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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
132/778

秋の章 「衝突」

「はぁ…泣いた。人前でこんなに泣くのなんて久しぶりだ」

指で涙を拭ったその表情は、色んないらない感情を全て洗い流したかのように清澄だった。

「スッキリしたか?」

「ああ、すげぇスッキリしたよ。けど泣くのはこれで最後だ。そういう別れ方、したくないんだ」

「お前はそうだろうけど、きっと乃蒼は泣くぞ、彩綾も…」

そして恐らくは俺達と雪平を繋ぐきっかけになったタケルも。

「鈴井は絶対泣くよな笑。荒木も泣いてくれるかなぁ?」

ホネキチがカチャリと音を鳴らして首を下げた。

「やだなぁ俺泣きたくねぇなぁ〜笑」

「泣かなきゃ後で笑えないと思うよ。それにさぁ、今生こんじょうの別れでもあるまいし良いじゃねぇか。お前、また日本に帰ってくるときはこの街に帰って来いよ?お前みたいな口も性格も悪い奴を受け入れてくれるのは日本で俺たちくらいだからな?」

ははっ、と短い笑いをして雪平は

「そうかもな笑」

と俺を見た。

スッキリとした、今日の天気みたいな笑顔だった。


タケル達はそれから少しして教室に戻ってきた。

「お、秋戻ってきたか。さぁ、電話の相手を説明してもらおうか」

やはりそうきたか。

「ちょっと彩綾」

「あ、乃蒼も気づいた?」

2人が俺の顔をしげしげと見つめ、2人でヒソヒソ何か話していた。

「何?なんか付いてる?」

「いや、別に付いてないけど?」

タケルには聞いてない。

と言うかタケルは乃蒼と彩綾が気付いているとこを気付いていないのか。

なんだ?女の勘的な何か?

「秋、ちょっと見ない間にカッコよくなっちゃって笑」

はぁぁ?

彩綾の言っている意味がわからん!

「そうか?いつも通りの中の下じゃね?」

タケルが少しうるさい。

「私と彩綾の中で夏休み以降、七尾秋は最重要観察人物なんだよ。だからちょっとした変化も見逃さないぜ」

乃蒼の語尾が変だ。

「なんで俺なんか観察してんだ?というより夏休み何があった!?」

2人は顔を見合わせ、代表として彩綾が発表した。

「私達は今まで秋のこと見ているようで見てなかったんだなぁって。阿子さんと桜さんに叱られちゃった」

あの2人、この2人に何言ったの???

「で、七尾の顔がどう変わったんだ?」

「んとねぇ、色っぽくなった!」

乃蒼、わけわからん。

「それから艶っぽくもなったよ」

彩綾、お前もわけわからん。

「「好きな人出来たでしょ?」」

2人が何故その答えに行き着いたのかはさておき、隣で雪平が大笑いしている。

「こえ〜笑。女の勘マジ怖ぇ〜笑」

おぉ雪平。俺もそう思うよ

「え?誰々?どこの誰?」

タケルがいよいよもってうるさい。

「観念しろよ七尾。全部白状したら?笑」

「白状するのはいいとしても、どう説明しよう?お前から説明してくれないか?、ってわけにはいかねぇよな」

「あたりめぇだろ笑。お前はバカか?」

「どうして雪平くんが知ってるのかも説明いただきたい!」

女子2人が雪平の真ん前に立ち興味津々な顔をしている。

あれか、お前らも御多分に洩れず恋バナ大好きか…。

「知ってるってほどじゃないよ。詳細は本人に聞いてくれ」

バタバタと足音を立てながら今度俺のそばまで近寄ってきて、目をキラキラさせている。

下手したらメモとペン、もしくはマイクを持っていそうな雰囲気を醸し出している。

「いつ知り合ったんですか?」

彩綾の警護が気持ち悪い。

「え〜っと…。夏休みに会いました」

あれ?何その顔?なんで不満顔なんだ?

「名前は?うちの学校?何年生?部活は?髪は?どんな人?」

逆に乃蒼の爛々とした目を見ながら、俺は熱愛が発覚した芸能人の心境ってこういうのかな?と冷静に考えていた。

「名前はユーリ。学校は知らない。歳も知らない。部活は多分やってない。髪は黒。どんな人って言われても…よく知らない笑」

本当に俺、ユーリのこと知らないな笑。

「ちょっと待った!知らない人好きになるの?なんかおかしくない?」

タケルが割って会話に入ってきた。

おかしくない?と言われても、そりゃ俺だっておかしいと思うよ?

けど…。

「佐伯は相手を知ってから好きになるタイプなんだな」

助け舟を雪平が出してくれた。

「普通そうだろ?その人のこと知らないで好きになれるのか?相手の人となりもわかんないで好きになるなんて怖いだろ?ちゃんと良いところも悪いところもたくさん知ってから好きになるもんなんじゃないのか?俺は少なくとも彩綾の長所も短所も分かった上で好きだけど?」

隣で彩綾がニヤケてる。

「俺は小2の時、何も知らないでその人のこと好きになったぞ?それでも今まで好きでいれたけど、それも変か?相手のこと何にも知らなくても惹かれる事ってあるんじゃないかな?それを魅力って言うんじゃないのかな?」

魅力…。

そうだな。ユーリはとても魅力的な子だった。

「秋はどうしてその子のこと好きになったんだよ?理由があるだろ?顔が可愛いとか、性格が優しいとか、なんかあるんじゃないのか?」

なんかあるだろ?って言われても…俺にだってわかんないよ。

「決定的なコレっていう理由はないよ。どこが好きって言われても答えられないんだ。ただ、会ってからずっと彼女からの電話を待ってて、今日かかってきて、話をして、俺はこの子のこと好きなんだなって急に現実味を帯びて実感したんだよ」

「はあ?意味わかんねぇよ!」

確かに意味わかんないだろうけど、そんなに怒らなくても…。

「佐伯?七尾に好きな人が出来る時にはお前の理解が必要なのか?お前の許可がなかったら七尾は好きになっちゃいけないのか?」

生物準備室に不穏な空気が流れる。

「あぁ?んな事こと言ってねぇだろうが」

「ちょっとタケル、口調荒すぎるよ」

「ちょっと彩綾黙ってて。俺の恋愛観否定されてるみたいで引けない話だから」

タケルがとても面白くないといった表情をしていた。

「否定はしてねぇよ。ただ、お前みたいなタイプもいれば七尾や俺みたいなタイプもいるって話だろ?なに怒ってんだよ?」

少し引いて見ていても、雪平はいつものような毒舌口調ではなく穏やかに話していた。

むしろ俺もタケルがなぜこんなに熱くなっているのかわからなかった。

「俺とお前らは違うって言ってんのか?お前らは崇高な恋愛観をお持ちで、俺は低俗だってそう言いたいのか?お前らはどんだけ偉ぇんだ?」

「ちょっとタケル!2人ともそんな事言ってないでしょ?ちょっとあんたおかしいよ?どうしたの?」

「好きになった理由もわからねぇで好きとか、意味がわかんねぇんだよ!それともあれか?お前ら2人にしかわからねぇ高尚な感覚だとでもいうのかよ!どうせ俺はお前らの下位互換だよ!悪かったな!」

タケルが何かおかしい。

どうしたってんだ一体。

「ねぇタケル、ちょっと落ち着こう?」

乃蒼がタケルをなだめるがそれでもタケルの怒りは収まらないようだった。

「佐伯。冗談のつもりだったけど、それに腹を立ててるんだったら謝るよ。ちょっと調子に乗ってた。ごめんな」

「謝ってんじゃねぇよ!テメェが謝ったら本当に俺はお前らの下位互換じゃねぇか!」

タケルがめちゃくちゃだ。

「おいタケル、あの雪平が謝ってんだぞ?お前もうちょっと、、、」

「るせぇよ!雪平の肩持つんだったら2人で仲良くやってろよ!俺は、、、」

「タケルっ!」

つんざくような怒声が生物準備室に響いた。

それは俺でも雪平でも乃蒼でも彩綾でもなく、模試に行ってるはずの羽生さんだった。

声のした方を向くと顔を赤くした羽生さんと、その後ろにいつものメンバーがドアの前に立っていた。

羽生さんは怒りと悲しみを携えた表情のままつかつかと準備室に入ってきて、彩綾とすれ違いざま

「ごめんな」

と小さく言った後タケルの前に立ち、そのままタケルに平手を打った。

タケルは横にぶっ飛んで床に倒れこむ。

俺や雪平は驚いたまま動けず、乃蒼は口を開けていた。

彩綾は無表情のまま羽生さんとタケルの2人を見つめていた。

「そうじゃ、ねぇだろう…。俺たちがしなきゃならないのは…そういう事じゃねぇだろう」

羽生さんはゆっくりと絞り出すような声で倒れ込んだタケルに向かってしゃがんでそう言った。

「来いっ」

羽生さんは首根っこを掴んでタケルとともに生物準備室から出て行った。

しばらく誰も動かず何も言わなかった。

が、こういう時にまず最初に動くのはやっぱり野島さんだった。

「はぁ…」

最初に深く大きなため息をついた。

それが何だが、俺達に大してダメ出しをしているような気がした。

「模試終わってまっすぐ学校に来てみて良かったよ」

野島さんは中途半端に飾り付けられた生物準備室をグルリと見回した。

「あとちょっとだろ?あともうちょっとしか、ないじゃねぇか」

雪平がいなくなる事を、野島さんも知っていると俺はこの時直感した。

「なんでこんなことになっちまうかなぁ…」

全天・野島さんが頭を抱えて天を仰ぐ。

その姿を見て俺達はなんだかとんでも無い事をしでかしたのかもしれないと思った。

「すみません…」

「俺に謝ってもしゃあないよ雪平。ここは全部あいつに任せよう」

そう言って野島さんは彩綾の頭に手を置いた。

ぐすっ、と1度だけ彩綾は鼻をすすった。

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