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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
129/778

ユーリの章 「この高鳴りをなんと呼ぶ」

テラスに出て空を見上げると今週1番の快晴だった。

外の色があの日のように青とオレンジが交差したようにキラキラしていて、それだけで私は凄く幸せな気分になれた。

「な〜にこんなトコで浸ってんのよ。生意気ねぇ、女優でもないくせに」

自分の所属する事務所のテラスで空を見ていただけでこんな言われるなんて…。

「一応、私ドラマ出てますけど?」

「日曜朝4:30のドラマなんて誰が観るのよ笑」

しかもテーマが終活だしね。

「芽衣子さんが取ってきた仕事でしょうよ!私はやりたくなかったのにっ!」

「携帯のデータをサルベージしてあげたの誰?」

「うぐっ…」

私は秋と会った日の数日後、携帯がハデに壊れた。

データも死んだ…。

iCloudにも残ってなかった。

携帯を壊した相手を壊して差し上げたかったが、すでにもう壊れているので泣き寝入りするしかなかった。

それに、怒りよりも激しい喪失感の方が強かった。

魂が半分口から出ていた私と、いなくなってしまった携帯のデータを救ってくれたのは芽衣子さんとその友人さんだった。

「で、でも実際に取り戻してくれたのは芽衣子さんじゃないもん!」

「私が頭下げて取り戻したデータです!それにあんた何でもするって約束したじゃないの」

「うぐぐっ…。そりゃそうですけどぉ」

私は仕事をセーブして学校に行きたかったのにっ!

それでも芽衣子さんはドラマ以外の仕事を極力少なくしてくれていたので、少しずつ学校に行ける日が増えてきた。

学校が楽しいかと言われたらそりゃちょっと居づらいけど、少しでも『普通の女子中学生』に近づくために毎日私なりの努力はしているつもりだ。

「で、何に黄昏てたの?」

「別に黄昏てなんていないよ。ただ空を見てただけ」

「空を見て、誰を想ってたのよ」

芽衣子さんがニヤリっとした。

「誰って…」

頭の中に秋がよぎった。あの、私を心配してくれた真剣な表情を捉えた1枚も無事私のところに戻ってきた。

ありがとう芽衣子さんのお友達!

「当ててあげる笑。秋でしょ〜」

芽衣子さんはあの日以来ちょくちょく私を秋のネタで茶化してくる。

「他にいないでしょうよ」

努めて冷静にそう返すけど、心の中では連日七尾祭りが開催中だ。

「あ〜生意気。私でも好きな人いないのに」

「携帯のデータでお世話になったあの人は?」

見た目は冴えないけど、目を合わそうとしないけど、ちょっと性格暗そうだけど、良い人っぽく見えたけどな?

「やだっ!」

即答…。

「そうやって選り好みするから三十路超えても良い人いな、べぷぅ…」

頬を片手でつままないで下さい。

「うるさい!ガキには大人の恋愛の難しさがわかんないんだから口出ししない!」

「ばっばらばたぴにぴばはひべぽ!(だったら私に言わないでよ)」

大人の恋って難しいのかな?

けど子どもの恋だって難しいんだよ?

遠距離でただ一方的に憧れているような恋なんて特に。

「で、どうなの?秋はあんたを好きになりそう?」

「…………わかんない」

「はぁ?あんたどんな会話してんの?まさか『今日は天気がいいね』とかしか話してないわけ?」

「……………それすらしてない」

「…無言電話?」

「……………それすらしてない」

「はぁぁぁぁ???あんた!なんのために私があいつに頭まで下げてお願いしたと思ってんのよ!バカじゃないの?ハゲ!マヌケ!長女!売れないモデル!大根役者!弱虫!意気地なし!」

ハゲ以外返す言葉がございません。

そう、私はせっかくデータを取り戻したというのに未だに秋に電話できないままでいる。

「秋と会った日からどれくらい経つ?」

「1ヶ月くらい…」

「待ってるよなぁ、きっと。なのに全然音沙汰なしで、もうあんたのこと忘れちゃったよなぁ」

「忘れっ!………ちゃったかなぁ?」

あ、ヤバい。泣きそう。

「携帯戻ってきた2週間何してたのよ?私はてっきりすぐ電話したもんだとばかり思ってたよ!」

「しようと思ったよ!けど…勇気が出なくて。もし忙しかったらどうしようとか、周りに人がいたらどうしようとか考えたら電話できなくて…。秋には秋のライフスタイルがあるだろうし、私がそれを邪魔しちゃ悪………ちょっと芽衣子さん!最後まで聞いてってよ!」

自分から話をふったくせにいなくなるなんて、ダメな大人だ笑。

あ〜あ…私の意気地なし。

根性なしぃっ!

秋はあの日から、待っててくれてたかな?

もう待ち疲れて私のこと、忘れちゃったかな?

テラスの欄干に肘をついて街の景色を眺める。

視線のずっとずっと先に秋の住んでる街がある。

「きっと、秋も待ってると思うよ?」

「おかえり。そうかなぁ?待っててくれるかなぁ?………それ私の携帯」

「あんた、誕生日をパスワードにしてたらすぐバレるよ?笑」

まだケースもしてない真っ白な私のnew携帯。

「ねぇなにしてんの?」

芽衣子さんは私の質問に答えてくれない。

代わりに指が饒舌に動く。

「見たって何も面白いものなんてないよ。電話はおろかメールだってしてないんだから」

そうか、メールっていう手があった!

けど電話するって言っちゃったしなぁ。

「あったあった。へぇ〜、七尾って言うんだ笑」

「芽衣子さん、何してんの?」

「これな〜んだっ」

「何って、秋の連絡先のページだけど?」

「正解」

「ねぇ、なにしてんのって!」

「知ってる?この番号のところを指で押すとそれだけでもう電話がかけれるんだよ?」

「そりゃ知っ…え?ちょっと…ちょっとちょっと!ちょっと待ってよ!やめてっ!ね、今夜!今夜絶対かけるからぁ!やめてぇぇぇぇ」

「えいっ(ぽちっ)」

「きぃゃぁぁぁぁ!ちょっとぉぉぉぉ!なにしてんのよぉぉぉぉぉ!」

「あ、コールしてるよっ」

「だからぁぁぁぁ!あんた人の携帯でなにしてんのよぉぉぉぉぉ!!!!」

芽衣子さんでなければこの欄干の外側に押し出してしまいたかった。

「だってあんたそう言っていつまで経ってもかけないじゃん。あれ?出ないなぁ」

「そりゃ忙しいんだってば!切ってよ!あんま長いことコールすると迷惑だってば!」

「そうやって先延ばしにしたら本当に忘れられちゃうのよ?いい?恋は押したもんが勝つの!」

「彼氏いない歴ウン年の人が言っても説得力ないっ!」

「うっさいわねぇ。あ、出た。もしも〜し」

ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

出たの?出たの?出ちゃった?

その電話に!秋が出たの?なら代われ!今すぐ代われ芽衣子ぉぉぉ!殺すぞぉ!

「あ、どうもはじめまして。黒木芽衣子です」

名乗るなぁ!

「…違う違う笑。それはメイサでしょ笑。私あんなにナイスバディしてないから笑」

早よ代われやド貧乳!

「ごめんね急に。いやさぁ、ウチのお姫様ったら意気地がなくてね笑。代わりに私がかけてあげたってわけ。ユーリ?今ここで頭抱えて悶えてる笑」

「芽衣子さんっ!早く代わってよ!」

「はいはい。じゃあユーリに代わるね」

ようやく私の携帯は持ち主のところに戻ってきた。

ドキドキする。

胸がギュッとなって全身熱い。

今この携帯を耳に当てたら秋の声が聞こえるんだ。

どうしよう?私、今可愛いかな?

って、電話じゃ見れないよね?

「あの…もし…もし?」

『ユーリ?久しぶりだね』




きぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

カッコいい!!!!

声がカッコいいよぉ!!!!!

耳がぁ!耳が幸せだあ!!!

どうしよう?バクバクいってる!

なに?なんでそんなに美ボイスなの?

櫻井孝宏なの?

私、大丈夫かな?

声ガサガサじゃない?




「う…うん。久しぶり。ごめんね、すぐ電話できなくて」

『ううん。でも、結構待ってたりした笑』




うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!

待っててくれたの?

私の電話、待っててくれたの?

どうしよう?

私いま超うれしいんですけど!

この欄干の飛び越えてあいきゃんふらしても両足で着地キメれるくらい嬉しいんですけど!




『あ、ちょっと待っててね。えっと…なんだったっけなぁ?アイシテルだから…1…4、、、」




おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

アイシテルって言った?

今絶対、アイシテルって言ったよね!

キャーどうしよう?

どうしよう?どうしよ!どうしよぉぉーーーー!!!

やばい、脳みそ溶ける…




『お、開いた開いた。うわっ、風強っ。お待たせユーリ」

秋の声に混じって風の音が聞こえた。

「秋、今どこ?」

『学校の屋上』

「屋上?秋の学校って屋上に行けるの?」

『普通は行けないよ笑。けどウチの屋上のカギはダイヤル式のやつで番号を先輩から教えてもらったんだ。それがさぁ、114106で覚え方がアイシテルなんだ。逆に分かりづらいよ笑」

あぁ…それでですか…。

ちょっと残念。

『教えてもらってから初めてここに来た。ちょっと風が強いけど見晴らしがいいところだよ。あ〜そういえば…』

秋が少し笑っているような声だった。

「なに?どうしたの?」

『いや、これを教えてくれた先輩達からお前は誰と屋上にいくんだろうなって言われたのを思い出したんだ。きっと誰も当てられないだろうな笑。俺が最初にここに来たのはユーリとだって』

秋は今、学校の屋上。私は事務所のテラス。

私は今そこにいない。

けど秋は、私と一緒にいると言ってくれる。

私、秋に食べられたい。

頭からムシャッと食べられてしまいたいと思った。

お願いします、私を食べてっ。

『待ってたんだ、ずっと、ユーリからの電話』

「ごめんねっ!あのあとすぐ携帯が壊れちゃって、秋の電話番号もメールアドレスもデータに残ってなくて…。さっき最初に電話に出た芽衣子さんの友達にデータを復元してもらったの」

そういえば芽衣子さんは?

芽衣子さんが知らないうちにテラスから居なくなっていた。

さすが、大人の女っ。

『そうだったんだ笑。けど無事に復活して良かったよ』

「ホントはもう少し早く電話できたんだけど…今度は勇気が…」

『ううん、いいんだ。こうやって今話してるから、それだけでいい。俺、責めてるわけじゃないからね?それはわかって』

「うん、わかってる。わかってるよ」

ヤバい。泣きそうだ。嬉しくて。

『それにユーリは最初に言ってたじゃん?』

「え?」

『ユーリから電話をかける勇気、ここから違う場所に行ったら萎んでどこかに行っちゃうって、ミシィで』

私の言葉、覚えててくれたんだ。

「私、あの時の約束守らなきゃね?」

『ドーナツ屋で俺に話しかけた理由?』

「うん」

『なんか聞きたいけど聞きたくないような笑』

「なんでぇ〜?」

『だって聞かなかったら、またユーリからの電話を待つ理由が残るじゃん』

ズキュンっ!

あ、私いま秋に撃たれた。

すみませ〜ん、機内にお医者様はいらっしゃいませんかぁ〜?

私が、恋の病です!

「じゃあ教えな〜い」

『え〜、やっぱり気になる。教えてよ』

うまく説明出来るかなぁ?

自信ないなぁ。

「あのね…」


その時、頭の中で確信した。

この場面を私は一生記憶している。

誰といても、何をしていても、思い出そうとすればこの時の情景が目の前に浮かぶだろう。

きっと空の青も、雲の白も、陽のオレンジも、目の前に広がる街の風景も、まるでさっき見た様に鮮やかに蘇る。

おばあちゃんになって、ボケちゃってもこの時のことだけは絶対に忘れない。

そういう確信が私の中にあった。


「最初はどうしてか自分でもよくわからなかったの。本屋でレジに並んでいた時ドーナツ屋に入る秋が見えたんだけど、私はそのまま自分の街に帰ろうって頭の中では思ってた。一度外に出て歩き出したんだけど、気が付いたら秋に声をかけてた。ねぇ?わかる?」

わかるわけ、ないでしょ笑

『わかんないっ笑。だってユーリは帰ろうとしてたんだよね?なのにわざわざ戻ってコーヒーとドーナツ買って俺の前に来たんだよねぇ?ますますわからなくなった』

「だよねぇ笑」

『ユーリはわかったの?その理由』

「うん、多分。あの時は半信半疑だったけど、でも考えれば考えるほどこれしか思いつかないの」

『なに?』

「笑わない?引かない?キモいって思わない?」

嫌いにならない?とは怖くて聞けなかった。

『ならないよ』

秋の優しい声が聞こえた。

「決まってたから、あの日秋と出会うって。もしあの時、私が秋と相席しなくても、きっとどこかで私達は出会ってた。もしかしたら、もっと前にも出会うチャンスはあったのかもしれない。その時は出会わなかったけど、あの日は私の…魂とかDNAとか血液とか、たとえば運命とか、そういった思考を超越した何かが秋と繋がりなさいって私の中をざわつかせたんだと思う。思いっきり頭のおかしいカルトな女だと思われるかもしれないけど、私はそう思ってる。割と本気で」

それはあの日の朝から始まっていた。

知らない街に行きたいと衝動的に家を飛び出し、行き先もわからない電車に飛び乗り、何となくというただそれだけの理由で秋の住む街で降りた。

ナンパされたのも、練生川さんに助けられたのも、帽子を買ったのも、コーヒーを飲んだのも、それらには特に意味なんてない。

私はあの日、秋に出会うためにあの街へ行ったのだ。

けどそれは私にしかわからない。

人に説明して理解されるなんて思えなかった。

秋にバカだと思われたかな?カルトな女だと引かれたかな?

けど、本当にそうとしか説明がつかないんだもんっ。

『ユーリ…』

「は…はいっ」

秋の次の一言が怖くて思わず「はい」って言っちゃった。

『ありがとう』

「え?」

えと…何がでしょう?

『今まで戸惑ってたことが、ようやくスッキリできそうだ』

「それは…良かった」

さっぱりわからん笑。

『俺、ユーリからの電話待ちすぎてこの1ヶ月で携帯握りしめて寝る癖がついたよ』

連絡遅くなってごめんなさい。

けど、喜んでいいでしょうか?

調子に乗ってもいいでしょうか?

秋が私の電話をそこまで待っててくれたんだって、そう思ってもいいでしょうか?

『だから、もっとたくさん電話して欲しい。電話が難しかったらメールでもいい。俺、ユーリのことまだ何も知らない。もっと知りたいんだ、ユーリのこと』

待って!戻ってきて魂!まだ昇天しないで!

まだこれから楽しい事がたくさん待ってるんだから死んじゃダメ私っ!

「じゃあ秋からもしてよねっ。私ばっかりズルい〜」

『うん、そうだね。俺からもするよ』

「メールでも、電話でも、どっちでもいい。私も、電話でれなくても必ず折り返す。メールも見たら必ず返す」

『うん』

「私も話したいこといっぱいある!秋のこと、まだ何も知らないっ!」

それから私達は少しの時間、沈黙した。

その沈黙は全然不安じゃなかった。

むしろ、お互い何かを深めているんだと勝手に私はそう思っていた。

『ユーリ?』

秋の優しい声が沈黙を破る。

『左手首、もう痛くない?』

左手の包帯はこないだからしていない。

「まだ少し…痛い」

『早く治ってよ笑』

「…うんっ、治す」

私はじんわりと喜びを噛みしめる。

私はやっぱりMかもしれない。

秋に命令されたような気がして、少し嬉しかった。


せっかく秋といい感じだったのに芽衣子さんが大声で私達の邪魔をしに来た。

「ユーリー!社長が呼んでる〜!って、あんたまだ電話してたの?」

『社長???』

「あ、ごめん、行かなきゃ。社長の件についても追々お話しさせていただきます」

『謎が多いねユーリは』

「いい女っていうのは謎が多いもんだよ」

どの口が言う!

『はいはい、すみませんねフツメンで笑。行っておいで。電話ありがとうね』

「うん。ありがとね秋。またね。電話してね!メールもしてね!私も電話もメールもするから!」

『うん。わかった。じゃあ、またね』

「うん。また、ね」

私は芽衣子さんに携帯の画面を向ける。

「芽衣子さん切って!私から秋の電話は切れないよっ」

「あんた、これまだ繋がってるよ?」

「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

無遠慮に芽衣子さんは通話を終了させた。

「聞かれたぁ…。秋に聞かれちゃったぁ…」

「別にいいじゃない。どうせもうバレてるわよ。さ、社長んとこ行こ」

「バレてるって何がよ!」

「うっさいなぁ。いいから早く行くわよ」

バレた?バレちゃった?

どうしよう!恥ずかしい!

今度どんな顔して秋と電話したらいいの?

ま、電話だから顔見れないんだけど。

…顔も見れない、会うこともできない。

そうやって私は少しずつ秋への気持ちを募らせていく。

私はどこまで我慢できるかな?

我慢の限界がきたら、私はどんな行動をするのだろう?

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