秋の章 「親子の会話」
「ただいま」
「おかえり〜。先にご飯食べる?それともお風呂?それとも、は…な…さんっ?」
相変わらず花さんはバカだった。
「じゃあ花さん」
乗ってあげよう。
「きゃ〜!嬉しいっ!」
エプロン姿のまま俺に抱きついて来た。
こうしてみるとアレだな。
阿子さんって、結構おっぱいあるんだな。
「このままチューしちゃおっかなぁ〜」
「ホントにしそうだからやめて。お風呂に入ってくるよ」
残念、と再び花さんはキッチンに戻った。
さて、と。
制服の胸ポケットから携帯電話を取り出す。
今日一日ユーリから連絡が来てもいいように学校に持って行っていた。
画面を確認するけど着信はなかった。
机の上に携帯を置きお風呂の準備をして部屋を出る。
「花さ〜ん、今日の晩御飯な〜に〜」
ビーフシチューならいいな。
「天ぷらぁ」
残念っ。でも天ぷらも好きだから今日はラッキーディナー。
「そう言えばさぁ、今日ありがとね〜」
シャンプーを流していてあまりよく聞こえなかった。
「え?なぁに〜?」
「写真。秋の女装の写真送ってくれてありがとねって」
花さんが風呂場のすりガラス前まで侵入して来た。
けどさすがの花さんもこの扉を開けたりはしない。
花さんはギリギリ可愛げのあるバカなのだ。
「可愛かった?」
「そりゃあ。秋ならどんな格好しても可愛いよ。ふんどし一丁でも全裸でも」
全裸は最近見たことないでしょうがっ!
ふんどしもないか笑。
「花さんの昔に似てた?」
「ううん。私あんなに可愛くなかったもん」
「嘘だぁ!絶対花さんは学生の時から可愛かったと思うんだけどなぁ」
これが親子の会話なのでしょうか?笑
「ホントだってば笑。私は学生時代の時は全然モテなかったんだよ?」
嘘だと思った。
「信じないけどね」
「ホントだってば笑」
「じゃあ彼氏いなかったの?」
「……………いた」
彼氏いたぁ♪───O(≧∇≦)O────♪
どうしよっ?明日、花さんが連れてくる学生時代の友達がもしその彼氏とかだったら!
きゃ〜、俺どうしよっ!
けど…。
途端にテンションが下がる。
その彼氏とは俺が生まれる前に別れたことになるんだよな…。
もし俺の父親なら花さんは明日文化祭に連れてくるはずがない。
ま、明日来る友達が花さんの元カレという確証もない。
わからないことを気にするのはやめよう。
「ちょっと秋。黙らないでよっ」
「あ、ごめんごめん。なんか俺が想像してた花さんと違ったから。もっとこう、モッテモテで毎月誰かから告白されてるとかそんなレベルなのかと思ってたから」
すりガラス越しにあはははと花さんの笑う声が聞こえた。
「んなわけないじゃんっ笑。だって私だよ?このまんまだよ?お前が男だったらいいのにって、よく言われたなぁ」
それはちょっとわかる気がする。
もし花さんが男で、うちの中学にいたら俺は絶対友達になりたいと思っただろう。
「花さんてさぁ?、学生時代なんて呼ばれてたの?やっぱり花?」
俺は大体が秋、もしくは七尾、そして今日アキチャというあだ名をもらった。さすがにeagle clawと呼んでるやつはいないと信じたい。
「そうだねぇ。大体が花かナナだったなぁ」
「そっかぁ。ナナも可愛いねぇ」
「うん。その呼び方も好きだった」
花もナナも、可愛らしい花さんにはぴったりの呼び名だと思った。
ふぅ…。
覚悟はできたか?
大丈夫、大丈夫。
ちゃんと言おう。
きっと花さんは、喜んでくれるはずだ。
「ねぇ…花さん?」
「ん?なぁに秋」
「あのさぁ…」
すりガラス越しに花さんが寄りかかっているシルエットが見える。
小学生の時、大きく見えた花さんも今では俺よりも背が低い。
すりガラス越しに見えた白い服を着た花さんの背中が、俺の記憶よりもあまりにも小さくて驚いた。
こんなに小さい背中だったんだ…。
この小さな体で、女手一つで俺を育ててくれたんだ…。
ありがとう花さん。変態に育ってごめん。
俺はマザコンだ。きっとそれは一生治らない、というか治す気がない。
けれど少しだけ、ほんのちょっぴり親離れしようと思います。
「好きな人が、出来ました」
俺はきっと、花さんが嫌だぁ〜ってわめいたり、うぉ〜んって泣き叫んだりするんだとばかり思っていた。
「うん、…知ってた笑」
「うぇぇぇぇ!?知ってたのぉぉぉ!?」
思ったよりも冷静に返ってきたことと、知られていたことに驚きを隠しきれなかった。
「アレだけ携帯電話気にしてたらねぇ〜笑」
やっべぇ〜。バレバレだったぁ笑。
「ねぇ、どんな人?」
花さんの背中がすりガラスから離れた。
「それがさぁ、知ってることが少ないんだよ」
「さすがに名前は知ってるよねぇ?」
声がさっきより遠く感じる。洗濯か何かしているのかな?
「う〜ん笑。ユーリとしか知らない」
「歳は?」
「わかんない。俺と似たような歳だってことくらい」
「ホントに、何にも知らないんだねぇ笑」
ガラララ!とすりガラスのドアが開いた。
ジャッパーン!
慌てて浴槽の中に飛び込む。
「こら花さんっ!勝手に開けうわぁっ!」
花さんがバスタオル1枚前だけに開けて入ってきた。
慌てて背を向ける。
「こらぁ!18禁だよ花さんっ!」
「大丈夫。タオルで隠してるから。よいしょっ」
ちゃぽんっ。
決してお世辞にも広いとは言えない我が家の浴槽に2人で入る。
なにこれ?なんなのこれ?なんなんだよコレェ!!!
「花さん、ちゃんと洗って入らないとダメだって昔教わったけど?」
「秋帰って来る前に入ったも〜ん」
「も〜んて…。そういう問題じゃないでしょうよ」
背中に、花さんの背中が当たる。
「秋と最後に入ったの、いつだっけ?」
「確かぁ…4年生だったかなぁ?」
「いきなり今日から1人で入るって言ってさぁ。寂しかったなぁ。秋が1人で入ってる間、私泣いてたからね」
「お風呂に入らなくなったくらいで泣かないでよっ!」
「うん。だけどさ、心の準備ってあるでしょ?だから、本当に今日これで最後。ホントにホントに、これで最後だから。ね?」
「湯船に入るだけだからねっ!」
いや、それでもマズいだろ!
中2だぞ?明日俺は14歳になるんだぞ?
「聞かせて、秋の好きな人の話」
「話って…なにを話せばいいの?」
「話せること全部聞きたいな。秋が話せるところまででいいから。私は秋の好きな人のこと、なるべくたくさん知りたい。それで私もその人のこと、好きになりたい」
その日のお風呂はとても長風呂になった。
俺は花さんにユーリとの出会いを話した。
相席したこと、連絡先を交換したこと、一緒に映画を観にいったこと、ミシィでお茶したこと。
左手の包帯とキスの話だけは秘密にしておいた。
包帯は、本来のユーリ自身の話とは関係ないから。
キスは、事故で見られてしまった雪平以外は2人の秘密にしておきたかったから。
けどいつかその秘密も、花さんに教える事ができたらいいな。
「こっち見ないでね!絶対だよ!」
「わかった。わかったから早くぅ〜。のぼせる〜」
脱衣所の時計を見たら1時間半もお風呂に入っていた。
そりゃのぼせるよ。
俺はササっと着替えてキッチンでコップに水を一杯入れて花さんに持っていく。
「ありがと〜。相変わらず優しいね〜、秋は」
「バカ言ってないで早くあがんなよ。俺もう着替えたから」
「うん。あのさぁ〜」
「なに?」
「寂しいって言ったら、困る?」
「ううん。花さんならそう言うと思ってた。だからちょっと安心した」
「ほらぁ〜、やっぱ優しいじゃん」
「いいから早くあがんなよ」
「は〜い」
ざばぁぁぁん
「ちょっ!!!俺が向こう行ってから上がってよっ!」
「大丈夫だってば笑。バスタオルで隠してんだからっ。もう、秋ったら可愛いっ」
こんな母親きっといない。
だからこんな親子もきっといない。
俺の母親は、世界で1番可愛くて、世界で1番ステキな母親だ。