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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
153/778

秋の章 「マイヒーロー」

イントロが流れている。

もう後には引けない。

舞台袖にいるタケルを見るとなんだか自信ありげな顔をしていた。

もし、キーが高すぎてちゃんと歌えなかったらあいつの骨を折ろうと思った。

そうでもしなけりゃ気が済まない。



♪The gray cloud brings rainーーー


いっつも思うことだけど、乃蒼の発音が綺麗だ。

歌う時のその声は話す時とはちょっと違う、力強さが含まれた今の乃蒼らしい声だった。

俺は乃蒼の歌は上手いと思う。

発音も完璧。

なのに会場にいる聴衆は少しだけ『お〜!』というだけで野島さんや茂木の時のように絶叫までにはならなかった。

乃蒼がこうなんだぞ!

俺なんてどうすりゃいいんだよ!



♪A white cat stepped on my tail and passed with a laughーーー


たけぇぇぇぇぇぇ!!!!

おいAメロでこれだろ?

サビどうすんだよタケル!

ほら見ろ、せっかく乃蒼でざわついた観客がシーーーンてなったじゃねぇかよ!

よし折ろう!タケルの右腕をバッキバキに折ってやろう。

そしたらきっと俺は彩綾に首の骨を折られるな。



♪In this town where you are not, what should I do?


雪平もそうだけど、隣で歌う乃蒼も変わったよな。

1年前の今頃はまともに話ができるのは俺しかいなかったのに、今ではタケルや彩綾、3年の先輩たち、おまけに今日なんて高橋真夏と瀬戸永澄まで仲良くなるんだもんな。

乃蒼のカタコトの日本語が懐かしい笑。

けどもうアレを聞くことはないんだろうな。

そうであって欲しいと俺は思ってるよ。

それにしても、何のリアクションもない…。

タケル達とカラオケしてるみたいだ笑



♪If we lose my voice and lose my eye, how shall we go to meet you?


だから!サビが高ぇんだよ!

でも何だ?いつもカラオケで歌うよりもなんか歌いやすいっちゃあ歌いやすい。

いっつも男性歌手ばっかの曲歌っててつまんねぇって思ってたけど、これなら女性歌手の歌も歌えるんじゃね?笑

ん?なんで乃蒼こっち見てんの?



♪See the light, see the glow. Here I'm standing all alone...


すっげぇ無反応だ笑。

けど反して俺ノリノリだ笑。

気持ちがいい。

女装して声張り上げて歌って、反応はないけど今だいぶ楽しい!

俺は別に茂木や野島さんみたいに歌が上手いわけでもなけりゃダンスも踊れない。

バク転もできない。

聴衆を惹きつけるものなんて何にも持ってない。

俺は普通の男子中学生。

ただちょっと国語が得意で、母親が世界一ってだけの、あとはどこにでもいるそこらの男子中学生と変わりゃしない。

あ、あと変態ってのもあるか笑。

ごめんな乃蒼。せっかく誘ってくれたけど、2回戦行けるかどうかは正直わかんないよ。

もし行けても乃蒼が歌えばいい。

心細いなら俺も一緒に歌ってあげる。

彩綾と一緒がいいならそれでもいいよ。

あいつもそこそこ上手いから。



♪everyday every night I hate you but I love you


よし、あとは乃蒼と歌う最後の部分だけ。

どうなることかと思ったけど乗り切れそうだ。

な?タケル、お前が何企んでたかは結局わかんなかったけど普通だったろ?

…は?お前なにボケっとした顔してんだ?

あぁ、元々か笑。

さて乃蒼、終わったらみんなのところに戻ろう。

あの人達なら俺らの歌もきっと褒めてくれると思うよ。

頑張ったねって言ってくれるはずだ、ゆきりん以外。

ん?ねぇ、どしたの?

なんで俺の顔見てんの?



♪♪I just wanna stay by your side.



曲が終わり体育館がシーーーンとなってもまだ乃蒼は俺の顔を見続けている。

「ウソつきっ!」

ようやく喋ったかと思うと罵倒する言葉だった。

「嘘つきってなにが!?俺、乃蒼にウソ、、、」

耳が壊れるかと思った。

地を這うような『うおおお』という声と、甲高い『きぃやぁぁぁ』という声が入り混じり、同時にガタンガタンと椅子が倒れる音がした。

ステージの前にワァーっと人だかりが出来る。

やめてください!スカートの中は男物のパンツです。

「なに…コレ?」

「なにコレって…秋が歌ったからこんなになったんでしょ」

や、だから俺が歌って何故こうなるのかの意味がわかんないんだってば。

袖のタケルに助けを求めると『戻ってこい』と手招きしている。

わけもわからずとりあえず袖に戻ろうとすると

『なーなーおっ!なーなーおっ!』

の大合唱が始まった。

おいどうしたお前ら。

さてはアレだな?お前ら花さんに雇われた劇団員だな?笑

まったく花さんも粋なことをする。

おかげで俺すっかり気分が良いよ。勘違いしそうだ笑。

「お前は…なんでそう予想を超えてくるんだろうな…。チートにもほどがあるだろうが!まったく…」

「なぁタケル、これ一体ナニ?」

「ナニ?も何もお前が歌ったからこうなったんだろ」

タケルが乃蒼と同じことを言う。

だから、何で俺が歌ったからってこうなるんだよ!

未だ鳴り止まない七尾コールに乗ってホネキチがダイブされている。

「あ、ホネキチだ笑」

観衆に乗り前へ前へと進んできてステージの上までやって来た。

ホネキチは高橋真夏の手から離れ、今このステージの床に転がっている。

「ホネキチ拾っておいでよ。あと手でもあげて応えてきたら?マイヒーロー」

乃蒼が俺を再びステージへ押し出すとまた割れんばかりの喝采を浴びた。

マイヒーローか。

乃蒼のヒーローになれたなら、ちょっと俺って凄いんじゃないか?

ホネキチを拾い、さすがに照れくさいからホネキチの手で観客に手を振るとさっきより一層デカい歓声が上がる。

俺、上手かったのかなぁ?

自分ではまだ自覚はないけれど、花さんが雇った劇団ではないのだとしたらそれしか考えられない。

知らなかった。

俺の知らない俺に気付いた。

「さ、戻ろうか」

タケルの合図で俺たちは舞台袖から下に降りると槇原愛理が

「ぶったまげた!七尾くんてさぁ、もしかして両親は音楽家?笑」

と聞いてきた。

父親のことはまだ知らない。

「ウチの親はただのパートタイマーですよ笑」

花さんは決して普通じゃないけれど。

その子どもの俺もちょっとだけその血を引き継いでいたらいいなと思った。

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