秋の章 「おめでとう、ありがとう」
「誕生日おめでとう」
朝起きぬけに花さんからお祝いの言葉を貰った。
「うん。産んでくれてありがとう花さん」
俺の誕生日の朝に必ず交わされる言葉。
そして抱擁。
なんだか昨日一緒にお風呂に入ったからか、いつもより少し照れくさかった。
「さ、ご飯作っちゃうね。花さんは顔洗ってといでよ」
「誕生日なんだから今日は私が作るよ」
「いいよ笑。今日は俺の当番だし。それに半分は花さんが作ったようなものだし」
「ん?朝ごはん何?」
「天丼!笑」
「朝から重たいぃ…」
「だって昨日の余った天ぷらもったいないじゃん!今晩はビーフシチューでしょ?明日になったら悪くなっちゃうし」
「なんでこんな家庭的な子になっちゃったのかしら?笑。オッケーわかった。気合い入れて食べようじゃないっ」
けどせめて味噌汁くらいは作ろう。
鍋に煮干しを入れた時に家の電話が鳴った。
「もしも〜し」
『おぉ、秋か?じいちゃんだ。誕生日おめでとう』
「ありがとうじいちゃん」
『今日は文化祭だって?じゃあウチに来るのは明日になるのか?』
「うん。花さんは仕事だから俺1人で行くよ」
『わかった。お〜い、秋出たぞお』
受話器の奥の方で「は〜い」というばあちゃんの声が聞こえた。
「もしもし、秋かい?誕生日おめでとう」
『うん。ばあちゃんも、花さんを産んでくれてありがとう』
誕生日の朝の毎年の恒例。
『来るのは明日かい?』
「うん」
『ビーフシチュー作って待ってるからね』
よっしゃ!今晩から4食続けてビーフシチューだ!
「やった〜!大根入れてね」
『はいはい笑。花は?』
「いま顔洗ってる。代わる?」
『いや、いいわ。それじゃあね。明日気を付けて来るのよ』
「うん。明日行く前に連絡するよ。じゃね〜ばあちゃん」
カチャンと電話を切ると、入れ違いで花さんが戻ってきた。
「お母さん?」
「うん。代わるって聞いたらいいって言うから切っちゃった」
「いいよ、どうせ明日私も行くし〜」
「じゃあ俺明日チャリで行くから黄色じゃなくて白で来てよ」
花さんがサンタさんから貰った白色の車はデカい。
黄色の蜘蛛ちゃんと花さんが呼ぶスパイダーでは積めない俺のチャリも楽々積載なのである。
「オッケーりょ〜か〜い。さ、食べよ」
わかっていたことだけど、朝から天丼は食欲旺盛な中2男子とはいえ胃に重かった。
味噌汁は、作ってる途中で忘れていた笑。
「おはよ〜秋。お誕生日おめでとう」
今日の1番乗りは乃蒼だった。
「ありがとう」
「プレゼントは後ほどね。ところで花さん何時に来るの?」
「昼までには来るって言ってたよ。13:00の演奏会には間に合うように来るはず。花さんも乃蒼の演奏楽しみにしてたから」
乃蒼はグッと拳を握った。
少しして彩綾が公園にやって来た。
「おはよ。秋おめでと〜」
「おぉ。さんきゅ〜」
「プレゼントは後ほどね。ところで花さん何時に来るの?」
既視感が半端ない。
「昼前」
2度目の、ましてや幼馴染みには2文字で十分だ。
それから5分待って雪平とタケルが到着する。
「お〜す、おはよ〜。あ、秋おめでとう」
「昼前」
言われる前に答えておこう。
「そっかぁ。ゆきりん迎えに行くようになってから全然会ってないから花さんに会うの楽しみだなぁ〜」
「俺は別に来てくれなんて頼んでないぞ?あぁ七尾。おめでとう」
「昼前!」
「わかった、わかったから笑。そんな怒りと悲しみの入り混じった顔してんじゃねぇよ」
お前らどうせ俺の誕生日より花さんなんだろ!
「そう言えばメール見たか?」
タケルがにやにやしてる。
「あぁ、見たけど?」
「はっはっは、残念だったなぁ!今年最初のお誕生日おめでとうは彩綾でも乃蒼でもなくこの俺だぁ!」
「あぁ。はいはい」
「おいっ!もっと悔しがれよっ。『なんでお前から1番に祝われなきゃならねえんだよっ。呪われた14歳になるだろがっ!』とかさぁ!なんかもっとこうあるだろうが」
ねぇよバーカ。
「あぁ、はいはいはい。なんでだよー、超悔しいよー(棒)」
「全然悔しくなさそうで逆に悔しいぞっ!」
だって14歳の誕生日を1番最初に祝ったのはお前じゃねぇもん。
タケルより数秒前、ジャスト0:00にユーリから手書きのバースデーカードを写真に撮ったお祝いメールが送られてきた。
その少し後にタケルからのメールが来たので何も悔しくない。
けどタケルからのメールが送られて来た直後にきたユーリからの2通目は、社長からNGが出て自分の姿は送ることができないという内容のメールだった。
ユーリの顔を思い出せなくなっていた俺はそのうちユーリのショットを送ってもらおうと思っていたのでとても残念だった。
でもあれから帰って俺のためにバースデーカードを描いてくれてるユーリの姿を想像したら少しだけほんわかした。
今俺の携帯の待ち受けはそのバースデーカードの写真だ。
「さぁ、揃ったし行くかぁ〜。今日も忙しいぞ〜」
先頭で公園を出るとタタタっと乃蒼が早足で追いつき隣を歩く。
「いい14歳になるといいね」
「ありがとう。なるさ、きっと」
お前が去年1年間でこんなにも変わったように、俺も変わってみようと思う。
3年1組に行くと先輩達はすでに登校していた。
「秋、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます阿子さん。花さんは昼頃に来ます」
「秋、おめでとう」
「ありがとうございます桜さん。花さんは昼頃来ます」
「おお、おめでとな」
「ありがとうございます羽生さん。昼頃来ます」
「どうせ客来ないし、めんどくさいし、女装するのは今日はナシな!」
おめでとうくらい言えや野島コノヤロー!
「なんでですか!言い出したのは野島さんじゃないですかっ!大体にしてそんなコンセプトがブレブレの模擬店だから客が来ないんですよ!やり通しましょうよ!俺らの意地、貫き通しましょうよ!」
今日も桜さんの制服を着たくて仕方がないゆきりんが涙ながらに熱く説得したが、熱意も虚しく徒労に終わった。
「あ〜あ、今日も暇なのかなぁ?」
乃蒼がカウンターに腰掛け足をプラプラさせながら呟く。
「先生2人に瀬戸さん達の2人、それに花さんと花さんの友達は来るんじゃない?」
俺も乃蒼の隣で同じ格好をして足をプラプラさせていた。
「よしっ!今日は動き出しを早くしよう。阿子、コースケ、乃蒼、休憩行くぞ!」
ええええ!もう!?
「秋は昼頃に花さん来て案内するんだろ?」
「はい」
「じゃ、俺たち先に休憩入るから。なんかあったら構内にいるから探してくれ。って言っても時間も早いし誰も客来ないだろうけどな笑」
でしょ〜ね〜。
「じゃ行ってくるな。留守を頼むぞ」
「「「「「いってらっしゃ〜い」」」」」
多分俺達の時間帯に客は来ない笑。
このままダラけながら野島さん達の帰りを待とう。
そう呑気に構えていた。
俺の、長いようであっという間の1日が始まる。