練生川三太郎の章 「再会の時」
「ちょっと待ってよ。早すぎるよっ」
これから向かうからと花の携帯に電話したのは朝の9:30を少し過ぎた頃だった。
「遅えんだよ!早く支度しろ」
「まだシャワーも浴びてないし化粧もしてないっ!大体こんなに早く来るなら前もって連絡してよ」
「したじゃねぇか」
「今じゃな〜いっ!もっと前!せめて昨日の晩!」
「わかったよ。何分欲しい?」
「2時間!」
「韓国でも行くのか?」
「整形しないわよっ!だって昼頃に来るとばかり思ってたからまだ着て行く服も決めてないのにぃ」
「わかったわかった。じゃあ俺ら先に行ってるから」
「あ、ちょっと待って、三太!三太待てぇぇぇぇぇいっ!」
プッ
切ってやった。
「なんて?」
「先行ってて、だとさ」
「絶対言ってねぇよ笑」
なぜバレた?
都合が悪いので俺は聞こえないフリをしてカイエンを走らせた。
>
>
>
「で、甥っ子との再会するのに緊張は?」
「あるわけねぇだろ?北海道で会ってんだぞ?」
「それは住田としてだろ?」
「………まぁ、するよやっぱり。俺として会うんだからな」
「ずっと会うつもりないって言ってたくせに笑」
「会えないと思ったんだよ!俺は秋の父親の弟だぞ?どのツラ下げて会うんだよ」
「義弟だろ?それに他人のツラして会う方がよっぽどタチが悪ぃ」
何も言い返せねぇよちくしょう!
「秋にしてみりゃどうだって良い話だよ。お前が父親の義弟だろうがなんだろうが」
「どうでも良くねぇだろ。秋の今はあいつのせいだろうが!」
「花と暮らしてて何か不満でもあるのか?」
「あるわけねぇだろ!花は世界で1番の母親だ!」
「だったらそれは草刈長官のおかげってことになるな笑」
「なんでそうなるんだよ!」
「だって秋の今はあいつのせいなんだろ?」
「そういう意味じゃねぇんだよっ。少なくとも父親がいないのは草刈のせいじゃねぇかよ」
「そんな奴、この日本に吐いて捨てるだけいるよ。じゃあ何か?父親と母親が揃ってたらそれで幸せか?お前は実家にいるとき幸せだったのか?じゃあなんでこっちに1人で出て来たんだよ。大学もこっちを選んだんだよ。今すぐ実家に帰れよ。良かったな、これでお前も幸せだ」
「・・・・・・・」
「秋の幸せや不幸せをお前らが決めるなよ。決めるのは秋自身だ。あいつが幸せだと思ってるんなら、父親がいようがいまいが、バカだろうが金がなかろうが関係ねぇんだよ。自分のことを幸せだと思ってねぇお前が人の幸福をアレコレ言うな、ヘソで茶が沸く。そういうのは全部失くした奴が言うからカッコいいんだよ。お前が言うと嫌味か卑屈にしか聞こえねぇ」
「だったら俺は何が出来るんだよ」
「見守ってれば。男の成長を黙って見守るのは先に生きる男の役目だろ。それでも何かしたかったらケツでも拭いてやれよ。そいつが出来ないことをしてやるのも、先に生きる男の務めだろ」
「お前、俺に厳しくない?」
「友達だからな。甘やかして欲しいなら他の誰かを当たれよ。例えば…なんつったっけ?あの…ほら、お前のこと追いかけ回してた、ほら?なんていったっけ?3つ上でどっかのミュージシャン崩れとできちゃった婚した、え〜っと…」
「茂木子」
「そうっ!茂木だ茂木!笑。いや〜懐かしいなぁ〜」
懐かしくなんかねぇ。
出来れば一生思い出したくなんてなかった。
>
>
>
一足先に学校に着いた俺らは真っ先に秋達の露店に向かおうとした。
が、パンフレットには2年1組の模擬店の場所が書いていない。
「あの〜、すみません。2年1組がしている模擬店の場所を知りたいのですが?」
ワイシャツネクタイの上にジャージ姿の、いかにも中学校の先生という格好の男性を捕まえて尋ねると胸ポケットに差していた赤ペンで場所を教えてくれた。
とても丁寧に教えてはくれたのだが、なぜあんなに眠そうなのだろう?
今にも瞼がくっつきそうなほどだ。
先生っていう職業も大変なんだなぁ。
「なぁ、ホントにこっちでいいのか?人もいないし静かだぞ?お前、そうやって俺を人気のない場所に連れ込んで…」
「あ、看板があった。あそこだあそこ」
くだらないジョークに付き合うほど低俗ではない…つもりだ。
十天屋と書かれた看板の案内に従うと、生物準備室という場所に連れていかれた。
生物準備室?カレー屋で?カエルでも入ってるのか?
何となく入るのが躊躇われた。
ガラガラガラ
引き戸を開けると、そこにはダラケきった生徒達が複数人いた。
「うわぁっ!来た!お客さん来た〜!」
ああ…秋、久しぶりだなぁ泣。
俺だよ、住田さんだよぉ泣
「いらっしゃいませ〜。こちらへどうぞ〜」
女子生徒の案内で俺達は席に着いた。
「ご注文決まりましたらお声がけくださ〜い」
女子生徒はそのままカウンターの秋の側へと戻って行った。
5人の生徒達の視線が俺達に突き刺さる。
見過ぎだろ。
チラチラと5人の少年少女の顔を確認する。
違う。
違う。
違う。
秋ぃ〜。
違う。
この中に俺がマンションで見かける少女はいなかった。
「なぁ三太?」
ひそひそ声で話しかける。
「祝人、今日は三太って呼ぶなって言っただろ?」
俺も声を潜めた。
「わかってるって。なぁ、どれが秋?俺小ちゃい時しか会ってないからわかんねぇよ」
「右から2番目」
「へぇ〜。………キミ、ちょっとちょっと」
バカくそ祝人!お前は何呼んでんだよ!
「ご注文お決まりですか?」
「君のオススメは?」
「え?」
「キミの、オススメ。」
「え〜っと、スープカリーのトッピングにブロッコリーです」
「じゃあそれを1つと、俺は…野菜カレー。カボチャとレンコンとジャガイモは抜いてね」
少々お待ち下さい、と秋は綺麗なお辞儀をしたのちカウンターに戻った。
「ビビったぁ。お前なに呼んでんだよ」
「近くで見たかったから。それに秋のオススメカレーが食えるんだから良かったじゃん」
「あ、その件に至ってはナイスアシストと褒めざるを得ない」
出来ればそのカレーも秋が作ってくれたらいいんだけどな。
ガラガラガラ
「高橋真夏参上!」
「瀬戸永澄参上!」
「「…お客さんいる〜!!!」」
ハイテンションな中学生女子が2人入って来た。
「やばいっ!超恥ずかしい」
一応は羞恥心というものを持ち合わせているようで安心した。
「マナツ、瀬戸さん好きなところどうぞ。何食べる?」
秋と同じくらいの背格好の男子が2人に声をかけた。
「私スープカリー。トッピングにゴボウ」
「私も私も〜。トッピングにアスパラ」
カウンター側のテーブルに腰掛ける。
この2人は秋と友達なのだろうか?
きっとそうだろうな。
でなきゃあんなハイテンションな登場なんてしないだろう。
もし友達でも何でもなければただのイタい子だ。
「秋達はここにいていいよ。私作ってくる」
この場所の空気が変わったのを俺と祝詞は見逃さなかった。
こういう仕事をしていると、そういう微妙な変化には敏感になる。
「桜さん、昨日野島さんに怒られたばかりでしょ!」
秋が桜さんという子をたしなめている。
「けど秋もゆきりんも2人の友達でしょ?じゃあここにいた方が…」
「桜さんはいいからっ!私とタケルで作ってくるから!」
「そ、そう。俺と彩綾で作ってくるから桜さんはここにいて下さいお願いしますっ!」
ほう、土下座か。
「もう、わかったよぅ」
「ゆきりん!ちょっと手伝って!」
「は?俺も?」
「人いた方が早くできるからっ。お願い!」
「もう、わかったよ。マナツ、ちょっと秋と遊んで待っててくれ」
彩綾とタケル、そしてゆきりんと呼ばれる男女が慌てふためきながら店から出て行った。
何だか秋は面白そうな人たちに囲まれているらしい。
少しだけ秋の日常を垣間見た気がして俺はとても嬉しいと思った。
それから俺は秋の事をバレないように注意深く観察していた。
話の内容から、桜さんと呼ばれる女子は先輩のようでその他は同級生。
マカと呼ばれたりマナツと呼ばれる少女と瀬戸さんと呼ばれる少女は秋とは違うクラス。
マカ、という少女と桜さんという少女の間には何かぎこちなさを感じる。
瀬戸さんなる女性からはただならぬ気配がある。何者だろう?
彩綾とタケルという今はいないその2人は花の話によく出てくる幼馴染の2人は写真で顔は見たことがあった。
乃蒼、はいないのか?
あと野島タカアキと阿子という先輩も見当たらない。
とりあえずわかったのはそれだけ。
声の聞こえる、手を伸ばせば届く距離に秋がいる。
ここにいるのは住田ではなく練生川三太郎だ。
正真正銘の俺でいま、お前の目の前にいる。
感無量って、いまこの事を言うのだろうな。
ガラガラガラドンっ!
という乱暴にドアが開かれる。
十天屋にいた全ての人の視線がドアに集まった。
「おい!七尾秋と雪平湊人ってのはどいつだ」
立っていたのはバカが服を来たような格好をした数人のガキどもだ。
おい、俺の甥っ子を呼び捨てかコラ。
いい度胸だ。ベーリング海で捨ててやろう。
立ち上がろうとした瞬間に向かいに座る祝人にスネを蹴られた。
「おい痛ぇな」
小声で祝詞に文句を言ったが
「黙って見てろ」
と小声で返ってきた。
「俺の甥っ子がバカに呼び捨てにされたんだぞ!」
秋には聞こえないように抗議する。
「お前の甥っ子ならどうにかすんだろうが。邪魔してんじゃねぇよ過保護」
くっそ、祝人なんて連れてこなきゃ良かった。
追記
「ちょっとゆきりんどうしたの?手止まってるよ?」
「いや、なんか今聞こえなかった?」
「何も?」
「変な奴だなぁ。幻聴か?」
「いや、それなら良いんだけど」
「つか早く作っちゃおうよ」
「そう、彩綾の言う通り」
「あぁ。……………」
「ほらぁ、ゆきりんまたぁ!」
「今のも、お前らには聞こえなかったのか?」
「だから何がだよ。なんも聞こえないよ」
「そうか………………」
「ねぇどうしたのゆきりん。大丈夫?」
「……………悪い、ちょっとここ頼んだ」
「頼んだって?あ、ちょっとどこ行くの?ねぇゆきりん!ゆきりんってば!あ〜あ、行っちゃった」
「あいつ、フライパン持ってどこ行ったんだ?」
「さあ?なんか聞こえるとか言ってたし、疲れてるのかな?ゆきりん」
「ここ最近変だもんな。テストの点数落ちたり、学校休んだり、女装したり、昨日なんてカラオケ歌ったりさぁ」
「文化祭終わったらみんなで集まって打ち上げしよ?ゆきりんの気分転換も兼ねて」
「ああ、良いねえ。予備校やめたから今度はゆきりんも集まれるしね」
「楽しみだなぁ〜」
「そうだね!」