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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
148/778

真夏の章 「あなたが好きと、この歌を歌う」

久しぶりに西野桜子さんを近くで見た。

前よりもずっと可愛くなってた。

ミナトの好きな、大好きな桜さん。

見ているだけにしておくつもりが、思わずキッとキツく睨んでしまった。

大人気ないなぁ…。桜さんは何にも悪くないのにな。

ステージの階段を登りながらそんなことを考えていた。

けれどそれは長くは続かなかった。

目の前をスポットライトで照らされ、つんざくような歓声が体を包んだ。

それは決して私への声援ではなく隣にいる会長に向けられたものだったけど、それでも私は一気に興奮した。

すごい。会長、凄いっ!

と同時になんで私こんなところに立っているのだろう?という疑問がよぎる。

誰も私の歌なんて聞きたくない。

全フレーズを会長の歌で聴きたいはずなのは私にも分かってたじゃない。

なのに去年、会長の天城越えを聞いたその瞬間から今年は私もここに立ちたい!と思ってしまった。

だから会長が今年から立ち上げたと聞いてすぐにVTCに入会した。

けれど会長と私のレベルの差は歴然としていた。

会長の歌には私には無い人を突き動かすものがある。

衝動にかられる何かを持っている。

私にはそれがない。

ただ音程を外さないとか、ビブラートをかけられるとか、フォールが多いとかそんな小手先のものしか持ってない。

会長と私は同じ歳なのに、どうしてこうも違うのか?

その差ってなんだろう?

会長はいつも自信家で見た目は決してカッコよくない…ううん、それじゃ生温いよね?ハッキリ言ってブスだけど、何故だかいつだって根拠のない自信家だった。

その無駄で無意味な自信が一体どこから湧き上がるのか疑問にしか思わないけど。

それにひきかえ私は劣等感の塊だ。

歌も、顔も、スタイルも、(胸も)、性格も、成績も、何一つ誰かに誇れない。

私は何一つ輝けるものがない。

だからなのかな?

私は今、クラスから嘲笑されるほど浮いた存在だった。



きっかけはやっぱり乱痴気ランチの一件だった。

放送が終わって教室に戻るとみんなは冷ややかな目で私を見た。

初めはよくわからなかったけど、今ならばわかる。

勘違いで高飛車で、分をわきまえない、調子に乗った女…、そういうふうにしか見られないよね、やっぱり。

私は野島さんや七尾くん達、それにミナトと違って輝いてる人じゃない。

とても普通の、どこにでもいるありふれたモブキャラの1人だった。

なのにあの日私は身分不相応にハジけてしまった。

主人公はおろか、その友人Aにもなれない私が何を勘違いしたのか準主役の2人に宣戦布告した事で周りから冷笑の対象となったのだ。

仲が良かった、と思い込んでいたクラスの子達からも距離を置かれた。

ひっそりとゆっくり、でも確実に私は1人になっていった。

あの頃のミナトに近づけたと思った。

家で泣いてばかりの私は、ミナトになれないと思った。

いつものように味のしないお昼ご飯を食べていた時だった。

「最近1人ね。私とお昼一緒に食べんね?」

顔を上げると、そこに人魚がいた。


「カッコよかったけどねぇ?私は痺れたよ?今のご時世あんな覚悟のいるコトする人なんてなかなかおらんよ笑」

瀬戸さんはとてもチャキチャキしている。

江戸っ子かと思ったら香川をはじめ各地を転々としていたそうだ。だから彼女には色んな訛りがあった。

「そうでもないよ。必死かよって、陰で笑われてるもん」

「笑わせとけばいいんよ」

「え?」

「けどなぁ…」

瀬戸さんはとても、とても不満げだった。

「マカは必死だったんでしょ?」

「そりゃね。必死だよ笑」

必死じゃないと届かないものがあるのはずっと見てきたから分かっているつもり。

必死でも届きそうにないのは、ついこないだ分かったつもり。

「必死っていう字はな、必ず死ぬって書くんよ…」

カラカラと静かな音を立てて瀬戸さんが席を立つ。

「必ず死ぬような覚悟なんて、そんなバカげたコトなかなか出来んて笑。だからなっ」

黒板の前に立ち、教壇を思いっきり蹴って叫んだ。

「そんな覚悟もない奴らが、マカを笑うなよっ」

瀬戸さんの気迫に押され、教室内は静まり返った。

以来私と瀬戸さんは完全にクラスで浮いてしまった。



イントロが流れ始める。

最近の音楽はよく知らない。

AKBとか?EXILEとか?ししゃも?アレキサンドロス?

この曲を知っている人はこの体育館の中ではきっと少ない。

私もその1人だった。

会長からこの曲でいこう!とテープを貰った時まず最初に思ったのは、『デッキがねぇよ』だった。

家の倉庫を探してようやく見つけた年代物のラジカセに積もる埃を払い再生を押して流れてきたこの曲を聴いた時、私はとても素敵な曲だと思った。

知らないのなら、会長の歌でこの曲を知って欲しいと、そう思った。

まず最初は私から。



♪せめて私の想いだけは、あなたに届かなければいいーーー


まずっ!緊張で声震えちゃった!

まいっか。私の歌なんて誰も期待してない。

それにしても会長はズルい笑。

私を最初に持ってきて会長の歌を待ってる観客を焦らそうとするんだから。

それだもん、



ーーーだけどあなたの想いだけは、あの人に伝えて欲しいーーー


ほら、やっぱり。

絶叫に近い声援。

約半年間VTCで毎日のように会長の歌を聞いてきた私でさえ、心が震える。

やっぱり私は会長のように歌えない。

ミナトのように、強くもなれない。



♪1人で眠る夜には、あなたの仕草を真似て寂しさをーーー


今ミナトは寂しくない?

七尾くん達といて楽しい?

私ね、小学生のとき、今の七尾くんみたいにミナトに接したかったんだよ。

寂しそうなミナトに、友達といる楽しさを知って欲しかった。

ううん、ホント言うとね、私がミナトと仲良しになりたかった。

バカみたいな冗談で笑って、ボケにツッコミ入れて、たまにケンカしたりしてね。

小学校の思い出のほとんどにミナトがいて欲しかった。

笑った顔のミナトを思い出したかった。



♪優しさが邪魔をして忘れられない日にはーーー


ミナトって、優しいよね。

今日だって、あのナカコーに最後の最後で優しい言葉をかけてたし。

あの時もそう。

私にバケツの水をかけてくれた。

あの時ね、バケツを持ったミナトの顔を見てこれからミナトが何をしようとしているのかすぐにわかったよ。

あぁ、ミナトは優しいなって思った。

だって、笑ってくれたじゃん。

水をかけられて視界が戻った時に見えたのは、あの時もう思い出せなくなってたミナトの笑顔だったもん。



♪気付けなかった未来に2人の重なる線はあったのでしょうか?ーーー


でも私は結局わからなかったよ。

階段裏の狭い倉庫でミナトが何に泣いていたのか。

桜さんに会えないからなのか、

みんなに無視されているからなのか、

その両方なのか、

それとも私の思いつかない、もっと違う理由なのか…。

私、ミナトのこと何もわからないままだね。



♪恋じゃないと強がるだけの私は誰といれるかな?ーーー


ミナト。

雪平湊人。

きっと私の、初恋の人。

初恋が終わって、2番目に好きになった人。

私の歌、聞いてくれる?

上手くはないよ?

けど見てて欲しい。

これで私はこのステージにはもう上がらない。

これが私の、ミナトのために歌う最初で最後のラブソングです。

本当は1人で歌えたら良かったんだけどね。

許してね。

ねぇミナト、私を見てよ。

今だけでいいから、桜さんじゃなく私を見てよ!

この曲の間だけでいいから…私を好きでいてよ。

お願いだよミナト。



♪あなたが好きとこの歌を歌う

♪あなたが好きと、この歌を歌う…



ふぅ、終わった。ちゃんと歌えた!

ホネキチ、ありがとね。

おかげでこんな声援の中でも心細くなかったよ。

ねぇ、見てた?私ちゃんと歌ったよミナト。

………ねぇ?なんで泣いてたの?

私の想いは、届かなくていいんだよ。

ミナトの想いだけ、伝えてくれればそれでいい。

泣かないでミナト。

って言っても、優しいからなぁ。

ミナト、ありがとう。

大好きです。





追記

「ゆきりん、脂汗止まった?」

「いや、まだ止まらねぇ。鈴井、もう少しハンカチ貸しててくれないか?洗って返すから」

「うん、い〜よ〜」

「ありがとな」

「なぁゆきりん、桜さんに謝ったほうがいいんじゃねぇか?」

「何をだよ。貧乳バカにしてすみませんってか?火に油だろ」

「それもそうだな」

「桜さんね、おっぱい超かわいいんだよっ!それにね!凄いピンクっ!!!」

「おいゆきりんっ!メモるな!それをメモってはいけない気がするぞ」

「大事なぁ!大事なコトだろうがあっ!」

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