秋の章 「予選直前」
いや〜、遊んだ遊んだ。楽しかった。
「なぁ荒木。あれ、よくアキちゃやタケルにやってたのか?」
桜さんに化粧を直してもらいながら聞き耳を立てていた。
「まさか。たま〜にだよ。たま〜に」
嘘つけや!
年に2回は蹴られてたぞ!
最初はただのローキックだったのに年々凄みを帯びてだじゃねぇか!
しかも!
さっきの技、アレなんだよ!
あんなの俺ら知らねぇぞ!
あんなの喰らったら即LOST GODしちまうよ!
「はい、終わったよぉ〜」
化粧直しってやけに時間がかかるんだな。
ん?
…ゆきりん?
俺が変化に気づいたくらいだ。そりゃただいま趣味は化粧ですと豪語する彩綾だって気付くはずだ。
「うわぁ…ゆきりんが…さっきと違う!」
さっきはこう、綺麗系だったのに今のゆきりんは…その…小悪魔だ!
「そんなに違うの?」
「別人って言ったら言い過ぎだけど、印象が全然違う。凄い桜さん!」
「へへ〜。もっと褒めて。私は褒めて伸びる子だよ」
ゆきりんが携帯を取り出し打ち込んでいた。
「さ、次はアキちゃ」
「俺も変えてくれます?」
「もちろん。これからカラオケ大会でしょ?可愛くしてあげるからね」
「あの〜、桜さん。隣に私が並ぶのでほどほどで…」
「な〜に言ってるの笑。乃蒼はそのままで十分!」
乃蒼はもっと自信持っていいのにな。
せっかくアイデンティティーを取り戻したのなら、今度は女としての自信をつけてほしい。
「大丈夫だってば。乃蒼は可愛い。そのままで良いよ」
お世辞じゃないからな?
本当にそう思ってるからな?
「乃蒼なら大丈夫。ね?」
子をあやすような桜さんの一言でようやく乃蒼は落ち着いたようだった。
「桜さん?野島さんと阿子さんと羽生さんは?」
さっき廊下ですれ違ったけど、すごい勢いで走ってったな。
「今日の模擬店もう終わっちゃうからって2年4組に駆け込んでったみたい。さっきの休憩で柘榴茶3杯も飲んだのに、ま〜だ飲みたいのかねぇ?笑」
いくらでも作ってやるのに、バカだなぁ笑。
遮光カーテンと全校生徒、それにカラオケ大会の期待と熱気で体育館は異常なほど暑かった。
「去年ここまで盛り上がってたか?」
あの野島さんが会場が異様な空気に包まれている。
模擬店の格好のままクラス別に集まって並んでいるため、うさ耳をつけていたりハッピを着ていたり着ぐるみを着ていたりと目にも賑やかだった。
「ゆきりん、そのデカいカバンなに?」
「鈴井、俺はなにも持ってないよ」
俺の目がおかしいのだろうか?ゆきりん黒いカバン持ってんじゃん?
「さて、行くか」
会場はステージ手前が3年、次に2年、そして後方に1年が並ぶ。
左に男子、真ん中の通路をあけて右に女子。
それが普通科の並び方だった。
「野島さん、俺たちはどこ?」
「俺らは9人しかいないからな。あそこ」
先生の席だった…。
「うそだよねぇ?」
「うそじゃねぇよ笑。ほら、行くぞ」
みんなの視線が集まったのは、タカ姉とゆきりんとアキちゃのせいだけじゃなかった気がする。
『はいっ!お待たせしました。これより駿河二中文化祭、カラオケ大会予選を執り行いたいとおもいま〜す』
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!(絶叫)
ダンダンダンダンダンダン!!!!!(足踏)
きゃぁぁぁぁ!!!!(悲鳴)
な………なんだこれは?
『はいっ、ご歓声ありがとうございます。このように生徒会が行った去年の文化祭アンケートで圧倒的な支持率を得たカラオケ大会ですが、今年からその人気を考慮し装いを新たに開催したいと思います。あ、申し遅れました。司会は私、放送部部長、3年5組槇原愛理がお送りします』
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!(歓声)
「こんな雰囲気で歌うの?怖いよぉ〜」
上に同じ。
こりゃさっさと負けた方が賢明かもしれない。
『さて去年とのルールの違いを説明いたします。まず1ラウンドは3学年計18クラスの代表が1曲ずつ歌ってもらいますが、各ラウンド毎に点数の低かった5クラスが脱落していく勝ち残り方式を採用しました。なので第4ラウンドの決勝に進めるのは3クラスとなります』
じゃあ何?決勝まで行ったら4曲も歌うことになるの?
無理だよ笑。そんな持ち歌ない。
「アキちゃ、1回戦で負けようね」
「おぉ。ま、タケルの無茶なオーダーもあるから俺らは惨敗だ笑」
戦う前から負ける気満々です。
「野島さ〜ん、頑張ってねぇ」
「はぁ?お前らも決勝まで来いよ」
嫌だよ。だって怖ぇもんよ。
『歌う順番ですが生徒会が………はい、この箱からくじを引いて書かれてるクラスが壇上に上がって歌うことになります。それから、審査員はなんの説明もないまま生徒会に強制連行されてきた各学年代表1名と、7人の先生たち合計10人で審査していきま〜す』
あ、吉岡先生がいる笑。
『審査員1人の持ち点は10点、計100点満点です』
吉岡先生がいるなら10点は取れそうだな。
『それでは大変長らくお待たせいたしました。クラス対抗カラオケ大会、は〜じま〜りま〜す!』
体育館が振動するほどの熱狂と興奮。
ダメだ、負けるどころか歌いたくない。
『さぁまず今年のトップを飾るのは………おっと、2年4組!いきなり優勝候補の茂木くんのクラスだぁ!』
「へぇ〜。いきなり茂木くんかぁ」
歌わない桜さんが呑気だ。
「でもこれでカラオケ大会自体が盛り上がるよね」
歌わない阿子さんも呑気でいいなぁ。
茂木と高橋真夏が俺たちの横を通って壇上に向かう。
「まかぁ、頑張ってねぇ」
「ヤバいよ乃蒼!緊張がヒドい。胸が飛び出てきちゃいそう」
「へぇ、逆に良かったじゃねぇか」
ゆきりんはどうしてそう誰かの逆鱗に触れたがるのかな?
「ちょっとミナト!あ、化粧変わってる。今なんか言った?」
「俺と大して変わんねぇじゃん」
「だからっ、何がよっ!」
「おっぱぎゃふんっ!」
あ、…先生席の目の前でグーで殴った…。
「痛ぇなあっ、もうっ!せっかく緊張を解してやろうと思ったのに!」
「いくらミナトでもデリケートゾーンに侵入してくんなっ!傷つくんだからねっ!」
「じゃあ彼氏にでも慰めてもらえ」
ゆきりんが椅子の下に隠していた黒いカバンから取り出したのは…
「ホネキチっ!!!」
「一緒にステージに連れてってやれよ。なんのご利益もないけどな笑」
「ううんっ!ホネキチ抱いてると落ち着くから今の私には必需品!ありがとミナト」
「どういたしまして」
そのどういたしましてを言う時の顔っ!
なんでお前女装してんのにカッコいいんだよ!
高橋真夏はホネキチを受け取ると後ろから抱きしめ頭蓋骨の匂いを嗅いだ。
「よし、大丈夫っ!行ってきます!」
「頑張れよ」
ここに来た時とは180°違う顔つきで高橋真夏は壇上へと向かった。
「ほぉ、貧乳はお嫌いですかゆきりんさん」
敬語…?
なんか、桜さんがめっちゃ怒っている。
「え?あ、いや、そんな、嫌いっていうか…」
「貧乳をバカにする人は貧乳に泣くんですよ?」
桜さんは決して貧乳なんかじゃない。
けど俺たちの中では1番おっぱいがちっぱい。
「桜さんは貧乳じゃないですよ!」
「そうですよ?だからあえて声に出す必要もないと思うんですけど、どうして言っちゃうんですかねっ!」
ぷいっと桜さんが前を向いてしまった。
あらら〜?桜さんなんか怒ってるよ〜?笑
どうするの?
どうするのゆきりんさ…ゆきりんさん?ゆきりんさんっ!
「おい、お前それ…脂汗か?」
額から滴るほどの脂汗をかいていた。
「ゆきりん、せっかくの美女が…化粧も取れちゃう!ハンカチ使って」
「あ、ありがとう鈴井。なんだろう?怖い、私、なんだかとても怖いっ!」
桜さんにぷいっとされた恐怖でゆきりんが壊れた。