秋の章 「女として」
乃蒼が
「ユーリは来るの?」
と俺に聞いた。
俺は電話の件から結局根掘り葉掘り聞かれてユーリとの出会いをみんなに話した。
以来すっかり冷やかされている。
もちろん全てではない。
どんなに仲が良くて信頼していても、俺がユーリと秘密にしたいと思うことは話さなかった。
「来ないよ。ユーリはこの辺の学校じゃないみたいだし俺がどこの学校に通ってるかもきっと知らない」
「謎の多い女の子だね」
「曰く、良い女ってのは謎が多いんだってさ」
「むう…私、情報がダダ漏れだ。もうちょっとミステリアスにならなきゃ」
けど乃蒼はいつも楽しそうにいろんな話を俺に教えてくれる。
痩せたらおっぱいが小ちゃくなったとか、色っぽい下着買ったんだよとか。
きっとそうやって自分の秘密を共有することで繋がりを強くしたいんじゃないかと、俺は勝手に思っている。
「呼べば良かったじゃん」
今度は彩綾からの攻撃を受けた。
「文化祭ある事は教えたんだけど、土日はどうしても外せない用事があるらしくて」
俺がカラオケ大会に出ると知ったユーリは
『聴きたい!秋の歌めっちゃ聴きたい!』
とメールが来た。
カラオケは歌いづらくて好きじゃないし得意でもない。
ユーリは歌は上手いのかな?
聞いた事ないけどきっと乃蒼の友達なっちゃんよりかは上手いんだろうな笑。
「なんだ残念。どんな子か見たかったのに」
お前はいらない事言うから会わせたくない笑。
俺の参観日の事とか一緒にお風呂入った事とか言いそうで怖い。
「写真とかないの?」
乃蒼の勘が怖い。
「な…ないよ」
あるけど見せられるかっ!
それにあれはおとぼけ顔の俺とユーリの後ろ姿しか写ってない。
絶対に見せられない。
「あ〜あ。いつ会えるのかな〜」
いつになるだろうね?
俺も会いたいけど、なんかまだそんな時期じゃないように思う。
去年乃蒼が教えてくれた、会うべく人にあうためにという話を俺は最近よく思い出す。
俺は自信を持ってユーリと向き合えるだろうか?
そう考えてはいつも答えは出なかった。
会えるような、それでいてやっぱり会えないような…。
そうやっていつも考えている途中で眠りについてしまう。
「いつか絶対に会わせてね」
そう無邪気な顔して言う乃蒼に対して少し複雑な気持ちになる。
俺の初恋の相手、その乃蒼に会わせるのが少し躊躇われた。
人を好きになるって事は全てが幸せな気分になれるわけではないのだと思った。
「よお、おはよう」
「おはよう」
タケルと雪平が2人並んで公園に入って来た。
やっと全員揃った。
「そう言えばさ、カレー屋でタケル達は何着るの?」
俺と雪平と野島さんは女性陣から借りた制服だけど。
「私達は黒服だよ。試着したけどカッコ可愛かった!」
そりゃ元がいいからだよ。
お前も彩綾も、阿子さんも桜さんも。
多分この4人はうちの学校の四天王だ。
「女装に黒服、なのにカレー屋…。いかがわしさ満点だな」
その雪平の意見に皆一様にうなづいた。
「模擬店にカラオケ大会に花火。文化祭も楽しくなりそうだな」
俺が言うと雪平が
「このメンツでやれば否が応でも何だって楽しくなるだろ」
と返した。
なのにお前はいなくなってしまうのか?
口にしかけた言葉を無理やり飲み込む。
どうにもならないことを嘆くより楽しもう!なんて気にはさらさらなる気は無い。
悲しい、切ない、苦しい、嫌だ。
そういった言葉ばかりが頭をよぎりながら俺は学校までの道のりを歩いた。
「やばい。女としての自信を失う…」
俺、雪平、野島さんの変身後の姿を見て言った彩綾の感想はそれだった。
「雪平、あんた自分のこと綺麗だって思ってるでしょ?」
「…………ふっ笑」
「あ!あんた今私の顔見て余裕の笑みしたでしょ!」
「余裕じゃないよ。ただ、荒木と結構いい勝負するかなって」
「あぁっ!なんかムカつく!なんで男のクセにそんな美形に仕上がってんのよ!」
「それはな…ベースがいいからだよ」
「ムカつくぅ!私だって化粧したら綺麗なんだからね!」
「こないだ送ってきたアレは車道でよく見る軍手みたいな化粧だったぞ?」
「どんなたとえよ!わかりづらいわ!」
夫婦漫才かな?
「秋可愛いっ。雪平くんも超綺麗〜」
乃蒼に褒められると何だか自信になる。
「若い頃の花さんってこんな感じだったのかなぁ?」
「花さんの学生時代の写真見たことあるけど今とほとんど変わらなかったよ。髪型が違うくらい。髪切って制服来たら今も昔もあんまり違いがわからないかな」
俺の昔の記憶にある花さんも今とあまり大差ない。
干支1周はしてるのに変わらないなんて、もしかしたら花さんはクローン…?
そんな綾波みたいなこと、あるはずない。
あるはず…ない、よな?笑
「雪平………抱きしめてもいいか?」
タケルが雪平の女装姿を見て御乱心だ。
「また救急車呼ばれたいか?」
「じゃあ秋でいい」
じゃあって何だじゃあって!
「ふざけんな」
「野島さん、お願いです」
「よし来いタケル!」
見た目は美少女、中身は野島…男2人の熱い抱擁。
「あああ!いい匂い!」
しまった!野島さんの着てる制服は阿子さんの匂いが染みついているんだった!
今、野島さんを抱きしめたら間接的に阿子さんを…
「変態っ」
乃蒼に二の腕を摘まれた。
「なんでわかるんだよ!」
「秋の考えそうな事は大体わかります」
脳内すべてを見透かされているのなら俺はもう生きていけない。
「もういいタケル、離せっ。よしお前ら!ミーティングすんぞぉ。まず模擬店は10:00に開店だ。阿子と乃蒼は調理室行ってカレーの準備してくれ。タケルとコースケと桜は生徒玄関前に行って客引きして来い。他のクラスと違って呼び込まなきゃこんな別棟なんて客来ねえからな。タケル、離せ。俺と秋と雪平はここで待機。秋、ちゃんとヅラ被れ。その顔でその髪型は異様だ。それから休憩時間は客入りの状況に応じてテキトーに取るからな。タケル、離せ」
彩綾に頭をはたかれてようやくタケルは野島さんを離した。
「体育祭の時はリレーを勝つ事でいっぱいいっぱいだったけど、文化祭は単純に楽しもうぜ。きっと俺ら9人がこの学校で遊ぶのはこれで最後だ。ちゃんと思い出作ろうぜ」
野島さんのその言葉が雪平に向けられたように思った。