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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
131/778

秋の章 「多分それは生きていくという」

ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!という悲鳴とともに通話は終了した。

アグレッシブな子だと、改めて思った。

屋上はずっと風が強いままだ。

空は醒めるような青空で雲が真っ白だった。

太陽の光がオレンジ色に見えた。

けれど、胸が痛い。

あぁ…やっぱり俺は恋をしていたんだ、と思った。


生物準備室に戻ると雪平が1人で飾り付けを再開していた。

「あれ?みんなは?」

「足りないもの買い出しに行った」

「そうか…」

神様も粋な計らいをするもんだな。

「お前にだけ、話したいことがある」

俺が机の上に腰掛けそう言うと雪平は手に持っていた飾りを置き、何故かホネキチを俺に渡した。

膝の上に置くと何故か無性に落ち着いた。

「よし、聞こう」

こうして雪平の顔を見ると何だか俺の事なんて全部見透かしているような、そんな気がした。

「俺は、自分が初めて好きになる人は…乃蒼だったら良いと思ってた」

「…………あぁ」

ここは妙に静かだ。

けど今はその静けさが寂しいと感じる。

ホネキチがいて良かった。

「俺はずっと、この先いつか乃蒼を好きになるもんだって思ってた。まだ乃蒼のことを『好き』って言えないのは、気持ちが恋に発展する準備をしているところで、きっと少しずつその気持ちが育っていって花を咲かせたそれが恋なんだと思ってた。だからずっとその花が咲くのを待ってたんだ」

「…………バカだなぁ」

「あぁ。そうだな。けど、夏休みお前に言われたように、乃蒼のためにしていたはずの恋の準備が、ある日突然初めて会った女の子にも向けられるようになってすごく戸惑った。俺はお前みたいに一途な恋に憧れていたのに、何だか自分が凄くいい加減なやつに思えたよ」

雪平は何も言わない。

ありがたかった。

「乃蒼とは1年以上一緒にいた。仲もいいしあいつの良いところも悪いところも知ってる。全部を知ってるなんて自惚れたことは思ってないけど、けどたくさん知ってる。かたやユーリのことは何も知らない。本当に何も知らないんだよ」

ホネキチの腕を動かすとカチャリ、と骨が鳴った。

「けど、知らないのに、俺は…」

力一杯抱きしめると、カチャカチャと音を鳴らしながらホネキチは苦しそうにしていた。

「お前の初恋は、間違いなく鈴井乃蒼だよ」

あぁ、やっぱりか。

きっと俺はお前にそう言って欲しかったんだな。

「花が咲く?なんだそれは笑。だったらずっと咲いてたじゃねぇか。少なくとも俺がお前と知り合った時からお前は鈴井乃蒼に恋をしていたよ」

おい、自分でもわかっていただろう?

俺は…バカだ。

「あ〜ぁ、もったいねぇ笑。せっかく一生に一回しかない初恋だったのに終わってから気付くなんて」

「あぁ、そうだなホント…」

初恋を楽しみたかったわけじゃない。

初恋というものをちゃんと感じながら生きていたかった。

けど俺と乃蒼はあまりにも距離が近かった。

想いを伝えたがために壊れてしまうものもある。

俺も乃蒼も、大切なものが似すぎていた。

失うものもまた、似すぎていた。

そうやって自分で気付かないふりを続けて、言い訳して、いかにもな理由をつけ逃げていた。

俺は大切な何かを守るために、違う大切なものを通り過ぎてしまった。

「去りゆく俺からのアドバイスだ。心して聞け」

あまりにもサラッと言うもんだから危うく聞き逃しそうになった。

「待て!去りゆくってなんだ!お前、どこか行くのか?」

「いいから!今は黙って聞けよ」

「…おう」

雪平は口ずさむように言葉を並べる。

「お前はそのまま初恋を終わらせろよ?絶対に鈴井に想いを伝えるな。もし、お前がいつかまた鈴井のことを好きになったとしても、それは初恋の延長じゃねぇからな?鈴井に対しての2回めの恋だ。お前の初恋はもう終わったんだ。お前の中だけで終わらせろ。初恋は鈴井でした、なんて絶対に誰にも言うなよ!ましてや鈴井本人になんて間違っても言うなよ!」

もちろん誰かに言うつもりは最初からなかったけれどあまりにも強く雪平が言うので

「わかった」

と返事をした。

「伝えられないまま終わる初恋なんて腐るほどあるし、むしろそっちの方が多いよ。お前のはありふれた初恋でいいんだ。特別じゃなくていい」

「わかった。この事は俺とお前だけしか知らない、花さんにすら言ってない正真正銘の秘密だ」

「男と秘密の共有とか気持ち悪いよ笑」

笑った雪平の顔を俺はきっと不安そうに眺めていたことだろう。

「なぁ、さっきの話。お前、どこに行くんだよ」

去りゆくって、なんだよ。

「じゃあこれも、秘密の共有だ。まだ誰にも言うなよ。期限は文化祭最終日の花火大会までだ。約束してくれよ?」

こくり、と1つうなづく。

「母親の転勤でドイツに行くことになった」

色んなことが繋がった。

桜さんに告白すると言った事。

夏休みにドイツに行った事。

お土産に1人ひとりメッセージをくれた事。

こないだ午前中学校を休んだ事。

その理由が平日しかできない用事だと言っていた事。

最近よく笑う事。

なにか、前とは違う雪平湊人だった事。

「い…いつ…?」

「再来週」

「再来週って…そんな急に…」

「悪い。なかなか言えなくてさ。ちゃんと正式に決まったのも、今週に入ってからだし」

「待て、待ってくれ。なんか頭の中が追いつかない!」

雪平が、いなくなる?

まだ3ヶ月くらいしか一緒にいないじゃないか!

「どうにかならねぇのかよ!せめて卒業まで…」

「ならねぇよ笑。俺は未成年だぞ?親父のところに世話になるっていう手もあったけど、、、」

「じゃあそれでいいじゃねぇか!」

「再婚したんだよ!お互いバツイチ同士で子どももいない。2人でこれからやっていきましょうって家庭にホイホイ行けるかよ」

「けど親だろうがっ!」

「もう決めたんだよっ!」

生物準備室に雪平の叫びが響く。

「だったら…なんでもっと早く相談してくれなかったんだよ」

「お前に相談したらこうなるのは目に見えてるし、そしたら俺はここに残りたくなるじゃねぇか。これは、俺1人で決めなきゃならない事だったんだ。それで俺はドイツに行くことを選んだ。後悔はしてない。後悔は選ばなかった選択肢を名残惜しんでるだけだからな。この選択をして良かったと、未来の俺が思うように生きてくだけだ」

「そう決めたからお前、桜さんに…」

「あぁ。もし何も伝えないままドイツに行ったら後悔するってわかりきってるからな。わかっている事なら行動すればいい。それに対してはなんの迷いもなかったよ笑」

こんな時に笑わないでくれよ…。

と同時に悲しい顔をされるのも嫌だと思った。

結局俺は雪平にどうして欲しいんだろう?

ただ俺は雪平に甘えているだけだ。

この時、俺たちの歯車がカラカラと回っているのだと感じた。

高橋真夏が言ってたのは本当だ。

俺には俺の物語があるように雪平にも、タケルにも彩綾にも、そして乃蒼にもそれぞれの物語があるんだと嫌ってくらいに実感した。

「お前の恋がどうなるかはわからなかったけど、始まりは見れたから満足だ」

雪平が静かにホネキチを俺から奪い取り後ろから抱きしめた。

「始まりだけ見て満足…してんじゃねぇ…」

「なんでだよ笑。始まりさえすれば転がっていく。お前はきっと、大丈夫だ」

大丈夫かどうかは俺にはわからない。

ただ、不安だった。

だから雪平の言う『お前はきっと、大丈夫だ』というその言葉が俺の唯一の救いになる。

「そんな顔するなよ笑。お前は好きな人がいるんだろ?恋してるなら、もっとハッピーな顔しろよな笑」

「恋をしてたって、親友がいなくなるんだぞ!ヘラヘラ笑ってられるかよ」

「…やめろよ」

「え?」

「やめてくれっ!」

「お前、何怒っ………なんで泣いてんだよっ!」

雪平は、ハラハラとその瞳から涙を零していた。

「だから…ギリギリまで言いたくなかったんだ。こうなるって、わかってたから。俺がドイツ行きをためらった一番の理由は…桜さんじゃない、お前らがいるからだっ!」

恋に生きる、その体の94%が恋で形成されているはずの雪平の、ドイツ行きを迷わせたのが桜さんじゃなく、俺らだった。

「俺は小学生の時、いつも一人でいた。そばにいてくれようとしたマナツを、ふてくされたガキみたいに遠ざけてずっと暗い場所に隠れてジッと時間が過ぎるのを耐えてたんだ。自分の殻に閉じこもって勉強だけに逃げて。そんないじけてた毎日の中で唯一桜さんのことを考えてる時だけ寂しくなかった。でもばあさんが死んでからはとうとう家の中でも独りぼっちになって、もうなんか色んなことがどうでも良くなって、桜さんのことも諦めかけて。そんな時お前らと出会って、一緒にリレー走って…お前らと一緒にいれて…俺は…俺は…ようやく1人じゃないって思えたんだ!孤独じゃないって、思えたんだ!」

何にも言えない。相槌すら打てなかった。

「なんで今なんだよっ!なんで…去年じゃねぇんだ、なんで…。もうちょっと…もうちょっとだけでいいから…お前らと一緒にいたかった…」

それから雪平はひとしきり泣いた。

俺は黙って泣き止むのを待った。

いま、この瞬間は雪平のためだけにある。

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