって来い!」
なんだろな?凄ぇ心強い。
多分いまは野島さんが隣にいるよりもゆきりんといる方がこいつらに勝てる気がする。
「七尾、金髪頼む。俺はピアスな」
「はぁ?ちょっと待て」
体育祭での3年3組を思い出した。
あの時のお前は桜さんのことバカにした奴を真っ先に選んだろうが!
「お前何言ってんだよ!ピアスは俺がやるよ。お前は金髪やれっ」
こちらに顔を向けたゆきりんは、少し寂しそうな目をしていた。
「頼むよ、七尾」
説明なんていらない。
その目だけで『わかった』って俺は言える。
でも今だけはここで引き下がれない。
「なんでだよっ!」
お前桜さんのことずっと好きだったじゃねえか!
お前の人生全部賭けてまで好きでいたんだろ!
なのになんで桜さんを傷付けた奴ぶん殴らねぇんだよ!
お前今日桜さんに告白するって言ってたろ?
なら今!お前は桜さんを助けるべきだろうが!
お前がピアスの相手する理由になにがあんだよ!
「俺さぁ、小学校の時マナツに借りがあるんだよ。返せる時に返さなきゃ、男の名折れだろ?笑」
来週ミナトは日本を発つ。
「私ミナトに貸しなんて作ってないよっ!もし貸しがあったとしても返すのは今じゃなくていいから!だからミナト、金髪ブチのめしてよ!」
高橋真夏が泣くのをこらえてそう叫ぶ。
「昼休み、校舎裏に来てくれてありがとな。教室で俺のこと助けてくれてありがとう。保健室にも連れてってくれたよな?俺、最近よく昔の事を思い出すよ。けど前ほど寂しい気持ちにはならなくなった。マナツ、俺の小学校の思い出にはいつだってお前がいるよ。ありがとう」
高橋真夏に笑いかけるそのゆきりんの表情は、男の俺でも惚れそうになるほどにハッとした。
高橋真夏は堪えきれずに顔を覆って泣いた。
「ゆきりん」
「なんだよ?」
「女の子泣かしてんじゃねぇ」
「いや、今のはいいだろ」
「良くねぇよ。女の子はな、笑ってる時が2番目に可愛いんだ!だから泣かせんな」
「なんで2番を今言うんだよ。じゃあ1番は何なんだ?」
お前ともあろうものが知らねぇのか?
「恋してる時だよ」
「あぁ、納得」
高橋真夏は初めてあった時からずっと綺麗だった。
けど今、俺が知る中で1番綺麗だ。
それはゆきりん、お前がそうさせたんだ。
「桜さん、すいません。目閉じてて貰えますか?」
「え?なんで?」
「マナツ…はもういいな笑。瀬戸さんも、悪いけど目を閉じてて」
「それはいいけど、ちゃんと説明が欲しいな雪平くん」
俺達は揃ってさみしがり屋なんだよ。
「嫌われたくないんだよ」
「お願いだから」
きっと意味はわからなかっただろう。
それでも俺達の気持ちを汲んでくれたのかきつく目を閉じてくれた。
「おいピアス。お前の眼球潰してやる」
「おい金髪。お前の声、貰うぞ」
俺達は同時に金髪とピアスに殴りかかった。