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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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タケルの章「登校」

日に日に朝の空気が冷え込んできた。かといって制服の上に着るちょうど良いアウターを俺は持ってなかった。さすがに真冬に着ているMA-1では周りの目が気になる。仕方がないので大きめのパーカーを着て家を出た。

秋の家までは歩いて15分くらい。小学校の時は秋が俺の家に毎朝迎えに来ていたけれど中学からは逆になった。俺はそっちの方が嬉しい。毎朝のように花さんに会えるから。

花さんは俺の初恋の人だ。友達の母親が初恋の君なんて普通はありえないのだろうか?けど小学校2年生から秋と仲良くなってしょっちゅう家に遊びに行くようになると自然と花さんとも仲良くなる。他の友達の母親は俺らが遊びに行ってもジュースやお菓子を持ってくるくらいであまり俺らと接する機会はないのに対し、花さんはむしろガッツリくる。ある日、俺と彩綾と他の何人かで秋の家に遊びに行った時に誰かが大富豪をやろうと言い出した。俺はその大富豪のルールを知らなかったのだけど、ガキの頃からプライドの高かった俺は「知らない」と言うことが恥ずかしくて周りを見ながら知っているかのように装っていた。花さんが俺の後ろに来て「タケルは下手くそだねぇ」と言ってアドバイスをしてくれたけど結局俺がビリだった。

「ごめん、俺これのルール知らないんだ」

さっきまで恥ずかしくて言えなかった事が、むしろ黙っていることの方が恥ずかしい気がして俺はみんなに謝った。誰かが何かを言う前に

「タケルは偉いねぇ」

と花さんは褒めてくれた。俺を含め、なにが偉いのかわからなかった子どもたちに花さんは言った。

「知らないことやわからないことを素直に言うのって勇気がいるんだよ。けどタケルはちゃんと知らないって言えたでしょ?だから偉いの。勇気はなかなか出てこないことが多いけど、でもちゃんと知らないわからないって言えば、きっと誰かが教えてくれるからみんなもちゃんと恥ずかしがらずに言えるようになってね」

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という言葉をとても丁寧に教えてくれた。俺の親なら「知らない、わからない」と言えばきっと怒るか呆れるかしたはずだ。そういう家庭で俺は育っていた。だからこの時は秋のことを本気で羨ましく妬ましいと思った。

「じゃあ花さん、教えながらタケルくんと一緒に大富豪やってよ」

と秋が再びトランプを配り始めた。花さんに後ろからルールや戦略を教えてもらったおかげで俺は次の回ではビリから2番目だった。大富豪を覚えるのに必死だったけど、後ろから香る花さんのシャンプーの匂いやこんなガキと一緒になって喜んだり笑ったりしてくれる花さんにクラクラして、大富豪で連勝しだす頃にはすっかり恋に落ちていた。花さんとの間には結構な年齢差があったけれど、歳の差どうこうではなく、俺にはあまりにも高嶺の花すぎて落ちた瞬間に叶わぬ恋だと悟った。さっき秋を羨ましく妬ましいと思ったのは花さんが母親だからではなく、花さんにとって秋がこの世で唯一無二の存在だからかもしれない。だから秋には負けたくないと思った。大富豪だけではなく色んなことに。秋と張り合いたかった。そうすることで俺は秋にはなれなくても、いつかまた誰かに恋をした時、相手を高嶺の花だと思わないような気がしたから。だから勉強もスポーツも秋に負けないくらいに努力した。国語じゃ勝てなかったけどその他の教科は俺のほうが点数が良かったし、足も俺のほうが早い。バレンタインのチョコも大差をつけている。けどそれで秋よりも自分が優れていると思ったことはない。正しく表現すると、秋は俺に自分の方が優れていると思わせてはくれない。秋より頭が良くても運動ができても女子からモテても、本当に大事なのはそんな事じゃねぇんだよ!と気付いてしまうほどにコイツは凄い。何が?と言われたら説明できないけど、なんか人間として秋には絶対敵わないやと思ったのだ。決していじけていってるわけじゃない。むしろ俺は自分勝手にこいつと張り合ったおかげで前よりずっと自分のことが好きになった。こいつは俺の見本とすべき人なのだ。最初の妬みは今では憧れに変わっていた。もしも俺が総理大臣になろうが世界大統領になろうが地球総統閣下になろうが、いつまでたっても秋と花さんに憧れ続けてるのだろうと思う。


けど、それでも譲れないものがある。花さんはしょうがない、秋に譲る。けど彩綾はダメ!彩綾だけはダメだ。

「俺、彩綾のことちょっぴり好きだ」

3年生の頃に秋に言ったことがある。それは暗に「だから好きにならないでよ?」という意味もあったし、親友には教えておきたいという気持ちもあった。とはいえこれを言うにはかなりドキドキした。

「バラすなよ?誰にも言うなよ?彩綾にも」

と一世一代の告白をしたのち強く強く念を押した。なのに秋ときたら

「誰かに言って、どうなるの?からかわれてタケルくんが恥ずかしい思いするだけじゃない?」

なんてとぼけたことを真顔で言いやがる。そうだよ俺が恥ずかしいだけだよ。けど小学生ってそういうのをからかって楽しんだりするじゃん。なのに秋は一切そういう遊びの思考回路を持ってはいなかった。

「あ、でも花さんには教えちゃうかも?笑」

俺はちょっと迷ったけど

「花さんならいいよ。じゃあ俺とお前と花さんだけの秘密な」

2人と1人だったのが、秘密を共有することで3人になれた気がしてとても嬉しかった。



昔のことを思い出しながら歩いていたら秋の家に着いていた。いつものようにインターホンを鳴らす。俺の毎朝の運試し。花さんが出てきたら大吉。秋が出てきたら中吉。2人ともポックリ死んでて誰も出なかったら大凶。昨日は残念ながら中吉だった。

「お〜タケル、おはよう。秋いま今日の占い観てから来るからちょっと待っててね」

奥の方で秋と思わしき声の主が何か叫んでいる。悪いな秋。今日の俺は一足先に大吉だ。

「一昨日秋とアリベテルチ観てきたんだけど凄い良かったよ。いま誰かとデートするならあの映画がいいよ?見たあとロマンチックになるから」

アリベテルチとは最近公開したイタリアの映画で、確か恋愛映画だったはずだ。俺の親友とも呼べる幼馴染は中学生にもなって母親と恋愛映画を観に行くのか…。そして母親は見たあとロマンチックになるのか笑。だけど、アリベテルチ…アリだな。彩綾との初デートは花さんオススメのアリベテルチだ。花さんオススメ、というあたりで彩綾の食らいつきは格段に上がることだろう。

「お待たせ」

秋がどんよりとした顔でやって来た。

「占いは?」

「今日の天秤座は12位だよ…」

「はっはっは、お前今日最悪の日だな」

とどめを刺してやろうと思ったら、

「タケル、私も天秤座なんだけど」

と墓穴を掘った。



秋は何も聞いてはこなかった。昨日あれからどうだった?とか、付き合う事になったのか?とか秋の方から聞いてくれたら話しやすいのに、何も言わない。かといって俺から話して自慢みたいになっても嫌だなと思う。まぁきっと秋はそんなふうには思わないのかもしれないけど。話すきっかけを探るうちに学校の手前にある公園の前に着いた。いつもは彩綾が俺ら2人を待っているけど、今日は俺の彼女が待っている。俺の彼女…なんてすばらしい響きだろう?

「ああ、彩綾。おはよう」

秋はまだ占いを引きずっているのか重苦しい朝の挨拶を俺の彼女にする。何故なんだ秋。見てみろ、目の前の少女を。美しいだろ?ほら、この世はこんなにも幸せで満ちているのだぞ。

「おはよ。てかなしたの?花さんとケンカ?」

あれ?マイハニー、俺へのおはようは?

「俺と花さんがケンカするわけないだろ」

「それもそうだね。じゃあ違う理由?」

秋は空を見上げ、はぁ〜と深いため息をつく。秋のいつもの癖。今日の天気は秋の心とは裏腹に晴天だった。

「昨日あの後、乃蒼とトラブった」

乃蒼のあとは同じクラスの女子の名前で秋は下の名前を呼び捨てにしているが、男子女子共に大半は苗字である鈴井にさん付けで「鈴井さん」と呼んでいる。

「乃蒼って、鈴井さん?あんた仲よかったんじゃないの?」

秋と鈴井さんは仲が良い。それはとても凄いことだ。秋のコミュ能力の高さを証明する事例だ。

「あぁ、まぁ、良い方かな?結構しゃべるし」

「なんかあったの?」

未だ彼氏である俺の存在を無視する俺のハニー。そんなところも可愛いなぁ。

「ん〜まぁちょっと」

そんな可愛い俺の彼女に曖昧な返事で有耶無耶にしようとする秋はまだ天を仰いでいる。そこに答えがあんのか?

結局俺におはようの挨拶をする事も、俺らが付き合ったという報告もする事なく校門まで来てしまった。気が付けば俺は彩綾と会ってまだ一言も発していなかった。

「あのさぁ…」

せめて付き合った事だけでも伝えようとしたけど

「んじゃね〜」

と秋に手を振り俺の吉田沙保里は自分のクラスの下駄箱へと消えていった。去り際もまた美しいと思った。


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