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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
135/778

練生川三太郎の章 「練生川三太郎として」

北海道での一件以来、俺と花との関係に少しだけ変化が起きた。

今までは月1で会うために取っていた連絡以外にもメールや電話で話すことが増えた。

もちろん付き合いたての大学生のカップルのように毎日毎日甘ったるい愛を囁くなんてことはなく週に1、2度ほんの僅かな時間だけのやりとりだが、それでも一時期関係を絶っていた頃の俺らからしてみると相当な進捗だった。

「ハニーカフェオレのMひとつ。ホットで。…お前は?」

「ロイヤル豆乳ミルクティー。ホットのMで」

土曜日のドトールは昼過ぎでも思ったほど混んではいなかった。

俺と花は禁煙の席に向かい合わせに座る。

「先週ごめんね。友達とランチ行く約束先にしちゃってて」

「いや、いいよ。むしろお前にそんな友達がいて少し安心した笑」

「私にだって友達くらいいますぅ!」

むくれた笑。

「だってお前の生活、秋ばっかじゃねぇか」

花が少し悲しそうな顔をした。

「どうした?」

「いや…母親としては喜ばしい事なのかもしれないけど…」

どうした?初潮でもあったか?

「最近あの子、自分のことは自分で解決出来るようになっちゃって。私の出番がなくなってるのよ」

「そりゃ確かに喜ばしいことだけど、お前にとっちゃ寂しいこの上ないな」

「でしょ!」

「秋は秋なりに18歳の誕生日のことを考えての成長なんだろうよ。北海道で会ったあいつは、あの年頃の男としては少し大人び過ぎてる」

ミルクティーを飲もうとして、口を付けずにカップを置く。

よっぽど寂しいんだな。

「そろそろ私も、秋が離れて行く準備をしなきゃならないのかな?」

この世の終わりみたいな顔を花はした。

大げさじゃない。花にとって秋がいなけりゃこの世の終わりに等しい。

「いらねぇと思うけどなぁ〜」

「え?」

「そんな準備いらねぇと思うよ?」

「でも…」

「お前は今まで秋を守ってきたんなら、今度はお前が秋に守られればいいんじゃないか?それしか違わない気がするけどな。秋はお前から離れていかないよ、きっと」

一口飲んだハニーカフェオレは想像以上に甘かった。

「どうして?どうしてそう思うの?」

「どうしてって、それが男の本能だからだよ」

本能?と花の口が動く。

「大切な人を守りたいというのは男の本能だ。離れてちゃ守れないんだよ。離れても、大切な人ならまたそばにいて守ろうと戻ってくる。帰巣本能みたいだな笑」

「三太も?そう、だった?」

「いくら言葉を並べたって現実は変わらない。今の俺はどこで誰と何をしている?それが事実だろ」

「もうっ!女は言葉が欲しいんだよっ!」

「男は簡単に口にしねぇんだよ!」

「わからず屋っ!」

「そっちこそなっ!」

高校生かよ。

俺達は30も過ぎてまだあの頃の続きをしているのだろうか?



「今日秋は?休みじゃないの?」

「文化祭の準備で学校に行ってる。明日もだよ?。週に7日間学校行くって笑」

いくら学校が好きでも週7はやだな。

秋の場合、学校が好きなわけじゃなく友達といるのが好きなんだろうきっと。

「あのな?」

「うん」

「前にも言ったけど、俺は練生川三太郎として文化祭に行くからな?」

嘘ついて偽って秋に会うのはもうしない。

「それ、やっぱり譲らない?」

「ああ。譲りたくない。北海道で俺はザキさんに言われたんだ。未来の俺が後悔しないように生きていけって。俺は北海道で住田として会ったことを後悔している。5年後の俺が後悔しないように、今の俺は練生川として秋に会いたい」

秋に嘘をついたことは消えない事実だ。

それをずっと抱えて生きていかなきゃならない。

いらない荷物はひとつでいい。

秋と違って自分自身のせいで背負うものだから、仕方がないと諦めもできる。

「三太はちゃんと先のこと考えてるんだよね?」

「そのつもりだ」

「リスクマネージメントも出来てるの?」

「秋の?俺の?」

「私も含めた3人の」

「お前のリスクは俺がなんとかするから考えてない」

「自信家だね」

「臆病だけどな、本来。けどお前のことだけはなんとか出来る気がする」

根拠のない確信。それも本能と呼べるだろうか?

「わかった。いいよ好きにして」

「ありがとう」

俺1人の一存では出来ないことなので花から許可を得てホッとした。

「で、秋の携帯には俺の携帯番号はなんて名前で登録してるんだ?」

「サンタ」

あ〜やっぱりか。

「下の名前は言わないでおこう」

「私の高校時代の友達って事でいいかな?」

「いいかな?もなにも、事実だろ?」

「あの〜私達、友達以上の関係だったんですけどぉ…」

バカが目の前にいる。乙女な目をしたバカが俺を見ている。

「お前、自分の息子に前カレですって紹介でもする気か?アホなのか?」

「はっ!」

はっ!っじゃねぇよ。


「携帯と言えばさ」

「ん?」

「なんか…最近秋が携帯を気にするようになってるの」

そりゃ年頃だし友達と仲がよければ頻繁に連絡取り合うだろうさ。

「別に変な事じゃなくないか?」

「変じゃないんだけど…多分、女の子からの電話を待ってると思う。これは女のカンだけど」

じゃあきっと間違いない。お前の野生的なカンは100%当たる。

「あ〜、お前が寂しいのはそっちの方でか」

花は思いっきり否定した。

「違うよっ!そりゃちょっと寂しいけど秋くらいの年頃だったら気になる人が出来るのも私にだって…経験…ある…から」

嫌なことを思い出してんじゃねぇよ。

お前の初恋は未だ苦い記憶のままだろうが。

「じゃあ何だ?」

「秋が、何も言ってくれないから。ちょっと、その…」

「お前さ、わかってるんだろ?」

「秋にだって私に言わないことがあるコトくらいわかってるつもりだよぉ」

「だったらいいだろうが。むしろ親に秘密を持つのが遅いくらいだ。逆に安心したよ俺は」

「けど寂しいんだもん。なんでも私に話してくれてたのに!」

「お前は何でも秋に話してきたのかよ」

「・・・・・・・意地悪」

「フェアじゃないって言ってるの。お前が父親のこと秋に伝えるまでお前の寂しさの理由をそれにしちゃいかんと俺は思うよ」

「・・・・・・・わかってるよ。三太にだから言ったのに」

あぁそうですか。それは光栄ですね。

「じゃあ良いことを教えてやる。秋がお前に言わないのはまだその段階じゃないからだ」

「何でわかるのよ」

男心は男にしかわからないんだよ。

「好きって思ったらな、男は誰かに教えたくて仕方ねぇんだ。抑えられないんだよ。だからまだ待ってろよ。必ず好きな人ができたって言ってくるから。ただ、その時はお前、、、」

わかってるよ、と花は言った。

「ちゃんと祝福してあげようって決めてる」

「出来んのかよ」

「だって秋が好きになった人だよ?変な人なわけないじゃん!」

そりゃそうだよ、秋はお前を見て育ったんだからな。

幸か不幸か女の見る目は超シビアだ。

「そうじゃなくて。お前の精神的な話をしている」

あはは、自信ないやと力なく笑った。

「そん時は慰めてくれるかな?」

「さすがにその理由じゃ断れねぇな。お前泣くと長いから嫌だけど」

「よし、これでバランスとれた」

「なんのバランスだ?」

「寂しい気持ちと、嬉しい気持ちのバランス」

俺が慰めるのは秋が好きな人できた事に匹敵するのか。

そりゃすげぇな。



「これ、秋に渡しといてくれ」

綺麗にラッピングされた小さな箱をテーブルの上に乗せた。

「誕生日プレゼント?また高いんでしょ〜?」

「まぁ…中学生が持つにしては高いかもな。大事にしろって言ってくれよ」

「中は何?」

「腕時計。ハミルトンのカーキ・キング」

お前のそれと同じブランドだ。

「親子揃っておんなじブランドの時計だっ。ありがとう三太」

ホントは秋に直接言われたいけどな。

「あ、それから今日送っていけないから」

「え〜!なんでよ〜。歩いて帰れっていうの?」

この童貞紳士が服着て歩いてるような俺がそんな事言うわけないだろ。

「車で帰れ」

「え〜、タクシー乗るにはもったいない距離だよ。やっぱ歩いて帰るか」

「だから、車で帰れってば」

今度はテーブルの上に鍵を置いた。

「何これ?」

「誕生日おめでとう」

「だから、何これ?」

「車の鍵」

「は?」

「だから、お前の誕生日プレゼント」

「はい?」

わかんねぇかなぁ?

「だから、今年のお前の誕生日プレゼントは車だっつってんの」

花が椅子から落ちた笑。

花、なんで今日はスカートじゃねぇんだよ。

「あんたバカなのぉぉぉぉぉ!!!一体いつの時代に生きてるのよ!バブル期の社長かよ!」

「違うよ。お前と同じ歳だ」

「わかってるわよ!だから、車なんて高価なもの貰えないっていう話よ!」

「あ、車税とかは俺の方で払うから」

「人の話を聞けぇ!」

「あのな花。俺にもっと金があるなら地球丸ごと買ってお前にやりたいくらいだ。それに比べりゃ車なんて安いもんなんだよ」

「規模がデカくてピンと来ない!嬉しいけどっ」

お前が嬉しいと思うツボなんて10年以上前から熟知してるよ。

「車ったって俺のカイエンより圧倒的に安いからな」

「そりゃあんたの車は1台で家が買えるからね」

「まぁな。けどカタチは俺のとちょっと似てるぞ?」

「そなの?あのカタチ私好きだよ。でもなぁ〜…でもなぁ…車かぁ」

「俺さぁ、金あるの」

「イヤミ?」

「いや、黙って聞けよ。例えば年収500万の人が誰かにプレゼントする時、3万くらいの物をあげたらお前は驚くか?」

「いや。少し高いプレゼントしたね、ってくらいかな?」

「おんなじ」

「あんた一体いくら貰ってるのよ…」

「秘密です」

「うん、知りたくない。知ったら悪い人たちから消されそう」

「俺が守ってやるよ」

「あんたのせいで消されそうになってるのよバカ笑」

失敬だな。東大主席で卒業した俺に向かってバカとは何事だコノ高卒め。

「秋になんて言おう…」

「貰いましたって」

「言えるかバカ」

「じゃあ買いましたって」

「ウソつくのは嫌!」

めんどくせぇなぁ。

「じゃあ俺から買え。少しずつ俺に返せ。差し当たっては次に会う時からコーヒーとタバコを俺によこせ」

「何年かかると思ってるのよ」

「何年だっていいよ」

「………なにそれ?プロポーズ?」

「違うよ高卒」

こんなとこでキメにいくわけねぇだろ。

その言葉はまだ先でいい。

俺たちはまだ改めてスタートを切ったばかりだ。

いや、まだ切ってもいないかもしれない。

とりあえず秋に会おう、練生川三太郎として。

いろんなことはその後に考えればいい。

会える、やっと。その日をどれだけ待ち望んだだろう?

今はまだ全てを打ち明けることはできないけど、それでも秋、お前に会える日が俺にとってどんな記念日なんかよりも素晴らしい1日になる事は間違いない。

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