秋の章 「柘榴茶」
気持ちが…いい…。
2年生の教室が並ぶ本館の廊下は俺達のいた場所とはまるで違っていた。
父兄なのか大人の姿もちらほら見られる中、はっぴやコスチュームを着た生徒達が和気藹々と賑やかにしていた。
俺たち2人が歩いているとみんなが一斉に俺たちを見た。
男は口を半開きにし、女は隣の友人に肩を叩きながら俺たちを指差す。
気持ちがいい!気持ちがいいな、ゆきりん!
俺、新しい趣味が出来たよ!
「おい!お前ら化粧し………誰だ?お前ら」
廊下で吉岡先生とバッタリ鉢合わせた。
「あ、先生!お昼食べた?」
「まず名乗れ。お前ら一体何年何組だ?俺はお前らなんぞ見たことないぞ?」
「ゆきりんと、アキちゃです」
「ウチの学校にAKBの3期生と6期生などおらん!大体、高城亜樹は卒業したあとどこに行ったんだ!」
やけに吉岡先生がアイドル事情に詳しい。気持ち悪い。
「レッズのコーチとのデート報道があってからサッパリ見なくなりましたね」
雪平も気持ち悪い。
「その声、お前雪平か?てことは、こいつ七尾か?」
「ゆきりんです」
「アキちゃです」
2人でポーズを決めてみた。
「がははは。俺はてっきり卒業生か誰かがウチの制服着てるのかと思ったぞ笑。お前らなかなかやるなぁ。あとで写真撮らせてくれ」
「いいけどお昼ウチのカレー食べに来てよ?」
「わかったわかった。島田先生にも行っておくよ」
「よっしゃ!2人ゲット!じゃね先生」
「おお、楽しめよお前ら」
吉岡先生のお墨付きをもらい俺とゆきりんは再び歩き出した。
4組の教室に入るとその場にいた生徒達が一斉に注目した。
こないだもこんな事があったけど、あの時はすっぴん(?)だったせいか緊張したけど今はその視線がとても心地いい。
女っていいな。いつもこんな視線あびるんだ?そりゃ綺麗になるよな。
「い…いらっしゃいませ。こ、ちらにどうぞ」
高橋真夏と瀬戸さんのいる4組の模擬店は喫茶だった。
懐かしいなぁ。去年は俺と乃蒼で大変な思いをしたっけ笑。
「こちらからご注文下さい」
ウサ耳を付けた女子生徒がメニューを持って来た。
ウサ耳も懐かしい。
乃蒼のウサ耳、可愛かったな。
どれどれ、何飲もうかなぁ〜。
柘榴茶
バナナオレ
ハスカップティー
ミルクセーキ
梅こんぶ茶
ラムネ
同じじゃねぇかっ!
誰だ去年のままの仕様でやった奴は!
あいつか…、あいつしかいねえな。
俺はさっきの吉岡先生にばれなかった事で自信をつけていたが不用意に声は出したくなかったのでメニューに書いていた柘榴茶を指差した。
雪平はバナナオレに人差し指を重ねた。
「少々お待ちください」
そう声をかけた女子生徒にニッコリとアキちゃスマイルを贈るとその子は「いやんっ」と恥ずかしそうにしながらカウンターへと踊っていった。
「ゆきりん」
雪平にヒソヒソと声を潜める。
「どうした?」
「楽しい!」
「そりゃ良かったな笑」
やばい、このまま校外に出向きたい!
ごめん花さん、僕は変態です。
「お待たせしました」
見たことのある銀色のお盆に載せられたカップを2つテーブルの上に乗せる女子生徒は俺となかなか目を合わそうとしない。
ようやく視線があったので、今度はとびっきり甘ったるい笑顔を彼女にすると
「ああっ…」
とクラクラしたみたいによろめいた。
なんとか立て直しカウンター前に戻っていくのを確認するとすかさずゆきりんが
「性悪だな」
と苦笑いした。
「高橋真夏も瀬戸さんもいないね」
店内をグルリと見回しても2人の姿はなかった。
中橋光一も茂木もいない。いなくていい。
「そのうち来るんじゃね?飲んで待ってようぜ。あいつらどんな顔するかな?笑」
雪平がバナナオレをゴクリと飲み…こまずカップに戻した。
「汚ねぇなぁ。今俺ら女なんだぞ?恥じらいを持てよ」
プロの女装師には程遠いぞゆきりん笑。
俺も柘榴茶を口に含む。
そして飲み込まずにカップに戻す。
「なんだ…これは!」
「だろ?人の飲み物じゃねぇ」
うっす!味うっす!じいちゃんのカルピス並みに薄いっ!
どうやったらこんなに不味いものが出来上がるのか!
去年の俺の功績に泥を塗るような真似しやがって!
腹が立った俺は無言で席を立つ。
「おいっ。どこ行くんだよ。あんま目立つな!」
こんな格好して目立つなという方が無理だ。
ならバッキバキに目立ってやる!
俺は勝手にカウンターの中に入るとレシピ表と書かれた紙を見た。
ちっ!たった3分で柘榴の味が出るわけねぇだろ!
あとお湯の温度も!沸騰してたら渋みが出るだろ!
俺はオロオロしていた近くの女子生徒に、胸ポケットに刺さっているボールペンを貸せというジェスチャーをする。
あれ?この子、こないだ『暴走天使』作った時も貸してくれた子だ笑。
間違った作り方の書かれた全てのレシピを赤字で訂正し、俺は勝手に柘榴茶、バナナオレ、ハスカップティー、ミルクセーキを1つずつ作った。
出来上がったそれらを取り囲んでいた4組の生徒達に『飲め』とジェスチャーで示すと
「あれ?全然違う!美味しい」
「ホントだ!誰?このレシピ作ったの?」
「茂木じゃなかった?」
「あいつ模擬店の責任者のくせになにしてんのよ!」
と口々に言うのであった。
「あの…ありがとうございます」
ボールペンを貸してくれた子がお礼を言ってきたので、その子にウィンクすると
「はふぅっ…」
と後ろ向きに倒れた。
危ない!と手を差し出そうとしたが、彼女を後ろから抱き支えてくれる人がいたおかげで倒れることはなかった。
「なにしてんの?七尾くん笑」
瀬戸さんだった。
「「「「ななおぉぉぉ!!!!!?????」」」」
俺を取り囲んでいた取り巻きが一斉に3m距離を開ける。
随分と嫌われたもんだなぁ。
「瀬戸さんよくわかったね。吉岡先生にもバレなかったのに」
「私、人を見る目あるから。観察力は負けないよ。七尾くんも雪平くんもすっごい綺麗だよ笑」
もう1人の少女の正体が明かされ、教室内がざわついた。
「ゆきりん、と呼んであげてください」
教室内が、もっとざわついた。
ゆきりんが座っていた席を離れ俺達の方に向かうと集まっていた人垣が真っ二つに割れた。
モーゼのようだった。
「おい七尾!余計なこと言うな!」
「なんで〜?可愛いよ、ゆきりんっ笑」
「瀬戸さんもやめなさい!」
「あは、怒られた笑」
とペロリと舌を出しながら笑う瀬戸さんがちょっと可愛かった。
「高橋さんは?一緒じゃないの?」
「ああああ…なんて言うかぁ…、ここじゃ言いにくいなぁ笑」
なんか瀬戸さんのキャラにしては珍しく困っている。
「じゃあさ!あとでウチにも来てよ。高橋さんと2人で」
「あ!行く行く!食べたかったんだ七尾くん達の作ったカレー!」
「待ってますよ!」
「待っててください」
「マナツにも来いって伝えて」
「わかったよ〜」
「じゃそろそろ戻るか。マナツによろしく。じゃね」
「うん、じゃあね」
なんか2人で完結しちゃった。
最近俺の目立つシーン少なくない?
雪平ばっかで存在薄くない?
そりゃ文化祭の主人公は俺だって宣言してたけどさぁ。
こうまで脇に徹してると、あちき切ないでありんす。